鬼ヶ島内のある部屋には重苦しい雰囲気が漂っていた。
そこには親父とオレ、キングさんはもちろんだが――その他にも3人がいた。
そう、オレ達の前に座らせられている捕虜3人――それこそが光月おでんの家臣団「赤鞘九人男」の3人……河松、イヌアラシ、ネコマムシだった。
彼らは普段「兎丼」の牢に幽閉されていたが、わざわざその牢から出されてきたのだ。
彼らは主君の仇ともいえるオレ達を憎々しく睨み付けている。
「――今度は何の用だ……」
「言っとくが、部下になれというなら断りだ……!」
「そうぜよ、わしらは光月おでん以外の下に付くつもりはない……!」
その3人は強者である故に親父にその腕を買われて今まで勧誘を受け続けていた。その為に今回も勧誘目的だろうと検討を付け、前もって断っておく。
当然だ。主君の仇に伏せるなんて屈辱的な行為を犯すつもりは主君に誓って全くない!!!
そう考えている河松達の拒絶に親父はしかし笑みを浮かべる。
「ウォロロロ……見上げた忠誠心だぜ……今回も勧誘目的だが、オレ達の下に降るつもりがないのはよぅく分かった」
「ならさっさと牢に戻せ!」
「どうせなら解放しろ……!」
「オロチとお前達がくたばるなら考えてもえいぜよ……!」
見当が的中された3人は暴れかけるのを見る親父は笑みを浮かべ続ける。
「ウォロロロ……オレ達の勧誘を聞くつもりがねぇ……なら、アイツにお前らを任せるか」
「!?お前達の下に降るつもりがないのを理解したのではないか!?」
「誰かが来ても無駄だ!」
「わしらの忠誠をねぶりなさんなや……!」
「……いや聞くさ。アイツの言葉ならな」
そう食ってかかる3人に親父はそれでも笑みを消さず、深くする。
「「「…!!?」」」
その余裕さに3人も一体誰が来るのかと身構える。
「おい!入れ!」
「――はっ」
その合図に3人の後ろの戸が開く。
「「「!」」」
3人が振り返ると――
「!な……」
「おぉ……」
「なんという美しさ……」
3人も思わず感嘆してしまった。
無理もない。彼らの前に姿を現した女性の美貌は半端ではなかったから……
「ウォロロロ……ウチの息子スサノオの恋人――小紫だ」
その紹介に小紫がニコリと穏やかでしかし妖しい笑顔を浮かべた。
その笑顔に3人も思わず心惹かれていく。だが
「!!いかん!お前達!!正気に戻れ!!」
「「!!」」
イヌアラシが突如正気を取り戻し、河松とネコマムシに喝を入れる。喝を入れられた2人も我に返る。
そして3人は美女といえ敵、それも主君の仇の配下に気を許しそうとしてしまった事実に羞恥を覚えながらゾッとする。
小紫はそんな3人を可笑しそうに笑う。
「クスクス……侍とあろう者が女にうつつを抜かそうとするとはね……ま、それが私の美貌だからだろうね」
「くっ……!」
「…!」
「あぁ!?」
小紫の揶揄いに3人も悔しげにする。だが、彼女はそれに構わずに言葉を続ける。
「それはとにかく……私からあなた達へ要求する事があります」
「「「…」」」
「私からの要求は1つ――」
「河松、イヌアラシ、ネコマムシ――この私の元に降るのよ」
「!何だと!?」
その要求に3人は激怒する。だが彼女は余裕をもって言葉を続ける。
「光月おでん亡き今、あなた達が仕えられるのは彼の子達――〝光月モモの助〟と〝光月日和〟の2人よね?」
「!……あぁ、その通りだ」
「よく分かってるじゃないか」
「その通り、あの2人だけがわしらを従えられる」
その言葉に3人も頷く。それを確認した彼女は微笑む。
「では、やはりあなた達が私の元に降る事になるわね」
「!?何だとぉ!!?」
「どういうつもりだ!」
「わしらをからかっちゅーのか!」
「その言いぐさ、まるで自分がおでん様の子……で……あるか……のような……」
その確言に3人が怒りを爆発させる。
その中で河松が罵倒するが、その勢いが落ちていく。彼の頭にはある可能性が浮かび、顔を青ざめてしまう。
「……お主……まさか……」
「……あれからたった4年経ったにも関わらず、私に気付けないのね――河松」
「っつ!」
小紫のその静かな言葉に心から当たってほしくなかった可能性が的中してしまったと悟った河松は衝撃を受けた。
そのただならぬ様子に疑問を感じるイヌアラシとネコマムシにも小紫が口を開く。
「あなた達は――8年も経ったんだ。なら私に気付けないのも無理もないかもね――イヌアラシ、ネコマムシ」
「「!!」」
その言葉に2人も同じく思い当たったのか顔を青ざめる。
「あ、ぁ……」
「まさか……このような事が……」
「ひ、ひ……」
「久しぶりわね」
「ひ、日和様……!」
目前の女性こそが――主、光月おでんの忘れ形見〝光月日和〟であるという事実に3人は衝撃を受けた。
「じ、冗談ですよね…日和様……」
「ん?冗談とは?」
受け入れがたい現実にギリギリ気を失いかけている河松が声を震えながらの問いかけに小紫はそう返す。
「お、おでん様の娘であるあなた様が……か、カイドウの下にいるなんて……」
「……河松」
つい涙を流してしまった河松に小紫は穏やかな笑みをみせる。その笑みに河松、そしてイヌアラシとネコマムシも安堵してしまう。
だが小紫は3人に背中を向けながら上半身の和服を脱ぎ始める。
「!?何を……」
「っつ!そ、それは……」
「あ、あぁ……」
小紫の背中を見た3人は声を失う。何せ、その背中には――
「冗談ではないのよ。私は百獣海賊団配下の人間として生きる。これがその証よ」
暴獣海賊団の髑髏マークが描かれていたのだ。
「な、なんて事だ……」
「く、クソ……」
「っ…」
河松とイヌアラシはあんまりな現実に少なくはない涙を流し、ネコマムシは凄まじい怒りを込めてオレ達を睨み付ける。だが
「!?あがぁ……」
突如小紫がネコマムシを蹴りつける。
「!?ネコマムシ!」
「日和様!何を!?」
「捕虜の分際でカイドウさん達を睨むからよ。それから私は日和ではなく小紫よ。今度、日和の名で呼んだらあなた達も制裁します」
小紫が冷たくネコマムシと河松をも叱責する。
「あぁ……」
「ひ、ひよ…こ、小紫様」
「ん?」
「い、一体何があったのですか……なぜ百獣海賊団に身を置くなんて……」
その問いかけに小紫もつい記憶を馳せた。
「……私は全てを奪ったオロチとカイドウさん達が憎かった」
「憎くて仇を討つ為の力が欲しくて――だからスサノオさんの下に降った」
「……そして知ったの。様々な現実を……弱肉強食の理をね……」
「父上も…母上も…弱いから死んだ、ただそれだけ」
重々しく言う小紫の薄暗い目に3人は背を凍らせる。
「し、しかし……」
「逆に聞くけど……そもそもワノ国なんか取り戻す大義あるの?」
小紫が逆に河松達にそう問いかる。その内容に3人は目を見開く。
「な!何を当然の事を……」
「この国はおでん様の故郷!平和で素晴らしい国でございます!」
「だからこそオロチとカイドウから取り戻さんとならん!」
3人が必死にそう言い張るのに小紫はしかし失笑する。
「素晴らしい国ねぇ……忘れたの?ワノ国を守ろうとしたあなた達を罵倒したのは他でもならぬワノ国の民である事を――」
「「「っつ!」」」
「そ、それは……」
「しかし、それは奴らの策略で……」
「平和で素晴らしい国?父上がいなかったら殺されてたかもしれないあなた達が本当にそれを言えるのかしら?」
「「「!!」」」
その指摘に3人はワノ国の民から異形だと差別を受けた過去を思い出してしまう。
「それに黒炭オロチの過去は聞いたよね?罪人の親族という理由で幼いオロチを迫害する正義気取りのバカがいた事をね……すなわち今のワノ国の状況は他でもならぬ民が招いたのよ」
「断言するわ、ワノ国は――仮にオロチとカイドウさんがいなくても自ら災害を招く国であるというね……」
「分かる?あなた達の主君、光月おでんは――ワノ国そのものに殺されたのよ」
「「「!!!」」」
「その言葉は……!!!」
その断言に3人の頭に浮かび上がるある少年――10歳のオレの言葉を思い出した。
『オレにはあんた達が――オロチと親父達に殺されるんじゃない――』
『――〝ワノ国〟そのものに殺されるんだと考えてしまう――』
それを思い出した河松達はその言葉を何とか否定しようとするも――
「(でも……確かに……)」
「(おでん様はワノ国を守ろうとしていたのに……)」
「(それをワノ国の民共は……踏みにじった……)」
「「「(そんな人間ばかりのワノ国―…価値はあるのだろうか……?)」」」
そう――3人共腹立っていたのだ。
ワノ国を守ろうとしていたおでんを無責任に罵倒したワノ国の民に――
もはやワノ国なんかに価値はないのだと――
3人は自身の中にそういう暗い感情が存在しているのを自覚して俯いてしまう。
そんな3人に小紫は言葉を続ける。
「あぁ……なんて醜い、悍ましい……弱い……そんなワノ国なんかいらない!」
「だから私は決めたの。ワノ国なんか滅ぼして、新たな国を創る――あなた達とオロチを差別する人間のような弱者な淘汰されて、おでんのような強者が讃えられる国をね!」
「「「!!!」」」
小紫の決意、気迫に3人は気圧されてしまう。
「(ワノ国を滅ぼすというのに!な、なせかおでん様の威厳を重ねてしまうのだ!)」
「(おでん様の娘だから無理もないかもしれんが、なんという気迫だ!)」
「(ワノ国開国をどうでもいいと思わしてしまう何かがある!)」
3人は小紫の威厳に心揺れてしまう。
「だけど、その前にまず――」
小紫はそう呟きながら抜刀する。
「あなた達が今後どう動くのかそろそろ決める時よ。河松、イヌアラシ、ネコマムシ」
そして刀を3人に向ける。3人は息を呑む。
「選択肢を与えるわ。スサノオさんが率いる暴獣海賊団に入って私に仕えるか、さもなければ――死よ」
「5秒ぐらい与えるわ。さぁ決めなさい!」
その要求に3人は動揺し苦悩してしまう。
「(おでん様の仇であるカイドウの下に降る?冗談じゃない)」
「(だが、小紫様――日和様を守るのも我ら「赤鞘九人男」の使命)」
「(何でこんな事に……)」
主君であるおでんへの忠誠と「赤鞘九人男」の使命に3人は葛藤してしまう。そんな中河松は――
「(――だが、あの日から日和様を護衛する役目を請け負ったのは他でもならぬ拙者だった……なのに日和様を見失っただけではなく、魔道に堕ちたのを止められなかった時点でもはやおでん様とトキ様に合わせる顔がない……)」
「(それに日和様を置いて死ぬのは彼女を見捨てるのと何の違いがあるのだろうか……?)」
「さぁあなた達の答えは?」
その問いかけに河松は顔を上げる。
「(なら――拙者が取らなければならない道は――)この河童の河松、今よりあなたに仕えます!」
河松がそう表明する。続いてイヌアラシとネコマムシも顔を上げる。
「このイヌアラシ、今よりあなたに仕えます!」
「このネコマムシ、今よりあなたに仕える!」
2人共同じく表明した。どうやら2人も河松と同じ見解のようだ。
「ふふっ、受け入れるわ。ようこそ――暴獣海賊団へ」
「「「ははっ」」」
「「「(おでん様……申し訳ありませぬ……!!!)」」」
その決断、お辞儀する3人に小紫は満足する。
小紫の勧誘劇、その結末に親父も笑みを深くする。
――この日、光月おでんに忠誠を誓う「赤鞘九人男」の3人が百獣海賊団の軍門に堕ちた……
●
「赤鞘九人男」の3人への勧誘を上手く成功させてきた小紫をオレは労った。
「リュドドド……さすがだな、小紫」
「ふふっ、ありがとうございます……でも〝侍〟の堅き忠誠心が裏目に出た――ただそれだけですよ」
「リュドドド……堅き忠誠心も考えものだな」
談笑するオレ達を3人は暗い目で凝視する。それに小紫は少し不機嫌そうに口を開く。
「あなた達……私の主に挨拶しないのはどうなの?それでも〝侍〟なの?」
「「「っ…」」」
その嫌口に3人は俯く――
そんな3人を見かねたオレは小紫を宥める。
「まぁ、仕方がねぇだろ。敵…それも主の怨敵の仲間になるんだ。感情が追い付けないのも無理はねぇ。今は時間を与えよう」
オレからの労いに3人は驚愕し、小紫は口を尖らせながらオレを凝視する。
「スサノオさん……こ奴らを甘やかすのはかえって調子に乗らせますよ」
「いや……過去がどうであれ仲間になった以上、心身に良い対応をしてぇんだ」
「……ふふっ、スサノオさんったら」
オレの考えに小紫は苦笑し、3人は戸惑ってしまう。
「……1日…1日だけこ奴らを休ませてから例の仕事をやらせましょう。これは曲がらせない。カイドウさんともそう決めたし」
小紫がオレの目を凝視しながら、そう勧告する。
その勧告にオレも頷く。
「――まぁ、コイツらにとってある意味厳しい仕事になるのは確かだろうし。終わった後のメンタルケアを考える方が良いんじゃねぇか?」
「……そうしましょう」
オレ達が河松達への対応に関して議論していた。
そこに河松が進んで問いかけてくる。
「恐れながら――例の仕事とは?」
そう問いかける河松の顔は引き締めていて、後ろのイヌアラシとネコマムシも顔を引き締めていた。
どうやら小紫の部下といえ、カイドウの部下として活動する覚悟を決めたようだ。
だが……
「……あなた達にやってもらう仕事とはある盗賊団の討伐よ」
「!ある盗賊団の討伐……ですか」
「えぇ……最近ワノ国を引っ掻き回されていてね……カイドウさん達も手を焼かせられているわ……」
「それが頭山盗賊団……!」
「それをあなた達が討伐するの」
その説明を3人は静かに聞く。そして3人は議論する。
「スサノオ……様が厳しい仕事になると言いゆーき一体どんな仕事か思うたら……」
「まぁ、百獣海賊団でも手を焼く程の腕を持つならば、確かに厳しい仕事になるな」
「だが、我らは小紫様の部下として動く以上、小紫様の顔に泥をかけないように取り組みなければならない!!」
3人がそう議論しているところに小紫はふと不敵に笑う――
「ところが――そうはいかないのよ?」
「……というと?」
「頭山盗賊団を率いる男――〝酒天丸〟……ソイツが問題なの……あなた達にとってはね」
「「「!!?」」」
「ど、どういう事ですか!?」
その含みのある言葉に3人は冷や汗をかきながら、その意味を問いかける。
そんな3人に妖しい笑みを浮かべる小紫は口を開く――
「……「赤鞘九人男」には――確かにいたよね?……盗賊のような荒くれ者をまとめる、そういう侍が」
「「「!!!」」」
「そ、それは……!!」
「ま、まさか……!!」
「ぐ、ぐぅ……!!」
その言葉により3人は酒天丸の正体、そして請け負ってしまった仕事の無情さを悟ってしまい涙を流しかけてしまう。
「そう――頭山盗賊団棟梁、酒天丸。その正体は――」
「「赤鞘九人男」の1人――アシュラ童子!!!」