「――とりあえず、私の部下達は控えてくれている。今のところだがな」
部下達を説得できたギーランはフドウの元に駆け寄り、その事を報せる。
その内容、そして自身を睨みつけながらも自制しているバイヨン率いるギーラン派の姿を目視したフドウも頷く。
「そうか、あとは……」
少なくともその状況を把握した彼は続いて他の場にも視線を向けてみる。
「他のところでまだやってる戦いを収めるか」
そう言いながら周辺を見渡すフドウ――が突如目を見開く。
「!あれは……」
「!?何が……?」
様子が変わった彼の姿にギーランがそう問いかけるが、それに対して応えもされずに――姿を消された。
「!?消え――……いや?」
その光景に固まったギーランだが、ただフドウが驚異的なスピードで移動する姿を辛うじてだが認識できた。
そして、その先にはレグラヴァリマがハンコックに襲いかかろうとする事態が起こっているのも……
そうして――レグラヴァリマがフドウから放たれた炎によって焼かれ、フドウとギーランそしてハンコックが対峙する状況になったのだ。
「……良かったかどうかはまだ分からんが……今時点でこれでは、確かにそうなるかもしれんな……!」
あの「七武海」であるハンコックと倒れているといえ、あの「ビッグ・マム海賊団」の海賊であるオーブンの姿を目視したギーランが顔をしかめながらもそう言わざるを得なかった。
そんな彼に対してフドウが口を開く。
「今のところだが、そう考えてくれて何よりだ……!――さて」
その再考を称賛する彼がチラッとハンコックを見つめる。突如の事で一見冷静なようで実は混乱している彼女もその視線に気付く。
「…」
「…!」
フドウが何も言わず、しかし真剣に自身を凝視している事にハンコックもその意図を勘付き――
「――何をゴタゴタ言っておる!そなた達は妾と戦うつもりなのか!?」
――その場ではフドウ……否、「暴獣海賊団」の敵なんだというように振る舞ってみせた。
他でもならぬ「七武海」からのその言葉にギーランも警戒を強める。
「!!……貴様がここ〝バシレウス〟に手を出すのならばな……!」
彼がそう身構える一方でフドウは堂々と立っていて
「フン……お前がケンカを売るのならば、買ってやる――だが」
一応そう言い放ったが、続いてオーブンをチラッと見る。
「ただな、これ以上の面倒事はさすがに勘弁だ……!そもそも、お前は何の用でここに来た?」
そして覇気を放ちながらそう問いかける。
その姿勢にハンコックは目を細め
「……フン!ここに逃げ込んだドッザかという醜き男を追ってここに来ただけじゃ」
「そ奴を潰した以上、ここに長らくいるのも確かに面倒になりそうじゃな……!」
「……なるほどな」
自身が〝バシレウス〟にやってきた理由を答え、そして周辺を見渡しながらそう言い張る。
その内容にフドウも納得した――ちなみにその胸内ではコイツらしいなと呆れを少し感じていた。なおギーランの方は……
「!!ドッザを追ってきたのか……!!――ハイレインに続いてアイツまで……!!」
その事実に彼も苦虫を噛み潰したような表情になる。それもそうだろう、大物がここにやってきた理由がまたしても同僚であるといわれるのだから……
――そこでふと
「…!!(まさか?「ビッグ・マム海賊団」も同じように誰かを追ってきたのか……?)」
未だに倒れているオーブンの姿に素早く視線を向けたギーランがその疑念を抱くようになった。
……その疑念が別に間違っていないのもアレである。
ただ、それを知る由もない彼がますます表情を険しくいくのをよそにフドウとハンコックは議論を続ける。
「そうならば、ここからさっさと去るんだな」
「……フン!それはその通りじゃな……だが!この妾がそなたの言葉を聞く必要――……」
物事をさっさと進めようと考えたフドウがそう言い張るが、その姿勢にイラッとしたハンコックが物申そうとする――その瞬間だった。
「!」
フドウが何かに気付き、その方向に視線を向ける。
その途端――何かが彼の顔にぶち当たった。
「「「!?」」」
その事態に彼自身はもちろん、ハンコックもギーランも驚愕する。
「…!!」
するとギーランがフドウの顔にぶち当たった何かが落ちたのを目にする。それは――
「!?爪!?」
そう、爪だった。ただ焼き焦がれていた……
「!まさか……!」
そのものを知っている彼が素早くその方向に視線を向けると――
「…」
「!!まだ意識があったのか!!――レグラヴァリマ!!」
驚愕した彼がそう口にした通り、フドウ炎に焼かれた筈のレグラヴァリマが焼き焦がれながら仰向けになっていたが、それでも意識を辛うじて失っていなかった。
そんな彼女が「ダイモーン」の爪を自身を焼いた張本人であるフドウに一矢報おうと放ったようだ。
……いくら覚醒した〝動物系〟の能力者であるといえ、多くの並ではない大ダメージを負われれたんだ。普通ならばとっくに昏睡してもおかしくはない。それこそすぐ目覚められない程に。
――なのにそれでも意識を完全に失っていないレグラヴァリマは本当の本当にしぶとすぎるのである。
まぁ、さすがにほとんど身動きできなくなっていて、さっき爪を放ったのが彼女の最後の力になったようだ。今はもはやフドウ達を血走らせる目で睨みつけるしかできなくなっていた。
その姿勢、特にタフさにギーランも呆れをみせる。
「……何なんだ、お前は……」
「…!」
その一方でハンコックは気付く。
――爪をぶち当たられたフドウの顔――を覆う黒いマスクにビビが走られたのを。
……そして、その部分が崩れ落ちた。
「!!?」
そこで左半面だけだが、露わになった彼の素顔を目にしたハンコックが驚愕に固まった。
――その素顔がすごく意外に整えているのに衝撃を受けずにはいられなかったからだ。
それは褐色の肌をしていて髪色が白くなっていて、そしてワイルド系ながら凛とする美形な顔つきだった……
フドウはいつも黒ずくめの姿で肌を微かさえもみせた事がなかったからこそ、その素顔は見るに堪えない程に醜いのではと邪推していたハンコックが驚愕せずにはいられないのも無理もないだろう。
だが、その反応をよそにフドウは露わにされてしまったその顔を激しく歪めせる。
「チッ!」
そして彼が素早く素顔に手を覆った。隠す為に。
その行動に狼狽していたハンコックもすぐ頭を冷やし、訝しげにする。
「…!?(何じゃ!?あの反応は……!?素顔を露わにされただけなのに――大げさすぎるんじゃが……!?)」
その過敏さに疑念を抱いた――と同時に
「…(しかし?どこかで見たような反応じゃが……?)」
そうとも考えるようになっていた。だが、どこで同じような反応を見かけたのかを思い出せず首を傾げる。
とにかく、その場に剣呑な空気が漂うようになった。
――それを打ち破ったのが
「ハッハッハッハッハ!!」
「「「!?」」」
――レグラヴァリマであった。
瀕死状態で倒れている筈の彼女が突如大笑いしたのにその場にいる人々も訝しげにする。
そりゃ、そうだろう。瀕死であるのにも関わらずに大笑いしたのだ。あまりにも気味悪い事態な故に3人が彼女の正気を疑うのも無理もないだろう。
そんな3人に構わずにレグラヴァリマはニンマリとし、口を開く――突如大笑いした理由を……
「――まさか、あの――「ルナーリア族」が目の前にいるとは……!!」
「!!」
「!?――何じゃ、それは?」
彼女が興奮しながらそう言い放った。熱がこもるその目はまっすぐ――フドウを凝視していた……
言い放たれたその事にハンコックは理解できず疑問符を浮かべるが、フドウは何も言わず……しかし心なしか彼の空気が重くなったように感じられてきた。
それを感じてか、レグラヴァリマがますますニンマリとし
「ふふっ!!――「ルナーリア族」、〝神〟と謳われた一族!!」
「あらゆる環境下でも生存できる驚異的な生き物!!」
「その存在を知った時は何としてでも食ってみたいと思った!!さぞかし美味に違いないと思ったのだからな!!」
「「…!!」」
「…」
もはや完全に興奮していた彼女はその感情のままに言い放ったその事にハンコックもギーランも目を大きく見開き、フドウもそろそろ――しゃれにならない程の気配をするようになった……そう、殺気立ったのだ。
だが、それに構わずにレグラヴァリマは堂々と熱演を続ける。
「なのに!!あの天竜人共によって〝赤い土の大陸〟から追われてから絶滅してしまったのを知った時は本当に怒りで頭がおかしくなりそうだったわ!!」
「――だが、奇跡が起こった!!その「ルナーリア族」が、何としてでも食ってみたいと思っていた肉が今!!目の前に……!!」
絶滅したと思われた「ルナーリア族」の1人が目の前にいるという事実に彼女も興奮が高まり――狂気に陥った。
何としてでもフドウに手を伸ばそうとするレグラヴァリマの目は血走らせ、口からよだれが出ていた。その形相は実におぞましくて――そう、化け物のそれだった。
「…っ!!」
それにギーランも恐怖を感じ後ずさった。
「…!!」
一方でハンコックは素早くフドウに視線を向ける。肝心の彼は全く身動きさえせず――しかし、すごく殺気立っていた。
「……そなたは」
そんな彼の姿を目にした彼女は――悲しげな表情を浮かべる。
「…(そうか、どこかで見たような反応だと思ったが……あれは――)」
そして気付く。その事に……
「(――背中のあれを知られたくない妾達のと同じだ……)」
そう、ハンコック――を含むボア三姉妹はかつて天竜人の奴隷だった暗い過去を持っている。その過去は今も彼女達を苦しめている。
その傷が深いあまりか、今の彼女達の背中にはその証がもう既に〝なくなっている〟のにも関わらず、いざ人にみられると思うとついビクッとしてしまう事もあった。
――だからか、同じ天竜人の被害者で自身と似たような反応をみせたフドウにハンコックも思うところがあるように感じていた。
フドウが静かに殺気立ち、それをハンコックが見つめる中でレグラヴァリマを嫌悪感を持ちながら凝視していたギーランはある事に気付く。
「……〝食ってみたいと思っていた〟……?お前は一体何を言っているんだ……!?」
彼はレグラヴァリマが口にした言葉の中のある部分に注目していた。
そう、彼女は「ルナーリア族」であるフドウの事を食ってみたいと言い放ったのだ。それが意味するもの――その事を察してしまったギーランの顔が青ざめた。
その様子が目に入ったレグラヴァリマはますます歪む笑みを浮かべた。
「ククク……その通りじゃ、妾は――」
そして彼女はついに明らかにした。長らく抱えていた秘密を……
「たとえ、どのようなものだろうが――妾の舌と腹を満足させてくれるのならば、食ってみせるのじゃ!!それこそ――〝悪魔の実〟だろうが……〝人間〟だろうがな……!!!」
「「「!!!」」」
言い放たれたその事実にギーラン、そしてハンコックもフドウもさすがに目を見開き、ギョッとした。
――そう、レグラヴァリマはどんなものでも食わずにはいられない衝動を抱えている。それこそ――常識では考えられないものさえをも構わずに食う程だ。
そんな衝動を密かに抱えながら生きてきた彼女は最初こそ植物、虫……ギリギリで取るに取らないものを食べていた。だが、やがて満足できなくなった彼女はついに人間を……食ってしまったのだ。
その味は実に素晴らしくて、それ故にレグラヴァリマは秘密裏に人間を食うようになった。様々な人間――それこそ魚人と人魚等をも食った。
〝悪魔の実〟を食ったのもその能力より非常なマズさの方に興味を惹かれたからだという普通なら考えられない理由だった。
実際に食ってみた彼女は確かにマズイと思ったが……だが、だからこそ逆に癖のある味になると考えた始末だ。
そんなレグラヴァリマの狂気にギーランとハンコックとフドウもつい気圧された。
「く、狂っている……!」
「食っている?……ふははは!!そうかもしれぬな」
顔面蒼白になったギーランが辛うじてそう言い捨てるのをレグラヴァリマはしかし気にするどころか相槌を打った。そして
「だが!今重要なのは今妾の前に「ルナーリア族」がいるという事だ!!」
目の前に立つフドウに熱中する。
「食ってみたい!!「ルナーリア族」の肉は妾のものだ!!誰にも渡さぬ!!」
彼女は持つ限りの食欲と狂気を全て開放するかのようにそう言い放った。
そんな姿勢に対してフドウは――怒っていた。
それもそうだろう。彼女の姿勢、考えの全ては彼の……否、「ルナーリア族」の威厳を踏みにじっているといってもいいのだから……
「―!!(ふざけるな!!オレは!オレ達は!!貴様の!!誰かのものでもない!!)」
心の中でそう叫んだ――そうこのオレ、ハッテンと親父も誰かのものではない!!
「…!!(もう焼き尽くしてやる!!)」
さっきから自身を不快にさせ続けるレグラヴァリマを跡形もなく焼き尽くそうと動く――が、それより素早く動く者がいた。
――そして、その者がレグラヴァリマを蹴りつけた……