アイドル研究部部長矢澤にこ先輩から部室を追い出された俺たちだったが、そこで待ち構えていた希から衝撃の事実を聞かされていた。
「スクールアイドル?」
「にこ先輩が?」
希が語った内容は、穂乃果たちがµ'sを結成する前にもこの音ノ木坂学院にスクールアイドルが結成されていたというものだった。
そしてその発起人は間違いなく………。
「1年生のころやったかな?同じ学年の子と結成してたんよ。今はもうやってないんやけどね」
「やめちゃったんですか?」
「にこっち以外の子がね……」
青を塗りつぶす雨空を見上げて、当時のことを思い返すように目を閉じる希の話を聞きながら思う。
希のことだ、きっとこうなることを想定していたに違いない。
それを見越したうえできっと希は……。
「アイドルとしての目標が高すぎたんやろうね。付いていけないってひとりやめ、ふたりやめて……。だから、あなたたちがうらやましかったんじゃないかな?歌にダメだししたり、ダンスにケチつけたりできるってことはそれだけ興味があって、見てるってことやろ?」
振り返るいつもと変わらない希の微笑みがそこにあった。
☆
「なかなか難しそうだね、にこ先輩」
今の空模様のようにどんよりとした雰囲気の中で帰路につき始めた時、最初にことりが呟いた。
「そうですね……。先輩の理想は高いですから、私たちのパフォーマンスでは納得してくれそうにはありませんし、説得に耳をかしててくれる感じもないですし……」
「そうかな?」
沈んだ声音で吐息を溢す海未だったが、意外にも穂乃果が異を唱えた.
「にこ先輩はアイドルが好きなんでしょ?それでアイドルに憧れてて、私たちにもちょっと興味があるんだよね?それって、ほんのちょっとなにかあればうまくいきそうなきがするんだけど……」
しかし穂乃果も何かを掴みかけている様相ではあるが、明確な決定打がわからず頭を悩ませていた。
「具体性に乏しいですね……」
「それはそうだけど……清麿くんはどう思う?」
穂乃果に問われ、俺は頭の中の考えを整理する。
彼女の言う『なにか』が指し示しているものはおそらく……。
「なんとなくだけど、根本はもっと単純だと思うんだよな……」
校門に差し掛かったところで足を止め、胸の中に蟠る思いを吐き出すように言葉を紡ぐ。
「みんなはあの部室を見てどう思った?」
「え?えっと、なんて言うか……すごいなぁって」
俺の問いに不安げに答えることりに、穂乃果も海未も同意するように頷く。
「ああ、そうだな。俺も同じだ」
3人の反応は正しい。
俺も最初は驚いて感嘆したわけだしな。
矢澤さんのアイドルに対する情熱は間違いなく本物だ。
だが、同時に俺は気付いてしまった。
そして、希が語ってくれた矢澤さんの過去を聞いて、彼女が俺たちに向けてくる怒りはまったく別の感情の裏返しであることを確信した。
「でもな、俺は同時に………寂しいって思っちまった」
「寂しい?」
俺の返答が意外だったのか、穂乃果たちは揃って首を傾げる。
ひとつ頷いて、俺があの部室で感じた違和感の正体…………それは既視感だった。
似てるんだ、俺もあの人も。
傷つくことに怯え、周りに背を向けていた頃の俺と。
そしてあの部室は、昔の俺の部屋に似ていた。
外で居場所を失くし、傷つけるもののいないひとりぼっちの世界。
遠ざけ、拒絶して閉じこもっていた頃の俺の部屋と同じように、あの部室はまさに矢澤にこのためだけの世界だった。
「ひとりだけの高すぎる意識は周りとの軋轢しか生まないんだよ。誰も共感してくれない、誰にも理解されないってのは、結構きついんだよな………」
それとなく察してくれたのか、3人ともが悲痛な面持ちに変わっていく。
あの人もまた、失われたものを求めて足掻いていた。
だが、足掻いている内に失ったものの大きさを知ってしまい、諦めて本心に蓋をしてしまった。
最初は同じ理想を掲げていたはずが、いつしかすれ違い、結果、矢澤さんだけがあの場所に取り残されてしまった。
それが今のアイドル研究部。
でも、今ならわかる。
孤立する痛みを知っているからこそ言えることがある。
あの場所を、逃げるための場所にしちゃいけない。
あの場所にあるものを、慰めに使っちゃいけない。
あんな空虚な世界は、つらすぎる。
せっかくつくりあげた居場所で腐っていくなんて、悲しすぎる……。
「清麿くん……」
「ま、経験者は語るってやつだな」
最後に自嘲の笑みを作るが、やはりこの落ち込んだ空気を拭うことはできなかった。
その時、視線を前方に移すとひとつの人影を見つけた。
向こうも俺たちに気付いて階段の陰に隠れてしまったが、視界から消える時に小さく揺れるツインテールを確かに見た。
「今の……」
「たぶん……」
「どうします?」
「今声かけてもまた逃げちまうだろうな……」
きっかけは掴めたが、出口が見えずに足踏みしてしまう。
「う~ん…………あ!」
しかし、何かを考え込んでいた穂乃果がフフッと不敵な笑みを浮かべた。
「どうかしましたか?」
「これって海未ちゃんといっしょじゃない?ほら、海未ちゃんと知り合った時!」
不意の変化に気付いた海未が訊ねると、穂乃果が弾んだ声音で跳んで振り向く。
その時の笑顔はとても生き生きとしたものだった。
「そんなことありましたっけ?」
だが、海未は海未で半信半疑の様子を見せる。
「海未ちゃん、すっごい恥ずかしがり屋さんだったから~」
「む……それが今の状況と何か関係があるんですか?」
からかうような含み笑いを浮かべる穂乃果に煽られ、途端に頬を羞恥で染めて海未が反論する。
「うん!ね?」
大きく頷いてことりに視線を向ける穂乃果。
すると穂乃果の意図を察したのか、ことりもまた笑顔を咲かせた。
「あ、あの時の!」
「そうそう!」
逆に今度は事情を把握できずにいる俺は海未と並んで首を傾げる。
疑問に思ってると、穂乃果とことりが幼き日のことを話してくれた。
聞き終わる頃には海未は恥ずかしさで一層顔を紅潮させてしまい、俺はというと――――
「クッハハハハハハハ!」
「もう、笑わないでください清麿くん!」
海未に怒られてしまったが、俺の心は晴れ晴れとした心地よさが広がっていた。
「フハハ、いや、悪い悪い。でも穂乃果はやっぱり穂乃果なんだなって思ってさ」
「そ、そうかな?えへへ~」
照れ笑う穂乃果を見ていると考えこんでいたことがバカバカしく思えてくるから不思議だ。
だが、これでいい。
なにも難しく考える必要はなかったんじゃねえか。
「なら話は簡単だ」
吹っ切れた俺は自信満々な笑みを浮かべて、高らかに言い放った。
「俺たちであの部室、ぶっ壊しちまおうぜ」
☆
次の日も昨日と同じようにしんしんと雨が降り続いていた。
しかし、今の俺たちは今か今かと浮足立っていた。
放課後、電気を消した薄暗い部屋の中で俺たちは扉が開かれるのを待ち構えている。
そうして息を殺していたからか、遠くの方からこちらに向かってくる足音が耳朶を打つ。
足音が止み、しばしの静寂の中でガチャリとドアノブが回る。
開かれた扉の隙間から光が差し込み、待ちわびていた人物の姿を照らす。
だが向こうは俺たちに気づくことなく扉を閉めて、溜め息を溢そうとしたタイミングを見計らい、薄暗かった部屋に灯りが点した。
「「「「「「「お疲れさまでーす!」」」」」」」
そしてアイドル研究部の部室で俺たちは声を揃えて矢澤さんを出迎えた。
当然、突然の出来事に矢澤さんは大きく目を見開いていた。
「お茶です、部長!」
全員が笑みを浮かべる光景に、一瞬たじろいだ矢澤さんにまずは穂乃果が先陣を切る。
「部長!?」
「今年の予算表になります、部長!」
「部長。ここの活動日誌読ませてもらってまーす」
「あんたまで!?」
驚く矢澤さんだが、すかさずことりと俺が前に出る。
「部長、ここにあったグッズ邪魔だったんで棚に移動しておきました!」
「コラ!勝手に――――」
「さ、参考にちょっと貸して。部長のおすすめの曲」
「なら迷わずこれを!」
「あー!だからそれはっ!」
後に続く星空、西木野、小泉にたまらず声を荒げていたが俺たちは止まらない。
「ところで次の曲の相談をしたいのですが部長!」
「やはり次は、さらにアイドルを意識したほうがいいかと思いまして」
「それと、振り付けも何かいいのがあったら」
「歌のパート分けもよろしくお願いします!」
畳み掛ける穂乃果たちに最初は困惑を浮かべる矢澤さんだったが、次第に寄せた眉を震わせていく。
「………こんなことで押し切れると思ってるの?」
静かに、されとて突き放すように言葉を紡ぐ矢澤さん。
しかし、穂乃果は穏やかに微笑みで思いを告げる。
「押し切る?私はただ相談しているだけです。音ノ木坂アイドル研究部所属の、µ'sの7人が歌う、次の曲を」
「7人……?」
「ああ。穂乃果と、海未と、ことりと。西木野と、星空と、小泉と、そして………矢澤さん。あんたを入れた7人だ」
これが、俺たちが出した答えだ。
目指す場所が同じなら一緒に進めばいい。
なにも変わらない、俺たちは最初からそうしてきたんだから。
「悪いと思ったが、あんたの昔のことを聞かせてもらった」
俺の言葉に矢澤さんの顔が怒りで強張った。
構わず俺は続ける。
「でも勘違いしないで下さいよ?俺たちは同情や情けでここに来たわけじゃない」
俺が矢澤さんに対して気付いたこと。
この人は、とても優しいんだと思う。
信じていたものに見放され、後に残った後悔と未練の重圧にもがき苦しみながらも、それでもアイドルへの憧れは捨てきれずにいる。
そうでなければこの部室に留まることを選ぶわけがない。
もしも、アイドルとして舞台に立ち、そしてその厳しさを知ってしまったからこそ、俺たちに同じ境遇を味あわせたくなかったとしたら……。
素直になれず、思いを怒りにして反発していたとしたら……。
矢澤さんが懸念する気持ちもわかる。
だが、そんなもしもに怯えて光を見失っちゃいけないんだよ。
だから俺たちは、ここで生み出された絶望をぶっ壊すために来たんだ。
「確かにあんたは1度失敗してしまったのかもしれない。でも、だったらやり直せばいい。やり直しちゃいけない理由なんて、どこにもないんだ」
理想が高い?上等だよ。
こちとら学校を救うために立ち上がったんだ。
それくらい実現できないでなにがアイドルだ。
「俺たちはあんたの理想から逃げたりしない。絶対にだ」
確信をもって言い切る。
これは絶対に曲げちゃいけない信念だから。
「にこ先輩」
あとは矢澤さん次第だ。
俺たちの思いを受け止めて彼女はなにを選ぶのか……。
穂乃果に促され、矢澤さんは今一度俺たちを見る。
「………厳しいわよ?」
そして呆れたように息を吐き、一言紡いだ。
「わかってます!アイドルの道が厳しいことぐらい!」
「わかってない!」
力強く気概を見せる穂乃果だが、鋭い語気で返して矢澤さんが指を突き付けてきた。
「あんたは甘々!あんたも、あんたも!あんたたちも!」
その後も俺たちを順番に指を差して、小さな部長は大きく胸を張る。
「いい?アイドルってのは笑顔を見せる仕事じゃない。笑顔にさせる仕事なの!それをよぉおく自覚しなさい!」
それは矢澤さんが自らの意思で心の壁を壊した瞬間だった。
こうしてµ'sは7人となり、2枚目の申請用紙には新たに7人の名前が記された。
いつの間にか雨は止んでいた。
☆
「いい?やると決めた以上、ちゃんと魂込めてアイドルになりきってもらうわよ!わかった?」
「「「「「「はい!」」」」」」
「声が小さい!」
「「「「「「「はいっ!」」」」」」」
絵里に申請用紙を提出した後、俺たちは屋上に場所を移して矢澤さんの指導を受けていた。
果たしてこれが練習になるのかと言われればビミョーなラインだが、今はなにも言うまい。
前に立ってアイドルの何たるかを語っているが穂乃果とことりが互いに顔を見合わせていた。
「うまくいってよかったね」
「うん」
「でも、本当にそんなことありましたっけ?」
囁き、笑い合う2人に未だ腑に落ちないのか訝しげに海未が割って入る。
「あったよ」
「あの時も穂乃果ちゃんが――――」
昨日、穂乃果が語ってくれたのは穂乃果とことりが海未と初めて出会った時のことだった。
恐怖と恥ずかしさで友達の輪の中に入れずにいた海未を穂乃果が強引に巻き込んだとか。
ホント、そういうところもガッシュによく似てらあ。
「にっこにっこにー!……ハイ!」
「「「「「「にっこにっこにー!」」」」」」
「全然ダメ、もう一回!」
気が付けば、このあざとい練習はこれで何度目になるのだろうか……?
「ほら!突っ立ってないであんたもやる!」
そう言って、矢澤さんが俺を半眼で睨めつけてきた。
突然なにを仰るかこの先輩は?
「いや、俺関係ないでしょ?」
「文句言わない!ハイ、にっこにっこにー!」
ハイ、じゃねえよ。
完全にとばっちりじゃねえか……。
なんかみんなもおもしろおかしそうにこっちを見てくるし……。
..............................はあ。
「に、にっこにっこにぃ……」
「うわ、なんか気持ち悪いわね……」
「ぶっとばすぞ、てめえ!」
仕方なく折れたらこの仕打ちだよ!
だが、怒りを見せる俺にかまわず練習が再開される。
「ハイ、ラスト一回!」
「「「「「「にっこにっこにー!」」」」」」
その時、1度失ったものを取り戻した矢澤さんが口元を綻ばせる。
初めて見る矢澤さんの笑顔だった。
「っ……全然ダメ。あと30回!」
背を向け、目元に浮かんだものを拭う矢澤さん。
ごまかすように出すメチャクチャな指導にたまらず星空が不満の声を漏らすが、穂乃果が笑顔で制した。
「なに言ってんの?まだまだこれからだよ!にこ先輩、お願いします!」
雲の隙間から日差しが降り注ぐ。
「よーし、頭から!いっくよー!」
顔を覗かせる青空に嬉々とした叫びがよく響いた。
今思えば、シスターとにこママの声の人、いっしょやん!青空野郎です。
短めと言っておきながらそうでもなかった………。
でも予めセリフ部分を溜めていたんで早めに仕上げることができました。
今回でにこ襲来編は終了です。
次回からは予告通り、清麿が生徒会で絵里と対峙する感じになります。
最初はもどかしく、最後は心あたたまるような展開にしていこうと思っています。
それでは、また次回。
お楽しみに!