シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり) 作:トライダー
第六話 すれ違い
☆
「ふん! ふんッ!!」
屋敷の庭に設置されたサンドバッグを殴り続ける響。華の女子高生とはとても思えない姿だったが、今の彼女には関係ない。
負傷し休んでいる翼の代わりに強くなる事を望んだ彼女は、それから毎日風鳴家の屋敷へとやって来て弦十郎からの鍛錬を受けていた。
じーーーーーーー。
そんな彼女を二つの丸い瞳が見つめる。
「打つべし! 打つべしッ!!」
じーーーーーーーーーーー。
サンドバッグを打つ響の真後ろでしゃがみ頬に手を添えて見つめているが、響はそれに気がついていない。
「響お姉ちゃん、何してるの?」
「ふぇっ?」
ついに静かに後ろで見ていたユウが響へと声を掛ける。誰もいない庭で気合を入れていた響は、不意に後ろに気を取られてしまった。
「あ痛たッー!」
声をかけられる直前に渾身の一発でサンドバッグを押し込んでいた響は、戻ってきたサンドバッグに反応出来ず吹き飛ばされた。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「あいたたた……あはは、カッコ悪いところ見せちゃった」
勢いよくすっ飛んだ響に、ユウは心配そうに駆け寄る。盛大に転んでしまった響は恥ずかしさを誤魔化すように笑った。
「でもどうしてユウくんがここに居るの?」
「ぼくね今、弦おじさんの所でお世話になってるの」
「えっ?! そうだったの?!」
ユウを保護してくれていた翼が入院することになった為、彼女の親族である弦十郎の家へと引き取られてる事になったのだが、あまりの偶然に驚きが隠せずはしたなく大声を出してしまった。
(って事はこれから毎日ユウくんに会えるって事?!)
この一ヶ月間会いたいと思いこがれていた少年とこれからずっと会うことができる。
その事実によくない煩悩が彼女の頭を巡っていた。
「うえへへ……」
「???」
(…………はっ!? いけないいけない。気合いを入れなきゃ、ユウくんにカッコいい所を見せないと!)
不思議そうに首を傾げるユウの存在に気がついた響は、自分の頬を叩き煩悩を振り払った。
「よーし休憩終わり! 修行を再会するよ!」
「わーい、ぼくも手伝うー!」
まずは柔軟からと座り込み両足を開いて前屈を始める。ユウも手持ちぶたさなのか彼女の手伝うため背中を押す。とは言っても腕力が足りない為手ではなく胸を押し付けて体全体で押すような形でだ。
(うはー! やっぱりユウくんの身体って柔らかい。しかも何だかいい匂いもして…………って、いダダダだっ!!!」
背中に掛かる感触に再び煩悩が蘇りそうになるが、その後にやってくる圧力と痛みに見事に吹っ飛んだ。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「あ、あはははは……やっぱり日頃の運動不足がたたったね……」
「響お姉ちゃん、おじさんみたい!」
あははっと同時に笑い合う。
冗談めかして言ってはいるが、現に柔軟体操なんて学校の体育以外で行っていなかった響は、自分の非力さを痛感していた。
「あー……でも久しぶりに体伸ばすと気持ち良いな〜」
「お姉ちゃんすっごく固まってるね。いーっぱい伸ばしてあげるからね」
「いつもすまないね〜」
「それは言わない約束でしょう〜」
「「あははははっ!」」
そんな茶番に再び二人は同時に吹き出した。
「でもお姉ちゃんすごく気持ち良さそう。ねぇ今度はぼくにもやって?」
「はーい」
楽しくなってきた響は、ユウの背後に回ると自分よりも小さな背を押した。
「うわっ!? ユウくんすっごく柔らかい!」
「えへへ〜! 体の柔らかさには自信があるんだ」
響の言う通り、怪我をさせないようにゆっくりと押したのだがユウの華奢な体は一切の抵抗もなく沈んでいきマットへとペタリとくっ付く。
ユウの柔軟性を羨ましがりながら、二人でストレッチを続ける。
「でもなんでお姉ちゃん修行なんてしてるの?」
「うん、実はわたしこの間の戦いで……ううん、シンフォギアを手に入れてからあんまり役に立てなくてさ」
強くなろうと覚悟を決めたのは、あの夜翼が倒れてから。
しかし思い返せば、素人の自分は翼の戦いについていくどころか、隣に立つ事すら出て来ていなかった。
ユウのおかげで翼と話し合う事が出来たが、自分に力があればもっと早く翼と話し合う事が出来た筈だと響は思わずにはいられなかった。
「だからわたしもっと強くなりたいんだ。翼さんと一緒に戦う為に、ユウくんや未来やみんなを守る為に……」
「響お姉ちゃん、未来お姉ちゃんの事大好きなんだね?」
ユウが知っている限りの響の友達は四人。
その中でも未来との関係が特に深く、他の三人と比べてもより心が通じてるのが分かった。
「うん、未来はわたしにとって陽だまりなんだ」
「陽だまり?」
「そう、わたしが辛い時や苦しい時はいつも側に居てくれて、お日様みたいにわたしを照らしてくれる。未来が居るからわたしは頑張れるんだ」
「ふふっ、そうなんだ」
楽しそうに未来の事を話す響を見て、ユウも嬉しそうに笑顔になった。
「そう言えばユウくんって、翼さんと一緒に生活してたんだよね?」
「そうだよ、どうして?」
「その、翼さんってどんな人なのかな〜って思ってさ」
響にとって翼はシンフォギアの装者としての先輩であるだけでなく、雲の上に住むような憧れの存在でもあった。
それをユウへと伝えてみたが、彼はうーんと首を捻った。
「んーとね、別に響お姉ちゃんが思ってるような人じゃ無いよ? 翼お姉ちゃんはすごく優しいし強くて綺麗だけど、意外と私生活はズボラだし」
「え、そうなの?」
「そうだよ。食べた後の洗い物水につけてくれないし、服や下着だってその辺に散らかしてるし、そのくせ片付けようとすると恥ずかしがって嫌がるし」
「へー意外」
しっかり者の頼れる先輩のイメージで固まっていた響は驚きの声を上げる。
そこから話題は翼との私生活に変わる。
基本的に風鳴翼の朝は早い。
なので同じ床についているユウもまた自然と早起きになる。彼女がシャワーを浴びているうちに朝食の準備をして、彼女が学校や仕事に行っているうちは掃除や買い出しなどの家事全般、それに学校を休んでいる為自主勉を行っている。
翼が帰ってきた後は一日の出来事を話し合いながら晩御飯を済ませ、お風呂に入り、最後は同じ布団に入って眠りに入る。
これがこの一ヶ月間の基本的な生活。
「――って感じかな?」
「へーそうなんだ……」
(う、羨ましいー! って事は翼さんは、毎日この感触と香りを楽しんでるの?! ううー何だか胸の奥がメラメラしてきたような……)
羨ましさからか嫉妬からか、響の胸の内に名称しがたい謎の感情が芽生えそうになっていた。
しかし翼との日常を楽しそうに話すユウの笑顔を見てしまうとそんな事すらどうでも良くなった。
(ユウくん、本当に翼さんの事が大好きなんだね。でもそんな日常を、わたしは守れなかったんだ……)
ユウの笑顔を見れば見るほど、この笑顔の理由の一つを消してしまった事にチクリと胸を傷ませていた。
「響お姉ちゃん?」
ユウは急に無言になった響を見て、不思議そうに首を傾げた。
響はそんな彼をそっと抱きしめた。
「どうしたの?」
「ユウくん、君はわたしが守るから……翼さんの代わりに……ううん、翼さんが目を覚ました後も一緒にユウくんの事を守るから、だから安心してね?」
翼が倒れたあの日の夜に心に誓った覚悟を、改めて自分に言い聞かせるように抱きしめる力を強くした。
「ん〜やだな、それ」
「え?」
「守られるだけだなんてイヤ。お姉ちゃん達が守ってくれるなら、ぼくもお姉ちゃん達の助けになりたいんだ!」
体を離し正面から響を見つめる。
太陽の如きユウの笑顔に、自分にとっての陽だまりである親友と同じ暖かさを感じた。
「今はまだ何も出来ないけど、いつかきっとぼくがお姉ちゃん達を守ってみせるから、だから響お姉ちゃんも諦め無いで?」
「…………うん、ありがとう。ユウくん」
ユウの心強い言葉。
現実は辛く、子供でしかもシンフォギアを持たないユウに彼女達を守るなど不可能だろう。
しかしそれでもその気持ちそのものが嬉しかった響は、抱きしめる力を強くした。
”あの子は……私の、
(翼さんの言った意味、少しだけ分かった気がする。この子は暖かいんだ。未来と同じ、ううん、もしかしたらそれ以上に……)
眩しく優しい笑顔は未来と同じらい眩しく、寧ろ穢れを知らず、純粋無垢なその心は、よりその笑顔を際立たせた。
響はその笑顔を守る覚悟をより強くしながら、ゆっくりとユウの頭を撫でた。
「でも良いな翼さん。わたしもユウくんのご飯食べてみたいかも」
「うん、良いよ! これからお昼ご飯作るから食べていってよ。響お姉ちゃんにもぼくのご飯食べて貰いたいから何でも好きな物いってね?」
「ほんとっ!? やったーっ! じゃあねじゃあね――」
響から食べたいものを聞いたユウは、響の修行を手伝った後、昼食の仕込みをする為に彼女の元を後にした。
☆
「翼の容体はどうだ?」
「体調は安定しています。しかしいつ目を覚ますかは誰にも……」
弦十郎の屋敷の一室、屋敷の人払は既に完了しておりこの部屋にいるのは弦十郎と緒川の二人だけだった。
「そうか。しかし絶唱を使ったんだ。了子くんの言葉ではないが、あれで済んで良かった」
絶唱は聖遺物との適合率の高さである程度抑える事が出来る。リンカーを使わずに高い適合率を醸し出せる、天然の装者である翼だからこそ、一命を取り留める事が出来たのだ。
「司令は今回の一件、どうお考えですか?」
「そうだな。オレ個人としてはあの二人に辛い思いをさせてしまった。オレ達大人の不甲斐なさを痛感してるよ」
「二課の司令としては?」
「……厳しい言い方になるが、今回の一件オレは好機だと思っている。なんせノイズを操る存在の”確証”が得られたんだからな」
今までノイズ達は自然発生するものだと思われており、故に災害と同じく出現場所を読む事は不可能だった。
しかし今回の一件で今まで出現していたノイズには、生み出したものと操るものがいる事が分かった。
ならば今までの事件が、自然のものではなく、何者かの陰謀によって起こされている事が確信としてとれた。
「自然ではなく人の手によるものなら、コチラも読みようがある」
「敵の目的は、やはり二課……その本部に眠る“アレ”でしょうか?」
「十中八九間違い無いだろう。しかしオレが疑問なのは、何を狙っているかではなく、何故このタイミングで仕掛けて来たかだ」
「と、言うと?」
「ネフシュタンの鎧とあの杖は奴らの切り札であるはずだ。それを晒しながらも、何故このタイミングで仕掛けて来たのか……」
ネフシュタンの鎧が奪われたのは三年前。
鎧を手に入れてノイズを出現させる手段も持ち合わせている以上、もっと早くから行動に起こせたはずだ。
特に奏が倒れたあの日以降は、二課の戦力は最低レベルまで落ちていた。そこを今回のように突かれていれば、間違いなく敗北していた筈だ。
しかし敵は、未熟とは言え響が覚醒して戦力が増強させたタイミングで仕掛けて来た。それも自らの切り札を晒しながらである。
丁度動けるようになったのがこのタイミングなのか、もしくは響が未熟であり、翼とのコンビが最悪である事を知っていたのか。
もし後者であれば……
「内通者がいる……司令はそうお考えなんですね?」
「…………そうだ。翼の残した音声から、奴らは響くんを狙って姿を現したことも分かっている」
正規の装者が目的なら翼でもいいはずだ。しかし二人の記憶する中でノイズが翼を捕獲しようとした記憶は無かった。
ならば響を狙う何かしらの理由がある。恐らくそれは響のみが持つ特徴、ガングニールの破片との融合だと弦十郎は考えていた。
しかし響の現状は二課の中でも更に一部の人間しか知らない。その情報が敵に渡っている以上、裏切り者の存在を考えるのが当然だった。
「目星はつけてるんですか?」
「ある程度はな……しかし証拠がない以上動きようが無い。それに向こうもオレを見張ってる筈だ、オレがアクションを起こせば逃げられる可能性が高いだろう。なら――」
「みなまで言わなくても大丈夫ですよ。二課の重臣を探ればいいんでしょう?」
「すまんな、お前も忙しいだろうに」
「気にしないでください。僕たちでは翼さん達の心を癒す事は出来ません。だったらせめてこういった面でサポートしてあげたいですから」
トップアーティストの翼が休業に入ってしまった事でマネージャーである緒川にもその分の皺寄せが来ていた。その上こんな仕事を増やすなど心苦しかったが、緒川は自分にできる事をしようと意思を見せた。
「さて、難しい話は終わりだ。せっかくだ昼食を食べていけ、あの子の作る飯は絶品だぞ?」
「じゃあお言葉に甘えましょうか。僕も前にいただいてから気になっていましたから」
翼の宅に彼女を迎えにいった際に何度かご馳走になった事があったが、弦十郎の言う通り、母親仕込みのユウの手料理に緒川もハマってしまっていた。
「はははっ! しかし長話をすると喉が渇くな、茶の一杯でも飲みたいところだが――」
「はい、どうぞ」
そこまで言いかけた瞬間、弦十郎の手元に湯呑みが渡された。
「おおすまん。気がきくなユウ――」
あまりにも自然な流れのせいで一瞬反応が遅れてしまったが、湯呑みを渡してくれたのは、いつの間に二人のそばへと座っていたユウだった。
「「うわぁっ!?」」
「?」
あまりの驚きに、珍しく大声をあげてしまう成人男性二人の姿に、ユウは不思議そうに首を傾げている。
「ゆ、ユウ?! いつからそこに?」
「んー? さっきから居たよ? おじさん達がお話ししてたから、お茶持ってきたんだ。緒川さんも来てるなら言ってくれれば良かったのに?」
「す、すみません。急用だったもので……」
(ま、まるで気配が無かった……)
二人とて武を極めた者達。単純な戦闘能力ならば翼ですら手も足も出ないほどの腕前を持っている。そんな二人が、密会を行うために辺りの気配には特に厳しく気を張っていたにも関わらず全く気づく事ができなかった。
「あ、大丈夫だよ? 大事なお話ししてるって思ったから、こうやって……ギューてしてたから」
目を力一杯閉じたまま手で両耳を押さえてその場にうずくまる。
可愛らしい姿だが目立ってしょうがない。そんな姿で側に居たのに気づけなかったことにより驚く。
「んー? 変なおじさん達。ご飯出来てるから、冷めないうちに降りてきてね?」
呆気に取られている二人を置いて、ユウは響の居るリビングへと降りていった。
「…………神出鬼没なのも父親似だな」
☆
響が弦十郎の元で修行を受けてから一週間が経過した頃、事態は急を要することになる。
「報せを聞いた! 広木防衛大臣が殺害されたってのは本当か!?」
弦十郎と緒川が血相を変えた状態で二課の司令室へと入室する。
今日の昼頃に閣僚を多数含め二課の防衛機構に関する会議と、“極秘情報”の手渡しが行われる予定だった。
しかしその重要人物である広木防衛大臣が殺されたと言う報せを聞いた三人は、すぐさまユウとの食事を済ませこちらへと飛んできたのだ。
「くそっ! それで了子くんとの連絡は?!」
「それが……」
そして今回の会議に参加していたのは櫻井理論の提唱者である櫻井了子本人である。
ノイズやシンフォギアについての詳しい話し合いから、極秘情報の入手などの重要な役割を任せていたのだが、先程から連絡が取れないと言う。
もしかしたら巻き込まれたのでは? 最悪の事態が静音たちの頭をよぎるが……
「大変長らくお待たせしました~♪」
「了子くん!?」
しかし皆の心配など気にして無いとでも言うかのように、いつもの調子で了子が司令室へと入ってくる。
「了子さん、無事だったんですね!」
「無事? 何かあったの?」
皆の反応に訳がわからなそうにしている了子にも現状を説明する。
「そうだったの、心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ、政府から受領した機密資料も無事だし、任務遂行こそ、広木防衛大臣の弔いだわ」
了子が見せてくれたアタッシュケースを見て二課の皆が強く頷いた。
しかし、その裏に付いた僅かな血痕には誰も気がついてはいなかった。
☆
そこからの二課の動きは早かった。
浮き足立つ職員も弦十郎の激励で冷静さを取り戻し、すぐさま緊急ブリーフィングが行われた。
シンフォギアの所持者である響もまた説明を受ける為、慣れない大人の空気に緊張させながら席に座っていた。
「私立リディアン音楽院高等科……つまり、特異災害対策機動部ニ課本部を中心に頻発しているノイズ発生の事例から、その目的は本部最奥区画“アビス”にて厳重保管されているサクリストD『デュランダル』の強奪目的であると政府は結論付けました」
「やはりお偉いさんも“アレ”に目を付けた、か……」
「あの、デュランダルって確か……」
まだ翼が健在の頃、響も説明を受けた事があった。
《デュランダル》とは、ネフシュタンの鎧と同様の”完全聖遺物”である。
希少な存在であり強力な力を秘めることから、他の者の手に渡らないように、二課本部の最奥で厳重に保管されている。
以前ノイズ達の出現場所をマーカーで見た事があるが、見事にこのリディアンを中心に広がっていた。その事からノイズ達の目的が本部、その中でも最も価値の高いデュランダルだと予想されていた。
「と、言う事は今回の向こうの要件は、デュランダルの移送か……」
「お、弦十郎くん大正解〜!」
「いやいやいや、移送させるったってどこに? ここ以上に厳重な防衛システムなんて……」
藤尭が心配する。デュランダルの移送場所は、国会議事堂の地下最深部に位置する特別電算室、通称《記憶の移籍》と呼ばれる場所。そこならば確かにここにも負けないセキュリティで守る事ができる。
しかしたとえその場所が二課の最奥区画より安全だとしても、移送中はデュランダルを強奪するのに格好の機会。
しかもつい先程、現役閣僚が殺されたばかりである。いま記憶の遺跡へと運んでしまっては、道中に襲撃してくれと言っているようなものである。
「……上層部はかなり焦ってるみたいですね」
「ノイズを操る者の存在がよっぽど恐ろしいのだろうさ。全く、前々からデュランダルの危険性は伝えていたのにな」
弦十郎の言う通り、以前から人員を回してもらうためにノイズの狙いがデュランダルである事は何度も上層部に伝えていたが、その訴えがまともに通じた事はなかった。
そして現実にデュランダルを狙う者が現れれば慌てて移送させる。どう考えても愚策としか言いようがなかった。
「どの道、オレ達が木端役人である以上、御上の意向には逆らえないさ」
「そう言う事、デュランダルの予定移送日時は明朝05:00。詳細はこのメモリーチップに記載されています」
了子がメモリーチップを2課職員全員と響に配布した所でブリーフィングは終了し、明朝のデュランダル移送の為に動き始めた。
☆
「ふ〜ふふ〜ふふふ〜ん♪」
昼食を終わらせ、昼の分の勉強を済ませた後、ユウは気分転換として散歩に出ていた。
通りの良い鼻歌を響かせながら、愛用のローラーシューズで道を通り抜ける。
目的地はこの街で特に有名な神社だった。
「よいしょっと! こんにちわーっ!!」
スニーカーの底に取り付けられたタイヤをしまい、高く積み上げられた石の階段を一段飛ばしで駆け上がる。
「あら星乃くんこんにちわ。今日も来たのね」
「うん! 今日もお参りしていい?」
「もちろん良いわよ」
「わーい!」
ユウはお賽銭箱にお金を入れた後、手を合わせて静かに目を閉じる。
「翼お姉ちゃんが、早く良くなりますように……」
思った事がつい口から漏れてしまっていることに、ユウは気が付いていなかった。
翼が入院してからユウは、毎日時間を見つけてはこの神社へとお参りに来ていた。
「「「かわいい〜!」」」
毎日健気にお参りにやって来て、思わず願い事が漏れてしまう。そんな愛らしさに神社の巫女さん達からも評判が良いようだ。
「あれ? 未来お姉ちゃーんっ!!」
「あ、ユウくん……」
翼への御守りも買い、神社を後にしようとしたところ、鳥居の側に未来の姿が見えた。
未来の姿を見つけたユウは嬉しそうに駆け寄るが、対する未来の声には張りがなかった。
「どうしたの?」
「なんでも……ないよ……」
未来は踵を返そうとする。
そんな未来の手をユウは、両手で優しく包み込んだ。
「ね、話して?」
「うぅ……」
真っ直ぐに自分を見上げるその吸い込まれそうな瞳に目を逸らす事ができず、未来はゆっくりと頷いた。
☆
神社内に置かれた茶屋、巫女のお姉さん達から貰った甘酒を手に、設置されている縁台に二人で腰掛ける。
「響お姉ちゃんの様子が変?」
「うん。ここ一カ月間の事なんだけど、なんて言うか二人でいる時間が減ったなって思って」
一カ月前、おおよそ響がシンフォギアの力に覚醒してから少ししての出来事だ。
ユウは知らなかったが、二課のメンバーとして働くようになってから響の生活は一変した。
ノイズの反応と共に召集される事が増え、例え授業中であっても慌てて抜け出すことになる。
本部が置かれているリディアンには、二課と関係のある人間も多く潜んでいるため、成績の面はある程度目を瞑ってもらえるが、友人関係はそうはいかない。
せっかくの遊びに行く約束も当日にいきなりドタキャンする事が多くなり、未来だけでは無く創世達三人も最近の響を不審に思っていて、“怪しいバイト”でも始めたのではないかと心配しているぐらいだ。
「しかもここ最近は、まともに学校に来てない日も多くてね」
しかしそれはまだマシな方。
弦十郎の元で装者として修行する事が増えてからは、更に時間が減っていた。
最近に関しては、“修行に行くから学校休む”などと言った書き置きだけを置いて行って、放課後まで帰って来なかったりと言うのが当たり前になってきていた。
「未来お姉ちゃんは、響お姉ちゃんが心配なんだね?」
「心配どころじゃ無いよ。……響ったら何をしてるのか教えてもくれないんだもん……。今までこんな事無かったのに、危ないことする時でもいつも教えてくれたから……でも今は心配する事すらさせて貰えない…………っ!」
うちに秘めた思いを吐き出す度に未来の声の震えが強くなる、それに比例するように目元に溜まる涙が増していく。
「…………っ、私どうしたら良いんだろう?」
不意に未来の香りがに近くなる。
思いを爆発させた未来は、思わずユウを抱き締めていた。
その勢いで膝に乗せていた甘酒を落としてしまうが、ユウは気にせず優しく未来の頭を撫でた。
響の言っていたお日様のような香りは今はしない。
(未来お姉ちゃん……)
自分にリボンをくれた時や、一緒に星空を見に行った時のような笑顔は見る影もない。
響が何をしているのかユウは知っていた。
(でも……)
ユウは前に響とした約束を思い出していた。
『ユウくん、この事は未来達には内緒にしておいて欲しいな』
『どうして?』
『シンフォギアや師匠達のことは、偉い人しか知ってちゃダメなんだって。もし色んな人が知っちゃったら危険な目に会うかもしれないの。わたしは未来や皆んなを守りたい、だから秘密にしておいて欲しいんだ、お願い!』
翼ともシンフォギアの事や二課の事は外部に漏らさないようにと約束をしていて、ユウはそれをしっかりと守って来た。
だから響のお願いも良く分かっていた。
だが……
(未来お姉ちゃんを悲しませてまで、秘密を守る意味なんてあるのかな……?)
その答えはまだ分からない。
どちらにしても自分がバラすのでは無く、響の口から真実を伝えなければ、本当の意味で未来の心は晴れないだろう。
「未来お姉ちゃんは、響お姉ちゃんの事信じてる?」
「当たり前だよ。一番大切な、親友だもん……」
だからユウは、本当のことを言うのではなく少しでも未来を安心させる事にした。
「じゃあさ、信じてあげて? 響お姉ちゃんはぜったいに未来お姉ちゃんを悲しませるような事はしないって。響お姉ちゃんが事情を話せないのは、何か深い意味があるからだって」
子供をあやすように柔らかく髪を撫で、耳元で落ち着つかせるように囁いた。
「きっと近いうちに本当の事を話してくれると思うから。だから、もう少しだけ信じて待ってあげてほしいんだ」
「………………………………………………うん、分かった」
未来の頭が小さく頷く。どうやら泣ききった事で少し落ち着きを取り戻したようだ。
「その、ごめんねユウくん。こんな恥ずかしいところ見せちゃって……」
「良いんだよ。お姉ちゃんに笑顔が戻ってくれるとぼくも嬉しい。ほらスマイルスマイル!」
自分よりも小さな男の子に抱きつき、あまつさえ慰めて貰っていたことに恥ずかしさを覚えたのか、未来の頬は赤く染まっていた。
それでも頬に指を添え口角を上げるユウに釣られて、未来も笑顔を見せる。
響の言っていたお日様の香りが戻って来た気がした。
「うん、やっぱりぼくも未来お姉ちゃんの笑顔大好き!」
「えっ?」
「響お姉ちゃんが言ってたんだ。未来お姉ちゃんは自分にとっての陽だまりだって。辛い時や苦しい時はいつも側に居てくれて、お日様みたいに照らしてくれる。未来お姉ちゃん居るから頑張れるって」
「響がそんな事を……」
「ぼくもそう思う。未来お姉ちゃんの笑顔を見てると嬉しくなるし、ギューってして貰うと心がポカポカするの!」
(それはこっちの台詞だよ)
ユウに抱きしめてもらって、頭を撫でてもらって、耳元で慰めてもらって、自分の胸の奥、心の中が暖かくなるのを感じていた。
「ふふっ、わたしが陽だまりなら、わたしを元気づけてくれたユウくんは太陽かもね」
「えへへーっ! 照れちゃうな、でも嬉しい。じゃあ未来お姉ちゃんが元気ないときは、いつでもぼくが照らしてあげるからねっ!」
「うん、ありがとうユウくん!」
そう言って笑うユウの笑顔は太陽どころか”光”そのものだと思うほどに眩しかった。
(……ちょっと、やけどしちゃったかも)
暖まるどころか、まるで火傷でもしたようにその笑顔は、未来の胸の奥に強く刻まれていた。
その時ユウのポケットから高い機械音が鳴り響く。
「あ、おじさんからだ。もしもし?………………え、ほんとっ?!」
「どうしたの?」
音の正体は弦十郎から渡されていた緊急連絡用の端末。
少しばかりの相槌の後、ユウは嬉しそうな声をあげる。
「翼お姉ちゃんが目を覚ましたってっ!!!」
それはユウにとって何よりも嬉しい知らせだった。
☆