人間万事塞翁が馬。
人生における幸不幸は予測しがたいという意味だ。
気持ちが落ち込んだ矢先に『µ’s』というグループ名が決定したことで活気を取り戻した俺たちは興奮冷めやらぬうちに放課後の練習に励んでいた。
だが悲しいかな、一時の勢いで事が順調に運ぶほど現実は甘くない。
「も、もうダメぇ~」
「もう、動かないぃぃ……」
今、俺と海未の前では特訓の半ばで穂乃果とことりが虫の息で倒れこんでしまっている。
今朝のトレーニングの疲れが抜けきらないままで授業を終えてから本日2度目のトレーニングだ。
華奢な身体には相当な疲労が蓄積されていることだろう。
明日になれば筋肉痛で悶え苦しむ姿が目に浮かんでくる。
後で痛みを和らげるストレッチの方法も教えておくか。
「ダメです。あと2往復残っていますよ。それとも諦めますか?」
疲労の極致にいる2人に心の中で合掌する俺の隣で海未の厳しい叱咤が飛ぶ。
「海未ちゃんの悪代官!」
「それを言うなら、鬼教官のような?」
たまらずデタラメな文句をあげる穂乃果に苦笑することり。
この光景も見慣れてきたなとひとりほくそ笑みながら、俺は2人を少し休ませるがてら訊ねてみた。
「なあ、そういや結局、作曲の件ってどうなったんだ?」
歌詞はすでに完成させていたと聞いていたが、なんだかんだ言いながら海未も仕事が早いよな。
すると、ずっと気になっていた疑問に穂乃果が答えてくれた。
「一応、練習に来る前に海未ちゃんの歌詞は渡しておいたからあとは西木野さん次第になるかな?」
「西木野さん?」
「うん。西木野真姫ちゃんっていうんだけど、本当に歌もピアノもすっごい上手なんだよ!清麿くんも一度聞けばきっとびっくりしちゃうから!」
まるで自分のことのように純粋無垢な笑みで絶賛する穂乃果。
彼女がそこまで西木野さんとやらに期待を寄せているのに小難しい根拠はないのだろう。
喜々と語る穂乃果だが、俺は別のことを考えていた。
「西木野、真姫……」
反芻する名前にはどこかで聞き覚えがあった。
確か――――
「キャーーーーーーーーーッ!」
しかし俺の思考は突然の甲高い少女の悲鳴に遮られてしまった。
「なに?」
「事故?」
閑寂を引き裂く金切り声に3人も何事かと動揺を露わにしている。
悲鳴は階段を降りてすぐに曲がった路地の辺りから聞こえたためここからでは目視できない。
何が起きているかはわからんが、放っておくことはできない。
「ちょっと見てくる、3人はここにいろ!」
それだけ言い残して俺は全速力で階段を駆け下りる。
クソッ、頼むからシャレにならんオチだけは勘弁してくれよ!
最悪を覚悟しながらも、心の中で祈りつつ最後の一段を飛び下りた俺の視界には――――
「いきなりなにすんのよ!?」
「まだ発展途上っといったところやなぁ」
―――背後から少女の胸を揉みしだく希の姿があった。
「ノオオオオオオオオオオオオオオオーーーーー!!!?」
ッッゴーーーーーーーーーーン!!
あまりにも予想外な光景にたまらず絶叫する俺は飛び出した勢いのまま正面に聳えていた電柱に顔面からモロに激突、鈍く間延びした音が夕暮れのオトノキ町に木霊した。
「ぬごぉおおおおおおおおおおおおおおお…………」
「うわぁ、痛そうやね」
か細い悲鳴を漏らしながらエビ反りの体勢でのた打ち回る俺の姿を見て、さすがの希も困惑気味に感想を呟く。
怒涛の急展開に希の餌食になっていた少女も茫然自失となっている始末だが、もちろん今の俺に彼女の反応を確認する余裕はない。
「希……なにやってんだ?」
痛みに耐えつつ気力を振り絞りながら説明を求めるのだが、自身の奇行について希はしてやったりなドヤ顔を返して答えた。
「なにって、見ての通り...............ワシワシやで?」
ブチンッ
奴に反省の色がないと理解した瞬間、俺の中で何かが切れる音がした。
「なにまぎらわしいことしとるんじゃ、おのれはアアアアアッ!!」
なんだよワシワシって!
ただチチ揉んでただけじゃねえか!
フォルゴレかお前は!?
フォルゴレだったらザケルぶちかましてたぞオラーッ!
「う゛ぇえ……」
だが、怒りの赴くままに泣き叫ぶ俺の豹変に、苦笑する希のそばにいた少女が身を竦ませる。
我を忘れていたとは言え、予想以上に怯えさせてしまったようだ。
見ればその少女は音ノ木坂の制服姿で、リボンの色は青、1年生だ。
とりあえず一度冷静を取り戻すと同時に、彼女の容姿が俺の記憶とつながった。
「えっと、確かキミは1年の西木野さんだよな?」
俺が名前を言い当てたことが意外だったのか、少女は気が強そうなつり目を大きく見開く。
否定しなところを見るとどうやら正解のようだ。
「あ、やっぱりキヨちゃん知ってたんやね?」
「そりゃ、入学式で総代を務めてくれた子だからな」
そう、去年の俺と同じように新入生を代表してあいさつしてくれた子こそが俺の目の前にいる西木野真姫さんだ。
「ああ…驚かせてスマナイ。俺は高嶺清麿。そこの変態と同じ生徒会の人間なんだ」
ちょっとそれひどない?と希が頬を膨らませていたが適当にスルー。
おそらく穂乃果が言っていた西木野さんとは彼女のことだろう。
もしかして作曲の件でわざわざ足を運んできてくれたのだろうか。
「……どうも」
しかし当の西木野さんは俺たちから距離を取り、こちらの様子を窺うような視線で睨めつけてくる。
「あらら、ずいぶん警戒されたもんやね」
対してまるで他人事のように頬笑む希だが、誰のせいだと思ってやがる。
「もしかして穂乃果たちに用かな?話があるなら呼んでくるけど」
「ち、違うわよ!私はただ帰り道だから通りすがっただけ!別に練習を見に来たわけじゃないんだから!」
念のために確認を兼ねて訊ねればあらかさまに否定する西木野さん。
たがその顔は夕陽に負けないくらい羞恥で真っ赤に染まっているため説得力がまるでない。
「なるほど、ツンデレやね」
「そうか、ツンデレなのか」
「なんでそうなるのよ!イミワカンナイ!」
なんとなく希のボケに乗ってみれば間髪入れずに西木野さんが鋭いツッコミを炸裂させる。
素直じゃないところがちょっとティオに似てるかなと思いつつ、俺の周りに彼女のようなタイプはあまりいなかったから正直新鮮だったりする。
まあ、兎にも角にも彼女自身がそう言うなら仕方ない。
無理強いさせたところであの3人も納得しないだろうしな。
ここは素直に引き下がことにしよう。
「とりあえず何事もないようで安心したよ。じゃあ、俺は戻るけど西木野さんも気を付けて帰れよ」
特にどこかの誰かさんにはな、とあえて含みのある言い方で冷めた視線を送るが、事の発端である巫女姿の変態副会長さまはおどけたように小さく舌を出すだけ。
希らしいと言えばらしいのだが、今回ばかりは本当に心臓に悪かった。
できることなら自重してほしいのだが………無駄なんだろうなぁ。
内心でぼやきながら2人に背を向けてこの場を後にする俺は、戻るためには当然男坂の石段を登らなければいけないわけで……。
先のやりとりで脱力していたせいか、この時ばかりはただでさえ長い石段がさらに長く続いているように感じた。
☆
さて、最初のトレーニングを始めてから3日が経過した。
その間も俺と海未の指導に穂乃果とことりは弱音を吐くことはあっても着実にトレーニングを熟している。
見かけによらず中々の根性を垣間見ることができたことにまずは人心地ついたある日の事だった。
俺たちは練習を始めるわけでもなく屋上に集まっていた。
原因はµ's宛に届けられた1枚のCD。
今朝、穂乃果の自宅に届いていたそうだ。
差出人不明の代物ではあるが、俺の心は不思議と期待で溢れていた。
緊張した面持ちで穂乃果がさっそくCDをパソコンに挿入する。
「それじゃあ、いくよ」
そして、誰もが固唾を飲んで見守る中、屋上の一角にピアノの伴奏が静かに鳴り渡った。
イントロから始まり、ピアノの旋律が奏でるメロディに歌声が乗る。
間違いない、西木野さんの声だ。
澄んだ声音が海未の歌詞を紡いでいく。
「すごい……歌になってる……」
「私たちの……」
「私たちの、歌……」
穂乃果も、ことりも、海未も、息をするのを忘れるほど聴き惚れている。
「ハハ……すげえや………」
気付けば心に思った事がそのまま言葉になっていた。
とても素人とは思えない完成度は余計な理屈が入り込む余地すら与えない。
それほどまでに俺の意識はピアノと歌声の世界に引き込まれていた。
穂乃果の言ったとおりだ。
まさかたった3日でここまでのモノを作り上げるなんて……。
なにより、俺たちのために作ってくれたという思いがうれしくてたまらない。
聴けば聴くほど感動で満ちていく。
すると、最初は茫然としていた穂乃果たちが立ち上がる。
どうやら3人にも本格的にエンジンがかかったようだ。
「さあ、練習しよう!」
今、俺たちの元にふたつの贈り物がある。
グループ名に関しては未だに誰が考えてくれたかはわからないが、間違いなく俺たちを応援してくれてる人たちがいる。
俺たちは確実に前に進んでいる。
―――――光が見えた。
『kira-kira sensation』が一番ガッシュとマッチしているんじゃないかと思う今日この頃、とりあえず今話からサブタイをつけることにしました。
ハイ、というわけで、真姫ちゃん初登場回いかがでしたでしょうか。
若干出番が少ないような気がしないでもありませんが、とりあえずは、やっと真姫ちゃんだせたぜ……。
次回では花陽とにこが出せるかなと思います。
ちなみに、ガッシュキャラの登場は原作4話後を予定しています。
今回は清麿との邂逅部分を特にこだわってみました。
ある意味で清麿らしさが出てるのではないでしょうか?
P.S.
今さらながらですが清麿の町はモチノキ町ということなので、この作品の穂乃果たちの住んでいる町はオトノキ町で行こうと思います。