ここだけマコト議長の神秘が仕事し過ぎている世界線   作:サルミアッキ

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 ちょっと箸休めに番外編。
 この生徒、型月エッセンス配合率高しの100%捏造設定。何でこれでテラー化してねーんだよ本作■■■……。



煉獄の断章:或る生徒の独白

 その日のことは、よく覚えている。星の瞬きのように風に揺れる銀砂の髪。月の光も無い闇の中でも際立つ黒い衣。それが、希望の光を掲げる者、そして聖なる魔王である彼女との出会いであり————私の戦いの始まりだった。

 

「ようこそ、私のゲヘナに。久しぶりだな、猛きアリエル。奔る閃光の天罰よ」

 

 

 

 十年前のあの日、一度私は全てを失い、そして再び生まれた。かつての感情は零れ墜ち、透き通った、色を失くした空虚(きおく)が頭の中で満ちる。意味の与えられない誕生だった。かつての家族や友達の顔は、心が壊れて思い出せない。だが、それがどうしたというのだろう。その時新たに生まれた私には、悲しむべきことではなかった。

 生まれた日を記念するなどということは、この惨酷な世界で価値すらないと、分かっていた。

 

 

 

 酷い内戦だった。多くの子供が死んだ。路傍に山となって積み重なる骸の正体を、今も覚えている。乳児も、未就園児もいた。誰もが、汚らしく腐乱した姿となってそこにいた。その子たちは、今でも私の、透き通るような心の中(せかい)にいる。

 震える脚で、一歩一歩をつんのめるように、転ぶように進んでいく。爪が剥げて欠けるまで地面を引っ掻いた指を彷徨わせる。頭に生えた両翼で、風に舞って目に入ってくる遺灰を防ぐ。酷く喉が渇いていた。周りは火が消えることなく黒い煙が燻っている。

 

 戦乱の中で生き残った私。汚泥で喉を潤し、蛆が湧く鼠や猫の死骸を食べて生き残った私。数多くの人達を蹴落として生き残ってしまった私。そうだ、何時だって私は過去があって生きている。

 殺された心を携えて、身の丈に合わない銃を引きずって歩いていく。熱の宿らない心で、煉獄の過去を直視する。死体を焼く炎が鉛のように絡みつく血液となって、体中に通っていく。

 

 ————嗚呼。あの時、どうして私は他の子たちを助けてあげられなかったのか。

 

 ————自分ではなく、もっと利発で力のある子が生き残った方が良かったはずだ。

 

 ————無力な自分が、赦せない。

 

 ————私が彼女たちを一人でも救えていたなら、自分のことを赦せたのかもしれなかった。

 

 ————だけど私は自分一人しか救えなかった、だから赦せるわけがなかった。

 

 ————みんな、皆、助けてほしかったはずだ。

 

 ————自分だけ一人生き延びて、助けられなかった私を、皆は恨んでいるはずだ。

 

 ————いいや、恨んでいて欲しかった。それなら、まだ彼女らに救いがある。

 

 ————彼女らが世界に対して何も思わないと言うのなら、彼女らの生きていた意味こそ何だったと言うんだ。

 

 ————苦しむだけの世界で、何も与えられず、何もなくなった、誰の記憶にも残らなかった彼女たち。名前も知らない、荼毘にされ、蛆に集られ、顔も腐り墜ちた赤子たち。個人の残滓は既になく、未来を全て蔑ろにされた、どこにでもいるはずだった子供達。

 

 ————だから、救えなかった皆のことを全部背負うと決めた。

 

 ————例え、それが天国と地獄の狭間にあろうと、善も悪も平等に背負えるなら。

 

 

 星すら見えない暗い世界で、何時しか漠然と願った私だけの望み。日の当たる場所の人間から見れば、その望みは醜く歪んで間違ったものかもしれない。けれど、私はそれでも進み続けたい……そう思った。過去の出来事を、少年兵たちの結末を、ただのありふれた戦争で終わらせないために。

 

 

 辛くも生き残った私は、とある施設に収容された。それは渡りに船だった。そこにいれば、必要最低限の衣食住は保証されたからだ。三時間もの睡眠に、一日に一度は支給される栄養分、工夫すれば暖をとれる布は、浮浪児だった私には天国そのものだった。凍傷に苦しみ、月に一度の食料として死体の腐肉や泥水を漁って過ごすことも無い。だが、周囲の少女たちを見て、すぐにその認識を改めた。どうやらあの内乱を経験した子供でも、ここでの暮らしは苦しいらしい。成る程、一度壊れて空っぽになった心では感受性が周りとは違っているようだった。

 私は、何が苦しみで何が怒りか、何が悲しみなのかを何年もの長い時間をかけて知る必要があった。

 

 それからも、私の傍には幾つもの死があった。ある時は、子供同士が殺し合う蟲毒として。ある時は、祈りを折る墓標として。傷を癒す希望の光は無く、死者を慰める音楽は無く。少女たちは死を思うよりも苦痛に満ちた日々を生かされていた。

 

 何がきっかけだったかは忘れてしまったが、頭に生えていた翼を斬られたこともあった。あれは今思えば見せしめだったのか、切れ味が悪い錆びた鋸をある子供が持たされて、時間をかけて削ぎ落とされた。

 鋸を引くごとに、肉片と血飛沫が飛んでいたのを、どこか他人事のように覚えている。ごりごりと音がして、翼を動かす骨が覗いた時でさえ、私は私を俯瞰して見ていた。広場に集められた生徒たちと同じように、無感情にそれを受け入れていた。

 だが、私の右翼を斬った子供は顔を真っ青にして震えていた……ように思う。私はあの時、本当に叫んでいたのか、それとも何も感じていなかったながらも、常人のふりをしていたのか。どちらにせよ、名も知れない彼女にトラウマを与えてしまったのなら、悔やんでも悔やみきれない。申し訳ないことをしたと、今でも思う。

 

 私の片翼を斬らされた生徒は、それ以降言葉を交わすことが無かった。そもそも、少年兵としての生徒を育てるこの施設で穏やかな団欒や対面の機会などあるわけがない上、苛烈な訓練について来れない子供は例外なく“処分”される。……つまりは、そう言う事だった。

 

 毒ガス室から出されたその少女の遺体を担いで、地面に埋める。そんな毎日だった。

 

 だから、私は願った。誰かのためになりたいと。他の人を自分の全てをかけて助けたいと。ほんの、零れ墜ちた砂の一粒ほどの小さなことでも、取りこぼしてしまった間違いを正せるのなら、と。自分を苛む呪いは裏返り、進み続ける為の望みになった。

 

 だが、世界の誰しもが善きものであるなど、在り得ない話だ。誰かの不幸は誰かの幸せ。他者の幸せを憎む者がいる事こそが世の中だ。怨嗟は永遠に終わらない。私のこの望みも、立場を変えて見れば紛れもない悪になるのだろう。

 

 正すことができぬ地獄を経験し、私は悟る。世界は一つの天秤でできていると。生と死。犠牲と救済。罰と罪。善と悪。絶望と幸福。相反する二つが両の天秤に置かれ、常に均衡を保っている。それら二つは決して切り離すことはできず、取り除くこともできないと理解するのに、時間はかからなかった。人とは、世界とは偏るものだ。だとするならば、取るべき道はただ一つ。

 

 私は、この世界の天秤の計り手にならなければ、と思った。感情も、感傷も、ましてや人である資格も要らない。全ての人を等しく、分け隔てなく尊ぼう。それが、誰一人に情愛を抱かないことだとしても。生者達に憎悪さえ抱かないことだとしても。

 加えて都合が良いことに、私は“あの日”から既に心と言うものが壊死していた。常に胸に抱くのは透き通るような、何もない世界。思えば、取るべき手段は決まっていた。なるべくしてこうなったのだろう。あの時生き残ってしまったこの命を燃料にして進み続けたいとさえ願っていた。

 

 人々の歓喜の歌も、寂寞の孤独も、憎悪満ちる慟哭も、絶望の涙も、全て私に影響を与えることなく、透き通るような世界(こころ)の中に消えていく。あまりにも罪深く、あまりにも非人間な、私の理想を叶えるに相応しい在り方を良しとした。

 誰もやらないというなら、自分がやろう。誰に頼まれたわけでもない。名誉も賞賛も考えたことは無い。治安を乱す生徒たちを憎むことも無い。そして、自分を蔑ろにしているわけでもない。此れは、私の意思で望んだ生き方(こうふく)だった。

 

 

 歳を重ねることで知った敵も、必要悪である存在も、そしてあの内乱の首謀者も、私は透明な心で受け入れていた。そのような存在はいて当然だからだ。人を不幸にするだけの存在も、逆に誰もが幸福であって欲しいと願う存在も、天秤の片側に乗ることは許されている。

 こんなことを言っては顰蹙を買うかもしれないが、十年来の付き合いになるアリウスのマダムも、はたまた今年キヴォトスにやって来たシャーレの先生も、私にとっては等しく同じものだった。天秤がどちらに傾いても、私が成すことは変わりないだろう。

 いや、あるとすれば一つ。マダムには感謝がある。彼女には戦い方、今まで生きる為の術と場所を与えてくれた。彼女が私たちを利用していることは理解しているが、それはそれだ。野垂れ死にするだけだった私が生きているのは、彼女のおかげだ。天秤が傾いた時には恩義に則って、出来る限り苦しまないように殺すべきだろうか、と思う。

 ……いいや、何を考えているのだろうか。常人を模した心の表層に浮かべた私情だと、頭を振った。潜入捜査の悪い影響だな、と独り言ちる。心にまで偽りの仮面を付ける必要は無いのだから。

 

 ここが誰も傷つかない道が無い世界だとしても、正義や秩序が根付かぬ世界だったとしても、せめて『神が生徒であるという大きな間違いを辿ってしまった』この世界を、あるべき正しい世界に戻したい。常人ならば馬鹿げた妄言だと、無駄なことだと言うだろう、だが私にとっては、そんなことが進まない理由にはならない————そうでなければ、意味がない。

 傾いてしまった歪なこの世界の天秤を見て、そう願った。

 

 

 

 今日も私は閃光弾を手に取って、潜入先のトリニティ総合学園の学区内を歩く。誰も傷付けない兵器という矛盾するその在り方が、……どうしてか、心の欠落にぴったりと噛み合ってからの、長い付き合いだった。

 おかしな話だ。光があっても、その後に起こるのは無力になった存在への追撃だというのに。一時だけの閃光に、何故私は思いを馳せているのだろうか。

 ……ああ、もしかしてそれは。神が初めに世界に与えた言葉という智慧に似ているからなのか。それとも、自分が光を掲げることができるのではないかという、理想に満ちた幼稚な夢の名残なのか。

 

 だが、どちらにしろ————私はこの生き方に後悔などしない。正しさが無かろうと、誰が否定し、また道半ばに終わろうと、私はこの生き方を貫き通すと改めて決意した。




※多分BGMがUBWのED。
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