シンフォギア×TIGAー星を結ぶ少年ー(AI絵あり)   作:トライダー

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第八話 我慢

  ☆

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 平日の朝方、響は公園のベンチで黄昏ていた。

 本来ならとっくに授業が始まっている時間帯なのだが、どうにも足が重く学園まで進まないでいた。

 

(あの時……わたし、どうして……)

 

 彼女が悩んでいたのは前回の任務である、デュランダルの護衛の時の事。

 途中ネフシュタンの鎧の少女の襲撃によって戦闘が始まった。修行の成果のおかげか、ノイズの群れやネフシュタンの少女相手にも遅れを取らず戦えていたが、戦闘の最中、響の歌によってデュランダルが覚醒してしまったのだ。

 目覚めたデュランダルを奪われる訳にいかず、なんとか響が手にする事に成功した。

 しかしその瞬間、ドス黒いものが響を襲った。

 破壊、憎しみ、怒り、そのようなマイナスの衝動に突き動かされ、その思いのままデュランダルを振るい辺りの工業地帯を吹き飛ばしてしまった。

 そのおかげでネフシュタンの少女を退ける事は出来たが、代わりに衝動に振り回させるまま力を振るったと言う事実が響の心へと残っていた。

 

(こんな事なら、修行でもしてる方がましだったな……)

 

 大きな任務の後という事もあって弦十郎からしっかりと休むように言われているのだが、寧ろそのせいで余計な事を考えてしまう。

 

(未来……)

 

 こんな暗い気持ちになった時、いつも側で支えてくれた親友は今はいない。

 危険に巻き込まない為、悲しませない為に真実を隠し遠ざける。例え自分が傷ついても親友たちは守ると決めた覚悟は、冷え固まった心によって弱まっていた。

 

「へいき……へっちゃら……」

 

 慣れた口癖で自らを鼓舞するが、明らかにその声には覇気が無かった。

 未来と顔を合わせるのも気まずく、学校をさぼってる、そんな自分により深いため息を吐いた。

 

「響お姉ちゃん?」

 

 俯いて自分の手を見つめていると、視界の端に色の白い両足が映り、聴き慣れた声が聞こえる。

 

「どうしたの?」

 

 心配そうに此方を見下ろすユウの姿に、響はしまったと思い、心の奥で自分の頬を叩く。

 

「あ! ユウくんだー! おっはよう! 会えて嬉しいな〜! ぎゅってさせて!」

 

 無理矢理テンションを上げた響は、その勢いのままユウを後ろから抱きしめながらベンチに座った。

 

「うー! フワフワモチモチいい匂い〜。今日はもうずっとこうしてたいな〜!」

 

 艶のある黒髪へと顔を埋めると、鼻をくすぐる少年とは思えない良い香りに、胸の奥が熱くなる。

 しかしいつものように戯れているにも関わらず、ユウからの反応は戻って来なかった。

 

「響お姉ちゃん、なにか辛い事があったの?」

 

「えっ?」

 

 ユウに心の奥を見透かされ、自らの心臓が跳ねる。

 

「なんだか、お姉ちゃん元気ない」

 

「な、何言ってるのユウくん? わたしなんて元気だけが取り柄なんだから! ほらほら平気へっちゃら!!」

 

 力瘤を作るような仕草で全力で笑顔を作る。自分でも一番の作り笑顔ができていると自負していた。

 

「でもお姉ちゃんの(ここ)は痛そうだよ?」

 

 しかしユウの澄んだ瞳はジッと響を見つめる。

 その美しさに響の心臓の鼓動は強くなり頬が熱くなる。目を離して誤魔化そうにも、彼の瞳をずっと見ていたくなってしまい逸らすことが出来なかった。

 そうして何分、もしかしたら何時間と経過した時、ユウはニッコリと笑った。

 その笑顔だけで響の心臓は一層強くなった。

 

「お姉ちゃん、ご飯食べよ!」

 

 

 

  ☆

 

 

 

「はい、どうぞ!」

 

 弦十郎の屋敷に呼ばれ待つこと、ユウが出してくれたのはコロッケ定食だった。

 

「良いの? こんなに豪勢にしてもらっちゃって?」

 

「うん。今日おじさん帰ってこないから、材料が余ってるんだ。だから食べてくれると嬉しいな」

 

「じゃあ……いただきますっ!」

 

 遠慮こそしたが寮を出てから朝ごはんも食べずに居たからか、既に響の空腹度合いは限界だった。

 勢いよく手を合わせると、目の前の食事に手をつけていった。

 

「うーん! 美味しいっ!!」

 

 丁度良い揚げ加減により出来たサクサクの衣の中に、ホクホクのジャガイモと小さく切った牛肉が良いハーモニーを醸し出し、お手製の甘辛いソースがアクセントとなっている。

 おかずのお供として用意された、大好物の白米。そしてキャベツとアサリの味噌汁のおかげで淡白なコロッケも飽きる事はない。

 栄養と味のバランスの取れた昼食に、響は自然と笑顔をこぼした。

 

「……ふふっ」

 

 そんな響を対面の席から見つめるユウも、同じように笑みをこぼす。

 

「? どうしたのユウくん?」

 

「ぼく、響お姉ちゃんが食べてるところ見るの好きだなぁって思って」

 

「ええっ!?」

 

 勢いよくがっついていた所を見られていたことを思い出した響は、みるみる顔が熱くなった。

 

「うう……恥ずかしいよ、ユウくん……」

 

「えへへ〜。いっぱい食べてね?」

 

 しかし空腹とこの味に逆らう事はできず、響は次々と箸を進めていった。

 

「ご馳走様! あー美味しかったー!」

 

 満腹までお腹を膨らませた響は、ゴロンと畳の上で横になる。

 

「ふぁ〜あ………………」

 

 お腹が膨れたことで今度は眠気がやってくる。

 普段の修行と前回の任務でよっぽど疲れていたのか、襲いくる睡魔に一切抗う事が出来ず、ゆっくりと瞼が閉じられた。

 

 

  ☆

 

 

(良い匂い……それになんだか、暖かい……)

 

 春の陽気とはまた違う、優しく暖かい光に包まれるような感覚に自然と力が抜けていく。

 

(それにこの枕。ちょうど良い柔らかさで……)

 

 硬すぎず柔らかすぎず、眠るのに程よい枕に気分が良くなり身を捩って頭を擦りつけ、抱きしめるように手を回した。

 

「ひゃっ!? く、くすぐったいよ、お姉ちゃん」

 

「…………え?」

 

 頭の上から聞こえる声に釣られて見上げると、此方を覗き込むユウと目があった。

 

「ユウ……くん? 何で?」

 

「だってお姉ちゃんここで寝ちゃうんだもん。せっかくお布団敷こうと思ったのに。だからせめて枕だけでもって思って」

 

「えっと………………あっ!」

 

 寝ぼけているせいで、自分の部屋にユウが居るように錯覚してしまったが、次第に思考がクリアになり状況を把握出来るようになる。

 自分はいまユウの膝を枕代わりにして、顔を埋めながら両手を回し、お尻を鷲掴みにしている状態だった。

 

「わあっ!? ご、ごめんユウくん! つい触り心地がよくて……じゃ無くて! つい、このまま味わっていたい……でも無くてっ!?」

 

 見る人が見れば中々に危ない光景に慌てて離れる。その際に本音が漏れそうになるのを頭を振って押さえる。

 

「良かった。響お姉ちゃん、元気出してくれて」

 

「え?……あっ」

 

 ユウの言う通り。先程までゆっくりと休んだおかげか先程までの暗い気分は落ち着いていた。

 

「昔お母さんがね。ぼくが元気ない時にこうやって元気付けてくれたんだ。辛い時や悲しい時は、お腹いっぱいご飯を食べて、ゆっくり休んで、いっぱい甘えるのが良いって言ってたんだ!」

 

 なので食事の後にゆっくり休めるように布団を敷くつもりだったのだが、洗い物から帰って来ると既に響は寝ていた。

 ユウの力では寝室まで運ぶのは難しいので、頭だけでもと思い膝枕をする事にしたそうだ。

 

「だから、どうぞ?」

 

 ユウは自分の膝を優しく払うと、此方を招くように両手を広げる。

 

「で、でも……良いのかな?」

 

「どうして?」

 

「だって、わたし……」

 

 未来を騙し学校をサボり、なのにノイズとも戦っていない、そんな自分がこれ以上優しくしてもらうなんて許されるのだろうか?

 そんな事よりももっと頑張らないといけない事があるのでは無いだろうか?

 

「響お姉ちゃんは、もういっぱい頑張ってるよ?」

 

 そんな疑問を掻き消すように、ユウは真っ直ぐ響を見つめる。

 

「毎日毎日誰かの為に、必死で戦って、修行して、傷ついて……誰よりも頑張ってるのぼくは知ってるよ。だから今日は、ぼくが響お姉ちゃんを甘やかしてあげたいんだ」

 

 ユウの優しい声に張り詰めた覚悟は緩み、響の頬を細い涙が伝った。

 

「我慢、しなくて良いんだよ?」

 

「ユウくん……ユウくんっ!!」

 

 響はそのままユウの膝へと頭を埋め、ユウはそんな彼女の頭を子をあやす親のように優しく撫でた。

 

「わたし、頑張ってるんだよ?」

 

「うん」

 

「毎日毎日ノイズと戦って、修行して、学校に行って……」

 

「うん、知ってるよ」

 

「でも毎日頑張れば頑張るほど皆んなが遠ざかっていくんだ。未来まで傷つけて……」

 

 流星群を見る約束を抜け出した時、修行と言って学校をサボった時、デュランダル護衛任務から帰った時、いつだって未来は怒るのではなく寂しそうな哀しそうな顔を見せる。

 そんな顔をさせたく無いからこそ装者として戦っているのに、響が戦えば戦うほど未来は悲しむ。

 そんな矛盾に響は苦しんでいた。

 

「このままじゃわたし、未来の友達じゃ居られなくなっちゃうよ。そんなの、嫌だよ……」

 

「大丈夫だよ。未来お姉ちゃんもきっと分かってくれるから、だから今はゆっくり休んで」

 

「ありが……とう……」

 

 想いの縁を吐き出した事で緊張が解けたのか、再び睡魔が響をおそう。

 

「…………チュッ…………本当にお疲れ様」

 

 響のこめかみに“おまじない”をしたユウは、そばに置いてあった携帯端末を手に持つ。

 

(やっぱり、良くないよこんなの……!)

 

 意を決した表情で、ユウはある人物に連絡を取った。

 

 

 

  ☆

 

 

 

(はぁ〜! やっちゃったー!!?)

 

 屋敷からの帰り、ユウと手を繋ぎながら響は先程までのやり取りに頭を抱える。

 

(こんな小さな子に甘えちゃうなんて、それになんだか恥ずかしいところを見せちゃったような〜〜!!!)

 

 自分よりも小さい男の子に自分の心の内を見せてしまい、気恥ずかしさや罪悪感のような物が渦巻いていた。

 

「お姉ちゃん、よく休めた?」

 

「えっ!? えっと、それは……」

 

 そんな響の内心を知らずして、ユウは上目遣いで見つめてくる。その穢れなき眼に、罪悪感が勝りつい逸らしてしまう。

 

「やっぱり、ぼくの足じゃあダメだった?」

 

「めめめ、滅相もない!? 結構なお手間ででしたぞ!!?」

 

 焦りすぎて謎の言葉遣いをしてしまった響は、先程までの感触を思い出したのか、視線をユウの足へと移した。短パンの裾からはみ出した白い太腿にゴクリと喉を鳴らす。

 

「ふふっ、良かった! またいつでもしてあげるからね?」

 

「ええっ!? 良いのですか?!」

 

「もっちろん! 響お姉ちゃんには何度だって助けられてるんだから、ぼくなりのお礼だよ!」

 

 響達が戦ってくれるからこそ自分達の生活がある。

 それを分かってるからこそ、ユウ自分に出来ることを響達にしてあげたいのだ。

 

(ううぅ……嬉しいけど、あんな事続けていたら、わたしおかしくなっちゃうかも……)

 

 嬉しい申し出ではあるが、これ以上あの感覚を味わってしまうと理性(だいじなもの)を失ないそうなのが少し怖い。

 

「あ、響お姉ちゃん時間はある?」

 

「え? うん、大丈夫だけどどうして?」

 

「ぼくこの後、翼お姉ちゃんと奏お姉ちゃんのお見舞いに行く約束してるんだ」

 

「ええっ?! ツヴァイウィングのっ!?」

 

 響からすれば憧れの二人の名前。

 弦十郎や了子から翼と奏が目を覚ました事は聞いていたが、二人とも絶対安静の状態なのでまだ顔を合わせられないでいた。

 

「良かったら響お姉ちゃんも行かない?」

 

「行きます! 行かせてください、ユウくんちゃん様!!!」

 

 単純に歌手としての二人のファンでもある響にとっては、天からの恵みに近い提案だった。

 

 

 

  ☆

 

 

 

 リディアンと隣接した医療施設。その長い廊下を響は歩く。

 その背筋をピンと張った姿から、彼女が緊張しているのは傍目にも明らかだった。

 

「響お姉ちゃん大丈夫?」

 

「だ、大丈夫大丈夫! ふぅ……落ち着け、わたし」

 

 病室の前に立ち、ゆっくりと深呼吸で焦りを整える。

 翼と奏の病室。元々別の部屋だったが、目を覚ました奏が豪華な病室を嫌い、一緒にリハビリを受ける翼と同じ病室を希望した為、今は同じ病室で治療を受けている。

 憧れの存在であり命の恩人である二人が待つ病室を前に、響の緊張は限界に達していた。

 深呼吸を二、三度繰り返した後、コンコンと扉を叩く。

 

「おう! 入ってくれ!」

 

 病室から聞こえる力強い声に背筋が伸びる。

 

「は、はい! 失礼します!」

 

 ガチガチに固まった体を動かし扉を開く。緊張する響とは対照的に、扉は何の抵抗もなくスムーズに開いて行った。

 

「翼お姉ちゃん、奏お姉ちゃん、こんにちは!」

 

「おう! ユウ、よく来たな!」

 

 ユウの姿を確認した奏は、病室のベッドから右手を挙げて会釈する。

 

「ユウ、一応病室なんだから大きな声を出してはダメよ?」

 

「はーい、ごめんなさい」

 

 二人に会えた嬉しさでつい大きな声で挨拶をしてしまったユウを翼が諌める。

 

「よくいうぜ、早くユウが来ないかってソワソワしてた癖に!」

 

「もう奏! そういう事は言わなくて良いの!!」

 

 楽しみに待っていたことをバラされた翼は、ついユウ以上に大きな声を出してしまう。

 

「んで? 君が噂の……」

 

 翼とのやり取りに大笑いした後、奏は入口で固まってる響へと視線を移した。

 

「は、初めましてッ! わわわたし! 立花響って言いましゅッ!! ええっと、趣味は――」

 

「あははっ! 落ち着けって見合するわけじゃ無いんだからよ。詳しい話は翼達から聞いてるよ。今は君がガングニールを持っていることもな」

 

 奏の表情が楽しそうに笑っていたのが、真剣なものへと変わった。それと同時に響の顔つきも引き締まった。

 

「見せてくれないか?」

 

 響はこくりと頷くと膝をつき、服の胸元を緩め露わにした。

 それを見たユウは心配そうに顔を顰める。

 

「お姉ちゃん、痛くないの?」

 

「大丈夫だよ。見た目程酷い傷じゃなかったから」

 

 本当はこれでもかなり小さくなった程なのだが、ユウを安心させる為少し嘘をついた。

 首より下、胸元より少し上の位置に決して小さいとは言えない古傷の跡。

 奏は引き寄せられるように自然とその傷に指を添える。

 

「……悪いな、怪我させてしまって。痛かったろ?」

 

 あの日自分の力不足のせいで大怪我をさせてしまった。あの日気を失う瞬間、奏が感じていたのはその罪の意識だった。

 しかし響はゆっくりと首を横に振る。

 

「わたし嬉しいんです。あの日奏さんと翼さんに助けて貰えて、その力が自分にもあるって事が、この力でもっと多くの人を助けてあげられるって事が!」

 

 しかし響の心の奥にあったのは、あの日のトラウマではなく、感謝の心だった。

 

「だからわたし、お二人にずっとお礼が言いたかったんです! 奏さん、翼さん、あの日あの時助けてくれて、本当にありがとうございました!!」

 

 頭をぶつけるんじゃないかと思うぐらいに深く勢いよく頭を下げ、この三年間溜め込んできたお礼の言葉を述べた。

 

「ははっ! なんだ、良い子じゃないか。なんで虐めてたんだよ翼?」

 

「そ、それはっ?! その……」

 

「あはははっ! 分かってるよ。あたしの居場所を守ろうとしてくれたんだよな? ありがとうよ」

 

 翼のリアクションが面白くてついからかってしまったが、彼女が自分をそのまで想ってくれていた事は嬉しい。

 

「もう、やっぱり奏は意地悪だ」

 

 拗ねる翼の姿に奏はまた吹き出す。

 そんな微笑ましい二人を見た響は呆気にとられたようにほうける。

 

「ん? どうした?」

 

「あ、いえ、なんだか、わたしの知ってる翼さんと違うような気がして……なんと言うか…………可愛い?」

 

「た、立花!?」

 

 予想外の反応に焦る翼。と言うのも響が知ってる翼は、抜き身の刀のように鋭く冷たく、触れればこちらが怪我をしそうな雰囲気を醸し出していた。

 しかし今の翼は表情も雰囲気も柔らかく年相応に感じさせる。前に星を見に行った夜、ユウと接する彼女からも同じ雰囲気を感じたが、これが素の状態なのだろう。

 

「うん! 翼お姉ちゃん、可愛い〜!」

 

「だろ? 普段は強がってるが、中身は普通の女の子なんだ。怖がらずに付き合ってやってくれ」

 

「もう、二人とも!」

 

「はい、勿論です! 翼さんも早く良くなって下さいね? 今度こそ一緒に戦えるのを楽しみにしてますから!」

 

「あ、ありがとう……」

 

 まるで母親のような物言いの奏に、文句の一つでも言いたくなったが、響の素直さに照れながらもお礼を言う。

 

「って言っても、わたしまだまだで、翼さんの足引っ張っちゃうかも」

 

「そうか? 二課から映像を見せてもらったけど、悪く無かったぞ?」

 

 響達の戦闘は全て二課による調査ドローンによって記録されていて、入院の合間に今までの翼や響の戦闘を見せてもらっていた。

 特にデュランダル護衛の時の戦闘記録は、見事なものだったと二人も褒めていた。

 

「でもわたし、今だにアームドギアも出せませんし……わたしにも武器があれば……」

 

 弦十郎の元での修行や、二課でのシュミレーションのおかげで通常のノイズなら問題なく倒せるようになった。しかし翼や奏のような武器を生成することは、まだ出来ていないのだ。

 

「響、アームドギアは武器じゃない」

 

「えっ?」

 

「アームドギアってのは、自分の心を形にしたものだ。だからそんなに難しく考える必要は無いんだ。自分の思いを手にして振えばそれがどんな形であれ、それはお前のアームドギアだ」

 

「わたしの……思い。わたしのアームドギア……」

 

 自分の手のひらを見つめながら、響は奏から教えられた事を復唱する。

  

「響、ガングニールは己の意志を真っ直ぐ貫き通すシンフォギアだ。だからお前の思いを全部そいつに乗せちまえ」

 

「……っはい! ありがとうございます!」

 

 

 

 

  ☆

 

 

 

 

 病室を後にした響とユウは二人で帰路につく。

 本当はもう少し話をしたかったが、二人とも病み上がりな為長居をするのは失礼だと考え、ユウと手を繋いで帰る事にした。

 

「やっぱりカッコいいな、ツヴァイウィングは!」

 

 ずっと言いたかったお礼を言えた事と、憧れの二人と同時に話ができる響の機嫌は最高潮だった。

 

「ありがとうユウくん。ユウくんのおかげで――」

 

 今日一日の出来事のお礼を言おうとした時、ユウの声が覆い被さる。

 

「まだだよ?」

 

「えっ?」

 

「だって響お姉ちゃんの問題、まだ解決してないよ?」

 

 心の疲れ、戦闘の悩み、喉元に引っ掛かっていた命の恩人へのお礼、今日一日で溜まっていたものが開放されたが、まだ一番の問題が解決していなかった。

 

「ど、どうしたのユウくん?」

 

「えっとね、そろそろ来てると思うから…………あっ、居たよ!」

 

 響の手を引いたまま辺りをキョロキョロ見渡すと、待ち人を見つけたのか大きく手を振って声をかける。

 

「…………未来」

 

「…………響」

 

 寮の帰り道にある上り坂、そこで待っていたのは未来だった。

 ユウは響が寝た後、彼女に連絡をとり、この時間帯に会えるように約束をしていた。

 

「ユウくん、どうして……?」

 

「響お姉ちゃん、未来お姉ちゃんに本当の事話そ?」

 

 全ては響の秘密を打ち明けさせる為。不安そうな響の目を、ユウは真っ直ぐ見つめ返した。

 

「それは、駄目だよ……。そんな事をしたら未来を戦いに巻き込んじゃうよ。そんな事したら、未来が苦しんじゃう、悲しんじゃう……」

 

「んーん、違うよ。未来お姉ちゃんは、“今”泣いてるんだよ」

 

「っ!?」

 

 未来の姿を見て辛い思いを思い出したのか、意気消沈する響の両腕をユウは力強く掴む。カッと見開かれた響の瞳を、ユウは逃がさないように真っ直ぐ見つめた。

 

「未来お姉ちゃんだけじゃ無いよ。響お姉ちゃんも毎日苦しんでる、悲しんでる。守る為に戦ってるのに、その相手が泣いてるなんておかしいよ! そんな事をしてまで守る秘密なんてあるはず無いよ!」

 

 ユウもまた響の悩みである矛盾に疑問を覚えていた。

 大好きな二人が、互いのことを思い合いながらそのせいですれ違ってしまっている、ユウにはそれが耐えられなかった。

 

「これからどうなるかなんて分からないけど、今未来お姉ちゃんが泣いちゃってるなら、それって意味のない事なんじゃないのかな?」

 

 ユウが響を説得する中、少し離れた場所で二人を見ていた未来の手が少しずつ震える。

 なんて声をかけよう? また嘘を吐かれたらどうしよう? 怒りのまま響に酷い事を言ってしまわないか? 様々な思いが渦巻き、未来の体を後退させる。

 

「行かないで?」

 

 思わずこの場から逃げ出してしまう未来の手を、ユウが慌てて掴んで止める。

 

「未来お姉ちゃんも逃げないで響お姉ちゃんの話を聞いてあげて? お願い!」

 

「ユウくん……」

 

「二人共お互いの事が大好きなのに、お互いの事を大事に思っているのに、そのせいで二人が仲良く出来ないなんてそんなの嫌だよ!」

 

 今すぐこの場から逃げ出したい。

 そんな気持ちに襲われる響と未来。しかし自分達のために一生懸命に食い下がるユウの姿に、二人も覚悟を決める。

 

「分かったよ、ユウくん」

 

「……本当? 響お姉ちゃんの事、怒らないでくれる?」

 

「それは分からないけど。でも、途中で怒ったり逃げたりしない。ちゃんと最後まで聞くって約束する」

 

 不安そうに目を潤ませるユウの頭を優しく撫で、響の方へと視線を移した。

 二人の視線が交わる。お互いに付きものの取れたような顔をしており、同時に頷いた後ゆっくりと歩を進めた。

 互いに思い合って居たが故に、すれ違って居た幼馴染同士の歩みが重なろうとした時。

 

「お前はァァァァァーーーー!」

 

 破壊の刃が二人の間へと振り下ろされた。

 

「きゃあッ!??」

 

「未来ッ、ユウくん!?」

 

 コンクリートの砕ける衝撃に未来とユウが一緒に吹き飛ばされた。

 

(っ!? アイツの他に人が居たのか!)

 

 鞭を振り下ろし地面を砕いたのは、ネフシュタンの少女だった。

 単独の響を狙ったつもりだったが、死角で見えない位置に居た民間人を巻き込んでしまったことに後から気がついた。

 

(やべえッ!?)

 

 しかしそんな後悔も遅く、攻撃によって吹き飛ばされた車が、二人へと降り掛かろうとしていた。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron……」

 

 もう響の中に迷いは無い。

 守ると決めた大切な二人、その二人を守る為に覚悟の旋律を響せる。

 側で親友の歌が聞こえ、自分達を押しつぶそうとして居た衝撃がいつまでも来ない。

 それを不思議に思った未来が目を開くと――

 

「響……?」

 

 ――そこに居たのは自分達を押し潰そうとして居た車を、軽々と持ち上げ自分達を救った親友の姿。

 しかもその装束は先程までの制服では無く、見た事の無い鎧を、シンフォギアを装着していた響の姿だった。

 

「未来、ユウくん! 大丈夫!?」

 

「う、うん……」

 

 状況の変化に思考が追いつかないが、その声とその勇ましい表情は間違いなく親友のものだった。

 

「良かった。二人は安全な所に居てね?」

 

 嬉しそうに笑うと響はネフシュタンの少女を一瞬睨み付け、その場を跳び去った。

 

「どんくせえ癖に一丁前の挑発をッ!」

 

 未来達を戦いに巻き込まない為であったが、彼女とて目的は響だけでありその挑発に乗る事にした。

 シンフォギアで強化された響の跳躍力に、ネフシュタンの飛行能力で後を追いかける。

 

「ユウくん、響が……」

 

「うん、でも今はここを離れよ?」

 

 いまだに混乱している未来を、響の言う通り安全な場所に連れて行こうと立ち上がる。

 その時――

 

「うわぁっ!?」

 

「ユウくんッ?!」

 

 ユウの立っていた場所の足場にヒビが入る。

 ネフシュタンの鞭によって砕かれた足場が崩壊しようとしていたのだ。

 

「わあああああああぁっ!?!?」

 

「ユウくーーーーーーーんッ!!??」

 

 乗り移ろうにも崩壊が早く、そのままユウは大勢を崩し崖となった足場を滑り落ち、真下にある森へと姿を消した。

 

 

 

  ☆

 

 

 

 森の中での戦闘、アームドギアを持たない響では届かない中距離、ネフシュタンの少女は容赦なく鞭を振るう。だが響はそれを最小限の足捌きで鞭を掻い潜る。

 

(くッ! コイツ、前よりも動きが……)

 

 デュランダル強奪の時も響の動きに驚いたが、今回はそれ以上だった。

 動きそのものだけで無く、あの時にあった焦りや力みが消えている。

 ユウとの休憩によって、戦う覚悟をより高めた響が、戦士として一つ上に成長した証拠であった。

 

「やってくれるな、どんくせえノロマがッ!」

 

「〝どんくせえノロマ〟なんて名前じゃないッ!」

 

 少女の荒々しい言葉遣いに負けないぐらいに響は声を荒げる。

 

「わたしは立花響一五歳! 誕生日は九月の一三日。血液型はO型。身長はこの間の身体測定じゃ一五七センチ! 体重はもう少し仲良くなったら教えてあげる! 趣味は人助けで好きなものはごはんアンドごはん! あと好きな異性のタイプは、可愛い系の年下の子ですッ!!」

 

「な、なにトチ狂ったこと抜かしやがるんだ? お前は……」

 

 戦いの最中に自己紹介。少女の価値観では何を考えているのか理解出来なかった。しかし響は彼女の言う通り、トチ狂った訳では無いかった。

 

「わたし達は、ノイズと違って言葉を持っているんだからちゃんと話し合いたい! どうしてそんな怖い力を振るっているのか知りたいんだッ!」

 

 自分達は言葉通じる。言葉が通じるという事は自分の事を伝え、相手のことを知る事が出来るという事。

 ならば闘うよりも先にやるべき事あるというのが響の考えだった。

 

「何て悠長! この期に及んでッ!」

 

 しかしそれは決して相手が理解してくれるものではない。

 それでも響は言葉を止めなかった。

 

「だから止めよう、こんな戦い! ちゃんと言葉を交わして、話し合って、通じ合えば分かり合えるよ!」

 

 言葉とは地球上に存在するあらゆる生物の中でも人間にのみ許されたコミュニケーション。

 言葉を介さない獣でも、感情の無いノイズでも無い自分達なら対話を通じて互いを理解し合えるはずなのだ。

 

「五月蝿いッ! 何が分かり合えるだ!? 言葉を交わせるだぁ!? 理解(わかり)合えるもんかよ! そんな風にできてるもんじゃねえんだよ……人間ってのはッ!!」

 

 響の甘い言動に強く拳を握りしめる。

 その力の強さに、鎧の指先に付いた爪が砕けるのではないかと思われる程に、ギリギリと音を鳴らした。

 

「もうお前の身柄なんざどうでもいいッ! アタシの力で、その甘ったるい口先ごと粉々に打ち砕いてやるッ!!!」

 

 ネフシュタンの飛行能力で制空圏をとった少女は、鞭の先端にエネルギーを溜める。

 

「吹っ飛べッ!」

 

《NIRVANA GEDON》

 

「ぐッ!」

 

 翼をも吹き飛ばした必殺技。

 響は歌の力を強くし、防御力を高めてそのエネルギーの塊を受け止める。

 

「持ってけ、ダブルだッ!!!」

 

 後退しながらも両手両足で踏ん張る響へと、駄目押しとばかりにエネルギー弾を追加していく。

 エネルギー同士が衝突する事で誘爆し、響の身体を爆発が包み込んだ。

 

「ハッ! 所詮口だけの偽善者なんかこんな…………ッ!?」

 

 全力の二発、モロにくらった響が立ってられる筈は無いと鼻を鳴らす。

 しかし煙が晴れた先に見えたのは、無傷の響の姿。その両手にはアームドギアを生成する為のエネルギーが集約されていた。

 しかし幾ら集中しようともエネルギーはそのままで形にはならない。

 

 “アームドギアってのは、自分の心を形にしたものだ。だからそんなに難しく考える必要は無い。自分の思いを手にして振えばそれがどんな形であれ、それはお前のアームドギアだ”

 

(”わたしのアームドギア”。エネルギーは出来てるんだ。だったらそれを……)

 

 奏の言葉を思い出した響は、集約されたエネルギーを拳で握り込んだ。

 すると響の思いに応えたのか、右腕のハンマーパーツが開放される。

 攻撃のイメージを形作った響は、腰のバーニアを噴かし、ネフシュタンの少女へと肉薄する。

 

(全力で! 最短で!! 真っ直ぐにッ!!!)

 

 “響、ガングニールは己の意志を真っ直ぐ貫き通すシンフォギアだ。だからお前の思いを全部そいつに乗せちまえ”

 

「思いを叩き込むッ!!!」

 

 反応出来の遅れた少女の胴体へと拳を叩き込んだ後、引き伸ばされたハンマーパーツが閉じ、溜めたエネルギーがゼロ距離で押し込まれた。

 

「がは……っ!!?」

 

 翼の刃を幾度となく弾いた鎧の防御を貫く。

 その突進力は間違いなく、無双の槍(ガングニール)の名に恥じないものだった。

 響の一撃を喰らった少女は、幾つもの木々をへし折りながら彼方へと吹き飛んだ。

 

(ぐっ……ガハッ! クソッ、ダメージを受け過ぎた! 侵食が……)

 

 響の一撃で砕けた鎧の部分が一瞬にして塞がる。

 これがネフシュタンの鎧の特性の”無限の再生能力”。

 多少の損壊はおろか完全に粉砕された状態であろうが何度でも復元が可能。しかし鎧が粉砕され装着者が負傷した場合、ネフシュタンの組織が装着者の傷口に侵入したまま再生し、装着者の肉体を食い破り乗っ取ってしまうというデメリットがある。

 

(これ以上のダメージは………………?)

 

 ボディへのダメージのせいか立ち上がるのに時間がかかる。しかしその間クリスは、響からの追撃が来ない事に違和感を覚えた。

 響の方を見てみると畳み掛けるチャンスであるにも拘らず、追撃するどころか立ちながら優しく歌っていた。

 

「お前……馬鹿にしているのか?! アタシを! 雪音クリスを!?」

 

 側から見れば手を抜いているようにも見える。そんな姿がよりネフシュタンの少女――クリスをイラつかせた。

 

「そっか、クリスちゃんて言うんだ」

 

 そんなクリスとは対照的に、彼女の名を聞けた響の声は穏やかなものだった。

 

「ねえ、クリスちゃん。こんな戦い、もうやめようよ。ノイズと違ってわたし達は言葉を交わすことが出来る。ちゃんと話をすれば、きっと分かり合える! だってわたし達、同じ人間だよ!」

 

「くせえんだよ……。嘘くせえ!……青くせえッ! いい加減に沈めよ! アーマーパージだアァ!!」

 

 クリスが叫ぶと同時に、ネフシュタンの鎧が砕け、飛び散った破片が辺りを粉砕する。

 響はパージの瞬間に後方に跳んだ事で直撃を避けたが、立ち上る砂煙でクリスの姿を見失う。

 

「Killiter Ichaival tron……」

 

 砂煙の中からクリスの声が聞こえる。

 それは歌だった。

 響達の詠唱とよく似た、しかし翼や響のような戦う覚悟を決めた勇ましいものでは無く。怒りや憎しみの籠ったような歌だった。

 

「クリス……ちゃん?」

 

「歌わせたな……」

 

 フォニックスゲインの光が砂煙を吹き飛ばす。

 その中心に響や翼とはまた異なるシンフォギアを纏ったクリスの姿。

 黒いインナースーツに赤と黒の鎧をまとい、ダークな雰囲気を醸し出すシンフォギア。

 それは十年前、二課から失われた弓の聖遺物“イチイバル”だった。

 

「アタシに歌を歌わせたな……」

 

「えっ?」

 

「アタシは歌が、大ッ嫌いだァッ!!!」

 

 バイザーが解け露わになった素顔は、自分と年の変わらない幼さの残る麗しいもの。しかしその表情は、かつて翼が自分に向けていたものと同じぐらいに怒りのこもった修羅の顔だった。

 クリスは両腕の装甲を変形させると、両手に小型のボウガンのような得物を手に持った。

 その得物から放たれるのは扇状に広がる複数の矢のようなエネルギー弾。

 

「あわわわわッ!!?」

 

 着弾と同時に爆発する光の矢。

 響は突然繰り出される弾幕に焦りながらも、左右に跳び矢を回避する。

 

「チッ! ちょこまかとォ!!」

 

《BILLION MAIDEN》

 

 逃げ回る響に業を煮やしたクリスは、ボウガンを更に変形させ、両手に二連装のガトリングガンを作り出す。

 

「うそぉッ!?」

 

 両手に構えた二丁計四門による一斉射撃。

 とても“弓”とは思えない火力に、響は慌てて逃げ回るしか無い。

 

「コイツで詰みだァ!!!」

 

《MEGA DETH PARTY》

 

 左右の腰部アーマーが展開され、内蔵の多連装射出器から小型のミサイルを一斉に発射する。

 両手のガトリングで逃げ場を制限された響へと放たれる広範囲の追尾弾、突然変わる攻撃のリズムに響は対応できずミサイルの直撃をくらう。

 ブンブンうるさく飛び回る蚊蜻蛉をようやく落としたと、クリスはほくそ笑む。

 しかし爆煙の晴れた先に見えた物に表情を引き締めた。

 謎の青い壁が、自分と響の間に佇み、彼女を守って見せたのだ。

 

「盾?!」

 

「剣だッ!」

 

 その強靭さから防具かと思われたが、それは大きな間違い。声に釣られ空を見上げると、城壁を思わせる程巨大な“剣”の上に立つ青い髪の少女。

 天羽々斬を纏った風鳴翼の復活だ。

 

「死に体でおねんねと聞いていたが、足手まといを庇いに現れたかぁ?」

 

「……もう何も、失うものかと決めたのだ」

 

 クリスの挑発、しかし翼の心は動かない。

 奇跡的に蘇った親友、守ると誓った存在。もうあんな思いはしないと戦う覚悟を決めた翼に、安い挑発など無意味だった。

 

『翼、無理はするな』

 

「はい……!」

 

 通信機から弦十郎の声が聞こえる。

 彼の心配も分かる。派手な登場こそしたが、翼はまだリハビリの途中で決して万全の状態では無い。

 しかし翼は弦十郎のように心配してはいなかった。

 

「翼さん!」

 

「気づいたか、立花。だが私も十全ではない。力を貸してほしい」

 

「……っ! はいッ!!」

 

 何故なら心強い味方が隣にいてくれるからだ。

 クリスのガトリングを皮切りに戦闘が再開される。

 巨大剣の上に立つ翼を狙った射撃を、アクロバットな動きで回避。

 刀一本を手に持ちクリスへと肉薄する。

 身軽で無駄のない翼の動きに、小回りの効かないガトリングでは追いつく事ができず、喉元へと刃を突き付けられる。

  

(この女、以前と動きがまるで……!)

 

 翼の動きのキレの変化に動揺しながらも、ガトリングをトンファーのように振るい距離を離す。

 

「翼さん、その子は……」

 

「分かっている」

 

 かつては甘い事を言う響をクリスと共に叱咤したが、翼としても自分と同じ年代の少女を斬るのは本心ではない。

 とは言え相手が臨戦態勢である以上話の一つもできない。響の言う通り会話をする為にもまずは無力化する必要がある。

 拳と刀を構えたまま響と翼は拘束する為に二手に別れ、ジリジリとクリスへと距離を詰めていく。

 

(くそッ! 一人ずつなら兎も角、コイツら二人がかりじゃ分が悪りぃ……)

 

 クリスの扱うイチイバルの特性は“長射程広域攻撃”。機動力の高い近接特化型の二人を同時に相手取るにはどうしても相性が悪かった。

 

(だけど、こんな所で捕まる訳にいかねぇッ!)

 

 クリスはガトリングを再びボウガンへと変形させ、ヤケクソとばかりに辺りを、やたら滅多に撃ちまくる。

 

「くっ、コレでは近づけない……」

 

 腰のミサイルも入り混じり辺りを爆発に巻き込む。正確に狙いをつけているわけでは無いので逆に攻撃が読めず、手数の多い弾幕に翼でさえ近づく事が出来ないでいた。

 

「うわぁっ!?」

 

「「「っ!?」」」

 

 クリスのミサイルの一つが明後日の方向へと飛んで行った後、ここにいる誰のものでも無い子供の声が聞こえる。

 その声に三人の動きが一斉に止まった。

 

「そんな、あれは……」

 

「ユウくんッ!?」

 

(なんで、あのガキが……!?)

 

 それは二人が良く知っている少年の姿。

 先程森へと滑り落ちてしまったユウは、出口を探そうと辺りを彷徨いているうちにこんな所まで来てしまっていた。

 

「ユウっ!――」

 

 翼がすぐさま助け出そうとするが同時にクリスも動く。

 駆け出したのはほぼ同時だったが、位置的にクリスの方が近く、先にユウの体を後ろから抱き上げた。

 

「おっと! 動くんじゃねぇ!」

 

 そのままユウの首に腕を回し、ボウガンを頭部に押し付ける。

 

「動くなよ? 下手な動きをすれば、このモッチモチで美味そうな肌に傷がつく事になるぜ?」

 

 クリスの押し付けたクロスボウの先端が柔らかいユウの頬に沈む。

 

「あれ? クリスお姉ちゃんだよね? 何してるの?」

 

(いいから黙ってろ! ひとまず人質になってもらうからな)

 

「人質? おー! ドラマみたい! お姉ちゃーん! ぼく人質だってぇっ!」

 

 クリスにとっては逃げられるか捕まるかの瀬戸際。ユウと自分が顔見知りだと知られれば人質としての価値が薄まってしまう。

 しかしこんな状況でもマイペースなユウは、初めての経験に嬉しそうに手を振っている。

 楽しそうなユウとは対照的に、翼の心境は修羅の如し。

 

「貴ッ様ァ! その子の玉の肌に傷の一つ……いや汚れの一つでも付けてみろ!! その四肢と胴体が二度と顔を合わせる事はないと知れえェッ!!!」

 

(こ、怖えぇ……なんだコイツ? さっきまでとキャラ違うじゃねぇか……)

 

 悪鬼羅刹の如き翼の形相に、人質をとっているクリスの方が怯える。

 

「おおお落ち着いてください翼さん!? ユウくんが居るんですから!」

 

『響くんの言う通りだ翼! 今は人質の救出が優先だ!』

 

 響もまた翼の溢れ出る殺気に怯えながらも、暴走しないように押さえつける。

 

「よ、よしいい子だ。そのままこっちに来るな…………よッ!!!」

 

 ユウを抱えたまま、再びクリスのギアから小型のミサイルが放たれる。

 奇襲に対し冷静さを取り戻した翼は、千ノ落涙でミサイルを撃退するが――

 

「何ッ!?」

 

 ミサイルは爆発せず、代わりに白い煙を噴射する。

 クリスは即席でミサイルの中身を爆発物から、スモーク弾に切り替えていたのだ。

 やられた、と慌てて蒼ノ一閃で煙を吹き飛ばす。

 しかし煙が晴れた先にクリスとユウの姿は無かった。

 

「くッ! 逃げられた…………!」

 

「そんな……ユウくん、ユウくーーーーーんッ!!!」

 

 響が大きな声で呼び掛けるが、その声に返事が返ってくることは無かった。

 

 

  ☆

 

 

 そんな響達から少し離れた崖の上に一人の女が立つ。

 女の装いは全身黒のドレスに帽子とサングラスで表情を隠していた。

 しかしそれでも帽子からはみ出した長い黄金の髪から、美人なのがよく分かった。

 

「……………………ふぅ、ガッカリねクリス」

 

 女は呆れたように右手を掲げる。

 すると女の右手が青白く光り、それに反応するようにクリスのパージしたネフシュタンの鎧の破片が粒子となって吸い込まれていった。

 

「そろそろ潮時かしらね」

 

 全ての破片を回収した女はその場を後にした。

 その存在に気づいている者は一人もいない。

 

 

 

 

 

 

 

  ☆

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