「行っちゃいましたね………」
呼び止める間もなく清麿くんは穂乃果たちを探しに果樹園の方に走って行ってしまいました。
その行動の速さに私はただ茫然と見送るばかりです。
「みんな~、ただいま~」
タイミングが良かったのか悪かったのか、清麿くんの姿が果樹園の中に消えたちょうどその時、別の方向から穂乃果と星空さんが戻ってきました。
「いっぱい果物があっておいしそうだったにゃあ!」
弾んだ声音の星空さんの言葉を聞くと、どうしても2人に確認せずにはいられませんでした。
「一応聞いておきますが、勝手に果物を採ったなんてことはありませんよね?」
「大丈夫だよー。穂乃果だってそれくらいちゃんとわかってるんだから。それに周りに柵が張ってあったから採れるわけないよ!」
私の問いに、不満げに頬を膨らませる穂乃果。
柵がなければどうするつもりだったのでしょうか……?
彼が不安に思うのもわかる気がします……。
とりあえず、清麿くんの好意が無駄にならなかったことに安堵することにしましょう。
雨のせいで練習場所に困っていた私たちµ'sでしたが、清麿くんの案内で彼の地元であるモチノキ町の植物園を使わせてもらうことができました。
今日も空を見上げれば、いつ降り出してもおかしくないほど雨雲が立ち込めていましたが、ここはガラス張りの天井に覆われた屋内空間です。
公共施設の関係者に知り合いがいることに驚いたりしましたが、おかげで雨の心配をすることもなく今日は心置きなく練習に励むことができます。
さらに空調が調整されているおかげで、とても清々しい気分でいられます。
紹介してくれた清麿くんには感謝の一言に尽きますね。
「まあ、いいでしょう。それでは時間も限られていますし、さっそく練習を始めたいと思います」
そうして、本日の練習メニューを確認しようとした時でした。
「キミたちが清麿の友達だね?」
突然、初めて聞く声音が私たちの耳朶を叩きました。
声のした方を向くと、そこには白衣を着た女性が立っていました。
清麿くんの名前を口にしたということは、この人が昨日言っていたこの植物園の職員の方でしょうか?
「あたしはここの管理人をやってる木山つくし。よろしくね」
やはり思った通り、職員の方でした。
すでに清麿くんが話を通してくれていると思いますが、私たちも場所を使わせてもらっている側としてあいさつするのは礼儀ですよね。
「こちらこそ初めまして、私たちは――――」
「音ノ木坂学院スクールアイドル、µ's……だっけ?事情は清麿から聞いてるよ」
無意識の緊張を察してくれたのか、懇ろな微笑みで促してくれました。
サバサバとした気立てのおかげで調子も落ち着いたことですし、私は改めてあいさつを返します。
「園田海未と申します。本日は私たちのわがままを聞いていただきありがとうございます」
先導する私に続いて穂乃果たちも自己紹介を済ませていきます。
それを見て、木山さんは「お、礼儀正しいね」と感嘆していました。
この人が、木山つくしさん……。
場所を使わせてもらっているので当然といえば当然なのですが、昨日清麿くんとの電話口での会話を聞いていた時はとても親しい間柄であると推測できました。
「えっと、木山さんは清麿くんのご友人と伺っていますが……」
「まあね。あいつが中学の時からの腐れ縁ってやつだよ。それにしても……なるほどね~」
不意に木山さんが私たちを見渡したかと思うと、意味深な笑みでひとり納得していました。
悪意ではないと思いますが、別の意図を感じるのは気のせいでしょうか……?
「みんな学校を守るために集まったんだってね?清麿のやつ、なにか迷惑かけたりしてない?」
「いえ、そんなことはぜんぜん!むしろきーくんにはいろいろ助けてもらってばかりで……!」
「きーくん……?」
少々慌て気味にことりが答えましたが、木山さんはどこか気抜けしたような面持ちを見せました。
「―――ぷっ!」
しかし、それも束の間のこと。
こちらも怪訝に思っていると、木山さんは頬を膨らませながらプルプルと肩を震わせていました。
そして――――
「ぷっククク………クハッ、アッハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
突然、木山さんの高らかな笑い声が植物園内に木霊しました。
唐突の反応に私たちはお腹を抱えながら笑い泣く木山さんをただただ見つめるばかりです。
ひーっ、ひーっ、と必死に笑いを堪えようとしている木山さんに困惑してしまう始末でした。
「あいつ、『きーくん』なんて呼ばれてるのかい?クッククブッ…ふー……はー、はー。いやー、ゴメンゴメン。別にバカにしたつもりじゃないんだよ」
ようやく落ち着いてきたのか、目元の涙をぬぐいながら呼吸を整えて木山さんの謝罪に苦笑を浮かべるので精一杯でした。
『きーくん』とはことりが清麿くんを呼ぶ時に用いる愛称です。
幼なじみである私から見ても珍しいことだとは思いますが、そこまで大げさにすることでしょうか?
「そっか、そっか。フフ、『きーくん』ねえ……。あいつのこと、そんな風に呼んでくれてるんだね」
すると先ほどとは打って変わって、とても落ち着いた声音で返す木山さんの面持ちは暖かさに満ちたものでした。
昔の清麿くん、ですか………。
めまぐるしく様変わりする反応を見てると、ついつい興味がわいてきました。
今さらですが、私は知り合う前の彼のことはよく知りません。
そして木山さんは私の知らない清麿くんを知っている……。
「昔の清麿くんってどんな子だったんですか?」
本当は褒められたことではありませんが、私は今日まで抑えていた疑問を訊ねていました。
私の質問に穂乃果たちの目の色が変わります。
やはりみんなも興味があるみたいです。
「んー……そうだねえ………」
何気なく問うてみたつもりでしたが、その瞬間、木山さんの雰囲気ががらりと変わったのがわかりました。
飾り気のない印象は影を潜めてしまい、水を打ったような静けさに包まれます。
やはり他人に訊くのは無粋だったでしょうか……。
ひとり不安に苛まれていると、やがて木山さんは柔らかな笑みを浮かべ、ゆっくりと閉ざしていた口を開きました。
「昔のあいつはなんて言うか……こっちから話しかけても顰めっ面しか浮かべない無愛想なガキだったよ」
「………ぇ?」
それは一瞬たりとも考えもしなかった、予想を大きく裏切る答えでした。
言葉を失った私はもちろん、他のみんなの反応も似たり寄ったりでした。
対して私たちの反応は想定内だったのか、木山さんは気にすることなく語ってくれます。
「あいつ、中学の頃は学校サボってよくここに来ててね。まあ、来たら来たで、いつもひとりで小難しい本ばっか読んでたっけねー」
サボりってことは不登校だったということですか……?
無愛想で不登校という過去に驚きを隠せない私たちでしたが、次に発した木山さんの一言がそれをさらに上回りました。
「あいつ ね……学校でいじめられて孤立してた時期があったんだよ」
いじめられていた……?あの清麿くんが……?
「いじめていた、ではなくてですか?」
「キミ、何気にひどいこと言うね……」
衝撃の事実に思ったことをそのまま言葉にしてしまい、木山さんに苦笑を向けられてしまいました。
とんでもない失言をしてしまった自分を心の中で叱責しますが、木山さんが口にした内容を理解するのにしばし時間を有しました。
「あいつ頭いいだろ?当時はそのせいで周りからかなり疎まれてたみたいでね」
木山さんの言うとおり、清麿くんは勉学において入試以降も1位の成績を独占しています。
ですが、普段から頭の回転が速く、どのような状況においても常に臨機応変に役割をこなす能力の高さを鼻にかけない気さくさを持ち合わせた人柄でもあります。
それは私たちのアイドル活動はもちろん、今までの日常生活の中でその才能を発揮していました。
実際に彼の機転の良さに何度助けられたことか……。
「それでも気にかけてくれる子はいたみたいだけど、その時にはすでにあいつは心を閉ざしちゃっててね......」
心を閉ざす………なぜかその一言が心に深く突き刺さりました。
中学生は心身ともに未成熟な段階ですが、それでもあの清麿くんがかつては不登校に追い込まれるまで荒んでいたなんて………今も半信半疑の心境です。
今の清麿くんを知っている私からすればまったく想像がつきません。
何気ない思い出話を想像したつもりがとんでもなく重い話になってしまいました。
みんなもどう反応するべきかわからないまま、木山さんの話を聞き入っています。
「たぶん、本当は怖かったんだと思うだよね」
「怖い、ですか?」
清麿くんの過去になにか思うことがあったのか、反芻する西木野さんに木山さんはうなずきます。
「信じていたものに突然裏切られて、なにを信じればいいのかわからなくなったままあいつも周りを蔑んでたら結局居場所をなくして……あたしもひとりぼっちになってたあいつをただ見ているだけで何もしてあげられなかった」
最後の言葉には木山さん自身の後悔の念が込められているように思えました。
ですが、当時の清麿くんは向けられる悪意に耐え切れず未成熟ゆえに逃げることを選んでしまったのだとしたら、新たに生まれた疑問がひとつ。
なら、今の清麿くんはいったい?
彼と知り合ってまだ1年程度ですが、それでも常に誰かの顔色を伺うような素振りは感じられませんでした。
まして、私たちが見ている笑顔が取り繕っているだけもまがい物だとはとても思えません。
「でもね、そんなあいつを変えてくれた子がいたんだよ」
私たちが抱く疑念を晴らしたその声音は、暖かく活き活きと弾んだものでした。
「いや、変えたというよりきっかけを与えたっていう方が正しいかな?最初の一歩を踏み出したのはあいつ自身だからね」
そう言いながら木山さんはポケットから取り出した携帯をこちらに差し出してくれました。
「ガッシュっていってね。清麿を振り回すぐらいにそりゃあ元気な子でね、あいつも弟みたいにかわいがってて、まるで本当の兄弟みたいに仲が良かったよ」
そこには苗木が植えられた植木鉢を抱えたひとりの男の子が映っていました。
太陽の光で柔らかく輝く金色の髪の毛、クリリとした大きな瞳にあどけなさを宿した顔立ちは若い、というよりはむしろ幼いという印象がしっくりときます。
ブローチの付いたマントのような紺色の衣服を纏った背丈は小学生……いえ、もしかしたらもう少し下かもしれません。
「わぁ……かわいい~」
写真の男の子、ガッシュくんを見て、ことりたちが笑顔を咲かせます。
私も眩しい笑顔に釘付けになっていました。
「信じられないでしょ?こんな小さな子が清麿の閉ざしていた心の扉を開かせただなんて。『清麿を鍛え直すためにやってきた者だ!』って言った時は思わず笑っちゃったけど……でも、あいつが変われたのもわかる気がする。それくらい、気持ちがいい、まっすぐでいい子だったよ」
「じゃあ、この子が……」
「にゃ?かよちんはこの子のこと知ってるの?」
「え、ううん。でも、前に先輩が迷ってた自分の背中を押してくれた子がいたって話してくれたことがあったから、もしかしたらって……」
小泉さんの話を聞きながら、そういえば前に清麿くんがそれらしいことを言ってたことを思い出しました。
『俺の友達にもいたんだよ。穂乃果に似て、自分に正直で、うらやましいくらいまっすぐな奴が』
思えば、あれはガッシュくんのことを言ってたんですね。
こんな小さな男の子が清麿くんを鍛え直して振り回していた、ですか……。
まだ少し信じられませんが、なぜかその光景を容易に思い浮かべることができました。
なるほど、確かに穂乃果みたいな子ですね。
「このガッシュくんは今どうしてるんですか?」
津々と穂乃果が率直な疑問をぶつけます。
みんなも待望のまなざしを向ける先で、しかし返ってきたのは寂しさを滲ませた声音でした。
「さーね。清麿が中学を卒業してすぐに元いた場所に帰るって挨拶に来て……それっきり」
「そう、ですか……」
木山さんの返答に穂乃果の表情が沈んでしまいました。
私も期待していた分、何も言えなくなってしまいました。
「前に清麿が話してくれたことがあってね。俺が中学を卒業できるのはガッシュのおかげでもあるから、あいつには最後の姿を見届けてほしいんだって。……きっと、あいつにとっては卒業よりもガッシュと別れることの方がつらかっただろうね」
それだけ清麿くんがガッシュくんのことを大切に思っていたということでしょう。
ですが、そのガッシュくんはもうここにはいない。
いったいどれほどの勇気を必要としたのでしょうか……。
もしも穂乃果やことりと離れ離れになるようなことになれば………正直、考えたくもありません。
「でも、ガッシュと出会ってあいつは本当に変ったよ。いじめを克服して、大切なことに真正面から向き合えるようになった。本当に強くなったよ」
それはよくわかります。
清麿くんの打算的ではなく純粋に人と関われる誠実さは間違いなく本物です。
ですが、人の過去を知るだけでここまで印象が変わってしまうなんて思ってもみませんでした。
清麿くんだって悩む時もあれば、悲しむ時もある。
至極あたりまえのことですが、私は心のどこかで美化しすぎていたのかもしれません。
しかし、今まで大きく感じていた彼に少し近づけたような気がして、私の中は驚き以上にはうれしさで溢れていました。
「そして、今もあいつがあいつでいられるのはキミたちのおかげでもあるんだろうね」
「私たちがですか?」
意外な一言に戸惑いを覚える私たちに木山さんはとても誇らしげな笑みで頷きます。
「清麿を受け入れて、真正面から向き合ってくれている。きみたちの誰かを思うその優しさは間違いなくあいつの支えになってるはずだよ。そういう気持ちを、あいつは本当に大切に思ってるからね」
実は、今まで清麿くんに頼り気味になっていたことに引け目を感じていた私にとって、その言葉は強く胸に響きました。
言葉通り、私たちのがんばりが清麿くんの支えになっているのだとしたら本当にうれしいです。
まるで心が温かくなる心地でした。
「あたしが言うのはお門違いかもしれないけど、これからもあいつと友達でいてあげてね」
そう言って私たちに微笑みを向ける木山さん。
彼女もまた、誰かを思いやることができる誠実な人でした。
おかげで、清麿くんの強さを知ることができました。
今日はここに来て本当に良かったと思います。
☆
ひと通り果樹園内を巡ってみたが穂乃果と星空の姿は見当たらず、もしやと思って引き返してみれば案の定2人は元いた広場に戻っていた。
そこにつくしがいたことに特段驚きはない。
だがなんだろう、この全身に纏わりつくような嫌な予感は………。
妙な胸騒ぎを感じつつみんなの元に足を向けると、つくしも俺を見るなりこちらに歩み寄ってきた。
「なんか話してたみたいだな」
「まあね。あいさつがてら少し話してみたけど、いい子たちじゃない」
それとなく探るように問うてみれば返ってきたのはあっけらかんとした口調。
だが、それでも嫌な予感は拭えないでいる。
「変なこと吹き込んでねえだろーな?」
「さあ、どうだろうね~?ま、あとはがんばんなよ、きーくん」
肩に手を置きながらつくしが横を通り過ぎていく。
なんとなく振り向けば、つくしはこれでもかというぐらいにニヤついた笑みを張り付けていた。
ちなみに、あいつに『きーくん』呼ばわりされたことに羞恥を覚えたのはここだけの話だ。
同時に、俺の中で蠢いていた嫌な予感が肥大化していくのが分かった。
なぜか重くなる足取りで合流すれば、俺を出迎えたのは不自然なほどに優しい笑みを浮かべたµ'sの面々だった。
「えっと……なんかあったのか?」
いかにも白々しい問いをしてみれば、最初に穂乃果が答えた。
「ん~、そうだねー。つくしさんからいろいろ教えてもらったよ、ガッシュくんのこととか!」
そこで俺はすべてを悟った。
「昔のきーくんのこととか、ガッシュくんのこととか、もっと教えてほしいかな~」
「いや、それよりもさっさと練習はじめようぜ。な、海未?」
追い打ちをかけてくることりをやんわりと受け流しながら俺は海未に助けを求める。
そして海未はとても素敵な笑顔で口を開いた。
「私もすごく興味があります。ぜひ話しを聞かせてください!」
そんなバカな……!
1年生組の反応も言わずもがな。
つまり、今この場に俺の味方はひとりもいないということだ。
奴のことだ、こうしている今もどこかでほくそえんでいるに違いない。
おのれ、つくし……後で覚えていやがれ!
乾いた笑みを浮かべる俺の悲痛が届いたのか、ちょうどその時、植物園の外で雨が降り始めた。
話の構成上、前話の一部を削り、改変しました。
まずは僕の判断で読者のみなさまを混乱させたことをお詫びします。
2度目の海未視点でいった第21話です。
今話でμ'sは清麿の過去とガッシュの存在に触れることができました。
自己解釈を入れたところがありますが、清麿の過去に関する描写や、海未の感情の変化など、今回は全体を通して話の展開に苦戦させられました。
うまく書けたかどうか、正直不安でたまりません……(笑)
さて、次回はにこ登場回です。
かいつまんで言うと、にこ登場→清麿暴走→μ'sドン引き………な感じになります。
お楽しみに!