「ワノ国」のある港は活気づいていた。
「暴獣海賊団」が出港の準備を進めているのだ。海賊達が和気藹々と準備に励む中で堂々と立つ男がいた。
船長であるオレがその進捗状況を監督していた。目に映る出港準備の進捗状況に問題がないのを確認したオレはその事に満足する。ふとして口を開く。
「お前ら!!そろそろ時間だ!!」
「「「!オオ!!」」」
皆に向けてオレはその事を広く告げる。それを受けて皆は声高らかに応じ、準備のペースを上げる。
実はオレ達「暴獣海賊団」は様々な物事が絡み合った故に今回はいつもより長らく「ワノ国」に滞在した。だが、毎回欠かさず参加する年に一度の宴〝金色神楽〟が終わったのを機として航海を再開する事になったのだ。
そのための準備が滞りなく進んでいる状況にますます満足感を得たオレは続いてある者達に視線を移す。
「お前らも準備は済ませたか?」
「「「はい!!」」」
オレがその問いを投げかけてみるとその者達が毅然として答える。
その者達はこの度「暴獣海賊団」に加わる新たな仲間だ。そんな成り行き故に支度に少し手間取るかと思われたが、どうやら問題はないようだ。
そんな新入り達の姿勢にオレはニヤリとする。
「リュドドド、しかし本当に腹が固まったようだな。お前らは」
新入り達が「暴獣海賊団」に入った経緯を把握しているオレが感心するようにそう言う。その言葉を受けて新入り達は表情を引き締める。
「ええ、私達には何が何でも会いたい人がいるので」
「彼女の言う通りです。しかも、
「……」
新入り達がそれぞれ真剣な表情で「暴獣海賊団」に入った理由を語る。その強き意思を宿す姿勢にオレが笑みを深めるところでそのうちの1人が微笑みを浮かべる。
「それに、あなた達には助けていただいた恩があります」
「その恩返しのためにも船に乗ると決めました」
そのウェーブがかかった金髪ショートボブの小柄で華奢な女性――エルダーは上品に微笑み、しかし真剣な眼差しで堂々とそう言い放つ。
そんなエルダーが口にしたその決意に賛同するように隣のどこか物静かな雰囲気を纏う男性――エスピラールも真剣な表情で言う。
「さよう、あの日オレ達を救ったあなた達のためならば喜んで剣を振るおう……!」
エスピラールが堂々とした佇まいでそう宣する。そう、実はその者達はかつて滅ぼされたある国の生き残りだ。
その国が滅ぶ間際に約千人がオレ達の手によって救出され、それ以来「ワノ国」で悠々自適に暮らすようになった。
だが、そのうちの3人はあるきっかけによりオレ達の船に乗る決意を固めた。そんな決意をオレが認めた事で晴れて3人は「暴獣海賊団」の新たなメンバーになったのだ。
その事に応えてかエルダーとエスピラールが示したその意志にオレは朗らかに笑う。
「そうか」
その時、エスピラールがもう一人に視線を移す。
「もちろん、あいつにお前の事を知らせるためもある」
エスピラールがその雰囲気から想像もつかないいたずらっ子のような笑みを浮かべながらそう言う。それに続いてエルダーも微笑む。
「ええ、彼に私達、何よりあなたの無事を知らせましょう」
エルダーが朗らかにそう言う。そんな2人の言葉に茶髪ツインテールの少女は真剣な表情で大きく頷く。
「うん!!あの人――お兄様に教えるんだ!!」
「私、ラミは生きてるって!!」
その少女――トラファルガー・ラミは毅然とした表情でそう宣する。
時は遡って――
「ワノ国」のある地域で「フレバンス王国」の生き残りの大半が暮らしていた。
故郷を失う憂き目に遭った者達だが、それでも生き長らえる事ができた幸運に応えるように日常を過ごしている。そんな風に人々が悠々自適に暮らす中でラミが元気よく歩いていた。
その姿にその場でくつろいでいた人々が微笑みを浮かべ、ラミに声をかける。
「おや、ラミちゃん。今日も医者の勉強かい?」
その呼びかけにラミは顔を向けて笑みを返す。
「はい!そうなんです!」
朗らかにそう答えたラミの元気な姿勢にその場にいる人々は心和む。
「そうかい、よく頑張っているね〜」
「勉強はいい事なんだけど、体に気を付けるんだよ」
「そうそう、せっかく元気になれたんだから」
優しく微笑む人々から温かい言葉をかけてくれるのを受けてラミは朗らかに笑う。
「お気遣いありがとうございます!」
ラミは人々に対して礼儀正しく頭を下げる。その直後に顔を跳ね上げて続ける。
「もちろん体調に気を配っています!せっかく〝珀鉛病〟を治して健康になれたので!」
その事を言うラミの笑顔は変わらないものの、その目つきは真剣になっていた。
ラミ…否、「フレバンス王国」の民はかつて暮らしていた国の地層から採取される〝珀鉛〟という鉛の影響で身体が白くなって全身の痛みとともに死ぬ重金属中毒〝珀鉛病〟に蝕まれていた。
そんな事態を伝染病によるものだと思い込んだ周辺諸国からの一斉攻撃によって「フレバンス王国」が滅亡してしまった。
もっとも、その渦中から約千人が「百獣海賊団」の手引きで脱出でき、しかも〝珀鉛病〟も同じ海賊団の科学者〝疫災のクイーン〟の手によって克服できた。そのおかげで生き残り達は今は健やかである。
そんな過去を持つのに加えて医者を目指すラミが自分の体調に注意を払うようにしているのも道理だろう。
そもそも、なぜラミが医者を目指しているのかというと
「でも、やっぱり早く医者になりたいんです!」
「〝珀鉛病〟のような病に苦しむ人達を助けるために……!!」
真剣な表情でそう言い放つラミの頭には〝珀鉛病〟に苦しめられた人々の姿が浮かぶ。
病によって人々があのように苦しむなんてそんなのイヤだ!!あんなひどい事から人々を助けるために医者になるんだ!!
そんな訳でその決意を固めたラミだが、理由はそれだけではない。
「そして何より――」
「トラファルガー家の娘として亡き両親と兄のためにも……!!」
家族の事を思い浮かべたラミは顔を険しくする。その目は潤んでいた。
ラミの実家、トラファルガー家は「フレバンス王国」でも名を馳せた医者の家系であった。
両親は共に名医で兄は幼少から既に医学を学べる聡明な子供だった。そんな家族の事が誇らしくて大好きだった。だから家族に囲まれる日々は幸せだった。
それが「フレバンス王国」に〝珀鉛病〟が蔓延する事により崩れ去ってしまった。
医者である両親はその〝珀鉛病〟に身体を蝕まれながらも何とかして対処しようとしたが、それでも状況が改善できず悪化の一途をたどっていった。
そしてラミも発症して寝込むようになった。それでも兄が同じく身体を蝕まれながらもそばを離れずにいてくれたためにラミは苦しみながらも希望を持ち続けられた。
――大丈夫
――この流行もいつか必ず終わって再び家族で笑顔になるんだ
だが、その希望が叶わる事はなかった。
あの日、兄は学校の学友達の安否を確信しに行き、そして両親はラミをタンスの中に入れようとした。
『皆が大丈夫か見てくる!大丈夫!すぐ戻るから!』
『ラミ、かくれんぼしよう。この中でおとなしくしてみてごらん』
『……ラミ、生き延びてね……!』
その時の家族の笑顔がラミが目にする最後のものになった。
その直後に実家に火の手が上がった。その事を知らずタンスの中でじっとするラミが火に焼かれかけるところで「百獣海賊団」の女の子――ヤマトに発見された。
できるだけ「フレバンス王国」の民を助けようとするヤマトがラミを炎に包まれる実家から連れていこうとしたが、ラミはたとえ実家が燃えようとも最後まで家族を待ち続けたかった。
それ故にひと揉め起こったが、体調が万全ではなかったラミが意識を失った事によりヤマトが彼女を連れ込んでそのまま「フレバンス王国」を脱出した。
その後に意識を取り戻したラミは「フレバンス王国」が滅んだのを知った事で激しいショックを受け、泣き叫んだ。ただその際に自分以外にも約千人が脱出できたのをも知った時に必ず家族が同じく脱出した筈なんだと信じ、再会を心待ちにした。
だが「ワノ国」に到着し、その地で約千人が身を落ち着くようになった中でラミは必死に家族を探し回った。どれだけ時が過ぎても。
それでも家族と再会する事はなかった。そのためにラミはとうとう悟らざるを得なかった。
――お父様とお母様、お兄様は死んだんだ。
その事実に打ちのめされたラミは生きる気力を失いかけた。たとえ〝珀鉛病〟を治せても家族がいないんじゃ、生きる意味がない。
そうして生きる屍のようになってしまったラミだが、そんな彼女を同じく生き延びる事ができた兄の学友達と恩師がほっとけられず真摯に寄り添った。
人々から温かく接してくれた事により一応気を少し立て直せたラミに渦中の「フレバンス王国」から約千人を救った張本人、〝暴獣のスサノオ〟が言葉をかけた。
『ラミ、いつでも落ち込んでも構わねェが……そうだと「フレバンス」を滅ぼした奴らの思う壺だ。お父さんとお母さんとお兄さんを想いながら前を向け。それがお兄さん達をホッとさせられるとオレは思うぜ』
その言葉をかけてくれた事でラミはたくましく生きる決意を固めた。
せっかく死にかけたところを救ってもらって生き延びたんだ。ならば、何が何でも生き抜いてやるんだ。それが「フレバンス王国」を滅ぼした者達への復讐、亡き家族への弔いになるんだ。
心に固くそう誓ったラミはそれからしたたかに生きていった。やがて医者を目指すようになった。
トラファルガー家の生き残りとして、そして〝珀鉛病〟のような病に苦しまされる人々を助けるために。
その考えから医者の道を志したラミは医学を猛勉強した。もちろん、医学は極めて難解で複雑を極める領域だ。甘えん坊だったラミには難しかった。
それ故に屈しかける時もあった。それでも家族の事を想うラミは諦めずに勉強を続けた。その甲斐はあってラミはまだ若いながら豊富な医学知識を身につけるようになったのだ。
だが、まだだ。家族に恥じない医者になるためにもっと勉強するんだ。そんな風に並々ならぬ熱意を示すラミの姿勢に人々は微笑みながらも目を少し細める。
「……うん、そうだね」
「家族のために頑張るのはいい事だよ」
家族のために医学の勉強に励むラミの熱意を人々は褒めるが
「でも、せいぜいにしてね」
「そうだよ。頑張りすぎると心身に毒だからね。それは良くない事だよ」
人一倍勉強するラミの姿勢が気になった人々がその心身を案じてそう促した。そんな人々の気遣いを受けてラミの険しい表情が和らぐ。
「あはは!ご心配かけてごめんなさい!」
「確かに体を壊しちゃ元も子もないので気を付けます!」
「うんうん、それがいい」
「「「ははは」」」
ラミが背筋を伸ばし、朗らかな笑みでそう宣する。その言葉に人々は安心したように笑みを浮かべる。その場の人々は故郷を失った過去を持っているのにも関わらずに和気藹々としていた。
せっかく〝珀鉛病〟を治して生き長らえられたんだから前を向いて生きようと人々が考えるのもあるが、亡き家族のために一生懸命取り組むラミの姿勢に人々が心を奮い立たせられたからだ。
それ程にラミの活発さが人々を元気づけたといえる。
だからだろうか、ラミに奇跡が舞い降りたのは。
「「――ラミちゃん!!!」」
「「「!!」」」
ラミ達が和気藹々とするところで突然声が響く。その大声にラミ達が驚き、視線を向けてみるとエルダーとエスピラールが駆け寄ってきていた。その姿勢にラミが驚愕する。
「エルダー姉ちゃん!?エスピラール兄ちゃん!?」
実はラミにとってエルダーとエスピラールは兄の学友であるのだ。その縁もあって親しくしている。その2人が大慌てでやってくるという事に疑問を抱きながらもラミは迎え入れる。
「どうしたの?」
ラミが純粋に問いかけると大急ぎで駆けつけてきたために息切れするエルダーとエスピラールがそれでも信じられないといった様子で言い出す。
「はァはァ、ら、ラミちゃん!!あのね!!信じられない事があったの!!」
「そうなんだ!!すごい事が起こったんだ!!」
「??」
2人が何としてでも何かを言おうとするが、身ぶりが目立ちすぎて中身が伝わりにくくなっていた。それ程の姿勢にラミは戸惑う。
「な、何があったの?」
混沌と化した状況を収拾するためにラミが語気を少し強めてその問いを投げかけるが、それによってかエルダーとエスピラールが少し冷静になった。
そしてエスピラールが手に持つものをラミの前に掲げる。
「これを見てくれ!!」
投げかけた問いに答えられず目の前に何かを突きつけられたラミはもちろん困惑した。
「一体何が――」
だが、そんなラミもそれが目に入った瞬間に目を大きく見開く。
ある海上――
そこを1隻の船が進んでいた。
ただ、普通の船ではない。その形状からしてそれは潜水艦だった。だが、何よりなのがその側面だ。そこにはドクロマークが描かれている。そう、海賊船だ。
その潜水艦の甲板では海賊達が和気藹々としていた。
「〜〜ついに船長の首に懸賞金が!!」
「「「オオオオ!!」」」
「まッ、当然だ。船長の暴れぶりはものすげェからな。そりゃ目をつけずにいられねェんだろ」
どうやら、その海賊団の船長の首に懸賞金を懸けられたようだ。その事を海賊達が心から祝っていた。何せそれは船長の実力を認められ、その名が世界に轟く事になったといえるのだから。
そのために大いに盛り上がった海賊達だが、そんな中でたった一人、冷静な男がいた。その男が口を開く。
「騒ぐな、お前ら」
「「「!船長」」」
祭り騒ぎの海賊達に向けて男は静かに叱りつけるように言い放つ。男――船長からそう促された海賊達は戸惑いながらも自分を落ち着かせる。そんな海賊達に船長はニヤリとし
「確かにオレの首に懸賞金を懸けられたが、これで終わりじゃねェだろ」
「ここからだ。オレ達のルートは」
「だから気を抜くんじゃねェぞ……?お前ら」
船長が不敵で獰猛な笑みを浮かべながら堂々とそう宣する。そんな船長の風格がある姿勢に海賊達は心を震わせられた。
「「「船長〜〜!!♡」」」
「フッ」
感動のあまりさらにもっと盛り上がる海賊達に船長は笑う。そして空を見上げる。その時の船長の眼差しはどこか哀愁を帯びていた。
「……父様、母様、
「悪い、オレ……懸賞金になっちまった」
船長は悪巧みが露見した子供のようなバツの悪そうな笑みを浮かべて頭に浮かんだ人々に向けて謝る……
「…〜〜!!!」
ラミは涙をすごく流してなお、その顔は感極まっていた。そんなラミが凝視するものとは……ただの手配書だった。
だが、その手配書に載された顔がラミには見過ごせないものだった。それは亡き父の面影を感じさせられる顔だった。そしてその直下にはこう記されていた。
――
「お兄様……!!!」
☆死んだと思われたラミの兄、生きていた!?