死ねない転生者の冒険譚   作:ペトラグヌス

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ケース1. 魔物の大群に呑み込まれた場合

 おれは、一度死んだことがある。臨死体験だとか、仮死状態に陥っただとか、そんなことではなく文字通り死んだことがあるのだ。

 病院のベッドの上で、家族に見守られながら死んだ。死因は病死。トラックに轢かれただとか、誰かに殺されただとか、そんな劇的なものではない、いたってありふれたものだ。

 けれども、おれの人生というものは決していいものではなかった。

 小さなころから病気がちで、ある時大きく体調を崩してからはベッドを出ることも叶わず、そのまま20歳になる前に死んだ。

 今が辛くて仕方がなかった。未来にも希望なんてなかった。おれにとって人生とは、絞首台に立って過ごす刹那のようなものだった。

 だから、来世を願った。病院のベッドで迫り来る死の気配を漠然と感じながら、もし来世というものがあるのならば、今度はもっと長く生きていたいと。ベッドの外で思う存分動き回りたい、健康な身体で、好きなことをいっぱいしてみたいと。

 

 

 

 

 

 

「ハンスっ!」

「っ!」

 

 おれの名前を呼ぶ悲鳴のような声によって、一瞬飛んでいた意識が引き戻される。すぐに迫りくる棍棒の一撃を盾で弾き返すと、態勢を崩した豚面の首から上を刈り取った。

 一つ、大きく息を吐く。流れ落ちる額の汗を腕で拭えば、べっとりと赤いものがついてきた。恐らくは先ほど棍棒を喰らった際の出血だろう。もう、傷口は塞がっている。

 

「イングリット、助かった!」

 

 ちらりと後ろを向きながら、おれは白い修道服姿の少女に向かって叫ぶ。一瞬で意識を取り戻すことができたのも、彼女が回復魔術を使ってくれたからだろう。でなければ、今頃床には割れたザクロが転がっていたかもしれない。

 そんなお礼もそこそこに、おれは横薙ぎに振るわれた枝をいなして敵に肉薄し、木のバケモノを幹をぶった切って伐採する。続いてやってきた動く骨は盾で殴ってバラバラにしてやった。

 オーク、トレント、スケルトン。それ自体はそこまで強力な魔物というわけではない。一端の冒険者ならば倒せて然るべき存在だ。しかし、問題があるとするならば──

 

「っ、キリがないわね、この!」

 

 炎の魔術で魔物を焼き払いながら、燃える様な赤髪の女性──ゲルトが吐き捨てる。

 そう、彼女の言う通り、問題はとにかく数が多いことだった。先ほどからこちらは全力で死骸を量産し続けているというのに、一向に押し寄せる敵の数が減っている気がしない。

 そうして息を吐く間もなく続く戦闘は、徐々にこちらの体力と魔力、それに集中力も奪っていく。先ほどおれが一撃を喰らったのは、それが如実に表れた例と言えるだろう。

 

「終わりがないってことはないはずだ!踏ん張ろう、みんな!」

 

 ゲルトの言葉を受けてか、パーティーリーダーのハインツが鼓舞するように声をあげる。しかし、その明るい声色が空元気であることは隠しようがなかった。

 じりじりとした焦燥感が広がっていく。一体、どうしてこんなことになったのか。少し前までは、いたって平凡な調査任務だったはずなのに。 

 

 

 

 

 

 

 今回おれたちにギルドを通じて舞い込んできたのは、鉱山開発の際発見された巨大な地底構造物の調査だった。平たく言えば、ダンジョン探索ということになる。

 ダンジョンのほとんどは魔族が古代に建設した建物で、魔物の類が住み着いて居たり、高度な魔術が使われたりしている。そのためミリシアでは対応できず、こうしておれたち冒険者が調査を行うことが多かった。

 

 ミリシア上がりの剣の使い手にしてリーダーのハインツ。回復・防御担当の修道女、イングリット。火力担当の貴族魔術使い、ゲルト。そこにおれを合わせた4人がこの冒険者パーティーの全容になる。

 パーティーを結成してからは1年ほどになるだろうか。はじめはどこかぎこちないところも多かったが、依頼をこなしているうちに一体感というか、纏まりというか、ともかく、パーティーらしくなったように思う。

 おれが言うと贔屓目も入っているだろうが、実力に関しても申し分なく、ダンジョン探索程度なら苦も無くこなせるほどだ。 

 だから、今回についてもおれは何も心配していなかった。いつもの如く、探索が終わったらどの店に行こうかなんて、そんなことを考えていたほどに。

 

 ダンジョンに侵入してからも、何か危険を感じる様なことはなかった。長い間地中に埋まっていたせいか魔物が住み着いているようなこともなく、他のダンジョンよりも安全なほどだ。

 

「ふん、随分と張り合いの無いダンジョンね」

「いいことだよ、ゲルト。何事も無いのが一番」

 

 強がって見せるゲルトと、それを宥めるイングリット。道中のひとコマだ。

 いつもならば後者に同意するところだが、今回はゲルトの言に理があると思えてしまう。

 探索をしていく中で見つかったのは、魔族の言語で書かれたボロボロの書類や書籍くらいだ。文字もかなり掠れてしまっていて、読み取れたのは「飼育」だとか「栽培」だとか、そういった単語だけ。おれは農業の指南書か何かだろうと適当に当たりをつけた。

 

 そうしてしばらく探索をした結果、おれたちはここが魔族の図書館、ないし大学の類だったのではないかと結論付けた。人界における、大量の紙が存在している場所をそのまま当てはめた形だ。

 人界には魔族関係の資料はほとんど存在せず、ここにあるものはかなり貴重であることは間違いない。ただ、その取扱いに関してはギルド側と教会側でかなり揉めることになるだろう。

 そこに考えが至った瞬間、思わずその揉めそうな両勢力に所属しているイングリットに視線が集中する。

 そんな微妙な視線を向けられた彼女は、苦笑いと共にマッピングだけ済ませて帰ることを提案した。書類を分析することになるにせよ、焚書することになるにせよ、また誰かがやってくる必要があるだろうから、と。

 

 おれたちは通っていなかった通路、入っていなかった小部屋、そういったものを丹念に潰していった。

 ハインツのマッピング魔術によってそれらは木版上に焼き刻まれていき、ダンジョンの地図が出来上がっていく。

 そうして、最後の一部屋。最奥部に位置するその部屋は、大きな広間のような空間だった。

 魔術罠を検知できるハインツを先頭に、おれたちはその部屋に足を踏み入れる。

 高い天井と、壁面に等間隔に刻まれたアーチ状の窪み。これまでの部屋とは異なり、ここには書類の類は無かった。ただ、ぽつんと広間の中ほどに石造りの物体があるだけだ。

 記録の石碑か何かだろうか。罠ではないというハインツの言葉を受け、おれは表面の埃を手で払う。刻まれている文字は難解で、おれにわかる言葉はない。

 そう皆に告げると、ハインツが腕まくりをしながら近づいてきた。

 おれは苦笑しながらその場を譲る。俺に任せろ、とは威勢のいい言葉だが、果たして彼に読めるのだろうか。ゲルトなどは無駄だからやめなさいとはっきり言ってしまっている。

 そうして、売り言葉に買い言葉とばかりにやり取りをしながら、ハインツの指が文字をなぞった。

 小難しい顔をした彼。馬鹿にした表情のゲルト。それを宥めるイングリットと、苦笑が止まらないおれ。

 

 そんな4人の前で、突然石碑が青白い光を放つ。

 呆気にとられるおれたち。その眼前で、みるみるうちに何もなかった大広間に複雑な魔方陣が組み立てられていく。

 罠の反応はなかったはずだ。それに、おれが触った時は何もなかった。なのに、これは。

 突然のことに混乱する思考を置き去りにするように、光はやがて壁面のアーチにまでたどり着く。瞬間、まるでそれが終着点であったかのように光が治まり。

 

 そうして、いつの間にかアーチの跡にできた黒々とした穴から、魔物が溢れだしてきた。

 

 

 

 

 

「はあ……はあ……」

 

 向かってきたオークを腰から斬り落とし、おれは荒い息を吐く。

 あれから随分と長いこと戦い続けているが、それでも魔物で埋め尽くされた視界が変わることはない。最奥にあった広間から少しづつ後退することはできているが、入り口まではもうしばらく距離がある。恐らく、たどり着く前に体力か魔力か、それとも気力か、限界が来るだろう。

 今になって考えてみれば、ここは魔物の飼育場だったのだろう。飼育や栽培といった単語は、きっとこいつらの育て方だ。

 あの石碑は、前世で言うところのコンソールか。おそらくは触ったものの魔力によって作動するもの。おれが先に触ったのが拙かった。おれでは作動するはずもなく、皆を油断させてしまった。

 

 仲間たちのことを見渡す。

 いつも明るく、太陽のような笑みを絶やさないハインツが。

 いつでも高飛車で強気な態度を崩さないゲルトが。

 どんな時もやさしく、柔らかな雰囲気のイングリットが。

 

 皆、絶望の表情を浮かべていた。

 

 それで、おれの腹は決まった。

 ここが、おれの命の使いどころだ。

 

「ハインツ。おれが囮になる」

「…………ハンス?」

「みんなを連れて脱出してくれ」

 

 魔物は、人間に対して異常な攻撃性を見せる。

 奴らが迫ってきているこの状況、皆で逃げ出せば追いかけられることは間違いない。

 だが、誰か一人が残れば。そいつが魔物に食われるまでの間くらいは時間を稼ぐことができるだろう。

 

「下らない冗談はやめなさい!」

 

 ゲルトの激昂した声が聞こえる。そうだよな、あれでいて彼女は仲間想いだ。こんなやり方にそう簡単に頷くわけがない。

 けれども、これが最善だ。一人の犠牲で三人も助かる。このまま戦い続けるよりも、よっぽど分がいい。

 きっと、みんなとっくに気付いていた。誰かを囮にすれば残りは助かるって。けれども、それを誰も口に出さなかった。

 いい仲間たちだと思う。いいパーティーだと思う。だからこそ、死なせたくない。みんなには、生きていてほしい。

 こんなおれの軽い命でみんなが助かるなら、十分だ。

 

「おれが適任だ。……ほら、おれって結構タフだし」

「…………っ、でも!」

「……頼むよ、ハインツ。……おれたちのリーダーだろ?」

 

 その言葉を言った瞬間、彼の顔がぐしゃりと歪む。

 我ながら、酷い言葉を吐いたと思う。彼に消えない十字架を背負わせるような、そんな言葉を。

 けれども、パーティーリーダーとしてその決断を下せるのはハインツしかいない。この状況で、みんなを無理やりにでも撤退させるには、彼の命令しかないんだ。

 

「……………………ゲルト。合図をしたら魔術を叩き込んでくれ。奴らを怯ませてから撤退する」

「っ!」

「ハンス。…………頼む」

 

 泣きそうな表情で、ハインツがおれに告げる。

 そうだ、それでいいんだ。きっとそれが、リーダーとして正しいことだ。

 

「待ちなさい‼そんなこと、認められるわけが……」

「……ゲルト。命令だ」

「っ、だったら‼私も残るわ‼あの下郎を置いて逃げるなんてお断りよ‼」

 

 彼女のその言葉を聞いて、少し心が揺り動かされる。

 だって、その気持ちはすごくわかるから。誰かを犠牲にして生き残ったって、ちっとも嬉しくなんかないって。

 だから、これはおれのエゴだ。それをわかっていて、それでも彼女におれを犠牲にして生き残れというのだから。

 

「ゲルト。頼みがある」

 

 おれは、彼女に声を掛ける。限りなく穏やかな声で。できる限りの優しい声で。

 

「嫌よ」

「みんなの撤退を助けてくれ。遠距離攻撃ができるのは君だけだろ?」

「嫌」

「……それと、入り口を塞いでくれ」

「…………え?」

「この魔物が地上に溢れ出たら、きっと多くの人が犠牲になる。それだけは、防がなくちゃいけない」

「…………」

「ゲルトの魔術なら、天井を崩落させて魔物たちをダンジョンの中に封じ込めることができるはずだ」

「………………」

「頼むよ、ゲルト。君にしかできないことなんだ」

 

 それだけ言い切ると、おれは彼女から目を逸らす。

 これ以上、ゲルトのことを見ていたら、きっと堪えきれなくなるだろうから。

 

「………イングリット」

 

 最後に、ずっと俯いていた彼女の。きっと自責の念に押しつぶされそうになっている彼女の名前を呼ぶ。

 

「………わ、わたしが………」

「………何も気を病む必要はないんだ。それだけは覚えていてくれ」

 

 もし、おれがこの言葉を聞けたとして、それで気持ちは軽くなっただろうか。

 ………いや、ならないだろうな。だって、自分を一番許せないのは自分なのだから。

 でも、それでも覚えていてほしい。こっちは恨んでなんかないって。とっくのとうに赦されているんだって。

 

 別れは済んだ。満足には程遠いけれど、それでも十分だ。

 

「ハインツ。行くぞ」

「………ああ。………ゲルト!」

 

 ハインツの掛け声と共に、壮絶な炎が渦巻く。

 ほんの一瞬押し留まる、魔物たちの群れ。その隙をついて、三人が一斉に駆け出した。

 燃えカスになった前列を押しのけ、三人に追い縋ろうとする魔物。おれは、それを咎めるようにして剣を振るう。取り逃した何匹かは、直ぐに炎によって焼き尽くされた。

 

 ………これで一安心だ。あとは、おれがどこまで時間稼ぎできるか。

 粘ついた視線が、おれ一人に集中するのを感じる。植え付けられたとはいえ、まあ人間が好きなことだ。

 だが、大人しく餌になってやるつもりはない。おれは剣と盾を構える。

 その戦闘態勢に呼応するかのように、一匹のオークが飛び掛かってきた。振り下ろされた棍棒の横っ面を盾で叩き、真正面に現れた無防備な胸を一突きにする。引き抜きざまに剣を振るえば、横合いから迫っていた枝が斜めに斬れて飛んでいった。痛みでもあるのか、奇妙な呻き声をあげるトレントをそのまま飛び掛かって横薙ぎに刈る。

 意外とやれるものだ。なんて思ったのも束の間、がら空きの背中に鋭い痛みが走った。鎖帷子を貫通する鋭い刃物──スケルトンの槍か。おれは左腕を後ろに振るって柄を叩き折る。そのまま盾で下手人を殴りつけようとして──慌てて頭上に構えたところに、痺れるような衝撃が襲い掛かった。

 棍棒の一撃をまともに受け止めてしまった。そう理解した瞬間、横薙ぎに振るわれた枝が胴体に直撃する。

 

「がっ!?」

 

 身体の中から、何かが折れる音が連続して聞こえた。吹き飛ばされた身体をどうにか立ち上がらせると、口の中一杯に血の味が広がる。

 内臓もやられたか。ぼんやりとそう思ったところに、再びオークが突進してきた。見えていれば、そんな大ぶりな一撃など当たりはしない。おれは横に飛び退こうとして、ふと足元の黒い影に気付いた。

 犬っころがいる。そんな認識が追いついたころ、鋭い牙が右足に突き立てられる。

 

「がああああああああああ!」

 

 叫びながら、全力で脚を振るう。鮮血が舞い散り、犬の魔物が吹き飛んでいく。その口には血みどろの何かが咥えられていた。考えるまでもない、おれの右足だ。

 直後、全力の振り下ろしが右肩に直撃する。骨が粉々に砕けて、剣が地面に落ちて乾いた音を立てた。

 終わりが、近づいていた。

 

 

 ………みんなは、無事に逃げ切れただろうか。

 トレントに左腕を引っこ抜かれて、スケルトンの槍が右目に刺さったまま、おれはそんなことを考える。

 もし、これでみんなが助かったなら。これはきっと、良い死に方だ。意味のある、満足のいく人生の終わり方。

 

 だからもう、今度こそ死んでもいいよな?

 

 直後、振り下ろされた棍棒が、おれの頭蓋を叩き潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………また、死ねなかった、か」

 

 おれは目を覚ますと、そんなことを呟いた。

 今回は相当に満足のいく死に方だったのだが、それでもダメらしい。

 もう十分すぎるほどに長生きしたと思うのだが、やはり年を取らないと長生きした判定にならないのか。神様も、中々融通の利かないお方だ。

 

 多分、これは元々祝福だった。前世で若くして死んだおれへの、神様からの祝福。

 おれは今世で生まれてからこの方、病気になったことがない。小さい頃の転んでできたような擦り傷も、気付けば治っていた。

 それは大きくなってからも変わらず、魔物との戦いで負った重傷もあっという間に治癒し、それどころか切り落とされた腕まで生えてきたほどだ。

 俗にいう、転生特典というやつなのだろう。おれが前世の死の間際に願った、今度は健康で長生きしたいという願い。それが具現化したもの。

 

 けれども、その祝福は呪いに変わってしまった。

 今のおれは年も取らない、決して死なない、そんな不老不死のバケモノだ。

 そうとわかっているのに、未だにどこか死ねるのでは期待を抱いて、こうして誰かの犠牲になる代償行為を重ねているおれは一体何なのだろうか。

 ………わからない。わからないけれども、生きていくしかない。

 だって、おれは死ねないのだから。

 

 

 

 

 

 

「ところで、これはどうするかな………」

 

 おれという存在を認識したのか、再び感じる粘ついた視線。どうやら、おれを食った後も魔物は消えていないらしい。

 ダンジョン内にとどまっている辺り、どうやらゲルトがやってくれたようだが、それは同時におれも魔物と一緒に閉じ込められたことを意味する。

 再び血みどろの戦いが始まる予感に、おれはため息を吐いた。

 

 

 

 

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