「――そろそろじゃないか?オトヒメ王妃の演説が始まるのは」
「ああ、そうだな!しかし、今回は新しい発表があるらしいが……一体どんな内容なんだろう?」
「さァな、ただ内容がどうであれ移住に関する事は確かだろうよ」
「魚人島」のある広場で多くの魚人と人魚が和気藹々としていた。彼らはもうすぐその場で行われるオトヒメの演説を心待ちにしているからだ。
――そして
「――皆さん!!大変長らくお待たせいたしました!!」
「「「!オオ〜〜!!」」」
広場の中心に設置されている台に登ったオトヒメが周りに向けて声を張り上げた。待ち遠しかったオトヒメの登場に人々が歓声を上げた。
そんな人々からの歓迎を受けてオトヒメは表情をほころばせた。
「皆さん!!私の話を聞くために来てくれて――」
「本当にありがとう!!!」
「「「もちろん!!!」」」
ただ演説を聞くために多くの人がわざわざ集まってくれたという事実にオトヒメが心から感謝を伝え、それに対して人々も満面の笑みを浮かべる。
「そりゃ、あなたの話を聞かない訳にはいかないんですから!!」
「そうそう!!」
「皆さん……!!」
そんな人々の温かい想いにオトヒメはますます感謝の念を抱いた。
「本当に…ありがとう……!」
感激のあまりオトヒメは涙を流して満面の笑みを浮かべた。
だが、いつまでも感極まり続ける訳にはいかない。
「――さて」
何とか気を引き締めてみせたオトヒメは真剣な表情を浮かべ、そして人々に向けて語り出す。
「皆さん!!」
「地上への移住に関しての事で知らせがあります!!」
「「「!」」」
オトヒメの一変された姿勢と言い放たれた言葉に人々も慎んで続いての言葉に耳を傾げようとする。
そうしてオトヒメの演説が始まった――と思われた。
「まず、移住ー…!?」
オトヒメが語り始める途端に彼女の間近の場で騒ぎが起こった。
そこには大分集まった大量の署名を収納した大箱が設置されてあるために人々、特にオトヒメが突然の事で驚愕しながらもその安否確認の意味を込めて視線を素早く向けると――
「離しやがれ!!」
「いや、離すかよ。いかにも怪しい奴をよ……!」
なんと、魚人と人魚も見上げる程の大男が一人の男の顔を掴むというただならない光景がその場に展開された。
その光景に人々が驚愕する中でオトヒメが驚きながらも言う。
「!?スサノオさん!?」
そう、その大男とは――スサノオであった。彼は険しい表情を浮かべながら暴れる男の顔を抜かりなく掴んでいた。
そんなスサノオに顔を掴まれて手足をバタつかせる男はその風貌からどうやら海賊のようだ。
どうしてそうなったかさっぱり分からない状況だが、ただ確かなのは二人共〝人間〟である。
そんな光景にしばらく呆気に取られた人々だが、やがて目が鋭くなる。何せ、海賊らしき男が手にしているのは――松明だった。
そのようなものを持つ男が大量の署名が収納されている大箱のすぐ近くにいたという事実から彼が何をしようとしたのかを察したからこそ人々は殺気立った。
「ひッ!?」
その威圧感に暴れていた男も怯え、体をこわばらせた。そこにスサノオ――オレも鋭い視線を向ける。
「……その松明で一体何をしようとしやがったんだ?あァ?」
「ヒィィ!?」
オレはその男にそう凄んだ。何せ、せっかくのオトヒメの演説を邪魔された上に彼女達が懸命に集めた署名を燃やすという暴挙に出ようとしたのが分かったのだから。
何よりその下手人が〝人間〟であるのがタチが悪い。
オレがその男の不審な挙動に気付いたからこそ暴挙を阻止できたものの、オトヒメ達が〝人間との共存〟を目指して活動する最中でこのような事態が発生してしまったという事実にオレもイラ立ちを覚えずにはいられなかった。
「こんな時に何をしてくれたんだ。てめェは」
「ヒィィィィ!!」
イラ立ちに伴い高まるオレの殺気、そして周りから突き刺さる数々の鋭い視線に男が恐れ慄いた。
「……こいつは松明を持っていた。オレ達の署名を燃やそうとしたのに違いない」
「ああ、間違いない。しかも……〝人間〟がだ」
そして人々はその男――否、〝人間〟に対して強き嫌悪感を催した。
それもその筈だろう。オトヒメが〝人間との共存〟のために活動してきたというのに肝心の〝人間〟がその努力を踏みにじるも同然の暴挙に出てきたんだ。
これでは〝人間〟への不信感が再燃しても仕方がないだろう。
……同じ〝人間〟であるスサノオにその暴挙を阻止されたという事実さえにも気が回らない程に。
とにかく〝人間〟に対して魚人と人魚達の負の感情が高まっていく。
「!!皆さん!!落ち着いて!!怒りに身を任せてはいけません!!」
それを察したオトヒメが素早く人々を宥そうとするが。
「ですが!!こいつはあなたの善意を!!」
「ああ!!あなたとオレ達の厚意を無下にしやがった!!」
「私達の方から共に生きようと歩み寄ろうとしても〝人間〟がこれじゃ……!!」
敬愛するオトヒメの言葉でも……否、だからこそ人々は怒りに包まれる。
――こんな仕打ちを受けても変わらないオトヒメ王妃の優しさを踏みにじろうとした〝人間〟が許せない
――やっぱり人間との共存なんて不可能なんだ!!
「皆……!!」
「……チッ」
怒り狂う人々の姿勢にオトヒメは悲痛な表情を浮かべ、オレも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
せっかく〝魚人〟と〝人魚〟、〝人間〟の共存の兆しが見えてきたというのに、それが今まさに無に帰そうとしている。その事実にオトヒメもオレも苦い思いを抱いた。
それに構わずにその場は怒りに満ちる。
――だが
その怒りは恐怖に駆られた男が口走ったある事により雲散霧消する事になる。
「お、オレはただ頼まれた事をやろうとしただけなんだ!!」
「あそこに置かれるたくさんの紙を燃やして集会をメチャクチャにしろって!!」
「――
「「「!!?」」」
自身に向けられる数えきれない殺気から解放されたい衝動のままに男が告白するが、その内容によりその場が驚愕に包まれた。
何せそれが本当であれば、署名を燃やしてオトヒメの演説会を壊そうとしたのが他でもならぬ〝魚人〟の陰謀だという事になるのだから。
「う、ウソつけェ!!そんなのあるかァ!!」
「そうよ!!オトヒメ王妃の想いを潰そうとしたのが〝魚人〟だなんて!!」
「ほ、本当だって!!」
その事実を信じまいと人々が何とか否定しようするが、それを受けて男が必死に言い張る。
「ある酒場で酒を飲んでたところにそいつが来て」
「ある集会をメチャクチャにしたいからそこで置かれてあるたくさんの紙に火をつけてほしいと頼んできたんだ!!」
「前払いで大金を叩きやがったからやらない選択肢はなかった!!」
「本当だ!!信じてくれよ〜〜!!」
「「「……!!!」」」
男が今のような暴挙に出ようとした状況に至る背景を懸命に説明し、しまいには泣き喚いた。そんな風に情けない姿をさらしてしまった男だが、それが人々には逆に真実味を帯びたらしく異を唱えられず絶句した。
「ば、バカな……!?」
「お、オトヒメ王妃の演説会を壊したい魚人がいるなんて……!!」
「魚人島」の誰からも愛されるオトヒメの理想と努力が水の泡になるのを望む〝魚人〟が存在するという事実に人々は衝撃を受けた。
だが、人々が愕然とする中で真っ先に動き出す者がいた。
「――海賊さん!」
「!?」
動揺しつつも表情が引き締まるオトヒメがオレ達の元に駆け寄って男に話しかける。
「あなたに依頼をした方は今どちらにいらっしゃいますか!?」
「「「!?」」」
「オトヒメ王妃!?」
オトヒメが真剣にその問いを投げかける事にその場にいる人々は驚愕する。それに構わずにオトヒメが続ける。
「教えて下さい!!その方と会って一体何が不満なのか知っておかなければならないんです!!」
「「「……!!」」」
オトヒメがハッキリそう言い放ったのに人々は目を大きく見開く。
何せ、オトヒメは自分の理想と努力を壊そうとする者とさえも対話して理解してみせようとするからだ。そんな彼女の気概に人々はもちろん男も気圧されたのか。
「ひ、火をつけたら上の森であいつと待ち合わせて残りの金をもらう事になっているからおそらくあそこだ!!」
ついその事を漏らした。それで男がその場を指し示すのにつれてオトヒメとオレ、人々もその方向に視線を向ける。
時は少し遡って――
ギョンコルド広場上方の森――
広場の上部にサンゴの森が広がっているが、その場には1人の男がいた。
「――チッ!!」
その風貌から「リュウグウ王国」の兵士なのだが、ただその者は下部の広場を見下ろしながら怒り狂っていた。一体何を怒っているのかというと
「〜〜あの〝人間〟が……!!邪魔しやがってェ〜〜!!」
その男は広場で生じた事態――スサノオが1人の男の顔を掴んでいる状況に対して怒りを露わにした。
そう、この男こそがオトヒメの理想を打ち砕くために海賊に放火の依頼をした魚人である。
彼はホーディ・ジョーンズ。狂気に囚われた男である。
そのホーディは署名への放火を阻止された事に歯を食いしばり、その張本人であるスサノオを睨みつけた。そんな風に怒りに震えたホーディだが、すぐニヤリとする。
「――だが、それでも十分混乱している……!!これならあの女を殺せば……!!」
署名を燃やすのを阻止されても突然起こった騒ぎによって広場が混乱に包まれている。
そんな状況下で〝あの女〟――オトヒメを暗殺すれば、〝人間との共存〟という理想を説く本人ごと打ち砕ける上に彼女を崇拝する愚かな魚人と人魚達に人間への憎しみの種をまくという目的を果たす事ができる!!
そう考えたホーディは手にしている狙撃銃をオトヒメに向ける。その照準がオトヒメに定められた瞬間ホーディがほくそ笑む。
「(今この状況でオトヒメが殺されば、〝人間との共存〟というくだらねェ理想が砕かれ!!)」
「(人間どもへの〝復讐〟が始まるのだ……!!)」
オトヒメを殺せば、自身の望む魚人と人間達が人間の事を憎む環境が完成できる。
その時の事を思い描いてみたホーディは邪悪な笑みを浮かべ、それを現実にするために引き金に指をかけようとし――
「――やはりお前か。ホーディ」
「!?」
その瞬間、その場に声が響いた。
驚愕するホーディが素早く振り返ると
「……!!」
目を大きく見開く――が、すぐ冷ややかな表情になる。
「……おやおや、お〜や」
そしてホーディはその者に向けて皮肉な笑みを浮かべる。
「一体オレに何の用かな〜」
「――〝魚人〟でありながら〝人間〟の奴隷に落ちぶれたキサメよォ〜〜!!」
「ええ、久しぶりですね」
ホーディが皮肉、しかし憎悪をも込める笑みを浮かべてくるのを受けてその者――キサメも皮肉な笑みを浮かべる。
どうやら顔知りだったらしいその2人の間に張り詰めた空気が走る。
「……本当に何でここに来たんだァ?」
「ああ、それは――」
笑みを浮かべながらも警戒を怠らないホーディが投げかけたその問いに対してキサメが率直に答える。
「広場で知っている顔がいると思ったら、なんと兵士をやっているのではないですか」
「その姿にはすごく驚かせられたらその人が持ち場を離れてどこかに行こうとするんじゃないですか」
「重要なオトヒメの警護を放棄してまで何をしようとするのか気になってですね」
そう説明するキサメが大げさに驚きながらも鋭い目をみせる。その姿勢にホーディは舌打ちする。
「チッ!気付いたのか」
「ええ、懐かしいにおいがしたんですから」
野望を成し遂げるために慎重に行動してきたというのによりにもよって目の前の男に気付かれてしまったという事実にホーディが不快感を抱いたが、それに対してキサメは冗談めかすようにそう言う。
だが、その姿勢が癪に障ったのかホーディは目をカッと見開き顔に青筋を走らせ、凄まじき殺気を放った。
「あァ!?懐かしいだとォ!?」
「どの口が何をほざく!?オレ達の元から去った裏切り者がァ!!!」
「……」
鬼気迫る表情を浮かべたホーディがそう怒鳴りつけた。その罵倒、姿勢を受けてキサメも神妙な表情になる。
実はホーディはキサメと同じ魚人島出身で、そして過激な魚人至上主義者である。そう、キサメとホーディは幼なじみにして同志であった。
「魚人街」で育った者達の中でもキサメとホーディは群を抜いていた。それ故か2人は互いに相手に負けまいと暴行を競り合った。つまり、凶暴ながらしのぎを削れるライバルでもあった。
対抗意識を燃やしていたが、それでも充実感はあった。
――なのに、突然キサメがホーディ達の元から去ってしまった。
何だかんだキサメに信頼を置いていたホーディはその事実に衝撃を受け、そして憎悪を抱いた。
「しかも!!オレ達を裏切っただけに飽きず」
「〝人間〟の部下に成り下がりやがったというんじゃねェか!!」
「もうてめェは……〝魚人〟じゃねェよ!!!」
「……」
さらに、キサメが事もあろうに人間の海賊団に入ったという事実を受けて彼に対するホーディの憎悪も高まった。
その激しき憎悪を吐き出すようにホーディがキサメを激しく罵倒する。そんな彼からの罵倒をキサメは異を唱える事さえもせずに黙って受け続けた。
やがて大分罵倒したホーディが息切れするようになるが、それを機にキサメが言い出す。
「……確かに私は一緒にやってきたお前達の元から逃げるように去った」
「その事は心から悪かったと今も思っていますよ」
ホーディ達とは長い付き合いだった事もあってその事に関してはキサメも率直に悪く思っていた。
「しかし、それでも」
「〝恨み〟と〝怒り〟に振り回されるのはもうごめんですから……!」
「!!何だとォ〜」
といえ、狂気的思想にはうんざりだったキサメは率直にその事を言い張る。自分の信念を否定するように言い放たれたホーディが顔を歪めるが、それにキサメは構わずに続ける。
「自分のものではない恨みと怒りに身を任せて生きるなど――空っぽで滑稽な生き方にしかならないんですよ……!」
「それが嫌だった私はここを出て外を旅してきましたが」
「そこで生まれて初めて〝自分〟を生きる気分になれましたよ……!」
「何ィ……!!」
キサメがそう語り、しまいに清々しい表情を浮かべた。その姿、そして言葉にホーディは心がぐちゃぐちゃになった。
幼なじみで同志だったキサメが自身達を裏切ったのにも関わらずに清々しい様子を見せたのにホーディは激しき怒り、そして……嫉妬をも気付かずに抱いた。
そろそろ抑えられなくなってきた自らの激情に翻弄されるホーディに向けてキサメは真剣な面持ちで話しかける。
「ホーディ……あの時も言ったが、今もう一度言おう」
「今こそ恨みと怒りを捨て去る時なんだ……!!」
キサメはホーディをそう促そうとする。自分を生きる事の素晴らしさを未だに恨みと怒りに縛られる幼なじみにも知ってもらいたいために。
「他人の恨みと怒りに翻弄さ「黙れ!!」ー…!!」
だが、そんなキサメの懸命な説得をホーディが怒鳴って遮る。拒絶に顔をこわばらせるキサメに向けるホーディの顔は鬼気迫っていた。
「てめェを殺してやる!!!」
「ホーディ……」
そう怒鳴りつけたホーディの完全に狂気に囚われた姿勢にキサメは悲痛な表情になる。だがそれに気付かないかホーディが続ける。
「軍に入ったのは力を身につけるために過ぎねェ!!」
「おかげでオレは強くなれた!!」
「あの頃と同じと思うなよォ!!キサメェ!!」
そう咆哮したホーディはその瞬間に俊敏な動きでキサメの元に駆け向かい、そして拳を構える。
「死ね!!〝千枚「〝鮫刻衝〟!!!」ガアアアア!?」
ホーディが拳を放つ――直前にキサメがいつの間にか手にした〝鮫肌〟を猛烈な勢いで振り下ろした。その強烈な一撃がホーディを激しく叩きのめした。
その威力にホーディも今自身に起きた事態を理解しないまま倒された。そんな彼に向けてキサメが言う。
「……強くなったのは私もですよ」
「スサノオさん達と共に広い海を旅し、様々な方と戦ってきたんですから……!!」
胸を張ってそう言い放ったキサメの頭に浮かぶ。
――「暴獣海賊団」の冒険の日々が。
それは「魚人島」という隔離された地では決して知る事のなかった深みであった。「魚人島」を出て運良く「暴獣海賊団」と出会えたからこそそれを知る事ができたキサメはその幸運に心から感謝を覚える。
「ホーディ。世界は私達が思ったより遥かに広かった」
「それに比べれば魚人と人魚の恨みと怒りなど、小さいものですよ……!!」
☆狂気を脱し、世界で積んだ経験で得た強さが止まらない狂気を打ち砕く!!