ラブライブ!~金色のステージへ~   作:青空野郎

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STAGE.30 絵里の心

前にも言ったけど、もともと私は男の子を毛嫌いする節があった。

もしかしたら小学校3年までおばあさまの故郷であるロシアに住んでいたこともあり、文化や価値観の違いのせいで、少しばかり人見知りしていた部分もあったからかもしれない。

でも、それを差し引いても尚、おばあさま譲りの容姿を目当てに近づいてくる子は後を絶たなかった。

興味本位ならまだ対応は容易かったけど、ほとんどががさつで傲慢で粗暴で自分勝手な人ばかり。

その上、いつも口先だけで努力を軽んじる姿が幼稚に見えて仕方がなかった。

最初は苦手意識から敬遠していたが、中学に上がると言い寄ってくる男の子の数は減るどころか増加の一途を辿る始末。

それどころか、名前の知らない男子から告白されることも多々あったが、もちろんその度に容赦なく一蹴してやった。

そもそも、一度も話したこともないのに上手くいくと思える思考回路が理解できない。

ホントくだらない、他にやることはないのかしら?

とりあえず学校での生活は平穏に過ごすことができたけど、気付けば周りと距離を感じるようになっていた。

もちろん、話しかけられれば普通に応じていたけど、どこかそっけない対応だったのかもしれない。

だからだろうか、ひとり、またひとりと私に話しかけてくる人は減っていき、やがて学校で会話することはほとんどなくなった。

さすがに除け者にされるまではなかったけど、それからはまるで腫物に触れるような扱いに辟易する毎日だった。

遠巻きに好奇と奇異の視線を向けられる日々への反発心からか、次第に私は自分から周囲に壁を張るような日常を送るようになっていた。

おかげでひとりで過ごすことがほとんどになったけど、別に不自由は感じなかったわ。

むしろあの時は、ひとりで生きていけるよう、ひとりで何でもできるよう、何事も全力で取り組むことを心掛けた。

決して妥協は許さない。

弱みを見せたら付け込まれるような気がして、私は幼いながらも強くあろうと決めていたから。

だから常に気を張り詰めたままの私は友達というものには恵まれなかった……つまり、自分が孤独であることに気付くのにはそう難しいことではなかったけど、慣れてしまえばどうということはなかったわ。

中学を卒業した私は迷わず音ノ木坂学院に入学した。

かつておばあさまが通っていた憧れの地。

ここに来れば何かが変わるとは思わなかったけど、私はおばあさまの母校の一員になることができた、ただそれだけで満足だった。

けれどその場所で、私は友達と呼べる相手に出会えた。

 

『うち、東條希。よろしくね』

 

まだ頑なだった私に笑って話しかけてくれたのが始まり。

最初は関西弁まがいな言葉遣いに戸惑いを覚えたけど、私は彼女から他の人とは違うものを感じた。

どうやら予想は的を得ていたようで、話していくうちに彼女も似た境遇を経験していたことを知り、お互いに友達になるのに時間はかからなかった。

それからはと言うと、希と過ごしていくうちに、自分でもわかるくらい雰囲気が柔らかくなったと思う。

希以外にも気軽に話せる相手が増えて、私も自然と笑えることが多くなった。

なにより、心を許せる相手がいることでこんなにも気が楽になれるなんて思ってもみなかったわ。

おかげで充実した高校生活を送れたけれど、音ノ木坂学院に入学してからも変わらず男の子への苦手意識は変わらないままだった。

やはり幼いころから根本に染みついた偏見はそう簡単に拭えないみたい。

けど、それとなく距離を置いた接し方は変わらないままの私に、また新たな出会いが待っていた。

それは今から1年前、生徒会に所属して2年生に進級した夏休みのある日のこと。

その日は地元で催される夏祭りに妹の亜里沙といっしょに遊びに訪れていた。

まだ日本に来て間もない亜里沙にとっては見るものすべてが珍しいらしく、いろいろな出店を除いては目を輝かせる姿を見てると私も頬が緩んでくる。

聞けば、もうすでに転校した中学で友達ができたとか。

私もあれくらい素直だったらもしかしたら……なんて思うほど、誰とでも打ち解ける裏表のない無邪気さが亜里沙のいいところ。

妹に羨望の念を持ちながら半ば振り回されるようにお祭りを楽しんでいた。

でも、そんな時に出店が並ぶ一帯から少し脇にずれた一角で屯する男の子たちの姿を見かけた。

何やら様子がおかしいことにすぐに気付いた。

大柄な3人の男たちが年下らしき男の子を囲んでいる光景を目にした途端、自分の中の正義感に突き動かされて私は目の前で行われている非行を咎めに行った。

それが悲劇の引き金になるとも知らずに……。

最初は不機嫌そうに顔を歪めていた男たちだったが、私の姿を認めるなりその目の色を変えた。

見てるこちらが不快になるぐらいの目つきで、標的を私に変えたということはすぐにわかった。

そしてそのまま私の腕を掴んで境内の裏手へと引っ張っていった。

大声を出そうとすれば口を押えられ、力の差がありすぎて振り解こうとしても逆に腕を強く締め付けられてしまい、私はあっという間に雑木林に連れ込まれてしまった。

奥に進むに連れてお祭りの喧噪も明かりも遠のいて行き、男たちは怪しく口元を吊り上げている。

恐らくこれからしでかそうとする行為に気持ちを昂らせているのかもしれない。

鋭く睨み付けても下卑た笑みに得体のしれない恐怖がこみ上げてくる。

……やっぱり男なんて碌な人はいない。

抵抗も虚しく狂気の手が私に迫り、もうダメだと目を閉じてしまった。

今更叫んでも誰に届くことはない。

わかっていながらも、それでも、私は願わずにはいられなかった。

だれか、たすけて………!

 

『探しましたよ、絢瀬さん』

 

しかし、目を瞑り真っ暗な絶望に苛まれていた私に訪れたのは、あまりにも場違いな穏やかな声音だった。

ゆっくりと目を開くと、私の視界にいたのは見覚えのある男の子。

でも、最初はなぜ彼がここにいるのかがわからなかった。

彼とはつい最近まで同じ仕事をした顔見知りってだけの間柄だったはず。

突然の急展開に理解が遅れて呆けてしまったけど、あの時の月明かりに照らされた笑顔は今もはっきりと覚えている。

けど、彼が現れたところで事態が好転したわけではない。

お楽しみを邪魔されて、苛立ちと怨嗟の眼差しで男たちが周りを囲む。

喧嘩慣れしているであろう男たちを相手にして、彼が無事にこの状況を打開できるとはとても思えなかった。

私が何とかしなくちゃと思っても、体は震えて言うことを聞いてくれそうにない。

無駄だとわかっても睨みを利かせるので精一杯だった自分自身が本当に惨めで……。

けれど、男たちに恫喝されて今にも恐怖で心が押しつぶされてしまいそうになった、そんな時だった。

 

『だまりやがれ!!!』

 

突如投下された男たちの叫声を掻き消す怒号によって、一瞬にして辺りが静まり返る。

誰が叫んだのかはすぐにわかったけれど、とても信じられなかった。

 

『てめえら、もうしゃべるな………』

 

今度は凄みを含んだ重く低い声。

彼の発する怒気に、先ほどまで目を血走らせていた男たちは明らかな怯えを露わにしていた。

対して私はというと、その時までの温厚な印象から一転して、初めて目の当たりにする彼の激怒する姿を目が離せないでいた。

むしろ、恐怖を微塵も感じないまである。

 

『これ以上続けるってんなら、てめえら全員――――覚悟はできてるんだろうなあああ!!!』

 

ゆっくりと立ち上がり、彼は一気に怒声を解き放つ。

結果から言うと、彼から放たれる憤怒の威圧感に男たちは見るも無様な姿を晒して暗い茂みの奥へと消えていった。

そうして取り戻された静寂の中、振り返って私の無事を確認するなり安堵の息を吐く彼。

その柔らかな笑みを見てると、威圧だけで不良を追い払った人と同じだなんてとても思えなかったわ。

そんな彼が一連の出来事に放心していた私に手を差し出してくれた。

それは純粋な好意による行動だったけど、この時の私はかつてないトラウマからこの手を取っていいのだろうかと邪推してしまっていた。

今思えば申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

最も、そんな勘繰りは杞憂に終わる。

彼は私の手を掴んで引っ張り上げようとしてくれたが、緊張の糸が切れたせいか、腰が抜けてうまく力が入らず、私は再び地面にへたり込んでしまった。

 

『……男の子でしょ?ちゃんと持ち上げなさいよ………』

 

なんとも情けない姿を晒してしまった私が口にした皮肉でさえ、彼は苦笑いで一蹴する。

すると今度は背中に乗るように促してきた。

ここまでされると、警戒していた自分バカらしくなってくる。

なんだかハードルが上がったような気もするけれど、ようやく心に余裕ができた私は夜空の月が今まさに雲に隠れようとしていることに気付いた。

会場から離れたこの場所で唯一の明かりが途絶えてしまえばどうなるか………。

べ、別にそれくらいどうということはないけど、せっかくの親切を無下にするのはよろしくない。

それに、今は少しでも早く亜里沙に無事を知らせないと。

希にも心配かけたみたいだからちゃんと謝らないといけない。

決して……決して暗い場所が怖いってわけじゃないんだからね!

…………これが、彼に助けられた日の出来事。

雑木林を抜け、希と亜里沙と合流できた時にちょうど花火大会が始まっていた。

友達を待たせてると言って彼は足早に去っていく。

あっけない別れ方だったけど、今はこれでいい。

彼の背中に身を預けた道中で、彼の言葉に確かな重みを感じた私の中で何かが大きく変わった。

私の中に生まれたこの感情が何なのかを知るためにも、人ごみの中に消えていく彼の背中を見送りながら私は親友に話しかけてみた。

 

「ねえ、希。ちょっといいこと考えたんだけど」

 

「奇遇やね。ウチもや」

 

そう、わざわざ答え合わせをする必要はなかったわ。

私たちは意味深な笑みを交わして、夜空を鮮やかに彩る花火を見上げていた。

 

                    ☆

 

あの時はそんな期待で満ち溢れていたはずなのに、どこで間違えてしまったのだろうか……。

愛する母校が廃校の危機に直面してるにも関わらず、生徒会として活動が認めらないまま無駄に時間だけが過ぎていく。

それだけならまだしも、目下の悩みの種がもうひとつ。

廃校の知らせと同じ時期に結成されたスクールアイドル『µ’s』

廃坑阻止を目標に掲げて活動を始めているが、正直彼女たちの存在は目障りで仕方がない。

彼女たちのダンスだって私にとっては子ども騙しもいいところのお遊びにしか見えない。

その証拠に、ファーストライブの結果は散々なものだった。

……にも拘らず、彼女たちの活動はまだ続いていた。

むしろ解散するどころかさらに大きくなっていく規模に比例して世間の注目も集まっている。

それでも、あんな素人集団に学校の名前を背負わせるわけにはいかない。

彼女たちへの敵対心から、生徒会長として廃校を阻止しなければという思いが日に日に増していく。

例え誰を敵に回すことになるとしても、これだけは絶対に曲げるわけにはいかなかった。

でも、後先を考えないまま無理をしていたせいか、身体はすでに悲鳴を上げていたみたい。

これからが正念場って時に私は倒れてしまった。

そして今、保健室で寝かされているわけだけれど、その隣で彼と希が懐かしい話をしていた。

せっかくの機会だから私はそのまま2人の会話に耳を傾けることにした。

 

「怖いのは俺も同じなんだよ」

 

内容は丁度あの夏祭りの日の件。

『怖い』………彼が簡単にその言葉を口にしたことが私の興味を引いた。

 

「知っちまったから見捨てたくなかった………それだけの話だ」

 

そのまま彼が打ち明ける本音に触れて、なんとも拍子抜けな理由に今度は毒気が抜かれる気分だった。

けど、なんだか彼らしいと思う自分もいる。

ひとりで何でもできると思い込んで、無力さに打ちひしがれていた私にとっては間違いなく救いだったことに変わりはない。

 

「でも結局、俺は絵里が無茶してたことに気付けなかった。……ホント、情けない話だよ」

 

ううん、そんなことは決してない。

これは弱さを隠して無茶した自業自得。

彼に負い目を感じさせる自分に罪悪感が芽生えてくる。

 

「なら、エリチがもう少し素直だったら結果は変わってたんかな?」

 

「こいつがそんなタマかよ」

 

む、そんなにあっさり否定されるとなんだか癪な気分ね。

 

「普段は要領いいクセに、肝心なところはいつも不器用なんだよな」

 

よく言うわ。

あなただって私と似たようなものじゃない。

でも、似ているけど、どこかが違う。

おそらくそこが私と彼にある決定的な差。

やがて両者は話を切り上げ、彼は保健室を後にする。

静かになる室内は私と希の2人だけ。

頃合を見計らって目を覚まそうと考えた、その矢先だった。

 

「みんないろいろ悩んでるんやね。……エリチもそう思うやろ?」

 

どうやら、私の思惑はものの見事に打ち砕かれてしまったみたいね……。

けれど、このまま目を覚ますのは手玉に取られた気がして納得がいかない。

やっぱりここは現状を維持してタイミングを――――

 

「ふ~ん。まだ狸寝入りこく言うんなら、その豊かな胸、ワシワシするよ?」

 

「……いつ、気付いてたの?」

 

うん、わかってたわ。

希にこの程度の小細工は通用しないってことくらい。

潔く白旗を上げる私を見て希が勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「割と最初からかな?キヨちゃんが何か言う度に反応してたし」

 

そ、そこまで露骨だったかしら……?

自分では上手く抑えていたつもりだったのだけれど……。

でも、ここまで見透かされてると逆に清々しくなってくる。

私は大きく嘆息しながら身体を起こした。

 

「もう起きて大丈夫なん?」

 

「平気。少し頭がぼーっとするけどこれくらい問題ないわ」

 

「そう、ならええんよ。でも、急に倒れた時は本当に心臓止まるかと思ったんやからね?」

 

「それは、その……ごめんなさい」

 

あの時のように心配をかけてしまったことに居たたまれなくなってくる。

引け目を感じて謝る私に、希は柔らかく笑んで頭を振った。

 

「謝る相手が違うよ。エリチをここまで運んでくれたんはキヨちゃんなんやから」

 

そう、よね……。

希の言うとおり、後で彼にもちゃんと謝らないといけない。

話を聞いてくれるかどうかわからないけど、生徒会室から抱きかかえてくたんだから。

……………。

………。

……抱きかかえて?

 

「あ、もしかして最初から起きてたとか?」

 

「………」

 

「図星みたいやね……」

 

冗談のつもりで言ったつもりだろうけど、上手く返せない私の反応に苦笑を浮かべる希。

そう、もともと私は気なんて失っていなかった。

だから朦朧とした意識の中でなんとなく覚えている。

彼が私を運んでくれた時の体勢はまるで――――

 

「ならどうやった?お姫さま抱っこされた感想は?」

 

「ど、どうって、別に大したことなんて……」

 

そうよ、たかだかお姫さま抱っこじゃない。

た、確かに抱きかかえられた時は意外と力あるのねとかちょっと強引なところも悪くないかなとか思ったりなによりあの時の彼の横顔がとっても凛々しくて……………

促される形で彼が私を抱えて生徒会室を飛び出したところを思い返すと、途端に身体中に暖かなものに包まれていたような感覚が蘇ってきた。

 

「はらしょー……」

 

「まんざらでもないみたいやね」

 

希の言葉で我に返ると、私は頬に両手を当てて有頂天な心地に浸っていた。

盛大に自爆してしまったと気づいた時にはすでに手遅れで、横目で様子を伺うと実に楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

「~~~~ッッ!」

 

恥ずかしさのあまり、私は一層熱くなった顔を枕に埋める。

おそらく、穴があったら入りたいって言う心情は今のことを言うんでしょうね……。

 

「まあ、エリチの満悦な気持ちは今は置いとくとしてや」

 

「希……」

 

相変わらず一言多い親友にせめてもの反抗心から半眼で睨みつけてみたけど笑って躱される。

ホント、ある意味で一番的に回したくないタイプね。

 

「エリチはどう思った?」

 

何が、なんて聞くまでもない。

 

「……正直、なんて言えばいいのかわからなくなった、ってところかしら」

 

冷静になった頭で思い返すのは先ほどの彼の言葉。

 

「実を言うとね、ウチ、さっきまでキヨちゃんのこと少し誤解してたん」

 

不意に、希が紡ぐ。

 

「成績優秀。頭がキレて仕事もできる。人当たりもよくて頼りがいがある。まるで、完全無欠な優等生を絵に描いたような子やん?」

 

小さく頷き、そのまま静かに希の言葉を聞き入る。

 

「きっと彼は今まで何でもそつなく熟して来れたんやろなって、どこか遠い存在に感じてたん」

 

ズバリ希の言うとおり、それが彼に対する印象だった。

持ち前の能力を如何なく発揮して挫折を経験したことなんてない。

きっと多くの人たちに慕われ、羨望の眼差しを浴びて、私たちとは無縁の世界を歩んできたに違いない。

 

「けど、本当はそんなことなかった」

 

しかし、今に至るまで思い描いていた人物像を希の一言が切り捨てる。

 

「キヨちゃんも、ウチらと同じ痛みを知っている。それがね、すごくうれしかったん」

 

希の言う痛み、それは――――孤独。

希のご両親は所謂転勤族で、彼女自身も小学生の頃から仕事の都合で何度も転校を繰り返してらしい。

転校先の学校では環境に慣れることが必死で、友達と呼べる人はいないに等しかったとか。

音ノ木坂学院に入学してからはマンションで1人暮らしを始めたみたいだけど、その程度で過去の傷が癒えるわけじゃない。

きっと新たな環境に身を置く不安から、孤独を抱える苦しみに人一倍敏感になっていたんだと思う。

だけど、私は一歩踏み込む勇気を持っていた希を尊敬しているし、感謝している。

あの時希が声をかけてくれなかったら今の私はなかったから……。

だから彼の過去は意外だった。

完全どころか、心に壁を作って他人を寄せ付けない私と同じように彼もかつては孤独を抱えていた。

違いはそれぞれがどう向き合ってきたか。

私は抗い、希は受け入れ、彼は逃げることを選んだ。

けれど根っこの部分はみんな同じ。

かつては誰もが同じ場所に―――ううん、ある意味で彼がいちばんドン底にいたのかもしれない。

なのに、今は私よりもずっと先を進んでいる。

 

「正直言うとね………全部、彼の言う通りなの」

 

抱えた枕から上半分だけ顔を覗かせて、ポツリと呟く。

 

「理事長から廃校の話を聞かされた時の全身から血の気が引くような感覚、今も覚えてるわ。でも、この学校は小さいころから憧れた場所だったから、絶対に守らなくちゃって思った」

 

一度口にしてしまうと、今日までせき止めていた感情が滔々と溢れ出してきた。

 

「それにね、彼となら廃校だって阻止できるって、心のどこかで軽く見てた」

 

これまでの彼への信頼から、そう思える何かを私は見出していたつもりだった。

 

「けど、あの子たちに協力するって言われて……その時になって初めて恐いって思ったの」

 

何食わぬ顔で告げられた一言に、一瞬で頭の中が真っ白になったわ。

それからだ、あの子たちのアイドル活動に励む彼の姿を見るたびに胸が締め付けられるような痛みに苦しめられるようになったのは。

 

「こっちは理事長に活動を認めてもられなくて………なのにあの子たちはどんどん前に進んで行ってる」

 

この学校を守りたいという一心で私なりに頑張ってきたつもりだった。

母校を愛する気持ちはだれにも負けない自信がある。

だが、いざ蓋を開けてみたらどうだろうか。

廃校阻止のために何度も理事長の説得を試みても、その度に跳ね除けられてしまう体たらく。

自分のことながら、生徒会長が聞いて呆れる。

 

「もしかしたら見限られたんじゃないかって思うと、どうすればいいのかわからなくなって……本当は怖くてたまらないの。でも、この恐いって気持ちを認めてしまったら、私のやってきたこと全部が無駄になってしまうような気がして……筋違いなのに、私は彼に当たり散らして……」

 

いつしか私は何もできずに歯噛みする現実に焦燥感を煽られ、積もり積もった苛立ちの矛先を彼に向けてしまっていた。

 

『絵里の敵になったつもりはない』

 

けれど、たった一言。

彼が紡いだその一言で、全て私の勘違いだったと気付かされた。

 

「勝手に期待して、勝手に失望して……私は、彼を……傷つけた……っ…」

 

本当に最低だ。

彼だって失敗することだってある。

そんな当たり前な可能性すら考えもしなかったクセに、何が彼のことを知りたいと思っただ。

結局私は知った気になって思い上がっていただけ。

必死に隠してきた弱さと一緒に視界が霞んできた。

もう、頭の中がぐちゃぐちゃになって自分で自分が分からなくなる。

 

「私、間違ってたのかな……?」

 

そして、ついに言ってしまった……。

瞬間、今まで積み上げてきたものが崩れ落ちていくような感覚が襲ってくる。

 

「なら、思い切って思ってること全部ぶつけてみたらどう?」

 

だから、その言葉を理解するのが遅れてしまった。

 

「今、エリチが思ってること。怒りも、悲しみも、不安も……とにかく、全部や」

 

困惑する私に構わずさらに希は諭すように続ける。

私もようやく理解が追いついたが、素直に首肯することはできなかった。

散々迷惑をかけたくせに、今さらどんな顔をして会えるだろうか。

罪悪感からから目を逸らす私に、それでも希は笑む。

 

「たとえ弱さを見せても見下したりするほど彼は心の狭い子やない。どんな思いだってちゃんと正面から向き合って受け止めてくれる。エリチだって、よくわかってるやろ?」

 

希の言葉を沈黙で肯定する。

思えば彼はいつだって私と向き合おうとしてくれていた。

目を背けていたのは、むしろ私の方だった。

 

「それだけやない。エリチが怖がってるのが分かってたってことは、それだけエリチのことを見てたってことやろ?」

 

そう、なのかな……?

怯える自分を誤魔化すために傷つけてしまった身勝手な私を、彼はもう一度信じてくれるだろうか。

 

「いろんなことができるのに、肝心なところはいつも感情でぶつかって……。まるで誰かさんみたいやね」

 

含んだような笑みを浮かべて希が私を見つめる。

対して、彼女の視線がこそばゆくって私はそっぽを向いてしまった。

……やっぱり希には勝てそうにない。

 

「それに、最後までエリチの味方でいるって言うてた彼がエリチを裏切るようなことをするわけないやん。大丈夫。キヨちゃんはエリチを見限ってなんかないよ」

 

しかし、希の落ち着いた、しかし確かに芯のある声音が背中を押してくれる。

いつの間にか、涙は止まっていた。

今やるべきことは決まった。

あとは覚悟を決めるだけ。

もう一度、決意を固めてベッドを降りる。

 

「エリチ?」

 

「ありがと、希。もう、大丈夫だから。……ちょっと行ってくるわ」

 

そばに掛けてあった制服に袖を通して、静かに言う。

 

「うん。頑張ってな、エリチ」

 

そして最後に、穏やかに笑う親友に見送られて私は保健室を後にした。

 

                    ☆

 

すでにだれひとりとして影を潜めた夕暮れの廊下をひた走る。

本来なら生徒会長自らが校則を破るようなマネをしまえば他の生徒に示しがつかないけど、幸い、今現在私を咎める人はいない。

それ以前に、そんなことは私の中から完全に抜け落ちていた。

今はただ、手遅れにならないことだけを祈って彼の姿を探しながら、私は温かな記憶を巡らせていた。

私が生徒会長に就任し、彼を生徒会に迎えてまだ間もない頃。

数ケタの計算を暗算でやってのける彼の能力の高さに改めて脱帽した時のことだった。

 

『各部の予算申請の計算終わりました。確認お願いします』

 

ものの数分で仕事を熟し、積み重ねたファイルを運ぶ彼を希が何か言いたげな眼差しで見つめていた。

 

『えっと、どうかしましたか?』

 

彼も気付いたようで、それとなく訊ねると希が答える。

 

『ううん、別に大したことはないんやけどな。ただ、素のキミを知ってるから、なんか違和感があってな。エリチもそう思うやろ?』

 

『ええ、そうね。今さらかしこまることはないわね』

 

『いや、そう言われましても。2人とも先輩ですから………』

 

思うところは希と同じだったから同意する。

けど彼の言うことも最もだ。

ただ、それでも希は納得していないようで、渋る彼にニヤリとその口角を上げた。

 

『『あんたの友達は、今危険に晒されてるかもしれねえんだぞ!つべこべ言うな!!』』

 

『な……!?』

 

突然なにを言い出したかと思えば、希は絶句する彼に挑発的な笑みを浮かべていた。

 

『他には『あんたが傷ついて悲しむ人間がここにいることを忘れないでくれ』やったっけ?』

 

すると彼はしゃべったのか?とでも言いたげな視線を向けてきた。

冷めきった虚ろな双眸に耐え切れず、苦笑を浮かべて逸らす。

一応、心の中で謝っておくわ…………ごめんなさい。

 

『現生徒会長を危機から救ってくれた人の名言や。是非ともこれは後世に伝えていかんとな』

 

『ただの黒歴史じゃないですか!』

 

嬉々とした笑顔で揺さぶりをかける希に彼は顔を真っ赤にして叫ぶが、今の彼女にはどこ吹く風。

 

『恥ずかしがることないって。『あんたが傷ついて悲しむ人間がここにいることを忘れないでくれ』……いや~、いい言葉やん』

 

『おおおおおおおおおおおおおおっ!やめろおおおおおおおおおおおおおおっ!』

 

頭を抱えて絶叫をあげながら蹲る彼。

他人事ながら、中途半端に彼の声マネをしてるところに悪意を感じるわね……。

しかし、希の追撃は続く。

 

『いやいや、なかなか言えることやないよ?『あんたが傷つついて悲しむ人間がここにいることを忘れないでくれ』......胸に刻んでおくね』

 

『いっそ殺せええええええええええええええええっ!』

 

今度は大きく仰け反りながら顔を覆う両手の隙間から涙が舞う。

年甲斐もなく号泣する姿がなんだか不憫になってきた。

もしかしなくても意外とメンタル弱い?

 

『そう言えばもうひとつあったよね?確か『あんたを大切に思ってる人たちのためにも、もう無茶な―――』』

 

『わかった!希!絵里!これでいいかちくしょう!』

 

さらに追い詰めていく希に、とうとう彼は音を上げる。

そして、盛大にため息をこぼす彼に希は柔らかく微笑んだ。

 

『うん。よろしくね、キヨちゃん♪』

 

『私も。改めてこれからいっしょにがんばりましょ―――』

 

ちょっと照れくさかったけどいい機会だ。

意を決して私は、彼の名前を呼んだ。

 

                    ☆

 

「清麿」

 

生徒会室の手前で振り返るのはいつもと変わらない間の抜けた顔。

入れ違いにならなくてよかったとまずは安堵する。

 

「……絵里?」

 

よほど私の登場が予想外だったんだろう、目の前で清麿は驚いたように目を丸くしていた。

無事に出会えたはいいが、いざ相対すると何を言うべきかわからなくなってきた。

どうすればいいか考えていると、先に清麿が口を開いた。

 

「もう歩いて大丈夫なのか?」

 

「ええ。おかげでだいぶ楽になったわ」

 

「そっか。それはよかった。でも、今日はもう仕事させねえかなら?」

 

「わかってる。ただ鞄を取りに来ただけよ」

 

普通に会話ができてることにまずはひと心地ついた。

そのまま2人で生徒会室に入って、清麿は手早く荷物をまとめていく。

彼の後姿を見つめて、今一度深呼吸をして心を落ち着かせる。

ここしかない。

勇気を出して私は彼に声をかけた。

 

「清麿はどうして不安にならないの!?」

 

緊張から半ば叫ぶようになってしまい、彼が不思議そうに振り向いた。

出だしが成功か失敗かなんてこの際どうでもいい。

胸の内の想いを言葉にして感情の赴くままに解き放つ。

 

「今まで自分の弱さを悟られたり、不安を打ち明けることが怖くて隠してきたけど、もうダメなの……」

 

少しでも気を緩めれば震える身体を必死に抑える。

でなければ、せっかく覚悟を決めた意味がなくなってしまう。

それだけは絶対に嫌だった。

 

「ずっと考えないようにしてきた……。けど、もし廃校を止められなかったらって思うと震えが止まらなくて……最悪な未来が来るかもしれないって考えることがこんなに苦しいなんて思わなかった……」

 

言葉を紡ぐにつれて声音が涙ぐんでいくのが分かった。

視界もだんだん滲んでいく。

 

「もし廃校を止められなかったら、私が今までやってきたことは何だったんだろうって……。それでも、実際に目の当たりにすると嫌でも認めなきゃいけない……。廃校になってしまうなら、不安と絶望のまま終わってしまうなら、いっそのこと受け入れてしまえば楽になれるかもしれないなんて思ったりもしたわ」

 

歯を食いしばっても、もう堪えることはできなくなった。

とめどなく涙が頬を伝って流れ落ちていく。

 

「なのに清麿はずっとまっすぐ前を向いている……。どうして、どうして清麿はそんなに強くいられるの!?」

 

精一杯の慟哭が生徒会室に響く。

今までこんなに弱さをさらけ出したことはあっただろうか?

もうすでに生徒会長としての威厳は消え失せている。

 

「どうして、か......」

 

そして、かつてないほど苦しい沈黙の中で涙を拭う私に、清麿は柔らかく笑んだ。

 

「なんて言うか、約束したからかな?」

 

「……約束?」

 

涙ぐんだ声で反芻する私に清麿は頷いて窓の外を眺める。

 

「絶対にあきらめないこと。大切なことを教えてくれた奴がいたんだ。俺が俺でいられるのも自分の可能性を信じて、挑み続けることをやめなかったあいつのおかげなんだ」

 

きっとガッシュくんのことを言ってるんだと思う。

ガッシュくんのことを語る今の清麿、とても優しい目をしている。

それだけ大切な存在だったであろうことはすぐに分かった。

 

「もちろん、不安だってあるし絶対なんて言い切れない。でも、いつかまたあいつと胸を張って会うためにも、こんなところで怖いとか不安なんかで止まってる暇なんてねえんだ。だから、『絶対』にこの学校を救ってみせる。そう決めたんだ」

 

思いを馳せた面持ちで清麿が私と向き直る。

その時の彼の姿から釘付けになっていた。

曇りのない決意の光が宿る瞳に、私は不覚にも見惚れてしまっていた。

 

「でも……それでもやっぱり私は彼女たちを受け入れることはできない」

 

不思議と、恐怖は消えていた。

だから、言おう。

 

「大切な場所を守れないなんて絶対に耐えられないから……だから、必ず救えると確信できない限り、任せられない」

 

そして、私のすべてをぶつけるために最後の迷いを振り切った。

 

「私は、彼女たちを認めることはできない」

 

言った……。

とうとう言ってしまった。

もう後戻りはできない。

 

「そっか」

 

私の意思を乗せた言葉を聞いて、清麿は短く答える。

水を打ったような静けさに一度は影を潜めていた恐怖がぶり返してきた。

今すぐにでも逃げ出してしまいたい気持ちに駆られるが、今度は私の番だ。

何を言われても、もう絶対に逃げたりしない。

私はただ静かに清麿の答えを待った。

 

「なら、それでいいんじゃないか?」

 

「え……?」

 

けど、私の決意とは裏腹に、まさかの返答に気の抜けた声が出てしまった。

受け止めてくれると信じてはいたけど、まさか肯定されるなんて思わなかったから。

 

「別に考え方を変えろって言ってるわけじゃないんだ。絵里がこの学校を守りたいっていう思いは間違ってないし、誰にも否定なんてさせない」

 

憐れんでるわけでも、嘲笑うでもない。

私の中の恐怖を吹き飛ばすように、清麿は力強く言う。

 

「ただ、同じ場所に、同じ思いを持ってる奴が他にもいて、結局は方法が違うってだけで、みんな同じなんだよ」

 

……なんとなく、清麿の強さがわかった気がした。

どんな現実を前にしても、受け入れ、自分の意志をしっかり持って最後まで貫こうとする姿。

都合の悪いことを言い訳の盾にしてた私が追いつけるはずもない。

 

「今この学校を守れるのは俺たちしかいないんだ。俺たちの力を必要としてくれる人たちがいる。まだ守れるものが俺たちにはあるんだ。だから、これからも守るために前に進めばいい。もし間違えそうになった時は、ぶん殴ってでも止めてやるさ」

 

「……なによそれ。乱暴な子は嫌われるわよ?」

 

「それでも、後悔するよりはずっとマシだ」

 

気が付けば、私は表情を和らげて皮肉を返していた。

 

「だから、いつか必ず認めさせてみせる。その時にまた答えを聞かせてくれればいい」

 

そう言って、清麿はポンと私の頭に手を置いて優しく撫でてくれた。

子ども扱いのような仕草だったが、私は自然と受け入れている。

なんだろう……心が楽だ。

 

「清麿」

 

じゃあなと言って横を通り過ぎていく彼に、最後に問いかけた。

 

「これからも私のこと、見ててくれる?」

 

それはあからさますぎるほど確信めいた問いかけだったが、彼は逡巡することなく答えた。

 

「そんなの、当たり前だろ」

 

迷うことない答えに私はようやく心から笑えた気がした。

 

「明日の会議、遅れたら許さないわよ?」

 

「おう、また明日な」

 

生徒会室を後にする彼を見送り、私は彼が撫でてくれた頭に手を置く。

 

 

トクン

 

 

いつかのように胸が高鳴る。

それになんだか苦しいけど、ちょっと心地いい。

これが惚れた弱みって奴かしら?

自分でも単純だと思う。

でも、清麿がそばにいてくれることがうれしくてたまらない。

 

「ばーか」

 

生徒会室でひとり、不思議な感覚に思いを馳せた小さな呟きはどこか弾んでいた。

 




まずは一ヶ月以上待たせて本当にすいませんでした!

一ヶ月以上の間何をしていたかと聞かれれば、自分パズドラやってるんですが、少し前までエヴァコラボをやっていて、ボス戦のBGMがベートーベン第九だったんです。
ここまでくれば察しが付く方もいるかも知れませんが………ハイ、キースの第九もどき歌ってました……。
「ウィ~ベロ~」からザケルばりにフィニッシュかましてました。
そして、エヴァコラボが終わった後に思いました………俺は何をしてるんだろう……。

まあ、そんなこんなで一ヶ月以上かけたせいか文字数が13000を超えました(笑)
まさかここまで行くなんて……自分でも驚きです。
後半部分がなんだかキャンチョメがクリアに倒された後のガッシュとティオのようなやり取りになった気がしますが、エリチはヒロインですからね。
意外と長くなったリーダー編、もとい絵里衝突編ですが、やはり今回はμ’sではなく清麿と和解するお話はこれで一区切り付きます。
10000字超えという初の快挙に頑張って妄想を爆発させてみました。
楽しんでくれると幸いです。
それでは、また次回!
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