「……フン、他愛ないじゃな」
その場に堂々と立つ美女――ハンコックは尊大にそう口にする。
その目にはさっきまで自身が戦っていた敵達――オーブンとレグラヴァリマが壁にぐったりともたれている様が写されていた。
そう、2人はハンコックからの〝大芳香脚〟を身に受けた事で吹っ飛ばされて壁に激しく叩き付けられたのだ。
〝大芳香脚〟の威力が並外れてたのもあって2人はもはや完全に失神したように見受けられた。現にレグラヴァリマはあれ程におぞましかった〝鬼〟の姿から元に戻っている。
その様を目視したハンコックは満足気に頷き――
「…さて」
今の状況を把握する為に周囲を見渡してみる。
「!……サンダーソニア、マリーゴールド――は大丈夫のようじゃな」
すると自身達の妹達が〝チェス戎兵〟と戦っているのを知った――そして、彼女達が優勢である事も……
「……ふふっ!姉様があなた達の主を倒したようよ?」
「当然ね……姉様は美しくて強いなのよ!あなた如きが敵う訳がないわ!」
「ぐ!おのれ……!」
そもそもサンダーソニアとマリーゴールドは実力者であるのはそうだが……自身達の姉が戦いを制したという事実が彼女達の士気を上げさせたようだ――その逆もまたしかり。
気勢が弱まった〝チェス戎兵〟をサンダーソニアとマリーゴールドが後始末だといわんばかりに追い討ちをかけようとする。
「……フン、あ奴らめ」
そんな妹達の姿勢にハンコックはつい口を歪ませた。それから仕切り直す彼女は続いてある方向に視線を向けた。
「……スサノオ……はカタクリと未だに戦っておるな」
――自身にとっての愛しき人、スサノオはカタクリと激しく戦っている最中であるのも認識できた。
まだ終わっていないのならば、自身が介入しようと普通考えるところだが……
「…(楽しそうじゃな)」
ただ、肝心の彼はその戦いを楽しんでいるのもまた見受けられた。
……スサノオはあまりにも規格外の強さを持つ怪物だ。だが、だからこそ――彼と戦える、彼に敵える敵とそうそう出会いにくくて十分な戦いができる機会に恵まれられなかった。
その事実もあって戦いに飢えていた彼にとって自身と互角、それ以上の実力を持つカタクリとの戦いは実に願ったりだった。
それ故に彼が楽しんでいるその戦いを邪魔する事等――ハンコックにはできなかった。
「(それならば――応援しましょう!あなたの為に!)」
そういう背景からそう決意した彼女はスサノオの戦いを真剣に見守ろうとする――が
「!?」
突如驚愕し、素早く振り返ると
「――あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
――撃破されたと思われたレグラヴァリマがハンコックに襲いかかろうとしていた。
さっきの様子から完全に再起不能だと判断したからこそ彼女も驚愕を隠せなかった。
「何っ!?お前――!?」
……ハンコックが驚愕するのも無理もない。そもそも、レグラヴァリマはカタクリの〝モチ突〟とハンコックの〝大芳香脚〟、そして今までの戦いで多くのダメージを負われている。その積もったダメージにより覚醒した〝動物系〟の能力者である彼女でもさすがに再起不能にならざるを得なくなっていた。
それ程の状態に陥った筈のレグラヴァリマがそれでも動いたのは――彼女自身の精神が肉体を凌駕しているからであった……
……それは〝バシレウス〟最強である自負な故なのか……
……それとも――実は彼女にはある衝動が密かに存在しているが、それが彼女を動かす原動力になったのだろうか……
だが、それを知る由もないハンコックは突如すぎる事態につい固まってしまい、すぐ動けずにいた。その隙を知っているか知らずかレグラヴァリマがそんな彼女を襲いかかろうとする――
「ぐ……!」
ようやく動揺から立ち直ったハンコックだが、それでも十分な態勢を取れずにいた。それ故に迫ってくる魔手に焦らずにはいられなかった。
「(スサノオさん……!)」
その襲来を身に受けざるを得なくなってしまったハンコックの頭に愛しき人の顔が思い浮かんだ……
――突如、レグラヴァリマに火炎が飛びかかった。
「ギャアアアアアアアアア!!!」
その火炎に焼かれた彼女があまりの苦痛により苦しみ悶えた。
突如起こったその事態にハンコックも呆気に取られた。
そんな彼女がハッとし、自身の元に近付いてくる者に視線を向ける。そこには――
「――〝裁火のフドウ〟……!」
その言葉通りにフドウが立っていた。
そう、レグラヴァリマに火炎を放ったのは彼であった。
彼は自身の炎に焼き尽くされようとするレグラヴァリマの姿を冷静に眺めながら静かに口を開く。
「……ケリはもはやついた。それでも暴れようとする者にはこの炎をくれてやる」
――勝負は付いた。これ以上はもはや無意味だ。
にも関わらずに暴れようとする彼女にフドウは容赦しなかった。
……たまたまかもしれないが、その状況はまるでハンコックが彼に助けられたように見受けられた。その事実に彼女は……屈辱を感じた。
「ぐ……!(おのれぇ〜スサノオさんはとにかく……男に庇われるとは!!)」
その事情はもちろん、女ヶ島の海賊、それも皇帝として君臨する彼女にとって受け入れられるものではなかった。それ故に大人気なくフドウに物申そうとする。
「そな――……!?」
だが、ハンコックは目にする。
――レグラヴァリマを焼き尽くさんとする炎に照られるフドウの姿を。
――それは決して揺るがず、それ故に堂々しい……まさに〝不動明王〟の如き姿だった。
彼の付近で炎が燃え上がるのも手伝って、その威厳により芸術性が高まっていた。
そんな光景にハンコックは――思わず見惚れた。
「(美しい……)」
無意識ながら心からそう思った彼女がしばらくその光景に見惚れる……
だが、ハッと我に返る。
「……!?(な、何を考えておる!?妾は!?)」
まさかスサノオ以外の男に惹かれた自身に呆然としたハンコックは血迷った自身に喝を入れる為に頭を激しく振った。
一見正気を失ったような姿にフドウも訝しげにする。
「……何やってんだ?お前は?」
「!そ、それは!」
彼から声を掛けられた彼女はあたふたする――も一瞬。素早く可能な限りで尊大な態度を取り、そして彼にビシッと指差す。
「そなたこそ何をしてくれるのじゃ!?せっかく妾がトドメを刺そうと思ったのに!」
「……それは悪かったな」
何やら様子がおかしかったが、結局彼女らしくなったその態度にフドウもつい口を歪ませた。そして
「あれは助けが必要なところだと思ったんでな……!」
「!」
率直にそう言った。
……彼にはただ事実を口にするだけだったが、ハンコックにとってはからかわれたように感じた。故に顔を真っ赤にする。
「なんじゃと〜〜「ボア・ハンコック……!」――!」
それでさらに物申そうとする彼女だが、突如フドウのとは違う声が響かれたのを受けてすぐ冷静になる。
フドウの付近には……彼と戦っていた筈のギーランが立っていた。
彼はハンコックを警戒して身構えていた――それもその筈。
「まさか、ここに――「七武海」までやってくるとは……!どうなってるんだ!?」
「七武海」の1人がここ――〝バシレウス〟にいるという事態にギーランも狼狽せずにはいられなかった。
……否、よくみれば――「ビッグ・マム海賊団」までいるのもかくにんした。
――「暴獣海賊団」の襲来により〝バシレウス〟がもう既に大打撃を受けているのに、そこに新手だ。それも大物だ。
もはや悪夢だ――希望が微かさえも見えにくくなったように感じざるを得なくなったギーランが冷や汗を流した。
そんな彼にフドウが静かに声を掛ける。
「……提案に乗って正解だったんだろう?」
その言葉にギーランを顔をしかめ――しかし、微かに頷く。
「……良かったかどうかはまだ分からんが……今時点でこれでは、確かにそうなるかもしれんな……!」
不服な表情を浮かべた彼がそれでも肯定の意を示した……
●
時は少し遡って――
「ギーラン、お前には提案がある」
「…!!?」
それはまだフドウとギーランが戦っている最中であった。
だが、そんな際で突如フドウがそう言い張った。
突如の事にギーランも目を見開いたものの、すぐ警戒心を強めた。
「……提案だと?」
「あぁ」
一応復唱するとフドウは頷き、説明を始める。
「まず、このオレ達は確かに今ここ〝バシレウス〟を荒らし回っている」
「…」
その事実を彼が悪気も嗜虐心もなくただ冷徹に口にする。
そのあっけらかんとした態度にギーランも額に青筋を走らせるが、それでも冷静に耳を傾げるように努める。
その姿勢にフドウは目を細めながら説明を続ける。
「――だが、別にオレ達もいたずらに荒らし回したままで終わらせるつもりはない」
「ここをオレ達のナワバリにするつもりだ――あぁ、ここの民には悪くはしないつもりだ」
「!?何……!?」
フドウ……否、「暴獣海賊団」の〝バシレウス〟に対して考えてる構想を聞かれたギーランは驚愕する。
「……ここを海賊のナワバリにするだと……!そんなの――」
「あぁ、正確には」
そして険しい表情を浮かべた彼が拒絶の言葉を口にしようとするところでフドウは言葉を続ける。
「ここが「百獣海賊団」のナワバリになるだろうがな」
「!?何だと!?」
言い放たれたその言葉にあれだけ否定的だったギーランも肝を抜かれた。何せ……
「「百獣海賊団」……!?あの「四皇」のか!?」
「あぁ」
その事に彼も大きな衝撃を受けた。
無理もない……世界に名を轟かせる「四皇」の力は強大だ。それ故に彼もさすがにできるだけ避けるべきだと考えている。
その「四皇」が関わっている――その事実にギーランも目の前が真っ暗にならざるを得なかった。
……終わりだ。もうどうにもならない。
絶望に俯いた彼にフドウは容赦なく説明を続ける。
「ここがナワバリになる事に異議はないようだな」
「…」
そう言われるもののギーランはそれでも反応しない。そんな彼にフドウはしかし言葉を続ける。
「ここから本題だ」
「…?」
その言葉にギーランもさすがに顔を上げる。
……〝本題〟?これ以上何かが?
訝しげにする彼にフドウは言う。
「ここをナワバリにする場合、統治する必要が出てくるんだが……」
「むしろ、問題はそれだな」
そう言う彼が目を細める。その瞬間にその場の空気が少し重くなる。
「オレ達からの数人に統治させればいいだけの話になるかもしれんが……」
そこまで言ったフドウの目が突如鋭くなる。
その時、彼の頭に――〝バシレウス〟へ襲来する前にその民だったエマ達から話を聞いた時が浮かんだ……
「……ここ――〝バシレウス〟という連合の在り方、体制が特殊にできているのを知った」
「その特性から統治が難しくなるのもまた理解できた」
エマ達からの説明により〝バシレウス〟の在り方を知ったスサノオ達はその特性から統治が困難になると考えた。
だが、〝バシレウス〟を放置する訳にはいかない。そこで彼女達から得た情報を元に策を考案した。
それこそが――
「〝バシレウス〟の上層部の1人、それもオレ達と話が通じる者に統治を任せようと考えた」
「…!!」
フドウが口にした〝バシレウス〟統治に関しての「暴獣海賊団」の策にギーランも目を見開いた。
固まった彼にフドウは説明を続ける。
「普通は海賊のナワバリにされた地の者は支配する海賊に反感を持つものだ」
「ましてや、ここの体制が特殊になっているのではかえってだ」
「それでは〝バシレウス〟の統治が困難にならざるを得ない……」
「――だからこそ、オレ達の意を汲んで統治する上層部の人間が必要だ」
「…」
なぜその策に至ったのか、その経緯をフドウが冷静に説明する。その内容にギーランも筋が通ってると感じた故に納得してしまった。
そこで彼は気付く。
――その話を自身にするのは……つまり
「……まさか?」
「……やはり悪くはない」
それに気付いたギーランの反応にフドウも満足に感じた。
――見込みに間違いはなかった。
そう考えた彼は深く頷き――それを口にする。
「そうだ……ギーラン、お前に統治を任せようと思っている」
遠慮も何もなくフドウがキッパリと言い放ったその事にギーランも大きく衝撃を受けた。
「……何か異論はあるのか?」
固まった彼の姿に一旦少し待ったフドウがしばらくしてからそう言う。
そこでギーランはようやく落ち着き――
「……なぜ、この私なんだ?」
それでもまだ戸惑っている彼はその疑問を投げかける。
――もしも、この私が評議会メンバーである故に選ばれたのならば……他にも候補がいる筈だ。それを差し置いてなぜ私なんだ?
そのもっともな疑問に対してフドウは即答する。
「それはお前こそが上層部の中で最も――オレ達の下で〝バシレウス〟を上手く統治できると考えたからだ」