シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり) 作:トライダー
第七話 あの日の約束
☆
――四年前――
私達は二課の任務でとある遺跡へと来ていた、目的は遺跡の調査と要人の護衛だった。
とは言っても専門的な知識の無い私達が調査に加わっても邪魔になる、それどころか貴重な遺跡を壊してしまう可能性も高い。
なので私と奏は調査隊からの救護要請が来るまで待機していた。
「おっさん、その子は?」
天幕で奏と話していると叔父様が顔を出した。その側には小さな子供が叔父様の足に隠れながら、こちらを覗き込んでいた。
「オレの友人の子でな。星乃結くんだ」
六年ぶりに会ったユウは、赤ん坊の頃とは違い手も足もしっかりとしていて、強く触れたら壊れてしまいそうな脆さは無くなっていた。
それでいて玉のような可愛さは増していて、あの日よりもパッチリと開かれた紫色の瞳がこちらを見つめていたのを今でも覚えている。
父親の仕事の都合上海外での生活が多いらしく、あれ以降私とユウが会える事はなかった。
でも今回の聖遺物発掘に星乃さんが参加するらしく、ユウも連れてくるとの事。一月前からその事を聞いていた私は、この日をまるで初恋相手を待つかのように心待ちにしていた。
「久しぶり、ユウくん」
「…………おねぇちゃん、だれ?」
私の初恋は砕け散った。
☆
「あっはははっ!!!」
「…………笑い好ぎよ、奏」
「だってお前、覚えてるわけないだろう! 赤ん坊の時に一回あっただけなんて!」
露骨に落ち込んでいた翼から事情を聞いた奏は、腹を抑えて大笑いしている。
翼自身も冷静に考えればその通りだと思い、恥ずかしさで俯いている。
「しっかし、翼が戦う覚悟を決めたっていう存在。どんな色男かと思ってたが、存外可愛い子だことで」
「からかわないでってばッ!」
翼から昔の話を聞いていた奏は、その相手がどんな人間なのか気になっていた。年上として、もしその相手が翼を誑かすなら、制裁してやろうとも思っていたが、その心配は杞憂に終わって安心していた。
「でも……戦う理由か……」
「奏……?」
自分の境遇を思い出したのか、奏は虚しそうに空を見上げる。
「あたしは、何のために戦ってるんだろうな……」
「そんなの、ノイズを倒す為でしょう?」
「もちろんそうさ。だけど、ただ目の前の敵を倒して倒して倒す……それだけで良いのかって思ってよ」
「防人はただ剣であるだけよ」
「本当に、それで良いのかな……?」
力を手に入れて戦いを重ねるうちに精神的に余裕が出来たのか、復讐や憎しみの気持ちは霞んでいた。
だからこそ奏は、自分の戦う意味や覚悟に疑問を持ってしまっているのだ。
「あ、おいお前、足元気ぃつけろよ!」
天幕でただ待っているのも退屈という事で、暇そうにしているユウと了子を合わせた四人で辺りの散歩をしていた。
人見知りしているのか無言のユウは、二人から少し離れて細い川を覗き込んでいた。
「しっかしよ、父親は確か宇宙飛行士だろ? 何で聖遺物の発掘調査になんか来てんだ?」
「星乃くんは科学者でもあるのよ。聞いた事無い? “星乃理論”って」
「あー前に了子さんから聞いたなー。”聖遺物は宇宙から来た”って言うやつだっけ?」
翼の持つ天羽々斬、奏のガングニール、どちらも神話や伝説に連なる物。
当時の時代の技術を超える物たちを“オーパーツ”と言うものも多い。星乃理論もそれと同じく『聖遺物は宇宙からやって来た、または宇宙の技術で作られている』と言うものだ。
しかし科学と言うよりはオカルト寄りの話の為多くの学者からは相手にされていない。
「同じ理論でも櫻井理論とは扱いがまるで違うんだな」
「まあ仕方がないわね。偉い人が欲しいのは、聖遺物がどう有効に使えるかであって、何処から来たのかなんて興味が無いのでしょう」
了子の言う通り、星乃理論が軽んじられている主な理由はそこだ。
聖遺物をノイズを倒す武器として使う櫻井理論と、聖遺物のルーツを探る星乃理論では、優先度はまるで変わってくる。
「それでも私はロマンがあって好きだけどね」
了子と同意見の翼も静かに頷く。
そんな会話をしていると、三人の持つ通信機に音声が入る。
相手は弦十郎だった。
「どうしたの、弦十郎くん?」
『こちらでノイズの反応を検知した! 二人は近くにいるな?』
「問題ありません、司令!」
『なら頼む、ノイズは南西の方角からコチラを目指して真っ直ぐ向かっている。急いでくれ!』
「ああ、いつでも行けるぜっ! だったら……あれ? あのチビはどうした?」
ユウを連れて天幕に戻ろうと探すが姿が見えない。
奏の言葉に、翼も異変に気づき慌てて辺りを見回す。
「あ! あそこよっ!」
見つけのは了子だった。彼女の指差した方向を振り向くと、翼達から少し離れた吊り橋の上に小さな人影が見えた。
「いつの間にあんな所に……!!?」
「ユウくん! 危ないから戻って来なさいっ!!」
声が聞こえない距離では無い、しかし聞こえていないのか、翼の声に反応せずユウは吊り橋を進んでいく。
その目は虚ろでまるで何かに引き寄せられているかのように足取りは地についていなかった。
「ユウくん!」
「待て翼! ノイズが先だっ!」
「でも……!」
「奏ちゃんの言う通りよ。あの子は私が連れ帰るから、貴女達はノイズを!」
慌てて追いかけようとする翼の腕を奏が止める。
ノイズを倒せるのは翼達だけ、幸いにもユウの向かったのは逆方向、了子に任せても問題ないだろう。
それよりも要人も多い調査チームに被害が出てからでは大問題だ。
「ぐっ……分かってる。了子さん、ユウくんをお願いします!」
「ええ、任せて頂戴!」
「よし、行くぞ翼!」
歯噛みしながらも自らの使命を優先し、辺りに出没したノイズの下へと走った。
☆
「「ハアァッ!!!」」
《蒼ノ一閃》
《STARDUST∞FOTON》
二人の必殺技によって最後のノイズが撃破される。
「了子さん、ユウくんはっ?!」
辺りのノイズが全て居なくなった事を確認した後、直様了子との通信を繋ぐ。
通信環境の悪さか繋がるまで時間がかかる。
『――――心配しなくても大丈夫よ。ここに……きゃあっ!?』
『どうしたんだ、了子くんっ!?』
ようやく繋がったと思った瞬間、通信機から了子の悲鳴が聞こえる。
同時にノイズの反応を探っていたあおいからも通信が入る。
『これは! 北東の方角にノイズの群れが! この地点は、了子さんが今いる場所です!』
『何だとぉっ!?』
真逆の地点にレーダーをずっと見ていたあおい達ですら気が付かない程の一瞬にして大量のノイズが出現したのだ。
焦る翼達の耳に再び了子の声が聞こえる。
『皆んな聞こえる?』
『っ!? 無事か了子くん?』
『私は大丈夫! ただノイズの攻撃で遺跡の天井が壊れてしまって、ユウくんが……』
『何ですってっ!?』
了子の話では吊り橋を渡ったユウは、そのまま北東に突き進み、橋の向こうにある未開拓の遺跡の中へと入っていったらしい。
了子もすぐに後を追い、姿を見付けることができたが、ノイズの襲撃で道を閉ざされてしまったらしい。
『弦、俺が行く。直ぐにハッチを開けてくれ!』
『落ち着け大吾! 相手はノイズだ、オレ達が行っても二次災害になるぞ!』
「司令の言う通りです。あの子は私達が……奏!」
「ああ、あたし達に任せて、おっさん達はそこで待っていてくれ!」
いくら力が強くてもバリアコーティングの無い生身の人間では危険だ。翼達は弦十郎達を避難用のシェルターで待たせて、直に了子達の元へと走った。
☆
「チビ助、何処だー!!!」
「返事をして、ユウくん!!!」
ノイズの群れを蹴散らしながら遺跡の内部を探索するが、ユウの姿は見えない。
了子と合流して瓦礫を退かすことにも成功したが、瓦礫の向こうにユウは居なかった。
「くそッ! 頼む、返事をしてくれぇっ!?」
最初は翼を落ち着かせていた奏も、徐々に焦りが増しながら遺跡の奥を探索する。
奏の両親は聖遺物発掘チームのメンバーでり、一年前の調査でノイズに襲われて帰らぬ人となってしまった。
だからこそ今この状況が自分の境遇と重なってしまっているのだろう。気付けば翼以上に大きな声でユウの姿を探していた。
「……お……ちゃ……ん」
「「っ!?」」
微かに奥の方から声が聞こえる。
顔を合わせた二人が駆け寄ると、まるで落とし穴の跡のように、遺跡の地面に大穴があいた場所が見え、声はその下から聞こえる。
「あたしが行く。翼は退路の確保を頼む」
「わ、分かった!」
そこの見えないぐらいに深く暗い穴の中へと飛び込んだ。数秒間の浮遊間の後、大地の感覚を取り戻し辺りを見渡す。
「居たっ!」
穴の下の更に奥の方で横に倒れるユウの姿を見つける。そしてそんな彼の側にノイズがにじり寄っているところだった。
「どきやがれェッ!!!」
幸い数は少なく勝負は一瞬でついた。
ノイズを蹴散らした奏は急いでユウに駆け寄り抱き上げ、その場を脱出しようとする。
(……あれ?)
すると奏は辺りの光景に不自然な点があることに気づいた。
ユウが倒れていた辺りに大量の炭の跡が見えるのだ。
それは人やノイズが炭化する時に残す物であり、この辺りに人は居ない筈なのでノイズの物である筈なのだが、その量は明らかに奏が倒したノイズの炭の量を超えていた。
つまり奏以外の誰かがノイズを撃破したという事になるのだが、辺りには全く人の気配が無い。
(一体誰が…………まさか?)
自分の腕に抱かれる少年は力尽きたように眠り、スヤスヤと小さな寝息を立てていた。
(いや、まさかな……)
一瞬よぎった可能性を振り払い、奏はその場を後にした。
☆
奏達の活躍によってノイズは倒され、調査チームの作業は順調に進み、暫くしてこの遺跡での調査は完了した。
結果で言うとこの遺跡から聖遺物に関する物が発見されることはなく、無駄働きと言ってもおかしく無いが、それ以上に大事な物を守る事が出来たことは、二人が一番よく分かっていた。
「おねぇちゃんたち、ありがとう」
「おう、もう勝手に遠くにいっちゃ駄目だぞ?」
舌足らずな喋り方でお礼を言うユウの頭を優しく撫でながら、奏はニカっと笑った。
「こっちこそ怖い思いさせてごめんなさい」
元はと言えばお守りを頼まれていたのに、目を離してしまった自分達にも非があると思う翼は頭を下げる。
「ううん、ぼくこわくなかったよ? だっておねぇちゃんたちのおうたがきこえたもん」
「え?」
「おねぇちゃんたちのおうたをきいていると、げんきがでて、ゆうきがわいてきたんだ。だからこわくなんてなかった!」
「あたし達の……歌が……?」
奏にとって歌はシンフォギアを纏う為、つまりノイズを殺す為に歌う手段でしかなかった。
そんな歌がこんな小さな子の心に響き、尚且つ勇気を与えるなど思いもしなかった。
☆
「……………………」
遺跡調査の帰り道、あたし達は星乃さんが乗って来たバンに乗せてもらい帰路につく。
その間あたしは自分の膝で眠るユウの髪を撫でる。
出会った当初は人見知りをしていたユウも、助けられた後は心を開いたのか、こうやって甘えてくるようになった。
「…………なぁ翼」
「むぅ……なに?」
自分じゃなくてあたしの膝でユウを眠らせてることに嫉妬しているのか、羨ましそうに見つめている翼の姿に吹き出しそうになるのを我慢する。
「誰かに歌を聞いてもらうって、良いもんだな」
「え?………………ええ、そうね」
少し考えた後、直ぐに頷き返してくれた、翼も同じ気持ちだったんだろう。
自分の歌で喜んでもらうなんて初めての感覚だった、それもあんな風に純粋に喜んでもらえたのが、戦う為の道具でしなかった歌に意味があった事に気づけたのが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
「戦う以外にも、あたしらに出来る事があるのかもな」
ノイズへの憎しみは変わらない。
だけど憎しみをぶつける為に戦うのはもう辞めよう。
自分は守る為に戦うんだ、誰かを勇気づける為に歌うんだ。
平和のために、未来のために。
膝で眠るユウを見る。幸せそうに眠るその姿は、まるで平和そのものと言えるぐらいに美しかった。
「なぁ翼、守ってみせようぜ。この寝顔を、この笑顔を、この未来をよ」
いきなり世界を守るなんて大それた事は言わない。
だから今はせめて目の前のこの子を守ろう。
「ええ、約束よ、私達二人で……」
「ああ! 約束だ!」
あたし達は二人で笑い合いながら、互いの小指を結び合わせる。
それから数日後、あたし達“ツヴァイウィング“は結成された。
☆
――現代――
「翼お姉ちゃんっ!」
「ユウ……?」
リディアン内に設置された医療施設の扉を勢いよく開ける。
扉の先にベッドから体を起こして座っている翼の姿が見える。
「お姉ちゃーんっ!!」
まだ体のいたる所に包帯を巻きつつも元気に此方へと微笑む翼の姿に、ユウは思わず飛びついた。
「ふふっ、もう苦しいわユウ」
「あ、ご、ごめんなさい……。ぼく嬉しくて」
いくら元気そうとは言え、目が覚めたばかりの翼の姿はまだまだ痛々しく、つい強く抱きしめてしまった事を反省する。
「あのね、ぼく毎日お見舞いに来たんだよ」
「うん。そうみたいね。でも……」
その言葉が本当なのはこの病室を見渡せばよく分かる。
翼のベッドの周りには、お見舞いの品である御守りや折り紙の鶴などが置かれていた。
だがその量は尋常じゃなく、神社で買ったものだけでなく、手作りのお守りに、折り鶴に関しては千羽鶴ではきかないほど山盛りに置かれていた。
「ちょっと、多すぎかしら……」
「ううぅ……だって、ぼく早くお姉ちゃんに良くなって欲しくて……」
(か、かわいい〜〜〜っ!!!)
自分でも多すぎだと気づいたのか恥ずかしそうに頭を下げ、頬を染めながら上目遣いで見上げる姿に、翼の胸の奥が撃ち抜かれた。
「よし、これ等全ては風鳴家の家宝にしよう!」
「え? いや、そこまで大事にしなくていいけど……」
久しぶりのユウ成分に暴走し出す翼に若干戸惑いながらも、側に腰を下ろして談話する。翼が眠ってからの出来事や変わった事、彼女が見聞き出来なかった事を少しでも伝えようとユウは一生懸命に話した。
翼はそんな彼を優しい目で見つめていた。
こんな気分がスッキリとした気持ちで居られるのは先程まで見ていた夢のおかげだろうか。
「お姉ちゃん、なんだか機嫌が良さそう」
「そう?」
「うん、何だか優しい目をしてる」
「ふふっ、もしかしたら昔の夢を見たからかも?」
「昔の……夢?」
「ええ。ねぇユウ、行きたいところがあるの」
☆
二人は病室を抜け出し施設内を歩いていた。
「翼お姉ちゃん、大丈夫?」
翼は点滴をつっかえ棒にし、ユウに腰を支えてもらいながらも一歩一歩確実に歩く。
「柔な鍛え方していないし、大丈夫よ」
とは言うが足腰に力が入っていない、数週間寝たきりだったのだから当然だ。
そうして着いたのは、翼の病室よりも更に一つ上の階に設置された、超重要人物などが入院する部屋。
「お姉ちゃんが来たかったのって、この病室? 誰か入院してるの?」
「ええ、私の大切な人がね……」
ユウに扉を開けてもらい二人で中に入る。
間取りは翼の病室よりも倍ほど広く、精密そうな機械に囲まれながら大きなベッドが真ん中に置かれている。そのベッドで眠るのは、白銀のシーツを際立たせる程燃えるような赤い髪をした少女。
「あれ? この人って……」
「天羽奏……私の親友で、ガングニールの元の持ち主だった人よ」
三年前のコンサートの日の事件。
念の為に携帯用のリンカーを所持していたおかげでノイズの群れは何とかなったが、問題はその後降り注いだ謎の怪獣。
凄まじい強靭な体と火力に、翼達はなす術が無く、先に倒されてしまった翼と、その場に巻き込まれた響を守る為に奏は絶唱を使う選択をした。
絶唱が完全に発動しきらなかったのと、その後に舞い降りた光のおかげで一命を取り留めたが、受けたダメージは多く、あの一件以降昏倒状態となっていた。
「そっか、だからお姉ちゃんは……」
何故翼があそこまで響を目の敵にしていたのか、それは奏の居場所を守る為だった。
そしてユウを守る事に執着していたのも、かつての奏との誓いを確かなものとする為、いずれ目覚めると信じる彼女が安心して隣に居られるように、翼は防人として歌手として一人で歌い続けていたのだ。
「でもそれも……結局はただの我儘でしかなかった。立花には悪い事をした……」
自分のしでかした事を悔いるが、ユウはかぶりを振る。
「そんな事無いよ。それだけお姉ちゃんが奏さんを大事に想ってるって事だし。響お姉ちゃんとも仲直り出来たんでしょう?」
響から少しだけ翼に認められた話を聞いていたユウは、その楽しそうな表情から二人の間にあった蟠りが少しでも改善されたのが察していた。
「ええ。……でも、ふふっ、
「えっ?」
「貴方は覚えてないかもしれないけど、私達は昔会ったことがあるのよ?」
そうして翼は話す、友人同士である父親と弦十郎を繋がりとして過去に出会っていた事を。
「そうだったんだ。ごめんね、覚えてなくて……」
「仕方ないわ。あの時の貴方は今よりもずっと小さかったんだから」
それにあの日の後、海外へと帰って行ったユウにはあの日の出来事が霞んでしまう出来事が起きていた。
父親の死に母親の病気そしてある出会い。記憶の移り変わりの激しい幼少期には刺激が強すぎた。
「そっか、あの日助けてくれたのは奏お姉ちゃんだったんだね。ありがとう、早く目を覚ましてね」
ユウは布団からはみ出た奏の手を両手で握り、祈るようにおでこへと寄せる。
「目覚めて、くれると良いけど……」
この三年間、気を強く張る事で誤魔化していたが、ユウや響との関わりで気が緩んでしまったせいか一向に目覚める気配のない奏の姿に、つい思いが漏れてしまった。
「大丈夫だよ」
「え?」
「だって翼お姉ちゃん頑張ってたもん。お姉ちゃんだけじゃないよ、弦おじさんも、二課の人達も皆んな皆んな頑張ってるもん。皆んなが強く望むなら、きっと応えてくれるよ」
そんな翼とは対照的に力強い言葉で答える。
真っ直ぐで力強い言葉は、本当にそうなるような気持ちを翼に持たさせてくれる。
「ありがとう、ユウ」
翼がお礼を言った時、ガラガラと病室の扉が開いた。
姿を見せたのは若々しい看護婦だった。
「風鳴さん、勝手に歩き回らないでください! 目が覚めたとは言ってもまだ重症なんですから!」
「す、すみません!」
肩で息をしている姿から、翼の病室から彼女が居なくなり慌てて探していたのだろう。流石の翼もバツが悪そうに謝罪する。
「お体の事だってまだまだ検査が残ってるんですからね。ほら行きますよ!」
「は、はい! じゃあユウ――」
「うん。いってらっしゃい!」
複数の看護婦に支えられる形で奏の病室を後にする翼。
そうして病室に残ったのはユウと眠ったままの奏の二人だけ。
「ねぇ、そうだよね? ⬛︎⬛︎⬛︎――」
シンと静まった病室でユウはポツリと呟く。
その話し相手は勿論奏では無い。それが誰なのかは彼にしか分からない。
ただユウの言葉に反応するように彼の胸元のクリスタルが淡い光を放つ。
その光は徐々に大きくなり病室を包み込んだ。
☆
「検査の結果、特に問題無くて良かったですね翼さん」
「心配をおかけしてすみません。でも叔父様まで来なくても良かったですのに」
「何を言ってるんだ。可愛い姪っ子が目を覚ましたんだ、顔を出すのは当然だろう。それにあの子の送り迎えもあるしな」
検査の途中で緒川と弦十郎と合流した翼は、病室の廊下を三人で歩く。二人とも忙しい身だったが、翼が目を覚ましたと言う話を聞いて急いで仕事に時間をあけたのだ。
「しかし、奏君の事ユウにも話したんだな」
「はい、駄目だったでしょうか?」
「いや、いずれオレの方から話そうと思っていたし問題無いさ」
弦十郎からすれば、翼がそう言った弱さを誰かに見せることの方が以外だった。
目を覚ました翼は、毒の抜けたような顔をしており、司令部で見るような鋭い刃の様な目では無く、穏やかな表情をしていた。
(これもあの子の影響だろうか?)
弦十郎の脳裏には、親友と同じく眩しい笑顔を見せる少年の姿が映る。
この三年間自分達がどうする事も出来なかった翼の氷の様な心を、この短時間で溶かしてしまうのだから純粋さとは恐ろしいものだ。
「でも翼さんが目を覚ましたなら、奏さんもいつか!」
「そうだと、良いのですが……」
しまった、と緒川は顔を顰める。
同じく絶唱を使った翼が目を覚ましたのだから、同じ奏もと励ますつもりで言ったのだが、寧ろ翼の声は小さくなってしまった。
三人が重い空気を漂わせながらも、ユウと別れた奏の病室が近づいていた。
「ん? 何やら騒がしいな?」
弦十郎の言う通り、病室から声が聞こえる。
しかも1人のものではなく、二人以上の掛け合いによる話し声だ。
一つは最近聞き慣れた、少女と聞き間違うぐらい高い少年の声。
もう一つは――
「この声…………まさかっ!?」
その声を翼が聞き間違うはずが無かった。
たとえこの数年間一度も聞くことが出来ていなかったとしても、ずっと隣で聞いていたあの声を間違えるはずがなかった。
「あははははっ! やっぱり可愛いなユウは〜!!」
「えへへ〜!」
扉の先に待っていたのは、笑顔のユウを後ろから抱きしめ頭を撫でる赤い髪の少女。大好きな二人が揃った光景、それはこの三年間翼が望んでいたものだった。
「あっ、翼お姉ちゃん!!」
ベッドの上から飛び降りたユウがトテトテと此方へと近づいて来る。
「お姉ちゃん! 奏お姉ちゃん目を覚ましたよ!!」
「奏……? 本当に……奏……なの?」
「おいおい、他に誰に見えるんだよ?」
突然の光景に翼だけじゃなくて、弦十郎や緒川も軽い放心状態になっている。
だがこちらへと奏の笑顔が、三年前の光景とピッタリと重なる。
「奏……………………………………奏ぇッ!!!」
力の入りずらい体の事など無視して奏の元へと駆け寄る。
あまりの勢いに点滴スタンドが倒れてしまうが、翼は気にせずその勢いのまま奏を抱きしめる。
「奏……奏ぇ!……」
「よしよし。やっぱり翼は泣き虫だな……」
「……やっぱり、奏は意地悪だ」
奏は三年ぶりの軽口を交わしながら、泣きじゃくる翼の髪をあやす様に撫でる。
「信じられん……まさかこんな事が……?!」
「でも、一体どうして?」
「もう! 二人とも、ぼーとしてないでお姉ちゃん達を二人にしてあげようよ?」
ユウは、今だに理解の追いついていない二人の背中を押して三人で病室の外に出た。
「やはりキッカケは翼か? いやしかし、翼が絶唱を使った時には何の反応も無かった筈」
同じく絶唱を使ったもの同士の共鳴を推測するが可能性は低い。
「もしくは響さんでしょうか?」
それならばと、同じガングニールを持つもの同士共鳴を推測するが、こちらも可能性は低い。
「いやだとしても、何故このタイミングなのかが分からん。とにかく了子くん達と話し合って――」
「むーっ!! どうして奏お姉ちゃんが目を覚ました事を喜んでくれないのっ!」
突然の奇跡の様な出来事に、弦十郎達は自分達なりの理屈をつけようと試行錯誤するが、その様子が面白く無いのかユウはプクーと頬を膨らませる。
「奏お姉ちゃんが目を覚ましたんだよ? 翼お姉ちゃんが喜んでるんだよ? だったらそれで良いじゃんっ!」
「い、いやそれは……」
「……………………いや、ユウの言う通りかもしれんな」
「司令?」
「オレ達大人は直ぐに理屈や論理を並べたがるのが悪い癖だ。この子の言う通り、奏が目覚めて翼も救われた。良いことづくめなんだ、たまには素直に喜ぶのもいいだろう」
勿論理屈や論理を並べるのが悪いわけでは無い、だだそれによってもっと大事な事を忘れてしまうのが問題。
いくら考えても分からないなら、今目の前の事実を喜ぼう。
その意図を察した緒川が頷くのを見た弦十郎は、うんうんと頷いているユウの頭を優しく撫でる。
(純粋さ、真っ直ぐさ、子供達には教えてもらう事ばかりだな)
“子供は未来の希望で光だ“。弦十郎はかつて親友が言った言葉の意味が、今になって理解できた気がした。
☆
疲れたのか奏は起き上がったベッドに背を預けリラックスし、翼もそんな彼女の側に座る。
「翼、ボロボロだな」
奏は腰掛ける翼の体に巻かれた、痛々しい包帯の数々に視線を移す。
「奏だって」
「あたしは良いんだよ。怪我はもう治ってるからな。ユウから聞いたぞ? 色々と無茶してたんだってな?」
「あ、あの子ったら!」
「怒るなよ。あたしが聞いたんだ、なんせあたしにはこの三年間の記憶なんて無いんだからな」
眠ったままだった奏からすれば、あの事件で意識を失ってから目を覚ませば三年後といった、ちょっとした浦島太郎状態。
しかも目の前には四年ぶりのユウと再会し、嬉しさやら困惑やらで複雑な心境だ。
「三年ぶりの奇跡の復活。でも現実はこれだ」
奏は利き腕を持ち上げ見せつける。
胸元まで上がった腕が震え、それだけで奏の額に汗が滲む。
「あたしはもう……戦えない……」
三年間の休養で絶唱のダメージは殆ど抜けている。
しかしその代償として筋力が衰えてしまっているのだ。
点滴や薬などで栄養や体調に関しては問題は無いが、衰えてしまった筋力はそうはいかない。戦うにしても歌うにしても体力が無いことには何もなす事は出来ない。
「それに、今は聖遺物も無いしな」
「奏……」
奏の持っていたガングニールは絶唱と共に失われてしまった。例え体力を取り戻したとしても再び同じように戦うことは出来ないだろう。
「でも諦めるつもりは無いさ。ノイズと戦うのはなにもシンフォギアだけじゃない。あたしに出来ることが何かあると思うしからな」
シンフォギアを手に入れたばかりの頃であれば考えられなかっただろう。だが今の奏は戦う事、敵を倒す事よりも大事なことがあるのを知っている。
「またお前と一緒に歌う為にも、先ずはリハビリを頑張らないとな!」
「ええ、私も応援する。また、一緒に頑張りましょう!」
二人はこの病室で、再びツヴァイウィングを結成することを約束した。
目が覚めてから短時間ではしゃぎ過ぎて疲れたのか、奏の瞼がゆっくりと閉じられる。
「んで翼? 今ガングニールを持ってる新人くんはどんな子なんだ?」
「……良い子よ。純粋で、真っ直ぐで」
「…………そうか。なら、安心だな」
そう言って眠りにつく奏の表情はとても穏やかだった。
☆