ラブライブ!~金色のステージへ~   作:青空野郎

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STAGE.32 名前に込めた思い

時刻は昼飯時。

ほとんどの飲食店なら一番の書き入れ時であり、客も店員も自然と喧騒が大きくなる時間帯である。

にもかかわらず、とあるメイド喫茶の一角は静寂に包まれていた。

 

「………………」

 

「………………」

 

俺とメイド服姿のことりはお互い石のように固まったまま無言で見詰め合っている。

だが、その眼差しに込められているのは驚愕と困惑。

いや、それ以前に水野は今ことりを何と呼んだ?

俺の聞き間違いでなければミナリンスキーと言ったよな?

ミナリンスキーといえばついさっき話題に上がったばかりの秋葉のカリスマメイドの名称だ。

え、まさか………ことりが?

 

「ご注文をお伺いいたしますご主じ―――」

 

「何やってんだ、ことり?」

 

しかし、俺の疑念をよそに何事もなかったかのように注文を取ろうとしていたことりに、思わず遮るような形で訊ねてしまっていた。

いや、聞き方を間違えたな。

メイド喫茶でメイド服着てるんだから、メイドしかないだろ。

どうやら俺は思ってる以上に混乱していたようだ。

そうこうしている内に再び訪れた沈黙の中で、未だ乾いた笑みのまま固まることりを見据える。

 

「………ぴ」

 

するとことりの口から気を抜けば聞き逃してしまいそうなほど小さな声が紡がれた。

だが、……ぴ?

 

「ぴぃっ!」

 

疑問に思っていると、何ともかわいらしい悲鳴を上げるや、ことりは呼び止める間もない速さで店の奥に消えて行ってしまった。

俺は脱兎のごとく走り去っていくことりの後姿をただ茫然と見ていることしかできないのであった。

それにしても、ぴぃって……そんな悲鳴初めて聞いたぞ。

まあ、それはおいとくとして、冷静になった思考で考える。

なぜここにことりがいるのか?

………普通に考えてアルバイトだよな?

そんなくだらない自問自答をしいると、また新たな異変に気付いた。

 

「た、たか…高嶺、くん……?」

 

「どうした、水……のぉうっ!?」

 

目の前に座る水野が今日一番の悲壮感に震える眼差しで俺を見ていた。

一体何が映されているのかと問いたいほど、光を失ったその瞳は思わずビクゥ!と仰け反ってしまうほどのドス黒さを放っていた。

 

「い、今……み、みな、ミナリンスキーさんのことを……な、なんて呼ん、で……?」

 

おまけに呂律も壊れたラジオみたいに上手く機能していないと来ている。

 

「もしかして、コレか?コレなのか高嶺!?」

 

何と説明したらいいものかと考えあぐねていると、目を血走らせた山中が意味深に立てた小指を突き付けてきた。

表現の仕方もそうだが、邪推にもほどがある。

 

「だから違うっての。ことりは―――」

 

「ふむふむ、ミナリンスキーさんの名前はことりちゃんって言うんだね?ぜひそこのところをもっとくわしく!」

 

「高嶺キサマ!まさか女子高選んだのはそれが目的か!?」

 

しかし、否定するよりも先に新聞部だからか記者魂に火が付いた岩島と声を荒げてまくし立てる金山までもが迫ってくる始末だった。

中学時代に経験則から、このままでは面倒事に発展しかねないと確信した俺はどうにかこの場の鎮静化を図ろうとしたが、変なスイッチが入ったかつての旧友は聞く耳を持とうとはしない。

 

「いやー、高嶺くんもなかなかどうして、隅におけませんな~」

 

そして頼みの仲村はにたついた笑みを向けて傍観を決め込んでいる。

何を勘違いしてるのかは知らないが、とりあえず今の状況を楽しんでいることだけはわかった。

………あとで覚えておきやがれ。

 

「えーい!いいから人の話を聞け!さっき彼女はいないって言ったばっかじゃねえか!高校の友達だよ!」

 

「ほ……ほほほ本当なんだよね!?嘘じゃないんだよね!?信じていいんだよね高嶺くん!?」

 

水野は水野で心中穏やかでない様子でさらに顔を近づけてくる始末だ。

涙目でテーブルをバンバン叩く姿は忍びないものがあるが、これ以上騒がれるとお店に迷惑がかかるため、ひとまず落ち着いてもらおう。

 

「でも、さっきの人がミナリンスキーさんなんだ。まさか高嶺くんの友達だったなんてね」

 

「ああ、俺も驚いてる」

 

いっしょに水野をなだめてくれている仲村の言葉に頷く。

中学時代の友人と会うためにこのメイド喫茶を訪れたわけだが、まさか同じ場所で高校の友人と鉢合わせするなんて誰が予想できるだろうか。

それもメイド服姿で。

まったく知らなかったとは言え、世間の狭さに驚くばかりだった。

 

                    ☆

 

ど、どうしよう……。

どうしようどうしようどうしよう!

なにがどうしようって………うわああああん!どうしよぉぉぉっ!!

急いでスタッフルームに逃げ込むようにして身を隠した私はかつてないほどパニックになっていました。

けれど、次第に冷静になれば冷静になるほど今度は恥ずかしさでいっぱいになってきます。

お母さんや穂乃果ちゃんたちにも内緒にしてたのにまさかきーくんに見られちゃうなんて……。

あの時のきーくんの目、やっぱり気付いちゃってるよね?

それに思わず変な声を出して逃げてしまった。

………うぅ、絶対に変な子だって思われちゃったよ。

今一度そっと顔を出して店内の様子を窺うと、少し騒がしくなった席で慌てふためくきーくんの姿がありました。

きっとわたしについていろいろと問いただされているんだと思います。

こうして逃げてしまった手前、もう一度きーくんの前に戻ることを考えると足がすくんでくる。

いっそのこと今日は厨房でお皿洗いでもしていようかな……なんて考えすら頭を過ぎりました。

ってダメダメ!こんなことで怖気づいてる場合じゃない!

ここで逃げたら、今までの頑張りを無駄にすることになっちゃう。

迷いをはたき出すように両手で頬を叩いて気を引き締め直す。

………うん、もう平気。

大丈夫、さっきはびっくりしただけでいつもどおりにいれば問題ない。

そうと決まれば、今一度店内に大きく足を踏み出す。

ミナリンスキー、行ってきます!

 

                    ☆

 

と、意気込んだのはいいものの……。

 

「あ、戻ってきた」

 

きーくんから見て斜め前に座っている女の子が近づく私に気付くと、みんなの視線が一斉に向けられてきました。

いざ戻ってきてみたはいいけど、改めて顔を合わせるとやっぱりどこか気まずさが肌を突き刺してくる。

一度逃げてしまったことの後ろめたさもあってか、好奇や戸惑いなどさまざまな思惑に染まった眼差しに早くこの場所を離れたいという衝動に駆られてくる。

けど、そこはグッとこらえてことりは笑みを浮かべて応えます。

 

「先ほどは失礼いたしました。お冷でございます」

 

どんな時でも笑顔を忘れちゃいけない。

このバイトを始めて最初に教えられたことを思い出してきーくんたちの前にお冷を配っていく。

 

「あの、ひとつ訊いていいですか?」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

配り終えるころにはいつもの調子を取り戻せていたことに安堵していると、先の女の子が声をかけてきました。

 

「ミナリンスキーさんって高嶺くんと知り合いなんですよね?」

 

その問いかけと言うよりは確認に近い質問に動揺しつつも平静を保つ。

戻ってきたからには、あらかじめ予想できていたのでさして驚くことはありませんでした。

 

「そうですね。きーくんとは1年生の時からのお友達なんです」

 

「き、きーくん!!?」

 

わたしの返答に真っ先に反応したのはきーくんの真正面に座っていたもうひとりの女の子でした。

整った容姿が泣き顔で崩れてしまい、鬼気迫った様子で硬直している。

周りにいる人たちも驚いたように目をぱちくりさせています。

対してきーくんはというと、照れているのか赤くなった顔で視線を泳がせていました。

なかなか見れない姿がちょっと新鮮♪

ただ、いっしょにいる人たちの視線で針のむしろになっている状況に耐えかねたのか、コホンときーくんからわざとらしい咳払いが小さく木霊しました。

 

「ほら、せっかくなんだから早く注文しようぜ。水野はどうする?」

 

おもむろにメニューを広げて水野さんと呼ばれた女の子に話しかけるきーくんでしたが、当の本人から返事は返ってきませんでした。

 

「水野?」

 

きーくんも怪訝に思ったのか再度声をかけてみますが、依然として水野さんの反応はありません。

けれど、よくよく耳を澄ませてみると………

 

「きーくん?下の名前どころかきーくん?私でもまだ名字でしか呼べていなのに……ハハ、ハハハハハ」

 

「!?」

 

まるで生気の抜け落ちた瞳で呪詛のように言葉を連ねていました……。

その異彩に包まれた姿にどうにか悲鳴を呑み込めたのは奇跡だったのかもしれません。

 

「や、やばい!水野が壊れた!」

 

「ちょっとスズメ!しっかり!」

 

「アハハハ、きーくんかぁ……いいなぁ……本当は私だって、私だって……ハハ……」

 

果たして、ことりが戻ってきたのは正解だったのでしょうか?

一層騒がしくなるきーくんたちを余所に、店内の一角に立ち尽くすわたしはただただ苦笑いを浮かべるのでした。

 

                    ☆

 

「お疲れ様でした」

 

あいさつを済ませてお店を出る頃には、空は傾きかけた夕日の茜色に彩られていました。

あの後は滞りなくバイトを終えて、足早に秋葉原を離れていく。

オトノキ町に戻ってからも家ではなくそのまままっすぐある場所に向かいます。

ひっそりと静まり返った道を進み、辿り着いたのは近所の公園。

一応時間は伝えていたはずだけど、もしかしたらすでに待たせちゃってるかもしれない。

一抹の不安を胸に、入り口で息を整えて公園の中に足を踏み入れると、まずはすべり台やジャングルジムなどの遊具が目に入ってくる。

幼いころは毎日のように穂乃果ちゃんや海未ちゃんといっしょに遊んだ思い出深い場所。

昔はまるで世界のすべてのように見えていた景色も、今では軽く一瞥するだけで全体を見渡すことができる。

そんな懐かしくも不思議な感覚に浸りながら視線を巡らすと、ちょうどベンチに腰掛けるきーくんの姿を見つけました。

 

「きーくん!」

 

「よう、ことり」

 

名前を呼べば、気付いたきーくんは軽く手を上げてこちらに歩みを向けてきました。

ことりも急いできーくんの元に駆け寄ります。

 

「ごめんね。急に呼び出しちゃって。……待たせちゃったよね?」

 

「いや、気にするな。こんなの渡されれば無視するわけにはいかねえだろ」

 

そう言ってきーくんがポケットから取り出したのは一枚の紙切れでした。

お店で使うメモ用紙に、公園で待ち合わせる旨を伝える内容が書かれてあります。

もちろんそれを書いたのは他でもない、わたし自身。

きーくんが注文した料理を持っていく時にこっそり渡しておいたものです。

 

「えっと、一緒にお店に来ていた人たちの方は大丈夫?」

 

この時はまだ少しばかり心にしこりが残ってたんだと思います。

いきなり本題を持ち出す勇気がなくて、最初に話題にしたのは、きーくんと同席していた人たちのこと。

きーくんの話では、やはりあの人たちは中学からのおともだちでした。

なんでも、今日は久しぶりにみんな集まろうという話が持ち上がり、ことりの働いているお店で待ち合わせていたとか。

一時期は交友関係がこじれていたって聞いたけど、わだかまりがなくなってからは今でも仲は良好みたい。

わたしも傍から見ていて、賑やかで、それでいて温かさのある雰囲気を感じ取ることができました。

 

「ああ。こっちもさっき解散したばっかだから心配いらねえよ」

 

人心地つく反面、せっかく楽しんでいたところに水を差してしまったような気がして申し訳ない気持ちが募ってきましたが、きーくんの柔和な笑顔でことりの懸念は杞憂で終わってみたいで胸を撫で下ろすことができました。

 

「それより今日はいろいろ悪かったな。騒がしかっただろ?」

 

「ううん、謝るのはことりの方だよ。こっちこそ本当にごめんなさい」

 

急なことだったとは言え、一度はメイドとしての職務を放棄してしまったことは事実。

きーくんもきっと内心ではかなり動揺しているはずなのに、先に謝らせてしまっていることがたまらなくて、ことりも頭を下げます。

そのまま決心が鈍らない内にわたしは本題に入りました。

 

「それでね、今日のことなんだけど……ことりがメイド喫茶でアルバイトしていることはみんなには内緒にしてほしいの。ダメ、かな?」

 

いつもより心臓の鼓動が大きく聞こえる緊張の中で言葉がつまりそうになるのをどうにか堪えて最後まで切り出すことができた。

 

「その様子だと、穂乃果や海未も知らないのか?」

 

意外そうに目を丸くするきーくんの疑問に小さく首肯する。

実際のところは、今まで秘密にしてたことの罪悪感が心に重く圧し掛かっていたせいで何も言えなかったんだと思います。

 

「わかった。いいぜ」

 

「……ぇ?」

 

しかしことりの不安を裏切るかのように、きーくんは軽く相槌を打つだけでまさかの即答。

考える素振りもまったくなかったから思わず呆けた声が出てしまいました。

 

「だから、俺が今日見たことはみんなには秘密にしておけばいいんだろ?」

 

「う、うん。……でも、本当にいいの?」

 

「いいもなにも、ことりはそうしてほしいんだろ?だったら俺が言うことはなにもないよ」

 

なんとも呆気なさ過ぎることが信じられなくて、もう一度確認してみたけどそれでもきーくんはあっけらかんと言ってのける。

きーくんのことだから、なにも考えていないなんてことはない。

何も聞かずに頷いてくれたのだって、きっと純粋にことりの気持ちを汲んでくれたから。

けれど、それなりの勇気を出して臨んだつもりだったのにこんなにもあっさり話が進んでしまうことに拍子抜けをくらった気分でした。

 

「ありがとう、きーくん」

 

わたしのお礼の言葉に、おう、と返事をしてきーくんは暗さの増した空を見上げました。

 

「さて、そろそろ暗くなるし近くまで送るよ」

 

そしてきーくんに促されて、ことりたちは公園を後にしました。

帰り道を進む道中ではきーくんに中学のおともだちのことについて聞かせてもらいました。

よく勉強を見てあげたこと、野球の練習に付き合ったこと、森の中でツチノコ探しをしたこと、徹夜でUFOを呼んだこと。

あ、あとはみんなでスケートに遊びに行った時は大騒ぎになった話にはちょっと同情しちゃいました。

ことりも穂乃果ちゃんにたくさん振り回されてきたけど、きーくんはそれ以上を思わせるほどでした。

話していく内に乾いた笑いを浮かべるきーくんでしたが、どこか誇らしげに語る表情に遺恨の色はありませんでした。

それだけ大切な思い出になってるってことなんだね。

そんな風に楽しくおしゃべりしている間に家の近くにさしかかったところで、楽しかった時間に名残惜しさを感じた時でした。

 

「なあ、なんで『きーくん』なんだ?」

 

気が緩んだところへの唐突な問いに足を止めてしまいました。

 

「ほら、ことりが愛称で呼ぶのは俺しかいないだろ?少し気になってな」

 

「えっと……もしかして、嫌だった?」

 

「まさか。ただ、ことりって穂乃果と海未のことは普通に名前で呼んでるだろ?俺より仲がいいはずなのになんでだろうなって思ってな」

 

どこか懐かしむような口調で語るきーくんは何気なく問いかけていたつもりなのかもしれませんが、明らかに返す言葉が震えてるのがわかりました。

 

「もしかして、なんかまずかったか?」

 

「ううん!ぜんぜんそんなことないよ!」

 

言い淀むわたしに何かを察したみたいで、途端にバツが悪そうな顔を浮かべるきーくんに慌てて首を横に振る。

きーくんは何も悪くないのに引け目を感じさせたことにいたたまれなくなってくる。

それどころか、すべてはただの思い過ごしだったと分かった時はさっきの約束以上に安堵する自分がいた。

 

「なんて言うか、その……ことりにとってはきっかけ、みたいなもの、かな?」

 

「きっかけ?」

 

自分でも呆れちゃうくらいにたどたどしく紡いだ言葉に首を傾げるきーくん。

わたしはちらりと左ひざ―――そこに伸びる薄く小さな傷跡に目を向けました。

 

「実はね……ことり、昔は少しだけ足が悪かったの」

 

文字通りの意味で、わたしは生まれつき左足のひざが弱かったんです。

さすがに歩けないっていうほど重症ではなかったけれど、その頃は足を軽く引きずることがありました。

そのせいで当時は周りの子から、特に男の子からからからかわれることが度々あったんです。

ですが、5歳に時に手術を受けてからは、すっかり完治して今では普通に歩いたり走ったりできるようになりました。

おかげで次第にからかわれることもなくなっていきましたが、同時にその頃の出来事が一種の恐怖として心に根付いていたんです。

それからは男の子とお話しすることはあっても、穂乃果ちゃんか海未ちゃんがいっしょにいないと不安になる時がありました。

そうしていまいち距離感が掴めないまま、つい親友を頼ってしまう自分が情けなくて……。

そんな時に出会ったのがきーくん、あなたでした。

 

「きーくんとなら2人きりでもこんなふうにお話ができて、楽しい気持ちになれるんだ」

 

初めてお話した時だってもうまく説明できないけど、いつもの自分でいられたんです。

あの時見せてくれた笑顔が臆病な自分を変えたいと思わせてくれたんです。

きっときーくんにとっては本当に些細なことかもしれない。

でも、この『きーくん』と言う呼び方は、わたしにとっては決意の象徴でもあるんです。

 

「なるほど。それできーくん、ってわけか」

 

ひと通り話し終えた後で、きーくんは納得したように呟きました。

責めるでも同情するでもない。

いつだってありのままを受け止めてくれるきーくんだからこそ、もしかしたらことりも素直に勇気が出せたんだと思います。

 

「うん。それにね、アルバイトを始めたのも似た理由なんだ」

 

そして気付けば、わたしは今までずっと抱えていた胸の内を明かしていました。

 

「わたしには、何もないから……」

 

弱弱しく本音を零すわたしをきーくんはただ見守るだけ。

 

「いつだって穂乃果ちゃんと海未ちゃんの後をついていくことしかできない空っぽな自分を変えたくて、穂乃果ちゃんや海未ちゃんみたいにみんなを支えられるようになりたくて……それに、もしかしたらきーくんみたいに新しい自分になれるかもって思ったんだ」

 

けど、実際は何も変わらないまま時間だけが過ぎて行くだけで結局この日きーくんにバレてしまう始末。

突然の事態を前に怖気づいてしまった自分自身一層気が滅入ってしまう。

自信がなくなり目を伏せたその時、今まで沈黙を貫いていたきーくんが口を開きました。

 

「ことりがあの店でバイトを始めたのは今年からか?」

 

「え?あ……う、うん」

 

思いがけない質問に戸惑いながらも小さく頷く。

あれは穂乃果ちゃんと海未ちゃん、そしてきーくんと4人でµ’sを始めたばかりの頃、秋葉原でスカウトされたことが始まりでした。

最初は恥ずかしさでいっぱいだったけど、実際にメイド服を着てみるとあまりにもかわいくって!

 

「で、そのままのめり込んじまったわけか」

 

決してからかってる口調ではなかったけど、脱力するきーくんにことりも苦笑いで肯定する。

途端に恥ずかしさで顔を背けるわたしを見て、きーくんはなるほどな、と大きく息を零しました。

 

「まあ……なんて言うか、ことりが何を悩んでるのかはわかったよ」

 

でもな、ことり……と耳朶を打つ真剣さを帯びた声音、そして引き締めた表情できーくんは言いました。

 

「誰かみたいになることと、自分を変えることは違うぞ」

 

決して強く言ったわけじゃない。

意味を理解できたわけじゃない。

ただ、自分が息を呑む音がよく聞こえた。

なぜかその言葉がことりの胸に強く突き刺さったんです。

 

「ことりの言うきっかけってのは『何もない自分』を隠すためのものなのか?バイトだって、あいつらに内緒にしてなきゃ自信をなくしてしまうほど半端な気持ちで続けてるのか?」

 

「それは違うよ!メイドのお仕事だって中途半端な気持ちで続けてなんかない!」

 

始めこそは大した理由は持ち合わせてなかったかもしれないけど、一度だって疎かにしたことはありません。

お店に来てくれる人みんなに楽しんでほしくて、ことりは常に全力で取り組んでいるんです。

思わず頭に血が上ってしまい、そこには声を荒げてきーくんを睨めつける自分がいました。

張りつめた空気の中できつく唇を引き締めるわたしの姿に、きーくんは厳しい面持ちから一転して優しい笑みを見せました。

 

「だろうな。でなきゃ、たった2ヶ月程度で『伝説のカリスマメイド』なんて呼ばれるはずがない。それって誰にでもできることじゃねえだろ?」

 

そう、なのかな……?

確かに伝説のカリスマメイド・ミナリンスキーという名前は誇りに思っている。

でも有名になるために始めたわけでもないし、そう呼ばれるために特別なことをした覚えもない。

ただ、純粋にメイドのお仕事が楽しくて一生懸命だっただけ。

一瞬にして毒気を抜かれてしまい唖然とするわたしを余所に、再び顔を引き締めてきーくんは続ける。

 

「言っとくが、さっき俺みたいにって言ってたけど、俺を手本にしても何も変わらねえぞ。変えなきゃいけないものもあれば、変えちゃいけないものだってあるんだからな」

 

面倒臭そうに頭を掻きながらそう断言するきーくん。

まるで、かつては周りに心を閉ざしていた自分自身を卑下しているように見えました。

 

「だいたい、そんな簡単に変われるぐらいなら誰も苦労しねえよ」

 

「でも、だったらことりはどうすれば……」

 

もう、何が正解かなんてわからない。

失意を感じて顔を俯かせていると、住宅街の道に伸びる影が近づいてきました。

 

「それでいいんだよ。今すぐにわからなくてもいい。思いっきり悩んで、思いっきり迷って、いつかその先で胸の張れる自分を見つければいいんだ」

 

顔を上げると、ことりの目をまっすぐ見つめながらきーくんがくれたのはとても穏やかで、それでいて確かな実感の籠った言葉でした。

 

「大丈夫、ことりならきっと見つけられるさ。『何もない』なんてことは絶対にない。今もことりはちゃんと、みんなを支えてくれてる。だからもっと自分に自信を持ってもいいんじゃないか?」

 

結局、今何をするべきかはわからないままです。

でも、ことりの中で新しい何かが見つかったような気がします。

 

「……うん、そうだね。もうちょっとだけ頑張ってみるよ」

 

「おう、その意気だ!」

 

少しだけ晴れやかになった心地で頷くと、きーくんも笑顔で背中を押してくれる。

互いに笑い合い、何とも言えない照れくささが心をくすぐる。

胸がすっと軽くなるこの気持ちは決して気のせいなんかじゃない。

やっぱり、きーくんはすごいなぁ……。

いつだって、ありのままを認めて受け入れてくれるんだから。

 

「それに、俺は知ってるぜ、ことりだけが持ってるいいところ」

 

「え、それってなになに?」

 

「今それを言ったら意味ないだろ」

 

「え~、なんか今日のきーくんは意地悪だよ~」

 

うるせえ、と悪態をつくきーくんですがその顔はちょっとだけ赤くなっている。

笑ったり焦ったり、ことりの知ってるいつもと変わらない姿がなんだかかわいいと思っちゃいました。

そんなやり取りが心地よく感じられるのは、いい具合に気持ちがほぐれたからだと思います。

そして、不思議と軽くなった足取りできーくんと向き合いました。

初めて名前を呼んだ時の驚いた顔は今でも忘れられません。

あの時の姿を重ねながら、ことりはこの名前に今の精一杯の気持ちを込めました。

 

「ありがとね―――きーくん♪」

 




遅ればせながらメリークリスマス!……つってももう新年目の前なんですけどね。
もう羊が猿にバトンを渡す寸前なんですけどね。

いや~、今年はいろいろありましたね。
劇場版からMステ、そしてまさかの紅白ですよ!
それなりにラブライブ旋風を実感したつもりですがまさにµ’s快進撃の1年でした。
そんなµ'sも来年の4月で完全に解散。
名残惜しいけど、これでいいんだと思います。
µ’sは永遠に不滅です!
あ、先日劇場版の円盤買いました。
迷いながらも最後はきちんとケジメをつける姿はまさに憧れです。
EDが最高でした。
特に歌詞の中にメンバーの名前が入ってるところが素敵でしたね。
清麿どっか入らねーかなー?
『今が最高』→『最高』→『高』→『高嶺』
………スイマセン、作者の戯言です。忘れてやってください。

そんなこんなでようやく書けたことり回後半です。
一部はSIDから拝借していながら一ヶ月以上も時間がかかってしまったのは、何を隠そう、作者の力不足ですorz
そもそも今回のことり回は、ことりが『きーくん』と呼び始めたきっかけの部分が書きたかったらなんですよね。
それがどうした、思いっきりメイドがメインになってるような気がするのは気のせいか?

次は穂乃果視点の話を書こうかなと思いますが、その前に次回はようやく本編のテスト回です。
それではみなさん、、良いお年を!

P.S.
活動報告で第2回アンケートを始めました。
よろしければ、ご協力お願いします。
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