オトヒメ王妃が未来に向けて魚人と人魚達への演説を行おうとしたところで起こった騒動。
〝人間〟の手によって署名を燃やされかけたのを知った多くの魚人と人魚が人間に対して怒りを燃え上がらせ、その怒りが兆しがみえてきた〝人間との共存〟を無に帰そうとした。
だが、人間がそんな暴挙に出たのは他でもならぬ〝魚人〟の陰謀によるものだという事実が明らかにされた事で広場がさらに混乱に陥った。
――そんな状況下で更なる事態が起ころうとしていた。
「〝人間〟が署名を燃やそうとしやがったのか!?」
「ちくしょう!!あいつら……!!共存に向けてオレ達が足を踏み出そうとしたのに!!」
〝人間との共存〟を目指すオトヒメが演説を行おうとする中でよりにもよって人間が署名を燃やそうとしたという事態に魚人と人魚達が衝撃を受け、怒りを爆発させる時の事であった。
怒りに包まれる人々の中に怒りを覚えず困惑する者達がいた。
「あ…ぅ……」
「お、お兄ちゃん。こ、これどうなってるの……!?」
「お兄ちゃん……!」
「く……!お、オレにも分からん……!」
オトヒメの子供達、フカボシとリュウボシとマンボシとしらほしの四兄妹である。その子達は今生じた事態を飲み込められず混乱していた。
それもその筈。さっきまでその場は和気藹々としていたのに突然騒然とするようになったんだ。幼い子供達が一変されたその状況に追いつけないのも道理だろう。
しかも、それだけではない。そんな子供達を見守る筈の兵士達もその事態につい気を取られた――つまり今の子供達はいかなる意味でも無防備になっている。
――そして、その隙をまんまと突かれてしまった。
「…あ……」
目の前の混乱に恐怖で固まったしらほしの元に密かに近付く者がいた。
「バホホホ」
その者は足が4本ある魚人――ネコザメの魚人であった。
その名はバンダー・デッケン九世。神に呪われて深海を彷徨う事になったという伝説の海賊バンダー・デッケンの子孫である男だ。
そんな彼が今しらほしに手をかけようとしていた。
「バホホホ(
しらほしに近付こうとするデッケンは気味悪い笑みを浮かべた。
大人が笑みを浮かべながら幼い女の子に触ろうとするという危なさすぎる事態だが、実はデッケンにはある企みがあった。
彼の先祖はあるものを追い求めていたが、どうやらそれがしらほしにあたるそうだ。
なぜかといえば、以前しらほしがある事をしたがそれを目撃したデッケンは彼女こそが一族が求め続けたものだと確信した。それでしらほしと結婚する事で彼女を手にしようとデッケンは考えた。
その手始めとしてデッケンはまずしらほしを自身の能力の〝的〟にしようと企んだ。
デッケンの能力は〝マトマト〟の呪いといって素手で触った相手を〝的〟として記録し、いついかなる場所からも自分が投げた物が全てその〝的〟の方へ追尾するようになるのだ。
その能力でデッケンは例えしらほしがどう出ようが、そう簡単に離れないようにするつもりだ。
……やっぱり気持ち悪い奴である。
とにかく、その企みに笑みを浮かべるデッケンの掲げる手があと少しでしらほしに触れようとしていた。
「(バホホホ、これでお前はオレのものになるんだ〜!!)」
――だが、その魔手がしらほしに触れる事はなかった。
「待て」
「!?」
今まさにしらほしに触れようとするデッケンの腕が突然掴まれた。デッケンが目を見開き、素早く腕を掴んだ者に視線を向けると
「――その子に何をしようとした?貴様……」
河松がデッケンの腕を掴みながら彼を鋭く睨みつけていた。
企みを邪魔された故にイラ立ちを覚えかけたデッケンもその険しい眼差し、そして放たれる〝覇気〟にあっけなくビビった。冷や汗を激しく流したデッケンが辛うじて口を開いた。
「あ、あ〜…こ、怖がっているこの子を励まそうと思っただけなんだ!!うん!!」
河松に向けてデッケンは必死にそう言い張った。
自身に向けられるその〝覇気〟から目の前の者はただ者ではない。そんな者に腕をしっかり掴まれてしまった。しかも、それだけではない。
こっそりやる筈が少々目立った事で周りに気付かれ始めている。これではしらほしに微かでも触るのが難しくならざるを得なくなった。ならば、ここは一旦撤退して次のチャンスを待てばいい。
――何より、こいつから離れたい!!
今身を置かれる状況からデッケンはそう判断した。まァ、目の前の河松から逃げたいからのもあるが。
何とかその場を離れるためにデッケンが必死に言い繕うが。
「嘘だな」
「は!?」
その言い分を河松はバッサリと切り捨てる。
その回答はもちろんだが、あまりにも迷いがない態度にデッケンも目を丸くして口を大きく開けた。そんな彼に対して河松は毅然と言い放つ。
「貴様が何を言おうが」
「その隠しきれない邪念、拙者の目は惑わせんぞ」
「ッツ!!」
さっきしらほしに触ろうとしたデッケンの行為、その際の気配から悪意を感じ取れた河松はしらほしを守るためにも彼に抜かりなく注意を払う事にした。
そんな河松の姿勢にデッケンは白目になり冷や汗をさらに流した。そんな2人の間に張り詰めた空気が走っていく。
「……!?」
「貴様ら!!何してる!?」
「――いや!?片方は確か、スサノオ殿の……」
「じゃあ、もう片方は……!?」
そして、その空気によって騒ぎに気を取られていた兵士達もようやくその事態に気付いた。
「「「!?しらほし!!」」」
「え?え?」
それに続いてフカボシとリュウボシとマンボシも同じく気付き、そんな2人のすぐ近くにいるしらほしの身を案じた。しらほしも身近で起こった騒ぎに気付き、顔を真っ青にする。
短い間で色々な事が次々に起こったのを受けてしらほしの精神が限界に達そうとしていた。
「え…ハァ…ハァ……!」
「「「……!!」」」
恐怖のあまりにしらほしが発作を起こしそうな状態になり、その姿にフカボシ達は息を飲む。
何せ、しらほしがショックを受けるとある事が起こる事になるといえるからだ。母からその事を聞かれた3人はだからこそその事が起こるのを阻止するためにも何とか妹を落ち着かせようとする。
「しらほし!!落ち着くんだ!!大丈夫だ!!」
「そうそう!!皆が何とかしようとしているんだよ!!」
「だから、怖がる事はないんだ!!」
フカボシ達がしらほしを宥めようと必死に言い張るが……
「あ、あ……!」
それでもしらほしの精神が安定する事はなかった。
そもそも、平和な筈のところに突然騒乱がそれも立て続けに起こったんだ。そんな事態を受けて幼いしらほしが兄達の言葉が届かない程の恐怖を覚えるのも道理だ。
普通に考えれば幼い女の子が今のような状況に身を置かれば恐怖を感じるのも無理もない話なんだが、彼女の場合はそうにはいなかった。
しらほしはある力を持っている。それも幼い子供が持つにはあまりにも強大な力を。そんな彼女が恐怖に駆らればその力が暴走し、その地に厄災が降りかかる事になるのだろう。
それを恐れたフカボシ達は妹を懸命に落ち着かせようとするが、それでもしらほしの恐怖心が収まらなかった。
――そして
「――」
「!!しらほし……!!」
「「!!」」
ついに精神が限界に達してしまったしらほしが泣き叫ぼうとする。その姿にフカボシとリュウボシとマンボシは顔を真っ青にした。
恐れた事態を止められずに起こってしまうからだ。
――だが
「――落ち着いて、しらほしさん」
「!?」
その時に優しく、しかしよく通る声がその場に響いた。
その声に泣き叫びかけていたしらほしも目を見開いた。そして呆然としながらもその声の源に視線を向けると
「……あ……こむらさきさん……」
「ええ」
そう、小紫がしらほしに寄り添っていた。その事に驚くしらほしに小紫は優しい笑みを向ける。
「もう大丈夫よ。こんな事態はすぐ収まりますよ」
「……!」
小紫はしらほしを優しくそう宥める。
人間といえ、母達が信頼を置いている小紫が優しく包み込むようにしてくれたのを受けてあれだけ恐怖に駆られていたしらほしはようやく安堵を覚えられた。
――そして
「だー」
「!」
新たにその可愛らしい声が響いたのにしらほしは再び目を見開いて小紫を凝視してみる。
すると、小紫の腕の中にいるアマノムがしらほしを慰めようとするためか気遣わしげな顔で彼女に小さな手を優しくかけていた。
「だ?」
「……!」
自分の事を気にかけてくれるアマノムの姿、そしてそのあまりにも小さな手から不思議な事に感じる温もりが自身に広がってきたのにしらほしは目を大きく見開き、そして……笑顔になった。
「……ふふっ、ありがと。アマノム」
「だ!」
しらほしが朗らかに笑いながら感謝を伝えた。それを受けてアマノムも明るく笑い返した。
その温かな光景を目視した小紫はしらほしの精神が安定できたのを確認し、笑みを深める。
「といえ、ここは危ないから少し離れましょう。あなた達も」
「だ!」
小紫はしらほしにそう促し、続いてさっきまで危うかった妹の精神が今安定できている事態に安堵して気が抜けたフカボシとリュウボシとマンボシにも視線を移して同じように促す。
それに肯定するかのようにアマノムも真面目な顔つきで大声を出して腕を上げた事で3人ともハッとし、真剣な面持ちで頷く。
「え、ええ。そうしましょう」
「しらほし!小紫さんの言う通り、ここは危ないから少し離れよう!」
「そうそう!行こう!」
「……!」
小紫からの促しとアマノムの可愛らしい対応によってほぼ落ち着くようになったが未だに混乱しているしらほしだが、兄達からもそう促された事で完全に落ち着く事ができるようになる。
「――うん!」
しらほしが涙ぐんだ顔を引き締めてしっかり頷いた。そんな妹の姿に3人はホッとし、小紫も微笑む。
「さぁ、行っておいで――あなた達はあの子達をお願いします」
「「「え、あ、はい!!」」」
小紫は子供達に向けてそう言い放ち、そして周りで固まっている兵士達にもそう声をかける。
実は兵士達は河松とデッケンに気付き子供達を警護しようと周りをしっかり囲んだんだが……目の前の状況が目まぐるしく変わるのに戸惑い、つい固まってしまったのだ。
そんな兵士達が小紫から声をかけられた事で我に返った。
「さァ、行きましょう!」
「こちらに!」
自分が果たすべき使命を思い出した兵士達は子供達が避難できるように誘導する。しらほし達もそれに従ってその場から離れていった。
それを見届けた小紫はその途端に真剣な表情になり、河松とデッケンの方に視線を向ける。そこには――
「お、オレはしらほし様を元気づけようとしただけだぜ!!いやマジで!!」
自身が口にした言い分を信じず、視線を少しもそらさず腕を強く掴み続ける河松を前にデッケンは焦り、何とかその場はおろか目の前の者からさっさと離れるために新たな言い分を口にしてみせた。
だが、それでも河松には通用しなかった。
「……さっきも言ったが、貴様が何を言おうとも拙者には通じん」
「それより、しらほし姫からさっさと離れてもらおうか」
河松が毅然とした態度を変えず、はっきりそう言い放った。その姿勢にデッケンは顔を激しく歪める。
「……!!(クソ!!せっかくしらほしに触る絶好の機会が訪れたってのに、それをこんなチビに邪魔されるなんて!!)」
「(く……!!ここを離れるにはこいつをぶちのめすしかねェな……!!どうせもう既に目立ちすぎた。これ以上目立っても変わりはねェ!!筈だ!!)」
……デッケンはしらほしを手に入れたいと考えていたが、肝心の彼女のガードが固くて彼ももちろん手を出せなかった。
デッケンが困り果てたところに奇跡が起こってしまった。突然騒ぎが起こった事でしらほしのガードが緩くなり隙を晒してくれた。二度とないその機会にデッケンは歓喜した。
だからこそ、それを邪魔した河松に対してデッケンは殺意が湧かずにはいられなかった。それに加えて今の状況もあって目の前の者をぶちのめそうと考えるようになる。
その一方で河松はそんなデッケンに抜かりなく注意を払いながらもしらほしにも気を向ける。
「……(いかんな。怖がらせてしまったか)」
しらほしが恐怖に駆られた姿に河松は眉をひそめる。
「(できれば、怖がらせずに事を進みたかったが……ままならないものだ)」
事態を思うように進められないのを河松は苦く思う。
「(拙者はこやつから目をそらす訳にはいかない。だから頼みましたぞ)」
「(――小紫様!)」
だが、しらほしの元に主君――小紫が近付いている。
小紫ならばしらほしに寄り添ってあげられると確信している河松は自分のやるべき事、デッケンに集中する。
「……それで?おとなしくここから離れるか?」
「!!」
河松がデッケンに向けて通告を突きつける。その姿勢が癪に障ったかデッケンは顔を激しく歪める。
「……バホホホ、そうだな。オレはここを離れるさ」
だが、すぐ笑みを浮かべたデッケンはその通告に従うそぶりをみせる。
……そしてデッケンのもう片腕が密かに動く。
そしてデッケンの目がカッと見開く。
「ただし!!」
「てめェを殺してからな!!」
邪悪な笑みを浮かべたデッケンがそう吠えながら手にしたナイフで河松を突き刺そうとする。
――その場に渋い音が響いた。
「なッ!?」
デッケンが驚愕した。河松を刺す筈のナイフが空に飛ばされたからだ。
〝横綱河松〟と呼ばれる程の最強の力士である河松がわざわざ刀を抜かなくともデッケンがナイフで突き刺してくるのを手のひらではじいたのだ。
その事にデッケンが動揺する一方で河松は目を鋭くする。
「……それが貴様の答えか」
「ならば、完膚なきまでに叩きのめす!!」
デッケンが取った行動により彼を完全に叩きのめす事にした河松が手のひらを構えようとする。それを目にしたデッケンは顔を真っ青にする。
「!?ま、待て!?」
その姿勢にこれから自分の身に何が起こるのを悟ったデッケンは何とか哀願しようとするが。
「――フン!!」
それより素早く河松の勢いよく放たれた手のひらがデッケンの身体に重く叩き込まれた。
「ゴフッ!!」
その強烈な張り手によりデッケンが悶絶しながら吹っ飛ばされようとする。だが、そんな彼の腕は未だに河松に強く掴まれているままのために空中に繋ぎ止められ、そして地に落ちていった。
「あ……が……」
大きなダメージにより苦悶しながら倒れ伏せるデッケンを河松は冷たく見下ろす。
「……どんな理由か知らんが」
「幼い子供に手を出そうとする不埒者は叩き潰すのみだ……!!」
しらほしの内に秘められた力がデッケンの目当てである事を知らない河松だが、それでも幼い女の子に手を出そうとする者には何か理由があろうとも容赦するつもりはなかった。
力なく伏せるデッケンに対してそう言い放った河松は自身の元に近付いてくる者に気付き、その方に向き直り深々と頭を下げる。
「――しらほし姫達へのご対応の件でお手間をおかけしてしまい、申し訳ございません!小紫様……!」
河松はその者――小紫に対して謝罪する。
実はデッケンがしらほしの元に近付くのに小紫は気付いた。それで河松をその対応に向かわせたのだ。
確かにデッケンの陰謀を阻止できた河松だが、守る筈のしらほしを怖がらせてしまった。力及ばず精神が不安定になったしらほしを小紫が対応してくれた。
その事に河松は悔恨の念、そして感謝の念を抱かずにはいられなかった。そんな彼に向けて小紫は微笑みを浮かべる。
「その件はいいの。当然の事をしたまで」
「それより、あなたこそやってくれた。よくぞこやつを叩きのめしてくれた」
「だ!」
無様に倒れ伏せてるデッケンの姿を目視した小紫は満足気に頷き、アマノムも河松を褒めるかのように声を上げる。
1人の子供の母親である小紫は幼い女の子に手を出そうとしたデッケンに対して強き不快感を抱いていた。だからこそ今の彼の姿に満足できた。
小紫から賞賛され、アマノムからも可愛らしい反応を受けた河松は達成感を得られる。
「当然の事でございますから」
「ふふっ、それもそうね」
それでなお謙虚な態度を取る河松に小紫は笑みを浮かべた。だが、すぐ気を引き締める。
「――さて、こやつは無問題だとして……あとはこっちね」
「はっ、そうでございますな」
デッケンの件に対してそう判断した小紫達はある方向に視線を向ける。そこでは人間が署名を燃やそうとしてたという騒ぎが起こっていたところだが、その事態に変化が起ころうとしていた。
☆忍び寄る魔手からしらほしを守った河松と小紫とアマノム!!
その一方では…