俺が恐怖を感じるなんて、いったいいつ以来だろうか……。
高坂家の廊下のど真ん中で俺と花陽ちゃんを挟む形で前方に海未、後方に雪穂が睨みを利かせていた。
まさに前門の虎、後門の狼状態。
なんて、冷静を装ってみたけど怖いもんはやっぱ怖い。
きっと今の俺は恐怖で顔をひきつらせていることだろう。
俺の後ろにいる花陽ちゃんに至っては、身を竦ませて涙目になっている。
彼女はすでにギリギリの状態だ。
さて、この状況をどのようにして打開するためにまずは後ろの関門を排除しよう。
「雪穂、とりあえず早く服着たほうがいいんじゃないか?」
「?………あっ、え、わ?!」
横目でそれとなく目のやり場に困ることをアピールすると、雪穂も我を取り戻してくれた。
こういう時は異性の目というものは都合がいい。
「し、失礼しました!」
状況を把握した途端に、慌てて部屋の中に引っ込む雪穂を見送る。
よし、狼は去った。
しかし、問題は目の前に立ちはだかるチャージル……じゃなかった、ただ静かに佇む海未だったりするんだよなあ……。
「覚悟はできてますね?清麿くん……」
オオオォォォォォォォオオオオオオオン
いや、だから怖えよ。
負のオーラを放つ海未に冷や汗が止まらない。
言葉を選べ、選択肢を間違えるな高嶺清麿。
「落ち着け、海未。確かにノックもせずに扉を開けた俺が悪かった。でもな、こういう時だからこそ振り上げた拳を下ろす勇気が必要なんだよ」
こんな争いは不毛なだけだ。
誰も幸せにならない、特に俺が。
「話し合おう。ほら、世界はこんなにも幸福で満ちているのだから!」
「何か言い残すことはありますか?」
どうやら弁解の余地はないらしい。
うん、最初からわかってた。
この手の怒りを収める方法はひとつしかない。
ならば俺は残された道を突き進むのみ!
覚悟を決めて、俺は――――
「この前ことりから聞いたんだが、ラブアローシュートだっけ?今度はそれでいくのもありだと思うな」
「天誅!」
「ほごあっ?!」
海未の手刀が脳天に直撃、そのまま廊下の床に沈む俺。
ああ、無情。
☆
「ご、ごめんなさい……」
一応、事態が収拾した穂乃果の部屋で花陽ちゃん、もとい小泉花陽さんが申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。
確かにあの時の海未は本っ当に怖かった……。
同時に、ジンジンと痛むおでこを押さえながら思う。
……やっぱ俺悪くないよな?
「ううん、いいの。こっちこそごめん。でも海未ちゃんがポーズの練習をしてたなんて……」
苦笑から一転、店の手伝いを終えた穂乃果が含みのある笑みを向けるのは肩身を狭める海未。
「穂乃果が店番でいなくなるからです!」
たまらず憤慨する海未だが、羞恥のせいでまるで迫力がなかったりする。
「あ、あの―――」
「おじゃましまーす」
意を決して話しかけようとした小泉さんだったが、しかしタイミング悪く訪れたことりによって遮られてしまった。
一瞬の静寂に、戸惑う視線と期待の視線が交差する。
「え、もしかして本当にアイドルに!?」
「たまたまお店に来たからご馳走しようかと思って」
そう言って穂乃果が持ち出したのは穂むら名物、穂むらまんじゅう。略してほむまん。
おいしいよ、と薦めるだけあって最初食べた時なんて思わずうまいの言葉を口にしたほどだ。
「穂乃果、これ返しとくぜ」
全員揃ったところで、さっそくパソコンを穂乃果に手渡す。
「ありがとう。やー、急に壊れたときはどうしようかと思ったけど、清麿くんがいてくれて本当によかったよ!」
無邪気な笑みを浮かべてパソコンをテーブルに置く際、小泉さんがまんじゅうやせんべいを乗せた皿を持ち上げてスペースを確保してくれた。
「あ、ごめんね」
手を煩わせたことを謝罪ながら、穂乃果はパソコンの電源を入れてキーボードを叩いていく。
「それで、ありましたか?動画は」
「うん、ちょっと待ってねー。もう少しでページが……あった!」
パソコンを操作することしばし、目的のページを見つけた穂乃果に反応するなり、海未とことりが近寄っていく。
画面に映るのは先ほど雪穂に見せてもらったものと同じ、昨日のファーストライブの映像だ。
こうして見れば、ロクに技術も円熟していない段階で互いが互いに合わそうとしているせいか、返ってタイミングがずれてしまっている箇所がいくつも見受けられた。
所詮、一ヶ月程度のトレーニングは素人目で見てもわかるくらいのアラさをより明確に露わにしていた。
―――それでもこいつらはやりきったんだよな。
不安を振り切り、恐怖に打ち勝って、こうして自分たちの存在を知らしめることを成功させた。
「うわ~、こんなに見てもらったんだぁ……」
「誰が撮ってくれたのかしら?」
「すごい再生数ですね……」
画面を見つめる3人も当時を思い返すように感想を紡いでいた。
「ここのところ、きれいにいったよね!」
「何度も練習してたところだから、決まった瞬間ガッツポーズしそうになっちゃった」
ふと視線を巡らせると、穂乃果たちの横手から小泉さんが画面をのぞき込んでいた。
「あ、ごめん花陽ちゃん。そこじゃ見づらくない?」
「…………」
穂乃果も気づいて声をかけるが、小泉さんから返事は返ってこない。
両手に皿を持った体勢のまま、至極真剣に画面にくぎ付けになっている小泉さん。
その瞳に映るのは羨望か、憧憬か。
声も聞こえなくなるほど真剣なその姿を見てると感じるものがあった。
それは3人も同じだったようで、お互いに顔を見合わせている。
その後で同意を求めるように視線を向けてくるが俺もその意図を容易に察することができた。
もちろん俺に異論はない、首肯で応じる。
「小泉さん」
「―――は、はいっ」
「スクールアイドル、本気でやってみない?」
海未に呼ばれて意識を現実に引き戻されて慌てる小泉さんに穂乃果が言う。
「でも私、向いてないですから……」
躊躇いをごまかすように小泉さんが愛想笑いで答えるが、まっすぐ見据えるまなざしが3つ。
「私だって人前に出るのは苦手です。向いているとは思いません」
「私も歌忘れちゃったりするし、運動も苦手なんだ」
「私はすごいおっちょこちょいだよ!」
欠点を挙げていく3人に物怖じした様子はない。
ちゃんと弱さを受け入れて前に進もうとしている証だ。
「でも……」
未だに逡巡しているようで、やはり小泉さんの瞳に差していた陰りの色が消えることはない。
そんな彼女を見て、ことりが立ち上がる。
「プロのアイドルなら私たちはすぐに失格。でも、スクールアイドルならやりたいって気持ちを持って、自分たちの目標を持ってやってみることができる!」
体全体で表現するようにして自分たちの可能性を伝えることり。
そして海未と穂乃果も生き生きとした笑みを浮かべて続いていく。
「それがスクールアイドルだと思います」
「だから、やりたいって思ったらやってみようよ!」
「もっとも、練習は厳しいですが」
「む、海未ちゃん……」
半眼で穂乃果に指摘され失礼、とばつが悪そうにする海未だが、彼女の言うことも最もだ。
いくら本職のアイドルよりハードルが低いことで知られるスクールアイドルと言えど、今のµ’sは駆け出しの新米グループであることには変わりない。
現時点の再生数だって、それがアドバンテージになっている部分が大きい。
「心配すんな。それをどうにかするのが俺の役目だ。そん時は俺がなんとかしてやるさ」
だからこそ、こいつらの決意を無駄にしないためにも、なおさら中途半端なことはやってられないんだ。
改めて俺たちは小泉さんと向き合う。
「ゆっくり考えて、答え聞かせて?」
「私たちはいつでも待ってるから」
俺たちの自信に満ちた様相を見て、小泉さんに笑顔が戻った。
「………はい」
そして迷いの晴れた笑みで、確かに頷いてくれた。
若干、鉄拳制裁キャラとなりつつある海未ちゃんに感慨深いものを感じるのは気のせいではないはずです。青空野郎です。
海未ちゃんといえばコツコツとためたラブカストーンで勧誘をした結果、海未ちゃんのSRが当たりました。
海未ちゃん推しの僕としてはテンション上がりまくりの一時でした。
次回は「まきりんぱな」編、完結......の予定。
ああ、はやくガッシュキャラ出してぇ……。