死ねない転生者の冒険譚   作:ペトラグヌス

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ケース3. 久しぶりに街へ帰ってきた場合

「……なあ、ハインツ。あの道を塞いでるのって何だ?」

「…………何だろうな?」

「……魔物でしょう?現実逃避していないで構えなさい、愚物二人」

 

 ぴしゃりと投げつけられたゲルトの言葉に、おれとハインツはとぼけるのを止めて現実を見据える。

 ダンジョンから街への帰り道、おれたちが選んだのは森を突っ切るルートだった。森を迂回していく主要街道沿いのルートよりも旅程を半日ほど短縮できるし、危険に関しても昼間の通過ならパーティーを組んだ冒険者には変わらないレベルだ。そう思ってのことだったのだが……

 順調に森の中を進んでいき、そろそろ抜けようかというその時。おれたちの目の前に現れたのが、この見上げる様な大きさの植物だった。

 

 うねうねと動くツタで出来た手足と、大きく開いた口を思わせるハエトリグサのような頭部。建物2, 3階分の高さを誇る巨大な食虫植物のような見た目のこの魔物は、さながら食人植物と言ったところだろうか。

 何度か戦ったことはあるが、こいつは冒険者が単独で戦うには少々厳しい相手だ。それこそ、パーティー単位での対処が必要になるレベルの。

 出来れば別の道から迂回していきたいところだが、このじっとりと見据えられているような感覚。どうやら、向こうは逃がしてくれる気はないらしい。魔物の口から粘り気を持った液体が滴り落ち、白煙と何かが焦げるにおいが辺りに広がる。

 そんな腹を空かせた食人植物を前に、ハインツは声を張り上げた。

 

「俺とハンスがツタをやる。イングリットは消化液の防御を。ゲルト、この薄気味悪いのを燃やしてやれ!」

「うん!任せて!」

「ふん、言われるまでもないわ」

 

 流石の的確な指示に、おれは瞠目する。ここしばらくは何も考えずに目の前のものを殴っていただけだったので、こういったきちんとした戦い方をするのは随分と久しぶりだ。

 おれは彼の言葉に従って、剣と盾を構える。それらは途中の村で調達した魔術強化も済んでいない数打ちのものだが、人間用の武器は手にしっくりと馴染んだ。

 

「行くぞ、ハンス!」

「ああ!」

 

 返事をすると、おれとハインツは魔物の前へと歩を進める。それを援護するようなゲルトの炎を尻目に、おれたちは駆け出した。

 前衛であるおれたちの担当はこの魔物の手足たるツタだ。こいつを削いでいくことで敵の戦闘能力は落ちていく。今もゲルトの魔術がツタに叩き落とされたが、そういった防御手段を奪っていけるのだ。決定的なダメージを敵に与える訳ではないが、まさに前衛向けの役割と言えるだろう。

 地面を削るようなツタの薙ぎ払いを飛んで躱し、空中で襲い掛かってきた一撃を盾で殴って逸らす。攻撃を回避しつつも歩みは止めず、目指すのは敵の懐だ。

 鞭のようにしなやかなツタでの攻撃は、先端に近づくにつれて速度が上がっていく。時に音の壁をも超えるその一撃を、目で追うことは困難だ。だが、懐、つまりツタの根元のほうに入ってしまえば、速度は落ちて対処しやすくなる。

 そう言うわけで魔物のすぐ近くにまで潜り込んだおれは、振り下ろしの一撃を余裕を持って躱すと、そのまま体重の乗った剣撃でツタを斬り裂いた。

 一本斬り裂いたのも束の間、魔物の手であり足であるツタたちは次々とおれを叩き潰そうと、あるいは捕えようとうねって押し寄せてくる。

 しかしながら、速度の乗り切らないそれらを捌くことはそう難しいことではない。おれはツタを躱し、盾で逸らし、時にはカウンター気味に斬りつけていく。

 時折魔物の口から吐き出される、人体をも溶かす消化液はイングリットが防いでくれている。よって、おれたちは目の前のツタを減らしていくことに専念すればいい。

 

 そうしているうちに、手足の大半を失ってほとんど丸裸になった食人植物。ここまでくれば、もはやゲルトの魔術を防ぐ術はない。

 

Flamma, ardes, oriuntur ad coelum──燃えなさい」

 

 ダメ押しかのように詠唱までもがなされた炎の塊が、奴の口目掛けて一直線に飛んでいく。

 消化液も、植物自体の持つ水分も、まるで関係がないかのように燃え盛る炎。

 しばらく辺り全体が煌々とした灯りに照らされ、後に残ったのは原型を留めない燃えカスだけだった。

 

 

 この食人植物は、()()魔物だ。

 倒すためにはリーチの長いツタを掻い潜り、致死の飛沫の隙間を縫って巨体をよじ登り、瞬きをする間に咀嚼を終えるその口の上部に存在する弱点を正確に貫かなければならない。並の冒険者では、まったく太刀打ちできないだろう。

 ──もし、独りで戦うのならば。

 

 ゲルトの援護を受けて懐に入り込み、イングリットに消化液の防御は任せて敵の戦闘力を削ぐことに注力し、トドメも彼女に頼む。

 そうして、この魔物は誰一人傷を負うことなく、あっけなく倒された。

 

 人一人ができることなど、たかが知れている。けれども人が集まれば、驚くほど多くのことが成し遂げられる。

 それを示すような目の前の光景に、おれは思う。

 やはり人は、独りでは生きていけないのだと。

 

 心の中でつぶやいたその言葉は、どうしようもなく言い訳じみた響きをしていた。

 

 

 

 

 

 食人植物を倒し、森を歩くことしばらく。木々に覆われていた景色に、ふと切れ間が現れる。そこから更に歩を進めれば、やがて視界が開けて草原が目に飛び込んできた。

 そんな草原にぽつんと浮かぶ、小高い丘を囲むような都市こそが、おれたちの拠点であるローネブルクである。

 

 近くを大きな河川が流れ、海まで徒歩でも半日かからない程と立地に恵まれたローネブルクは商工業が盛んな都市だ。多くの人々が集まり、定期的に開かれる市場には近方遠方の様々な品物が並ぶその繁栄の度合いは、神聖帝国内でもかなりのものだろう。

 こうした都市の繁栄は、このローネブルクが自治都市であるということも要因となっている。自治都市というのはその名の通り住民たちによる自治が行われている都市のことで、それはすなわち誰かしらの領主の領地ではないということを示す。

 名目上、皇帝直轄領となることで領主からの独立を果たしたこれらの都市は、そういった自由の存在から多くの人を集め、それがまた金を呼び込み、更なる発展を遂げているというわけだ。

 

 

 森を抜けて街道に合流し、陽が傾き始めた草原を魔物を蹴散らしつつ進んだおれたちは、ようやく門にまでたどり着いた。

 そろそろ日が暮れるということもあり、閉門の準備や見張り番などでミリシアらしき人たちが慌ただしく動き回っている。

 街道沿いの護衛や、街や周辺の防衛を担っている彼らには、依頼を受けて冒険者が戦闘訓練を施すことも多い。見知った顔をいくつか見つけたおれは、なんだか無性に懐かしい気持ちになった。

 

 そんな彼らの様子を眺めながら、おれたちは門をくぐって市壁の内側へと入る。その瞬間、おれは足を止めた。

 別に、何かが変わったというわけではない。目に映るのは、何度も見たであろう変わらぬ石造りの街並み。そこを行く人々の様子にも、何も変わりはない。おれはただ、街に足を踏み入れたというだけだ。

 たったそれだけのこと。だというのに、何だろうか。この、言葉にできない感覚は。

 

「……そうだ、言い忘れてたな」

 

 そう言って、一人立ち尽くしたおれのほうをハインツが振り返る。

 彼だけではない。イングリットもゲルトも、おれの方を見ている。みんなの顔には、穏やかな笑みが湛えられていた。

 そうして、ハインツは緩く弧を描いた口元を開く。

 

「……おかえり、ハンス」

 

 ……ああ、そうか。その言葉を聞いて、わかった。

 おれは、帰ってきたのだ。

 

「ハンス!わたしからも、おかえり!……あと、早く宿まで戻ろう?もうお腹ペコペコだよ……」

「そうね。いつまでも立っているつもりなら置いていくわよ」

「……はは、今行くよ」

 

 ()()()()()()、おれはいつも逃げ出していたから。それで、忘れてしまっていた。

 帰ってくる場所がある。それは、こんな気持ちだったということを。

 こんなにも、嬉しいものだったということを。

 

 宿に向かって前を歩くハインツとイングリット。その後ろを行くゲルトに追いつくと、おれは彼女と並んで歩き出す。

 

「……それと、おかえりなさい」

 

 何の変哲もない、幾度となく歩いたはずの道のり。それがどうにも、眩しく思えた。

 

 

 

 

 おれの生還記念と題したどんちゃん騒ぎの翌日。目を覚ましたおれは、朝食を摂りに宿屋の1階へと向かう。

 それにしても、昨日の夜は随分と賑やかだった。小さな宿屋とは言え、主人も含めて居合わせた人間全員で飲めや騒げやの大騒ぎを夜が更けても続けていたのだ。

 中でもずっと飲んでいたハインツとゲルトは案の定二日酔いのようで、降りる前に声を掛けても呻き声しか聞こえてこなかった。まあ、今日はのんびりさせるのが良いだろう。

 なんてことを考えながら階段を下っていると、陽気な声がおれの名前を呼んだ。

 

「おう、ハンス。他の連中は潰れたままか?」

「ああ。朝飯はおれとイングリットの分だけでいい」

「おいおい、スープくらいは持っていってやれよ。用意してやるからさ」

 

 そう言ってわっはっはと豪快に笑う髭面の親父が、この宿屋の主人だ。パーティーを組むことになった時に、ハインツが定住していたこの宿に全員やって来たのが最初だから、彼ともかれこれ1年近くの付き合いになる。

 こういった宿の主人らしい、カラっとしつつもどこか包容力のある彼の雰囲気を、おれはかなり気に入っていた。

 

 そんな親父とたわいも無い話をしながら席に着いて待っていると、不意に鼻腔をいい匂いがくすぐる。二人そろって匂いのした方を向けば、恰幅のいい女性が湯気の立つ器を持ってきたところだった。

 

「お待たせ、ハンスちゃん。今日のはいい出来だよ」

 

 言葉と共におれの目の前にスープを置いた彼女は、親父と二人でこの宿を切り盛りしているおかみさんだ。昨日は戻ってきたおれのことを熱烈なハグで歓迎してくれた。

 おれがいない間のパーティーのみんなのことも随分と気にかけてくれていたようで、頭が上がらない。まさに、この宿の住人全員の母親のような存在だろう。

 それと料理が美味しい。ある意味、一番重要なところだ。

 

「ありがとうございます、おかみさん」

「俺の分はないのか?」

「あんたはもう食べただろう?とぼけるんじゃないよ、ったく」

 

 コミカルなやり取りを交わし、まいったねえとでも言いたげな視線を向けてくる親父に苦笑いを返していると、頭上からとてとてとした足音が聞こえてくる。

 やがて足音は階段の方へと向かい、上階から白い少女の姿が現れた。

 

「ごめんハンス、遅くなっちゃった……あ、おはようございます!」

「おはよう、イングリットちゃん。ちょうどスープを持ってきたところだよ」

「ほんとだ、いい匂い!ハンス、食べよ!」

「ああ、食べよう。あ、おかみさん、パンも頼みます」

「はいよ」

 

 そうこうしてイングリットが席に着き、おかみさんに黒パンを持ってきて貰ったら、いよいよ朝食だ。

 おれはまず、ずっと美味しそうな匂いを立て続けていたスープに目をやる。具だくさんのスープの中に入っているのは、キャベツやタマネギなどの野菜類と白身魚の切り身だ。澄んだ色をした汁からは、潮の香りが立ち上っている。

 たまらずスプーンで口に運ぶと、舌に触れた瞬間、魚の旨味が爆発した。

 まるで口の中に海ができたのかと錯覚するほどの豊潤な香り。驚くほど濃く、鮮烈な魚の風味。それでいて臭みは一切なく、喉元を過ぎた頃にはすっきりとしている透き通るようなクリアさ。

 思わず二口、三口と、スプーンが止まらなくなる。具材のほうも口に入れれば、柔らかく仕上がった野菜からは甘みが引き出され、魚の強烈な旨味のカドを取って下支えしていた。ホクホクとした身は程よい塩味で、スープに浸したパンと共に口にすると最高の具合だ。

 海に近いローネブルクならではの、魚介を用いたスープ。おれはあっという間に具材とパンを食べつくすと、最後は器のスープを一滴残らず飲み干した。

 

「……っ、ふう……」

「どうやら、味はお眼鏡に適ったみたいだね」

「いやあ、旨かったです」

 

 昨晩の食事の時も思ったが、やはり美味しい料理を食べると気持ちは上向く。もはや食わなくても生きていける身ではあるが、それでも食欲が湧くというのはきっと本能なのだろう。おれに残された、数少ない人間だったことの証明だ。

 良いものを食べたという満足感と、もう終わったという喪失感を同時に味わいながら、おれは目の前のイングリットのことを見つめる。

 おれがそうしていたのと同じように、夢中でスープを飲む彼女の姿は見ていて微笑ましかった。

 

 

 

 そうして食事を終えた後、貰ったスープを上で伸びている二人に届けたおれたちは、二人で宿の外を歩いていた。

 

「それで、ハンスはどこに行くの?」

「ちょっとギルドのほうにな。別に大したことじゃないし、イングリットまで付き合わなくても大丈夫だぞ?」

 

 より正確に言うのならば、出かけようとしたおれに彼女がついてきたというのが正しい。

 彼女に言った通り、本当に大した用ではないのだ。ただ、昨日ハインツと話していた中で、ギルドのほうにはおれが死んだという報告が上がっていることを知ったので、それを訂正しに行きたいというだけで。

 

「ううん、わたしは特に用事もないし、付き合うよ」

「……そうか?」

「うん!」

 

 そう元気に返事をしたイングリットの手は、おれの裾をがっしりと握っていた。何というか、どうやっても離さないという強い意志を感じる。

 ……まあ、ついてきてくれるというのならばそれはそれで助かるのだ。彼女もいた方が色々と話は早いだろうし。

 

「じゃあ、行くか」

 

 おれはそう言って彼女に手を差し出す。すぐに小さな手がそれを握り、おれたちは冒険者ギルドに向かって歩き始めた。

 

 

 おれたちの泊っている宿があるのは、ローネブルクの街の外縁部、比較的市壁に近い部分だ。それに対して、ギルドは教会や市場、市庁舎がある中心部のほうに立地している。

 当然、多くの人が行きかうのは中心部だ。それを反映するかのように、ギルドに向かうにつれてだんだんと人の往来が激しくなってきた。

 

「それにしても、随分人が多いな。市場でもやってるのか?」

「うん!今日は定期市の日だよ」

「……まいったな」

 

 長いダンジョン生活のせいですっかり忘れていたが、人間は暦に従って生きているのだ。今日は定期市の日、すなわち、市場が開かれる日である。

 この日は教会前の広場に多数の露店が立ち並び、隊商が持ち込んだ遠方の産物や近隣の農村の農作物、職人たちの作った工芸品など、様々なものが売りに出される。

 市場には各ギルドによって統制が行き届いた普段の店とは違った雰囲気があり、珍しいものや掘り出し物など、何かを買いに来たわけではなくても見ているだけで楽しい。そんなわけで、これもまたローネブルクの街の活気をあらわす一つというわけだ。

 冒険者ギルドまではこの通りから一度広場に出て、それから別の通りを下っていくという道のりになる。つまりは、一度市場に立ち寄ることになるということだ。

 ますます人が増え、はぐれないようにしっかりとイングリットの手を握りながら歩いていくと、不意に賑やかさが一気に増した。遂に広場に到着したのだ。

 

 瑞々しい色をした野菜や果物に、丸々太った豚。極彩色の織物に、奇妙な形の器。怪しげな乾燥した何かの指に、おどろおどろしい仮面など、多種多様な品物が目に入ってくる。

 そうして、それらの品物を求めて群がる人々に、やり取りをする商人たちや露店主。物と人とが織りなすこの雑多で活発な雰囲気こそが、まさしく定期市だ。

 流石のおれも、この活気を前には少し気分が上がる。イングリットなどは何かいい物を見つけたのか、目を輝かせてとある方向を指さした。

 

「ハンス!あのリンゴ美味しそうだよ!」

「リンゴ?さっき朝飯を食べたばっかりだろ?」

「ええ……でも、リンゴ……」

 

 今さっき食べたばかりなのに食べ物かと思わず口をついたおれの言葉に、見るからにしょんぼりとする彼女。

 

「……これ、一つ貰えるか?」

「……!」

「まったく……」

 

 そういう表情は、かなり応える。特に、あんなことがあったばかりでは。

 おれはリンゴを一つ買うと、イングリットに手渡す。

 

「ハンス、ありがと!」

 

 受け取った瞬間、大輪の花のような笑顔を咲かせる彼女。それを見て、おれは素直に買ってよかったと思った。

 

 

 

 そんな市場での一幕を経て、たどり着いた立派な石造りの建物が冒険者ギルドだ。

 そもそも、冒険者ギルドとは冒険者という職業の人々が集まってできた組合のことを言う。元は単なる冒険者同士の互助会だったところから発展した冒険者ギルドは、今では依頼を受注して各冒険者に斡旋したり、魔物や魔族の討伐への報奨や冒険への助成を行ったりするなど、様々な業務を行っていた。

 だが、ここで一つ疑問が湧く。それは、何を元手にそれらの業務を行っているのかということだ。冒険者ギルド以外の他のギルド、例えば漁師や大工、パン屋などは売り物となる商品がある。だが、冒険者には何か物質的な売り物というのはない。依頼を受けてその報酬をもらうことはできるものの、報奨や助成にまでは手は回らないだろう。では、一体何を元手にしているのか。

 答えは簡単で、冒険者ギルドが存在するということ事態を、つまりは武力の存在を売り物にしているのだ。

 ローネブルクは自治都市だ。領主から独立し、住民たちによる自治が行われている場所だ。それは自由を得ていると同時に、庇護を失っているということを意味する。領主がいる土地にはそれを守る騎士たちという存在がいるが、自治都市に騎士はいない。

 その騎士の役割を担っているのが冒険者ギルドだ。魔物を楽に倒せるような人材が、集団となって存在している。このことによって、都市は魔物やその富を狙う他勢力から守られているというわけだ。

 よって、冒険者ギルドは単なる冒険者たちの互助会ではない。自治都市の軍事力であり、また政治勢力の一つでもあるのだ。

 

 

 まあ、そんなことはギルドに所属する大多数の冒険者には関係のない話だが。

 昔聞いた噂では、都市を狙った貴族の首を取りに行く依頼があっただとか、そういった物騒な話もあったが、おれたちにはそんな話が来るはずもない。

 だから、おれたちにとってのギルドは依頼を持ってきてくれて、魔物を狩ったらお金をくれる、そんな有難い場所だ。所属の証であるメダルはある程度の身分証明になるし、提携しているギルドで割引も受けられる。

 だが、今現在、恐らくおれはギルドからは未だに死んだ扱いになっているため、メダルが失効している可能性が極めて高い。それを復活させるのが、今日ここに足を運んだ目的というわけだ。

 

 

 ぎいと音を立てて両開きの扉を押し開けると、おれは建物の中へと足を踏み入れる。目に入ってきた景色は、馴染みのあるものだった。置かれた椅子と机のほうに何人かの冒険者がいて、受付のカウンター越しに担当者がいる。写本か何かを取っている記録係は今日も何かを書いているのかインクとペンが机に並んでいて、後の冒険者たちは恐らく隣接する酒場のほうだろう、騒ぎ声がする。

 そんな懐かしさを感じる様なそれらをゆっくりと眺めていたおれは、ふと気づいた。おれが眺めていた人物たち、彼ら彼女らの視線が、随分とおれに向かっていることに。

 

「なんか、みんなハンスの方を見てるね」

「みたいだな、イングリット」

 

 おれは彼女と顔を見合わせる。まあ、当たり前の話だ。1年もパーティーの一員としてこのギルドに度々訪れていれば、多少なりとも顔と名前は頭に残る。特に、それが最近死んだという話でも聞いていればなおさらだろう。

 

「ハンス…………?」

 

 と、おれとイングリットの会話を聞きつけたのか、たっぷりの疑問符と共におれの名前を呼ぶ声が聞こえる。見れば、前によく見た受付担当の女性だ。

 正直なところなんと言えばいいのかよくわからなかったが、取りあえずおれは口を開いた。

 

「……お久しぶりです」

 

 

 

 

 その後は宿屋の夜と同じような酷い有様だった。悲鳴が上がるわ、本当に本物なのかあちこちを突っつかれるわ、まあてんやわんやの大騒ぎだ。

 だが、最終的にはおれが生きて帰ってきたということがわかってもらえたようで、温かく迎え入れてもらった。無事にメダルのほうも魔術的に再発行してもらい、これでギルド絡みのことは一件落着かと思われたのだが──

 

「──話?ギルド長が?」

 

 ……どうやら、そうでもないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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