ここだけマコト議長の神秘が仕事し過ぎている世界線 作:サルミアッキ
ユメを見ていた。
終わった過去が、『私ではない私』の瞼に焼き付いていた。
目の前にあるのは箱舟の世界が滅んだ後に露わになった、七つの丘。それが、恐怖となった彼女に与えられた終わりの大地。崇高へ至る旅路の果て。
この薄っぺらな善意で舗装された地獄への道を、彼女は進んで歩いて行ったらしい。行き着く先に避けられない憎しみがあると分かっていて、なおその生き方を選んだのだ。
私ならざる私に、同情はしない。撃って良いのは撃たれる覚悟のある者だけ。その覚悟は初めから持っていた。けれど、疵付き、血を流して、絶望し、裏返り、ようやく手にした奇跡が、こんなものだった。それは、凡人が空の先へと手を伸ばし続けた努力への裏切りにも等しかった。
ああ、雷を天より引きずり降ろしたことに、何の意味があったのか。
『暁の魔王、羽沼マコト……。貴女も、私と同じ末路を辿るでしょう……!』
……それでも彼女は歩き続けた。己が手を汚して地獄へ堕とした暴君と同じ道を歩もうと、辿り着く場所が同じであろうと、見える景色が違うと信じて。そう、確かに二人は同じ道を歩んだが、その道を歩んだ時間は短かった。
ユメの場面が切り替わる。
憎悪の火の陽炎である彼女は、うんざりするほどの綺麗事が見事に汚され崩れ去る様を、どこか仄暗い虚脱感と共に、他人事のように眺めていた。
そこに同情心や憐憫は既に無く、あるのは伽藍洞で無色な瞳だけ。宿っているのはまた同じものを見たという、つまらなさ。
■彩の嚮■者となった彼女に、その世界を助ける選択肢など無かった。死後、肉体を捨て去り恐怖そのものとなった暁の子は、シャーレの先生が殺された後の世界にのみ呼び寄せられ、救世主が創ってしまった絶望の後始末をさせられる。いわば、責任を果たせなかった大人の残した、生徒の命という名の塵の掃除だった。箱舟の世界を黙示録の伝承通り壊す為に、悉くを滅ぼす為に、否応なしに幾万の世界へと
何度も、何度でも、何度だって。その世界の羽沼マコトが死んだ後の時間軸で彼女が出会えたのは、決まって、死に体となった友たちだった。
天使の園に連れ去られ、責任転嫁という名の理不尽な暴力に晒されたプルソン。
世界滅亡の真実を追い求めた結果、口封じのために闇へ葬られようとしていたアガリアレプト。
最も厭うはずの痛みを堪え、精神を自己暗示で擦り減らし何も感じない場所へと旅立たんとするサタナキア。
ただただ一筋の雫を頬に溢したベルフェゴール。
脇腹から止めどなく血を流し、息を引き取るバアル。
だが、決まって彼女たちは顔を見せた彼女に向かってこう言うのだ。
『あいたかった』
と。
彼女だって恐怖となる前は神名を忘れた生徒だった。痛いのは怖い。苦しいのは嫌だ。孤独と分かれば怖気づく。そう感じることは当たり前にできた。だから、死するこの世界の住人たちが何故そんなことをできたのか、初めは理解を拒絶した。
死する万魔の民たちは、魂と言える光輪を彼女に捧げた。地獄に生きた子どもたちは、神秘という名の銃弾を彼女に委ねた。
それらを預けられる都度、彼女の心に流れ込むのは、悪魔たちの裡にある末期の祈りだった。
どうか、この苦しむ世界を滅ぼしてくださいますように、と。どうか、この終わってしまう世界に安息をお与えくださいますように、と。
生徒の役割を脱ぎ去った悪魔たちが最後に抱いたのは、敬愛する魔王への信頼と、己が無力への絶望と、異なる世界より流れ着いた万魔の長ただ一人を残して消える悔恨だった。
『
彼女の怒りは静かに心の地平へと燃え広がった。何処までもどす黒く冷え切り、永久の地獄は色が消えた。壮絶な絶望が、激烈な不快感が、そしてそれを上回り冴え返る理性が、彼女の脳裏に焼き付いた。黒い怒りの炎に涙さえ枯れ果てた。
綺麗事で世界は変わらなかった。彼女の悪意でしか世界は救えなかった。そしてその邪悪を、全て世界に捧げ続ける。永遠に。
何故、彼女はこれほどの重責を背負うことを良しとしたのか。何故、彼女は己が存在を賭けて成遂げた行いを罪と思い続けるのか。その巡礼の始まりを、ああ、私は良く知っている。……私は良く、知っているとも。
『ああ、ユメ先輩……私も、そっちに————』
『見事だ
『ゲヘナ、なんかに止められる、なんて……ほんとに、最悪————でも、魔女にはお似合い、かなぁ……あは、あははっ……』
『忌々しい狐共も、鬱陶しい兎狩りも終わったというのに、ああ、あああ、あああああああ!あなた様、どこですか、わたくしに、どうして何も、どうして、どうして、ああああどうしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ————!』
『ん、もう……苦しく、ない。やっぱり、どんな世界の魔王様でも、優しいね……ヘイロー、壊してくれて、ありが、とう————』
暁のホルス。名も無き神々の王女。トリニティの魔女。災厄の狐。死の大神アヌビス。様々な世界で、様々な生徒を殺した。それが、それこそが教導者が死んだ世界で、全てを滅ぼすことを強いられる恐怖の神徒たちを救う、唯一の裁きだったのだから。
教導者は身罷り、綺麗事などもはや通用しない。死だけが救済となった世界で、滅びを与えることができるのは魔王だけ。
私は輝ける闇から零れた瞬き。私は光が吐いた嘘。そうとも、この世に私以外の悪など、必要ではないのだから。
『理解できぬ』
『反転したルシファーに色彩が接触した』
『だが、世界を渡って来た異物であるそれに、何故この世界の悪魔どもが身を捧げる?』
『何故この箱舟ではなく、同じ色彩……否、滅びの要因を滅ぼしている?』
『つまり、何を意味する?』
……決まっている。
ああ。無名の司祭よ、お前たちが祀り上げるそれが正しき義というならば。確かに
それならば、であるのならば。ここで立ち止まることは断じてできない。この感情を塗りつぶすことは誰にもできない。
さあ、
『理解できぬ、理解できぬ、理解できぬ————ッ!?』
滅びた世界を巡り渡って捧げられた、6666億もの命と、666万年もの歩み。それら全てを以てして、黙示録の獣は死民たちの声に応え、寂寥な目覚めの時を迎えた。
守るべきものは既に無いとしても、座るのは虚しい瓦礫の山だとしても。罪を悦び、贖いを嗤ったその竜は、聖約を破りて黙示を果たす。
傲慢なるもの。憐れむもの。憤怒抱くもの。教え導けぬもの。終わりの世界を救いしもの。犠牲を以って安息を与えしもの。そして、救世主が救えぬ遍く世界を滅ぼすもの。
既に人の形を保っていなかった其れは、赤黒い鱗を持つ七首の竜。
我が神名こそ、ルシファー・サタン。または、神の毒たる赤き蛇サマエル・サタンにして、絶望の孔雀王イブリース・マラク・ターウース。バビロンの大淫婦マザーハーロットにして、黙示録の獣マスターテリオン、そして邪なる三位一体となりし偽預言者アンチクライスト。
即ち、救世主の敵対者。妨げることでしか世を明かすことの出来ぬ試練の悪霊。絶対なるこの世全ての悪である。
ああ、お前が真の私であるならば、私はお前の嘘なのだろう……羽沼マコト。故に、私はウツロ。こちらの世界にはいない、いてはならない虚ろなる恐怖。
同情するな。この昔話にそんなものは必要無い。価値が無い。
これら全ては終わったことだ。……だが、お前の世界はまだ終わっていないだろう?羽沼マコト。
■
……ユメから醒めた。
境界が曖昧になっていく感覚が引いていく。瞼を開ける。……まだ私は羽沼マコトのままだ。
「あ。マコト先輩、目が醒めました?間も無く
「ん……チアキか。起こしてくれたか、すまない」
イロハが運転する黒いリムジンが駐車区画に停車する。
「よし、降りるぞ。サツキはイロハとイブキの傍についてやってくれ。チアキ、今回はお前の得意とするところだ、抜かるなよ」
「はい!」
「分かったわマコトちゃん。じゃあ行きましょうね、イブキ」
「はーい!」
「……はぁ、そんなので悦んでるのマコト先輩くらいですよ。今にも煽り倒しそうな顔して。めんどくさいことは無しでお願いしますね……」
「そうか?そんな顔してたか?」
「はい。なのでマジでいつもの道化ムーブで喧嘩売るのやめてくださいよ、特にパテル分派」
お、今日の諫言は一段と辛辣だなイロハ。まぁ私も浮足立っているのは否定できないが。私の神秘の反転……というか堕天前というか、どう考えても
「そう言うがなイロハ、この羽沼マコト様はいつも堂々とバカをやるキャラだろう?キヒヒッ!」
「そーゆうの良いですから。いやホント。パテルは兎も角、サンクトゥスとフィリウスは察してるんじゃないですか?……あ、噂をすれば」
む。トリニティの生徒としては珍しい黒染めの制服は、正義実現委員会か。
「ほぉ。こうも揃うと壮観だな。トリニティが誇る歩く戦略兵器殿がお出迎えとは」
「……ようこそいらっしゃいました、ゲヘナ学園
「……どうぞ」
正義実現委員会のバーサーカーなんて呼ばれている剣先ツルギだが、こうして接して見れば理智的だな。しかし、隣にいるうぉでっか……じゃない、羽川ハスミはゲヘナ嫌いを隠そうともしない。
(この辺り、神秘的に堕天の経験があるか否かでゲヘナへの対応が変わるのか調べてみたいが……いや、いかん。観察するのはシスターフッドの
「……到着しました。こちらにお待ちでいらっしゃいます」
聖堂の一角にて、案内の正義実現委員会たちは歩を止めた。成る程、ここか。恭しく礼をして、剣先ツルギはその荘厳な扉を開いてくれた。
そこに居たのは、聖堂のステンドグラスから射す光に包まれて優雅に佇む、ラファエルの少女————桐藤ナギサ。
「ご足労いただきありがとうございます、羽沼マコトさん。さて、楽園の名を冠する約定の結びを、我らの愛を以て証明するとしましょう……」
「いやいやこちらこそだとも。此度は会合の機会を与えてくれて、感謝する。ご機嫌いかがかな、桐藤ナギサ生徒会長代理。この場にいない百合園セイア嬢にも、自愛してほしいと伝えてくれたまえ」
「ええ。ありがとうございます。セイアさんもきっと喜ぶことでしょう」
ふぅん……軽いジャブだったが、柔和な笑みを浮かべた表情に変化無し、と。随分と面の皮が厚くなったな桐藤ナギサ。覚悟と言うものが決まったか?ならば、私も骨を折った甲斐があったと言うものだ。
……私と言えども、ゲマトリアの神父としての私だが。
「……ふむ。しかし、約束の時間よりも早く着いてしまったようだ。アイスブレイクがてら、……チェスでも一局いかがかな?」
「ふふ、それは良いですね。お噂に違わぬ差し手であること、期待しておりますよ?」
「キキキッ!どんな噂を聞いたか知らんが光栄だ。ゲヘナの威光を知りたいならば、応えねばな」
「ええ。
キヒヒッ、そうか、その確証めいた口振り。……それに噂、か。深読みすれば幾らでも含みを浚い挙げることはできるが……。こちらの
「……いかがですか、この紅茶はとっておきの逸品でして」
「確かに美味いな。私は常日頃飲んでいるのはコーヒーなのだが、これは気に入った。銘柄は何と言うんだ?」
桐藤ナギサの駒は白、そして私の駒は黒。他愛のない話を交わしながら、聖堂の中心で護衛達に見守られながら駒を動かす。
「はい。『
「————ほう。成る程、この巡り合わせは『神に感謝』だな」
私は黒のポーンを一つ進めた。
「ええ。ただし淹れる際、『渋み』を消すのが中々に難しく……茶葉ごとそれを『捨てる』ことができれば良いのですが……」
「発酵させて生まれる『渋み』は、黒茶などの場合は特殊な『菌』が原因と聞く。煮だすのに『ペトリ皿』でも使えばよいのではないか?」
桐藤ナギサは私の黒のポーンを無視して、白いクイーンの駒を自陣へまで引き戻した。
「まさか。そこまで『科学』的な方法では風情がありませんよ、『千年問題』を解くわけでもないのですし。ただ、そうですね。『鼻の良い犬』に心当たりは有りませんか?」
「『飼い主』と『手綱役』に許可を取る必要はあるがな。だが、あれは……」
「素行に問題があっても良いですよ?何より、『私の友人』も犬好きでして。隠れて一緒に『宝探し』などもやっていたそうですから」
「宝探し……。それは楽しそうだ。我が校にも温泉開発部はあるが、奴らでは地面を穴だらけにするのが関の山だろうし」
私の動かしたポーンが、
「それが不穏分子……エデン条約への対策というわけか」
「ええ。ご理解いただけたようで、何よりです」
桐藤ナギサとの含みを持たせた世間話は、以前聞いていた符丁通りのものだった。
「分かったとも。聞いたところでこちらにはメリットは無いが……、デメリットを被らない為にも幾らか案を手配しよう。では、こちらからも一つ忠告だ」
掌を桐藤ナギサに向けた後、素早く握ってから手を開く。こうすることで、先程まで何もなかった掌に、赤いクイーンの駒が現れたように見える。所謂手品というやつだった。
「チェックメイト」
「……これは?」
桐藤ナギサのキングを奪える位置に、それを置いた。
「茶飲み話の横紙破りで悪いが、渋面を作っている場合ではないらしい。今明確に言えるのは、これだけだな」
■
……同時刻。アビドス砂漠の奥地。
「うん、マコト議長から言われていたのはこの辺り」
狼の仮面を被ったゲヘナ選挙管理委員長が、銃を構えて周囲を警戒していた。
「うひぃん……待ってよぉマルコちゃ~ん」
「遅いよ、アマネ。……いや、
その後ろを、長い緑髪を揺らしてえっちらおっちらやってくる生徒。
「……私もあなたも、このアビドスに来たら神秘が土地の影響で変化するはず。砂漠という土壌に適性が得られるはずなのに、どうしてそんなに行動が遅いの?」
「マルコちゃんの神秘と違って、私の神秘は無理矢理なところがあるんだよぉ……アモンにラーを組み合わせたゴリ押しだから仕方ないんだってぇ……」
「ああ、本来は■■■■だものね、その身体……。まだ幾つかの神秘を加えないと安定しないって言ってたっけ」
へとへとな有様で座り込んだ牙の生えた烏面の生徒。その首筋や手、腕は一切肌が露出していない、包帯だらけの異様な姿をしていた。それはまるで、死から突然甦った木乃伊のようだった。
「そうだよぉ……、連邦生徒会長から採取してた神名のカケラはあるらしいけど、まだまだ足さないと崇高にアクセスできないってアオちゃんは言ってたなぁ」
ゲヘナ学園財政委員会委員長『生富アマネ』という偽装学籍を有している名もなき骸は、座り込んだ砂の上に広がる高い空を仰ぎ見た。
悪魔王ルシファー(サタン)が反転すると、熾天使長ルシフェル(サタナエル)になるよね、って話。
本作マコト様
敵対者を常時上回る形で神秘などが強くなる人なのは原作と変わらず。二年前ヒナと雷帝の遺産対処中に発生した事故でキヴォトスの外と接触し、その時に半分ほど■彩の嚮■者になっている。よりにもよってな悪夢を通じて見た記憶から、「ああ別存在とは言え自分は事実としてここまでできるし、こんな結末もあるのか……。ヒナいびってる場合じゃねぇ!」と思いゲヘナカリスマコトに進化。でも思い込みで出来て良いことじゃない。
本家マコト様と違って、雷帝みたいなグレーゾーンなことをまず第一に自分の体で試している人(あと、もしもの世界線を見たいと志願し、その上でその悲運に抗おうとする者)。雷帝からも「私と同じ道を辿る」と断言されたヒト。だが、偽悪的な振舞いの裏にある理由は……。
実は転生者要素は前世の一般常識と神話知識、成人済みの自認くらいしか無い。
メフィスト
名前の由来はファウスト伝説にてファウスト博士が呼び出した悪魔『
ウェルギリウス
名前の由来は神曲にてベアトリーチェと共にダンテを導いた『
羽沼■■■
キヴォトスの外に接触してから見た夢に出て来たもう一人のマコト。最近は影伝いで現実にも出て来る人。ただし、恐怖としての力は■■■由来ではなく、本作マコト様自身のもの。むしろこっちが本気を出して干渉してきたら彼女の存在をテクスチャが許容できなくなり、キヴォトスが一瞬で滅亡する。