ワノ国 九里 頭山
その山奥にはひと悶着が起こっていた。
「オロチに従わないオレ達に食うものもない……!!毎日生きるので精一杯だ……!!」
「このままでは20年も待ったら体力は衰える一方だ!!」
「それどころか戦う前に死んでしまうよ……!!」
「それでも本当に帰ってくる保証もねぇ奴らを待ち続けろと!?」
「仮に帰ってきても役に立つのか!!?」
「錦えもん殿達を信じよ!!彼らは必ず帰ってくる!!」
「モモの助様を連れて!!」
「それに小勢でもカイドウの軍に果敢に立ち向かっていった方々だぞ!!役に立たない訳がなかろう!!」
山中の木々に隠れながら人々が二派に分かれて論争していた――といっても一派が多勢でもう一派は少勢だった。
その人々はワノ国の支配者である黒炭オロチへ反抗の意を表している侍達だが、その為に不遇に追い込まれていた。
そんな状況に耐えられず自暴自棄になり、もはや討ち入りを決行すべきだと主張する多勢を時期ではないと少勢が宥めていた。
少勢によれば、あの日に「光月家」は最後に歌に乗せて告げた。
――20年という年月を待て
つまり未来――今から12年後に「光月家」が帰還し、オロチからワノ国を取り戻す戦が必ず起こる。
その時こそ「光月家」の名の下に大軍が組まれる筈に違いない。
逆にいえば今はまだ大軍が組まれていないといえる。それにも関わらず討ち入りを決行するとそれは自殺行為に変わりはない。
少勢は多勢に必死にそう説明する。だが――
それは分かる。この人数で攻め込むと返り討ちにされるのが目に見える。無駄に終わるのはもちろん分かってる。
しかし……20年という年月はあまりにも長い……長すぎる。
「光月家」の帰りを待たなければならない裏には20年も圧政に苦しめられなければならなくなる。
そもそも――「光月家」の侍達は本当に生きているのか?あの日以来何の動きもみせていない。そういう様では帰ってくるとはとても信じられない。
それに20年も待ち続けると歳を取る事と圧政に苦しめられる事から力を失ってしまう。
だからこそ、これ以上衰える前に討ち入りを決行するのだ――
討ち入りを決行すべきだと強く訴える多勢の勢い、そしてその理屈に少勢も否めなかった。そこに――
「やめろ!!お前ら!!」
「「「!」」」
「酒天丸!」
姿を現したのは頭山盗賊団を統率している棟梁――酒天丸。
「トキ様はたちの悪いウソを言う方では決してない!!!」
「むしろ同志同士で争い合って……それこそ体力を失ってしまう!!!」
「おいどんの顔に免じて矛を収めてくれ!!!」
彼が必死にそう説得する。その説得に多勢が不服ながら矛を収めた。
「っつ……酒天丸がそう言うなら……」
「……分かったよ……クソッ」
そして焦燥感に駆られている人々は一旦頭を冷やそうとする。
事態がとりあえず収束された酒天丸もため息をつきながら近くの木にもたれかかり座り込む。
そして見上げる……曇りだらけの空を――
「(錦えもん……皆……お前らは一体どこにいるんだ……)」
「(そもそも……生きているのか……?)」
ふとそういう考えが浮かび上がるも彼は顔を勢いよく振る。
「(しっかりしろ!!トキ様が告げたじゃないか!!錦えもん達は……未来に姿を現す――つまり生きている!!)」
「(ならその時を信じて、このアシュラ童子――「赤鞘九人男」の1人として刀を磨きながら待ち続けるのみ!!!)」
酒天丸――「赤鞘九人男」の1人、アシュラ童子はトキの告げ――錦えもん達の帰還を信じて、今は力を溜めようと気合を入れ直す。
――しかし、この日彼の決意が粉砕される事になる……
「カイドウの軍だ!!!」
「!!皆、撤退の準備を!!刀を抜け!!」
見張りからのその報せにアシュラ童子は侍達に撤退準備そして戦闘準備を指示した。
8年ものの逃走生活で力を落としてしまったかもしれぬが、それでもカイドウ配下の下っ端に負けぬ自信は彼らにはあった。
しかし真正面から下っ端を蹴散らすと次はそれより強い追手がやってくるだろう。そして逃走生活も厳しくなってしまう。
それはマズイ。だから屈辱ながらも撤退するしかない。
カイドウの軍に発見されたアシュラ童子は歯を食いしばりながら頭山盗賊団が撤退するまでの足稼ぎ――殿を務める。
「(っつ……おいどんは諦めない!!錦えもん達が帰ってきて、カイドウとオロチの首を取るまでは!!)」
彼がそう気を引き締め、刀を構えながら襲撃を待つ。
やがて姿が見えてきたカイドウの軍の姿にアシュラ童子は身体に力を入れる。
「……ん?」
しかし、その軍にいつもと違和感を感じた彼は目を細める。そして――
「なっ!?」
驚愕する。
「な、な……なぜ……お、お前らが……?」
アシュラ童子が混乱しながら軍の筆頭に立つ数人を凝視する。
「……なぜ、お前らがそっちにいる!!?」
「答えろ!!河松!イヌアラシ!ネコマムシ!」
「…」
暴獣海賊団船員
〝河童の河松〟
「…」
暴獣海賊団船員
イヌアラシ
「…」
暴獣海賊団船員
ネコマムシ
その数人はアシュラ童子の同胞――「赤鞘九人男」の3人、河松とイヌアラシとネコマムシだった。
同胞がカイドウの軍を率いて向かってくるという状況に彼は混乱を極めた。
――なぜ?なぜ?なぜなぜなぜ……
――なぜ!?
動揺しきっているアシュラ童子を見てイヌアラシが静かに言う。
「……この隙を逃さずに逃走者を討て」
その指示に海賊達は獰猛な笑みをみせる。
「ギャハハハ!!了解です〜!!」
「任せて下さい!!今度こそ頭山盗賊団を壊滅させてやりますよ!」
その言葉に我に返った彼は撤退する侍達を追いかける海賊達に刀を振ろうとし――
鋼の音がする。
「っつ……河松ぅ!!」
「…」
河松の刀によって防がれた。
アシュラ童子の睨み付けに対して河松は無表情だった。
「〜…お前がそのつもりなら……容赦なくいくぞ!!」
「…」
そう怒鳴るアシュラ童子が刀を振り回すのに対して河松が黙って刀を振り回した。
「!!あの酒天丸相手に奮闘している……!?」
「バカな……!!」
撤退している侍達は彼が奮闘されているという事実に驚愕した。
今まではアシュラ童子が追手を蹴散らして戦闘になっていなかった。しかし今は彼の攻撃が対応されて戦闘になっていた。
動揺している侍達の隙を見逃さない追手が追いついた。
「「「!!!」」」
「ギャハハハ!!観念しろ!!」
「頭山盗賊団は今日限りで終わりだ!!」
「――大人しくしてもらうぞ」
「じゃなきゃ容赦せんきな」
雄叫びを上げる海賊達を背にイヌアラシとネコマムシは侍達を追い込む。
撤退する機会を逃してしまったと悟った頭山盗賊団は覚悟を決める。
「――一矢報いろぉ!!!」
「「「オオッ!!!」」」
その中の1人がそう声を上げ、それに賛同する侍達が海賊達に駆けていく。
「クソッ……!!」
「……イヌアラシとネコマムシがたとえ1人でも逃さない……頭山盗賊団はこれで終わりだ」
「っつ……おいどん達、頭山盗賊団ナメんなよ……!!!」
「ましてやカイドウに寝返ったクソ野郎なんかにな!!!」
「…」
刀を交わし続けている中でアシュラ童子が怒りを込めて怒鳴るが――対する河松はやはり無表情を変えない。
そして2人が互いに相手に刀を振り回し、激突し続ける。
そんな中、彼は――河松とイヌアシュラとネコマムシとの日常を思い出していた。
そう――楽しかった日常、そしてカイドウ達との決戦で背中を任せ合った時を……
互いに光月おでんに救われ、彼に忠誠を誓った身。その忠誠に背ける者がいるなんて天地がひっくり返ってもあり得ぬ……そう信じていたのに――
――裏切られた。
「――ウォオオオオオ!!!」
「!」
雄叫びを上げたアシュラ童子が両手に持つ刀を上段に構え
「〝知恵凄吐〟!!!」
力を込めた刀が河松に向かって振り下ろした。
その勢いはあまりにも強烈でその地から爆発が起こった。それはそれはあまりにも大きくて、彼の〝知恵凄吐〟の強烈さが分かってしまう程だ。
「…」
やがて爆発が収まり、地煙が上がってくるのをアシュラ童子はただ見つめる。
「!」
しかし彼は素早く見上げると上方に河松が浮かんでいた。
「〝流送〟」
彼は身を回転させながら空へ飛び跳ねる事でアシュラ童子の〝知恵凄吐〟をかわしたのだ。
そして今は無防備な姿勢の彼に向かって技を発動する。
「〝海野川〟!!!」
河松が二重の回転斬りをアシュラ童子に浴びせる。
「ぐがぁあ!!」
これにはさすがの彼でも大きなダメージを避けられず倒れてしまう。
倒れ伏せているアシュラ童子を見下ろす河松の目が僅かに細める。
「……終わりだな」
「く、クソッタレ……」
こうしてアシュラ童子と河松の戦闘に決着が着いた。
――そして
「〝犬斬威矢〟!!!」
イヌアラシから剣による突き技が放たれ
「〝猫笑衝突〟!!!」
ネコマムシから両手での薙ぎ払いを放たれた。
「「「うわぁあああああ!!!」」」
2人の大技を受けた侍達は吹っ飛ばされていく。
倒れていく侍達を見て海賊達は歓声を上げた。
「お〜!さすがだ!」
「あの「赤鞘九人男」の3人だもんな」
「その3人がオレ達に付くとはな!!」
「……っていうか、オレ達の出番は?」
「……あ」
歓声を上げるも自身の活躍する機会がないのに呆気に取られた海賊達にイヌアラシが声を掛ける。
「お前達の出番はあるぞ。コイツらを全員、兎丼に連行だ」
「酒天丸――アシュラ童子は……」
その続きをネコマムシが引き継ぐ。
「……鬼ヶ島へだ」
●
「クソ……」
鬼ヶ島の一室にアシュラ童子が囚われて、河松とイヌアラシとネコマムシがそれを監視していた。
無表情で自身を監視している3人にアシュラ童子は怒鳴った。
「……なぜ、なぜなんだ!!河松!イヌアラシ!ネコマムシ!」
「「「…」」」
「分かってるのか!奴らはおでん様を殺したんだぞ!なぜここなんかに……」
「それはこの私がいるからですよ」
その疑問に答えるかのように声が響いた。
アシュラ童子の前に女性が姿を現す。
「……何だ、テメェは」
「ふふっ、私はカイドウさんの息子スサノオさんの恋人――小紫と申します」
自己紹介した私が妖しい笑みを浮かべる。
私の美貌にアシュラも息を呑むものの――すぐ頭を振って睨み付ける。
「ほぅ……!私の美貌につられないのね」
さすがね……自力で正気に戻ったイヌアラシはとにかく河松とネコマムシとは大違いわね……
不敵な笑みを浮かべる私に顔をしかめるアシュラは河松達に問いかける。
「おい……何だ、この女は……?コイツがいるから百獣海賊団に入ったとほざいているようだが……」
「「「…」」」
「まさかと思うが……コイツの美貌につられて入ったんじゃねぇだろうな!!?もしもそうだとしたら許さねぇぞ!!!」
「「「!!?」」」
……まぁ、そういう可能性も考えられるよね。アシュラ自身もありえないと河松達を信じているが、万が一もあると考えているようね。
「な!まさか!!」
「それはない!!絶対に!!」
「そうだ!!わしらはそこまで堕ちゃおらん!!」
その言葉に今まで無表情だった河松達もさすがに感情を露わにして否定してきた。
ふふっ、そういうあなた達も最初は私の美貌につられたけどね……
とにかくその強い否定にアシュラも少し引くも――
「そ、そうか……じゃあ、なぜ!?」
「アシュラ」
3人の動機が分からず、疑問だらけのアシュラに私が声を掛ける。
「昔――私が触ってみたいと思った大きな腹は相変わらずですね……」
逃走生活を送っているから食うものが満足に得られないだろうに痩せていないのはどういう事かしら……?
「ほっとけ!!……何?」
自身の腹の事を言われたアシュラがそっぽを向くも一瞬、私の言葉のある部分に引っかかる。
――〝昔――私が触ってみたいと思った〟?
「お前……おいどんと会った事があるのか?」
「ふふっ……」
「おい、答え…ろ……」
私のからかうような笑みにイラッとしたアシュラが怒鳴りかけるも今までの情報からある可能性に辿り着いた為に顔を青ざめてしまう。
「まさか……」
「ふふっ……8年ぶりですね……アシュラ童子」
「っつ!!……ひ、日和様……」
私の正体が光月日和であったという事実にアシュラは驚愕してしまう。
彼は声を震わせながら問いかけてしまう。
「な、なぜ――あなたが……か、カイドウの元に……?」
河松達と同じ疑問をアシュラも投げかけ、私もそれに答える。
「……それは――」
河松達に言い張った事をアシュラにも話す。
私が百獣海賊団配下に降った過程を――
そして、ワノ国の闇を。
その題になるとアシュラも歯を食いしばってしまう。
彼も慕っている主君、光月おでんを無責任に罵倒した民に腹が立っていたのだ。
だからこそ心のどこかでワノ国に価値を見出せないというのを彼は抱えていたのだ。
そして私がワノ国を変えるという野望にアシュラも心揺れてしまう。
「(民共をワノ国ごと変えて――おでん様が讃えられる新たなワノ国……確かにそれはいいかもしれねぇが……)」
そこまで考えるアシュラが顔をしかめてしまう。
「(――でもな!新たなワノ国を支配するのが結局カイドウなんだろ!それが気に食わねぇ!)」
そして――私はアシュラに対して勧誘を行った。
「あなたが今後どう動くのかそろそろ決める時よ。アシュラ童子」
私が刀をアシュラに向ける。
「選択肢を与えるわ。スサノオさんが率いる暴獣海賊団に入って私に仕えるか、さもなくば――死よ」
「5秒ぐらい与えるわ。さぁ決めなさい!」
私がそう要求するとアシュラが怒鳴ってきた。
「待て!!いくら、あなたの下でも結局はカイドウの下なんだろ!?そこに付くなんて、そんなの――ごめんだ!!!」
「それにいくら力を得る為といえ、おでん様の仇の元に身を置き続けるなんて――まさにおでん様とトキ様の顔に泥を投げるようなもの!!」
「むしろ、あなたこそ考え直して下さい!!さもなければ一体どういうつもりなんですか!」
「答えてくれ!!日和様!!」
「……それはね――」
「私がスサノオさんを――お慕いしているから……///」
「……は?」
私の答えにアシュラは目を見開いて口を開いてしまう。
そんな彼に私は静かに言う。
「別に――私をどれだけ軽蔑すれば良い……」
「だけど――私の意思は変わらない。スサノオさんを支えてみせる」
「っつ……!!!」
その言葉にアシュラは鬼の形相を浮かべる。
だがそういう形相を向けられた私は怯まずに言葉を続ける。
「5秒以上経ってしまったわね……さぁ――あなたの答えは?」
そう問われるアシュラは俯いてしまう。
――小紫に頭を下げれば、生き延びて――カイドウ達を討ち取る機会が得られるかもしれねぇ……そう考えれば、確かに頭を下げるべきだろうが……
でもよぉ!たとえ別人に仕える形でも――おでん様を殺したカイドウ達の下に降るなんてそんなのごめんだ!!
それにカイドウのガキへの想いなんかでおでん様の無念をコケにしやがったガキに仕えるのもごめんだ!!
――つまり、おいどんは……ここまでだ……
――おでん様の仇を討てられずにこのガキなんかに終わらせられるのか……
様々な強き負の感情がアシュラ童子の胸中に渦巻かれていた。
それら全てを噛み締めた彼は覚悟を決め――顔を上げて私に吐き捨てた。
「――クソガキ……地獄に堕ちろ」
「「「…」」」
その言葉に私は表情を変えず、河松達は目を瞑る。
それが意味するもの――それは小紫の勧誘を蹴散らしたという事。これでアシュラ童子を生かす意義は消えた。
それを証明するかのように私は刀を構え――
「――どうやら気付いていないみたいだから教えましょう」
「ここ――この現実こそが――もう既に地獄なの……!!!」
――振り下ろす。
――この日、光月おでんに忠誠を誓う「赤鞘九人男」の1人が散った……