魚人島「ギョンコルド広場」――
その広大な広場は活気づいていた。
その場ではオトヒメ王妃が地上への移住に関する演説を行う故に多くの魚人と人魚がそれを聞くために島中から集まってきたからだ。
しかも、今回は何やら新たな発表をも行われる事になっている故に今までより多くの人々が集まって、その場がさらに賑やかになった。
一体何が発表されるのか心待ちにする人々の姿に本番に控えるオトヒメは感動を覚えていた。
「こんなにたくさん集まってくれるなんて……!」
「ええ、これこそがあなたの努力の賜物なんです」
「まァ、皆は地上に興味があるからだけではなく、ただあなたの事が好きだからこそ来たんですからね」
感激のあまりか目が濡れるオトヒメにそのそばで控えてる右大臣と左大臣が笑みを浮かべながらそれぞれ言う。その言葉にその辺りを警護する兵士達も賛同するように笑みを浮かべる。
そう、多くの魚人と人魚は何だかんだ際限なく光の恩恵を受け取れる地上に心惹かれるのはそうだが……それよりなのが自己犠牲も厭わず他者を助ける慈愛に溢れるオトヒメ王妃の事が好きなのだ。
だからこそ彼女の演説を聴きに足を運ばない訳にはいなかったのだ。
そんな人々の意思にオトヒメは涙を流す程に感謝の念を抱いた――が、同時に微かに懸念をも抱く。
「……(やっぱりなんだけど、皆は人間との共存には
人々が集まってくれた理由を察したオトヒメは微かに眉をひそめた。
そう、多くの魚人と人魚は人間との共存に対しては一応考えてはいる。
……ただ、
その事実とその事から読み取れる人間に対する魚人と人魚の不信感をオトヒメは重く受け止める。
だが、それでもオトヒメは悲観せず逆に燃えるようになる。
「(――でも!今はそうでも、将来人間と互いに受け入れ合うようになれる筈!あの子達のように……!)」
そう考えたオトヒメはある方向に視線を向ける。そこには彼女の子供達、フカボシとリュウボシとマンボシとしらほしの4人が和気藹々としていた。
「これから何が始まるの〜?」
「ははっ、これから母上様が皆に移住について説明するんだよ。しらほし」
「そうそう!皆で〝タイヨウ〟の下まで行くんだよ〜!」
「だから楽しみにしてな〜しらほし!」
「うん!」
目の前の状況に対して純粋に疑問を抱く末っ子に向けて3人の兄が優しく説明してあげていた。その和やかな光景に表情をほころばせたオトヒメは続いて別の方向に視線を移すと
「……このような場にオレ達を立ち会わさせてくれるとはな」
「そうですね。ですが、我々が移住の件に関わっているからこそ立ち会ってほしいという意見も確かに一理はあるんですし」
「だー!」
広場の端っこにはスサノオとアマノムを抱っこする小紫と数人が密かに控えていた。人間である彼らがその場にいるのはオトヒメの手引きによるものである。
確かに彼らは人間であるが、信頼を置ける者達だ。それに加えて移住の件でわざわざ手を貸してくれた。そんな彼らをオトヒメはせっかくのご縁だとしてこの場に招いたのだ。
スサノオ達の方も移住の件に協力した事もあってその誘いに応じて広場にやってきた。ただ彼らは今オトヒメが行おうとする演説の重要性を考慮してそれを邪魔しないために物音を立てないようにしていた。
「だーだー!」
「リュドドド、驚いたか?そうだ!これが「魚人」と「人魚」だ!たくさんいて面白いだろ!?」
「ふふっ、色々な人がいて興味深いんでしょ」
「だー!」
そんな中でアマノムはさっき四兄妹と顔合わせした時より多くの魚人と人魚を目にしたからか興奮していた。そんなアマノムにスサノオと小紫は表情をほころばせ、楽しげに話しかける。
その言葉に肯定を示すかのようにアマノムが満面の笑みを浮かべて明るく可愛らしい反応を示した。その反応を受けてスサノオも小紫もますます笑みを深めた。
その和やかな家族の姿にオトヒメは微笑み、そしてさっきの事を思い起こす。
――我が子達とあの子が純粋に笑い合った素晴らしい光景を……
「(あれこそが私が求めた理想だった……!!)」
「魚人」と「人魚」の子供と「人間」の子供が嫌悪感を抱かず互いに受け入れ合い、気兼ねなく笑い合う。
自分が切望していたものを目にする事ができたオトヒメはもちろん感動した。そして決意を改めて固める。
「(あの光景を幻に終わらせず、広めてみせるわ!!!)」
そう心に強く誓ったオトヒメはこれから行う演説に向けて姿勢を整えようとする。
スサノオ――オレは広場の端っこでアマノムが初めて目にする魚人と人魚の人だかりを食い入るように見つめるのを小紫と共に温かく見守る。
ふとオレは同伴した数人に視線を向ける。
「……今の気分はどうだ?ジャック、キサメ、河松」
そう、オレ達にお供したジャックとキサメと河松の3人に向けてオレは反応を伺ってみた。
何せその3人は魚人だ。それ故に今回の件、そして目前で行われる事態に対してどんな感情を抱いているのかを知りたくて声をかけてみたのだ。
そんなオレの問いかけに対して3人がみせる反応は別々だった。
まず、ジャックは何の事はなく平然としていた。
「いえ、オレは別に何も」
「……」
冷淡とそう言ったジャックはオレと視線をじっと交わし、そして今回の件に対して抱く自分の考えを率直に口にする。
「かつて言ったんですが、このオレはスサノオさんに認められばそれだけで良いなので種族などどうでもいいと思っているんで」
「……まァ、お前ならそう言うんだろうな」
キッパリそう言ったジャックの姿勢に当時の事を覚えているオレも苦笑を浮かべた。そこに続いてキサメが口を開く。
「そうですね。私は興味がありますね」
「「!」」
キサメが笑いながら口にするその言葉にオレとジャックは片眉を上げる。それにキサメは不敵に笑い、そして語り出す。
「私はね」
「――人間からの差別はもちろんそうなんですが……〝恨み〟と〝怒り〟にはうんざりしていたんですよ……!」
「「「……!!」」」
キサメがそう言い放ち、そして彼から張り詰めた雰囲気が漂ってきたのを受けてオレとジャック、小紫と河松も目を見開く。
キサメ――
彼は魚人島本島の近くに所在するスラム街「魚人街」で生まれ落ちた
「魚人島」の荒くれ者達が集まり、管理者達の手に負えない程のギャングと海賊の住処と成り果てた無法地帯で育ったキサメはそこで教わる事になる
――長きにわたる人間からの〝差別と迫害〟を受けてきた歴史を……
『いいか、お前ら……!!』
『人間を呪え……!!!』
幼き頃から人間を嫌う大人達の影響を受けたキサメは狂気的な思想を持つようになっていった
そして同じ考えを持つ数人と共に人間はもちろん人間に友好に接する同族である魚人への闇討ちを行うまでになった。その様はサメの如く凶暴だった――が
ある日、いつものように暴れようとするキサメは気付く
――自分がすごく疲れた事に
実はキサメが暴行を続けるうちに彼の精神が摩耗していたのだ。その事実に唖然としたキサメだが、ふと考えつく
――人間への復讐こそが自身の存在意義なんだと考えてきた
――だがよく考えれば、人間はとにかく同族である筈の魚人にまでも暴行を行う意義が果たしてあるのだろうか?
その事に思い至った途端にあれだけ満ちた狂気が嘘だったかのように頭が冷めるようになったキサメは自問自答を重ねた。やがて、それは〝自身が偽りの存在でしかない〟という認識へと変わっていった
――魚人と人魚の恨みと怒りはそもそも先人、すなわち他人のものだ。自分のものではない
――なのに、その恨みと怒りに動かされて暴れるのは滑稽ではないのか?
そう悟ったキサメは狂気から離脱する事ができた
だが、そんな彼の周りの魚人は相変わらず狂気に陥っていて衝動のままに復讐を叫び、狂気に酔いしれる。そんな者達の姿がキサメにはもうすっかり恐ろしくみえた
――あれでは周りを食い荒らすだけに飽きず、しまいには自分さえをも食い荒らすだろう
それ程の狂気に恐れ慄いたキサメはもうこれ以上呑み込まれないために「魚人島」から去った
「――歴史を考えると魚人と人魚の恨みと怒りがそう簡単には消えられない故に運命が変わる事はないと考えたんです」
「だからこそ、この件には興味を持たずにはいられませんよ……!」
恨みと怒りに溢れる歴史の重さを知っている故に諦念を抱いていたキサメは目の前の事態、特にオトヒメに注目せざるを得なかった。
「まさか、身体が弱いあの方が〝言葉〟でこのような状況を作ったとは……畏敬を感じますね……!」
聞けばビンタを一発しただけで手を複雑骨折する程にオトヒメの肉体が非常に脆弱だという。
そんな彼女が〝言葉〟での説得を根気強く続け、その結果として今の事態が展開されてるのにキサメも驚愕を隠せなかった。そんな彼にオレは笑みを浮かべる。
「リュドドド!!確かにな!!オトヒメ王妃の度胸はたまげたものだからなァ!!」
オレもオトヒメに対しての賞賛を率直に口にする。
そう、彼女の度胸と行動力は実に凄まじい。実際、以前「魚人島」に流れ着いた「天竜人」を助けたツテで〝聖地〟「マリージョア」に行き、そこで書状を手にして帰還したぐらいなのだから。
その話を知った時オレもさすがに目を大きく見開いて口を開けたものだ。
「〝力〟じゃなく〝言葉〟で今の状況を作り出したんだから本当に大したものだ!!」
「ええ、それ故にあれもまた〝強さ〟になるのかもしれませんね」
普通なら怯み、進んでやらない事を怯まず実行してみせたオトヒメの〝力〟とは違う〝強さ〟にオレは感心せずにはいられず、キサメもじみじみとそう言う。
そう、オレ達――否、世界中の誰もが事を進めるために〝力〟にものをいわせてきた。その方が最も手っ取り早いからだ。だからこそ誰も彼も別の手段を考えつく事さえもせずに〝力〟で推し進めた。
なのに、オトヒメは〝力〟ではなく〝言葉〟で事を進めようと迫ってきた数々の困難に負けずに根気強く戦い続けた。
そんな精神だけでも十分驚かれる事なのに今こうして成果が現れたのだからもはや脱帽だ。
〝言葉〟でそれ程の事を成し遂げたオトヒメの事にオレが畏敬の念を抱くそばでキサメも神妙な面持ちになり、そして呟く。
「オトヒメ王妃を見ると〝力〟、〝強さ〟の事を考えさせられますね」
重々しくそう言い、オトヒメを凝視するキサメの表情には複雑さが込められていた。
彼は魚人と人魚の恨みと怒りに溢れる歴史に振り回されないために「魚人島」から去った――そう、
だがオトヒメはその歴史から逃げずに堂々と戦い、その果てに今の状況を作った。そのあり様にキサメは何も感じない訳がなかった。
自身とオトヒメの差にキサメが苦悩させられる事になり、そんな彼から重苦しい雰囲気が漂ってきたのにオレが眉をひそめた。
「……キサメ」
「!……ああ」
オレに気にかけられるのに気付いたキサメは素早く笑みを浮かべる。
「今はとりあえず、目の前の事に専念しましょう」
「……おう!そうだな!」
つい感慨に耽けてしまったが、気を取り直してオトヒメの演説を見届けようとキサメが言い張る。そんな彼にオレはこれ以上何も言わず、笑みを浮かべる。
ふとオレは小紫を見てみた。キサメの話を聞いた彼女の反応が気になったからだ。
何せ、オトヒメがやろうとしている事はある意味小紫が抱く野望と似通うところが少なからずある。にも関わらずにやり方が全く正反対だったんだ。
それ故に彼女がオトヒメに対してどのような感情を抱くのか。それが気になったオレに視線を向けられてみた小紫は――平然としていた。
「!」
その様子につい片目を見開いたオレに気付いたか小紫が微笑みを向ける。
「ああ、心配いりませんよ。何があろうとも私は揺るぎません。あの時改めて誓ったから」
堂々と宣言して獰猛な笑みを浮かべる小紫の姿勢にオレは片眉を上げる。それをよそに小紫はオトヒメに視線を移す。その瞬間に微妙な空気が微かに漂う。
「――まァ、あの方のあり方に思うところが確かにありますがね」
小紫がそう言い、笑う。ただその笑みはどこか自嘲めいていた。
彼女は「ワノ国」そのものを変える野望を抱いているが、そのやり方は血を流すものだった。その事実に小紫自身は別に背徳感を一欠片も持たない。
……ただ、自身と違って血を流さないやり方で国を変えようとするオトヒメのあり様が小紫にもまぶしく見えた。
オトヒメに複雑な視線を向ける小紫の様子にオレも目を細める。
「……小紫」
「!」
たまらずオレが声をかけると小紫はハッとし、何でもない事のように朗らかな笑みを浮かべる。
「私の事はいいとして――河松。あなたはどうなの?ついに故郷に足を踏み入れる事ができた筈」
「……!」
そして話題を切り替えるように小紫は自身にお供した河松に向けてその問いを投げかけてみた。彼は〝河童〟であるとされているが、実はトラフグの魚人なのである。
河松は幼い頃に母親と共に乗っていた船が難破し、「ワノ国」に流れ着いた。だが、人間以外の種族がいない「ワノ国」で化け物扱いされてしまった。
母親はその過程で傷つき、「追われ続けないために魚人と名乗っていけない」と遺言を残し亡くなってしまった。それに従って河松は〝河童〟として生きるようになった。
そんな境遇の河松が自分のルーツである「魚人島」に今足を踏み入れ、多くの同族を目にした。
その状況に対して彼が一体何を思うかに小紫が興味を持ったのだ。同じく興味を惹かれたオレ達は河松に注目した。周りから視線を浴びた河松はついビクッとしたもののしばらく佇む。やがて
「……そうですね」
重々しく言い出す。その時の河松の表情は哀愁を帯びていた。
「何というか――奇妙な気分でございます」
「拙者は〝河童〟である事に誇りを持っています」
「それでもたまに思いを馳せます。幼き日の記憶ゆえに忘れかけてしまった故郷に……」
「それがまさか今この足でその地に踏み入れ、この目で拝む日が来ようとは……!」
幼き頃に出た故に記憶が薄れてしまった「魚人島」を再び目にする事ができた河松も込み上げてくるものがあった。
「いやはや、何ともいえない気分でございます……!!」
駆られた激情を吐き出した河松は大きな菅笠を目深に被る。そんな彼に小紫は柔らかい微笑みを向ける。
「……ここをゆっくり堪能してもいいわよ。いつでもここに来れるのだろうから焦る事はないし」
「!……小紫様」
感傷のあまりに気持ちが錯綜している河松に向けて小紫はそう言う。
移住の件で「百獣海賊団」と「リュウグウ王国」のつながりがさらに強まるのだろう。そんなつながりの担当を「リュウグウ王国」に縁がある河松にも任せたいと小紫が考えた故に彼に対してそう勧めたのだ。
……まァ、それだけではないだろう。
とにかく主からそんな言葉をかけてくれた事に河松は目を見開き、そして深く頷く。
「……そうでございますね」
「ええ」
小紫と河松の間にしんみりとする空気が流れ、それにあたってオレ達も口をつぐんだ。その場が沈黙に包まれる中で声が響く。
「だー!」
「「「!」」」
突然アマノムが声を上げたのにオレ達は目を見開いた。
アマノムは空気が少々おかしくなったのを感じ取ったためにたまらず声を上げたのだ。その姿勢に驚いたオレ達も表情をほころばせる。
「――リュドドド!!すまんすまん!重苦しい空気は嫌だもんな!!」
「ふふっ、ごめんなさいね。アマノム」
「すみません、お坊ちゃま」
「おや、すみませんね」
「はっはっは!申し訳ない!若様!」
「だー!」
オレ達は謝罪を口にするが、その顔は笑っていて雰囲気も和やかだった。それを受けてふくれっ面だったアマノムも笑顔になる。それにつれてついさっきまで重苦しかった雰囲気が明るくなった。
「気を取り直して演説を聞こうぜ!」
「ええ、そろそろのようですし」
そしてオレがそう言い張るのに伴ってその場にいる人々はオトヒメの演説に備えようとする――が
「「「……!!」」」
「時間です」
「ありがとう」
一方でオトヒメは時間になった故に広場の中心に設置されている台に登ろうとしていた。これから演説を行うために。
「……ジャハハハ、ショーの始まりだ……!!」
☆オトヒメ王妃の演説が始まろうとする裏で動き出す悪意…!!