ラブライブ!~金色のステージへ~   作:青空野郎

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STAGE.36 今できること

廃校

文字にすればたったの2文字を前に、立ち尽くす俺の心情は確かな空白を晒していた。

 

「……本当、なんですね?」

 

水を打ったような静寂が支配する中、息苦しい焦燥に駆られながらもようやく紡げた問いかけに理事長はええ、と短く首肯を返した。

理事長がこの決定を下した以上、ここでいくら騒いだところで結果が覆ることはない。

ならばと、しばしの瞑目で心を落ち着かせて、一度隣に視線を移す。

その先にはやはり、今にも卒倒しそうなほどの顔色で絶句する絵里の姿が。

俺自身もまさかのタイミングでの宣告に息を呑んでいるが、それ以上に、それこそ見ているこっちが気が気じゃないくらいの動揺を露わにしていた。

だが、いつ来てもおかしくはないと覚悟はしていたのだろう、すぐに呼吸を整えて表情を引き締め直す。

そうして気持ちに整理を利かせて口を開こうとした時だった。

 

「今の話、本当ですか!?」

 

乱暴に開かれた扉から放たれた驚愕に染まる声に彼女の出鼻は見事にくじかれてしまうのだった。

 

「っ、あなた―――」

 

「本当に廃校になっちゃうんですか!?」

 

当惑する絵里には目もくれず、一息に飛び込んできた穂乃果。

いきなり割り込まれたことに絵里の瞳に苛立ちの色が込められるのは無理からぬこと。

しかし彼女の敵意はにべもなく、穂乃果の意識は理事長を問い質すことにだけに向けられていた。

おそらく扉の向こうで一連の内容を耳にしたのか、後から続いて海未とことりも理事長室に駆け込んでくる。

期末試験をクリアし、ラブライブへと確実な一歩を踏み出し、これからって時に今の知らせだ。

突発的な出来事に一時的に反応が遅れた俺たちを他所に、焦りが窺える面持ちで先ほど耳にした事実の否を希う彼女たち。

だが、理事長は一切のごまかしなく告げる。

 

「本当よ」

 

「お母さん!そんな事全然聞いてないよ!」

 

「お願いです!もうちょっとだけ待って下さい!あと一週間、いや、あと2日で何とかしますからっ!!」

 

あまりにも淡々とした物言いに、ことりが悲痛な叫びをあげる。

海未は愕然と立ち尽くし、穂乃果は先ほどにも増して理事長に懇願している。

皆、理不尽な決定を前にして尚、表情を絶望に染めながらも必死に食い下がろうとするのは当然の帰結なのかもしれない。

……ただ、傍から見ていてあまりにも切羽詰まった危機感に違和感を覚えた。

その様子からして、もしかしなくてもこの3人は肝心の部分を聞き逃しているのではないだろうか。

ますます懇願に熱を込めていく彼女たちに対して冷静さを取り戻しつつある俺と同様に理事長も察したのか、責任者としての顔を少しばかり綻ばせた。

 

「あのね、廃校にするというのは、オープンキャンパスの結果が悪かったらという話なの」

 

「……お、オープンキャンパス?」

 

理事長の言葉が理解に至ったのか、途端に穂乃果は間の抜けた声音で反芻していた。

 

「一般の人に見学に来てもらうって事?」

 

他のふたりにも状況の把握に思考を回す余裕が生まれたようだ。

 

「見学に来た中学生にアンケートをとって、結果が芳しくなかったら廃校にする。そう絢瀬さんたちに言っていたの」

 

そう、つまるところ、あくまで理事長は廃校の決定を告示しただけ。

当然、俺たちの冒頭でのやりとりは今の前置きを聞いた上で行われたもの。

 

「なぁんだ……」

 

「安心してる場合じゃないわよ。オープンキャンパスは2週間後の日曜日。そこで結果が悪かったら本当に本決まりって事よ」

 

理事長の説明で早合点していたことに気付いて安堵の表情を浮かべる穂乃果だったが、即座に面持ちを険しくさせた絵里に諫められた。

確かに、絵里の言う通り、廃校への王手をかけられた事実に変わりはない。

それも―――残り2週間。

来るべくして来たと言えばさして驚くことはないのだが、こうしてカウントダウンを突き付けられると、いよいよ以って俺たちは綱渡りな道を歩かされていることを自覚させられる。

 

「うぅ、どうしよう……」

 

どうにか期末試験をクリアできたと安心した矢先に、崖っぷちの宣告。

穂乃果たちも突然目の前に放り込まれた事実に危機感を禁じ得ないでいる。

そんな時、不安で足をすくませている彼女たちを尻目に、絵里は大きな歩みを踏み出していた。

 

「理事長、オープンキャンパスの時のイベント内容は、生徒会で提案させていただきます」

 

唇を強く引き結び確固たる意志を持って理事長と向かい合う。

お互いの視線が交わるしばしの沈黙はそう長く続くことはなかった。

 

「……止めても聞きそうにないわね」

 

「失礼します」

 

力を抜くように息を零した理事長の言葉を了承と受け取った絵里は、最後にそれだけを言い残して理事長室を出て行くのだった。

さまざまな思惑の眼差しが絵里の背中を見送る中、また一波乱起きると考えると俺はひとり辟易と肩を落としていた。

 

                    ☆

 

「これより生徒会は独自に動きます。何とかして廃校を食い止めましょう」

 

その後、すぐに生徒会の役員が招集され、緊急の会議が開かれた。

あの場にいなかったメンバーも理事長室での顛末を聞かされて意気消沈となっているせいか、絵里の発破の一言は不発に終わってしまっている。

一応、ここに来る前に他のμ’sの面子にも同じ内容の説明はしてある。

これで堂々と『ラブライブ』を目指せる。

意欲も十分。

今まで勉強で我慢した分、今日くらいは思う存分発散してくれればいいかな―――なんて安易に考えていたが、既に足場は崖っぷち。

突然のタイムリミットに危機感や困惑が入り混じった反応が見て取れたが、それでもあきらめの意思がなかっただけでも一安心だ。

しばらくは生徒会を優先する旨を伝えているため、気がかりはないとは言えないが、下手に気負いすぎなければ足元をすくわれることもないだろう。

さて、意識を会議に戻してみると、思わずため息を零さずにはいられなかった。

特に、絵里をはじめ俺と希を除いたメンバーの反応がよろしくない。

各々が出方を探るような目配りが暗雲の立ち込めたような雰囲気を際立たせていた。

 

「……何か?」

 

「言いたいことあったら、言った方がいいよ?」

 

それでも、何とか舵を握ろうと試みる絵里に、希がそれとなく進行を促す。

すると、メンバーのひとりが絵里の様相を伺うようではあるが、おずおずと口を開いてくれた。

 

「あの、これってこの学校の入学希望者を増やすために、何をするかの話し合いですよね?」

 

「ええ」

 

「だったら楽しいことをいっぱい紹介しませんか?学校の歴史や先生がいいってことも大事だと思うんですけど、ちょっと今までの生徒会は堅苦しい気がしていて……」

 

なるほど、一理ある意見ではある。

だが彼女には悪いが、その意見に素直に同意することはできない。

と言うのも、それは最初に着手した事項だからだ。

歴史はもちろん、設備やイベントなどアピールになるであろうあらゆる話題に手を伸ばした上での現状であることを鑑みれば、今さらその案に期待は望めない。

 

「例えば、ここの制服ってかわいいって言ってくれる人多いんですよ!」

 

しかし、難色を示す俺たちを他所に、他の役員たちも立ち上がりながら次々と賛同の意を示していく。

 

「それいい!そういうのアピールしていきましょうよ!」

 

「スクールアイドルとかも人気あるよね?」

 

「いいねえ!ウチらの学校にもいるし!」

 

スクールアイドルが話題に上がったことがまずかったのだろうか。

堰を切ったように彼女たちの盛り上がりに反比例して、絵里はみるみる顔を顰めていく。

 

「μ’sだっけ?あの子たちに頼んでライブやってもらおうよ!」

 

「「いいねえ!」」

 

「―――他には?」

 

やがて、やはりμ'sの名を口にする彼女たち。

そのまま話の矛先が俺に向くかと思いきや、どうやら絵里の我慢が限界に達する方が早かった。

苛立ちが込められた一喝に、熱を帯びていた彼女たちのテンションもピタリと止んだ。

 

「「「他には……」」」

 

                    ☆

 

フエェェェ~

 

まさかまたここに訪れることになるとはな……。

会議は振出しに戻るかと思いきや、役員たちに連れられてやってきたのはもう二度と来ることはないと思っていた因縁の場所。

 

フエェェ~

 

そう、アルパカの飼育小屋である。

 

「これ、ですか……?」

 

「ハイ!他校の生徒にも、以外と人気あるんですよ?」

 

ひとりの自慢気な紹介を聞きながら、絵里は戸惑いの眼差しで白いアルパカを凝視している。

確かにアピールにはならないと言われればウソになるが、それでもやはりこいつらに廃校を覆すポテンシャルがあるとは到底思えない。

もしもこいつらを目当てに入学を考えている奴がいたら、とりあえず人生舐めんなと小一時間は説教してやるところだ。

 

「それはそうと―――」

 

そんなことを考えながら彼女たちの様子をうかがっていると、希がこちらに振り向いて問うてきた。

 

「キヨちゃんはどうしてそんなに離れとるん?もっとこっちに来たらええのに」

 

「……個人的な事情だ。気にするな」

 

現在、俺と彼女たちとの間には数メートルの距離が置かれている。

傍から見ても明らかに不自然な距離感に抱いた疑問は最もだが、理由は当然、以前ここで一発かまされたからである。

避けられる事態は避けた方がいい。

この位置であれば、いくら狙われたところで俺に被害が及ぶことはない。

お前のことだからな、茶色いの。

……つーか、思い出したらなんかだんだん腹が立ってきたな。

 

「ちょっと、これでは……」

 

絵里は絵里で、未だに白いアルパカの前で呆気に取られていた。

疑念、困惑、驚愕……想定外の提案に思考が固まってしまっているのだろうか。

しかし、こういう時に限って現実はさらなる追い打ちを仕掛けてくる。

何をどう切り返すべきか逡巡している絵里の眼前に突然、茶色のアルパカが顔を覗かせてきたのだ。

誰もが反応するよりも早く、流れるような動作で首を反らしたあの構えは―――

 

「まずい、絵里!よけろ!!」

 

 

ペェッ!!

 

 

だが俺の叫びも空しく、奴の唾が絵里に直撃してしまうのだった。

 

「「「「「………」」」」」

 

広がるのは、誰もが言葉を失う無情の一時。

 

「え、エリチ……?」

 

「………」

 

恐る恐る希が様子を窺うが応答はない。

そこに生まれる気まずい空気に誰も動けないでいる。

同じ被害者として気持ちがわかるせいか、何かをこらえるように肩を震わせる後姿が一層痛ましく見えた。

さすがに、ただでさえ精神が参っているであろう時にこの追い打ちは不憫すぎる。

と、突然の事案発生に慌てふためいていた役員一同が俺に視線を向けてきたことに気づく。

青ざめた面持ちから、無言ながらのSOSであることは容易に察することができた。

まあ、俺としても今の絵里を放置できるわけもなく、ハンカチを差し出しつつ声をかけてみた。

 

「とりあえず、一旦離れるか?」

 

「………チカ」

 

すでに限界寸前のようだ。

 

 

ブッフフゥ

 

 

俺はこれ以上の厄介事を避けるためにも撤退を決意した時だ。

いつかの嘲笑を俺たちに見せつけてくる茶色の毛ダルマ野郎。

おいコラやめろ、頼むからこれ以上刺激するんじゃねえ。

果たしてこいつは絵里の何が気に食わなかったのだろうか?

割りとどうでもいい程度に後ろ髪を引かれる思いはあったが、これ以上の思考は不毛であるという結論を無気力なため息として吐き出すのだった。

 

                    ☆

 

「清麿、この後時間あるかしら?」

 

「ん?ああ、大丈夫だ。何か生徒会関係の仕事か?」

 

とりあえず、撤退後も有効な案が出ることはないまま会議は終わった。

気がかりがあるとすれば、飼育小屋での珍事の最中に星空と小泉と鉢合わせしてしまったことだろうか。

役員総出で絵里が受けた被害の後始末をしていたところに、偶然2人が通りかかったのだ。

アルパカの世話に向かおうと飼育用具を抱えた小泉に付き添う星空、絵里がふたりの姿を認めた途端ににらめつけるように細めた目つきには内心で肝を冷やすものがあった。

そんな俺の危惧など知る由もなく、役員たちがオープンキャンパスでライブをしてくれるよう頼み込もうとしたのがまずかった。

 

『やめなさいっ!』

 

ここぞとばかりに詰め寄る姿勢が癪に障ったのか、鋭い叱責が放たれた。

咄嗟の勢いに乗せたものだったが、有無を言わせない威圧感に委縮する役員たち、そしてたじろぐ小泉と星空は不服そうに眉根を寄せていた。

結局、これ以上の騒ぎが大きくなることはなかったが、互いにしこりを残したまま解散の運びとなって今に至る。

生徒会室で帰り支度を整えていたそんな折、不意の問いに首肯する。

 

「………え?」

 

すると、訊ねてきた側なのにもかかわらず絵里は俺の即答に呆けた顔をしていた。

 

「どうかしたか?」

 

「ううん。てっきりあの子たちの方を優先させると思ってたから」

 

怪訝に思い問い返してみると、ばつが悪そうに視線を泳がせる。

どうやら、ダメ元での問いだったらしい。

確かに、今日の今日までμ’sに付きっ切りだったこともあって絵里からして見れば、今回もあいつらを重視すると思い至るのは無理もないことなのだろう。

 

「優先って……。別に、絵里の頼みなら時間ぐらい作るさ」

 

「でも、予定を聞かれなければこの後も顔を出すつもりだったんでしょ?」

 

「まあ、そうだな」

 

「まるでコウモリね」

 

「……悪かったな」

 

当たり障りなく答えると、今度は胸に刺さる刃で切り返してきやがった。

よく考えれば否定できない事実だが、さすがにちょっと効いた。

 

「ふふ、冗談よ。オープンキャンパスで読み上げる挨拶をまとめてみたのだけど、あなたの意見を聞かせてほしくて。いいかしら?」

 

だが、傷心に沈んでいるのを他所に、本人は実に愉しそうなこと。

せめてそのいたずらっぽい笑みには悪意はないと思いたいのだが。

 

「ああ。それくらいなら問題ないよ」

 

「ありがと。そうと決まれば早く行きましょ」

 

                    ☆

 

「さあ、あがって」

 

「ああ、お邪魔します」

 

とあるマンションの一室に設けられた玄関を潜った絵里に俺も続く。

亜里沙の勉強を見て以来いつぶりになるだろうかと耽けながら、リビングに辿り着いたところでふと気になったことを訊ねてみた。

 

「そういえば希は来ないのか?あいつも一緒かと思ったんだが」

 

「希は今日はバイト。その代わり亜里沙が友達を連れてきてくれるみたいだから一緒に聞いてもらおうと思ってるの」

 

「なるほど、名案だな」

 

「でしょ?」

 

確かに現役の中学生の意見を聞けるならこれほど貴重な機会はない。

期待が望める案に同調しつつ、流し目で絵里の様子を探ってみる。

下校での道すがら、他愛ない世間話に花を咲かせていた彼女は気丈に振る舞っていた。

理事長室での実質の死刑宣告に間違いなく心身ともに動揺が走っているはず。

そのうえ今日だけでも散々な仕打ちを受けたはずだが、少しは余裕を取り戻せていると見るべきか。

今も傍から見れば上機嫌な様相が窺えるも、またいつかのような空元気ではないかと不安を抱くのは、俺自身も過敏になっているからかもしれないが……。

 

「亜里沙たちが帰って来るまでまだ時間があるみたいね。私の部屋で待ってて。お茶でも用意するから」

 

「ああ――――へ?」

 

会話の流れで頷きかけた時、自重も込めて切り替えようとした思考がフリーズした。

実のところ、俺は絵里の部屋に入ったことがない。

いや本当に、一度たりともない。

確かに亜里沙の勉強を見るためにこうして自宅に訪れたことは何度かあるのだが、その時はいずれもリビングか亜里沙の自室で済ませていたからである。

向こうから促して来ないのにこっちから足を踏み入れるのも違う気がするため先送りにしていただけだったりする。

てっきり今回もリビングで済ませるものと思ったが故の、不意の反応だった。

別に今となっては女の子の部屋に入ることに抵抗がないわけではないが、なぜだか妙に胸がざわつくのは果たして。

 

「………」

 

すると内に湧いた心情を察したのか、キッチンに移動していた絵里が半眼を向けてきた。

 

「言っておくけど、勝手に変なところいじらないでよね?」

 

「しねーよ!」

 

「そ?ならいいのだけれど」

 

悲しいかな、ほぼ反射的に返答を繰り出してしまった。

そこを見透かされたように、追い打ちの如きしてやったり顔が妙に腹立たしい。

ただ、そこを指摘してしまえば一層手玉に取られる結末が目に見えてしまうため、これ以上あらぬ疑いをかけられる前におとなしく退散を決意するのだった。

まったくもって不本意ではあるのだが。

そそくさと教えられた扉の前に移動し、絵里の死角にいることを確認して秘かに深呼吸を一回。

いや、もちろん彼女の信頼を裏切る気は毛頭ない。

ないのだが……いやでもほら、なあ?

女の子の部屋ってやっぱり物怖じとまではいかなくても、少しは緊張するもんだろ?

そう、だからこそこの躊躇は決して、気恥ずかしいだとか、いたたまれないだとか、ひとりでは心細いなどといったチキンな感情によるものではない!

断じてない!異論は認めん!!

 

…………

 

……

 

 

俺は一体何をしているんだろうな……。

ひとりきりでの自問自答の末、途端に虚しく思えてきた。

しかしよく考えてみれば、こういうのは勢いに任せてみれば後はどうとでもなるもんだ。

ソースは初めて穂乃果の部屋に置き去りにされた時。

あれと比べればハードルは断然低い。

誰に言い訳するわけでもないが……よし、おかげで緊張もまぎれてきた。

ドアノブをひねれば、滅入りかけた心地とは裏腹にあっさりと扉が開く。

壁際に沿って配置されたベッド、勉強机、本棚、クローゼット。

全体的に整理整頓が行き届いていて穂乃果の部屋と違って落ち着いた印象を受ける、と言ったところか。

そうして、ざっと部屋の内装を見渡しながらとりあえず手近なところに腰を下ろそうとした時だった。

ふと、視線の延長線上の位置にある二段式のカラーボックス―――正確にはその上に飾られてあるいくつかの写真立てが目に留まった。

何気なしに近づいてみると、写っているのはバレエの衣装に身を包んだ女の子。

金髪碧眼、小学生くらいの小柄な体躯から見るに、おそらくは幼少期の絵里だろうか。

初めて知る意外な過去に感慨深く思いつつ、視線を横に滑らせるとまた別の写真が。

ただ、これは他とは毛色が違うものだと一目でわかった。

金色のフレームに収められた、ただ1枚のモノクロの写真。

そしてそこに写っているのは、明らかに絵里よりも年上の女性だった。

 

「この人は……」

 

「祖母の写真よ」

 

ひとりごとのように呟いた疑問に答える声に振り替えれば、やはりそこには絵里の姿が。

 

「バレエやってたんだな」

 

「ええ。祖母の影響で、少しの間ね」

 

そう短く返し、トレイを机に置く彼女の横顔に一瞬だけ物寂し気な陰りが差し込んでいた。

 

「そんなことより、これが挨拶用の原稿よ。早速で悪いのだけれど手伝ってちょうだい」

 

すると、話題の切り替えるように原稿用紙を差し出してくる。

だが先ほどとは打って変わって、凛としたいつもの面持ちから明らかな拒絶の意思が垣間見えた。

 

「了解」

 

思うところがないわけではないが、本人が望まないのにこれ以上踏み込むのはでしゃばりが過ぎる。

ならば今は彼女の意思を尊重しよう。

胸の内に芽生えた違和感を隅に追いやり、作業に取り掛かる。

あれやこれやと互いに意見を出し合いながら、余分な部分は削ぎ落し、不足している箇所に肉付けしていくこと数十分。

 

「とりあえず、今はこんな具合でいいんじゃないか?」

 

「うーん、そうかしら?例えば、この学校の歴史について紹介する部分をもう少し具体的に説明できればきれいにまとまると思うのだけれど……」

 

ひとまず自分の中で区切りをつけてはみたが、対して絵里は暫定的な出来栄えに未だ満足いかないのか眉間を寄せている。

時計に目を向ければすでにいつ亜里沙たちが帰ってきてもおかしくない時間帯に突入していた。

 

「絵里、一旦落ち着け」

 

「あ、ちょっと!」

 

ぶつぶつと思案に耽る絵里には悪いが、頃合いだと見計らい原稿を取り上げた。

当然、不満げに睨めをきかせてくるがどこ吹く風と適当に受け流す。

 

「あんまり難しく考えすぎてるとアホな夢見ちまうぞ?」

 

「アホな夢?」

 

迂闊にも、ほぼ勢いでかつてのトラウマを掘り起こしてしまったがどうやら絵里の興味を引いたようだ。

ああ。と頷きつつ、このまま彼女の気分転換も兼ねて聞かせることにした。

 

「普段まじめな人がアホになって、ただでさえアホな奴がさらにアホになって、無理矢理アホなことさせられて……アホのビンタをおみまいされて………次第に自分もアホに染まっていくんだ……」

 

気付けば込み上げてくる虚しさに耐えきれず両手で顔を覆っていた。

無理だ。素面を貫こうと心に決めていたが、あれだけは未だに受け付けられない。

 

「……何その悪夢?」

 

絵里は絵里でアホのビンタって……、と引きつり笑いを浮かべている。

そうだな、悪夢以外の何物でもないな、アレは。

実際にアレのせいで一時は『答えを出すもの』を失ったわけだし。

ちくしょう、ちょっと泣きたくなってきた。

 

「よく分からないけど、相当追い詰められていたのね、清麿……大丈夫?」

 

「ああ、問題ない。ブラゴ大将軍なんていないんだからな」

 

「ねえ?本当に大丈夫なの?ねえ?」

 

励ますつもりが逆に励まされてしまうこの状況。

どうやらあの悪夢は思っていた以上に俺の心の奥深くに食い込んでいるようだ。

遠い目から復帰した時、げんなりする絵里を見て申し訳なく思うのだった。

 

「と、とにかくだ。俺が言いたいのは、ここからは亜里沙たちの感想を聞いてからの方がいいんじゃないかってことだ」

 

気を取り直して軌道修正に試みる。

実際問題、スピーチの良し悪しの判断は当事者である受験生に委ねられるわけだ。

これ以上煮詰めるならば、まずは当人たちの生の声を反映させるべきだ。

すると、絵里はしばし考える仕草を見せるとひとつ頷いて頬を弛ませた。

 

「なるほど……うん。それもそうね」

 

どうやら俺の提案は聞き入れてもらえたらしい。

しかし凝り固まった気持ちをほぐすように足を崩す絵里に倣って、俺も一度背筋を反らした時だった。

 

「あ、でもやっぱりこの部分だけどうしても気になるのだけど……ダメかしら?」

 

何をして時間をつぶすかと考える間もなく、期待の眼差しで詰め寄られた。

言ったそばからとも思ったが、彼女の飾り気のない笑みには譲れないという強い意志。

ならば俺もとことん付き合うしかないか。

 

「わかったよ。どの辺りだ?」

 

結局、俺たちは亜里沙たちが帰って来るまで原稿の添削は続いてしまうのだった。

 

                    ☆

 

それは、本当に唐突の出来事だった。

 

「私にダンスを?」

 

「はい!教えていただけないでしょうか!」

 

次の日、生徒会の仕事に取り組んでいたところに現れた穂乃果、海未、ことり。

3人のやけに神妙な雰囲気に何事かと勘ぐってみれば、まさかの絵里にダンスの指導をしてほしいというお願いだった。

 

「本気なの?」

 

「はい!お願いします!」

 

警戒心剥き出しで念押しする絵里だが、なおも穂乃果は食い下がる。

 

「………」

 

急転する事態にさすがに面食らっていると、海未と絵里から視線が向けられた。

察するに、各々に思惑があるようだが俺の判断も仰ぎたいといったところか。

廊下の隅の方では壁際に身を潜めるような体勢で部長と1年生組が複雑そうな面持ちでこちらを凝視している。

詳しいいきさつはわからないが、彼女たちも不本意ながらもなりゆきに身を任せるというスタンスのようだ。

……ならば、俺に異論はない。

かまわないという意味を込めて肩をすくめてみせた。

 

「……わかったわ」

 

「本当ですか!?」

 

「あなたたちの活動は理解できないけれど、人気があるのは間違いないようだし。引き受けましょう」

 

その言葉に一斉に顔を綻ばせる穂乃果たちだが、絵里の表情は依然として厳しいまま。

ただ、思うところはあっても認めるべきは認めるところは実に彼女らしい。

 

「でも、やるからには私が許せる水準まで頑張ってもらうわよ。いい?」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

ここに来て怖気づくなんてこいつらに限ってはありえない。

最後に覚悟を問う通告にも強気で受けて立つのだった。

しかし、絵里にダンスを……か。

この手の話題になれば、やはり昨日のバレエの写真が脳裏に過ぎる。

正直、絵里がバレエを習っていたことと彼女の指導を受けることの関係性に確証が持てないが、どこかこの展開をうれしく思う自分がいる。

 

「星が動き出したみたいや」

 

最後に、誰にも聞こえないくらいの小さなつぶやき。

どう転ぶかもわからない展開を前に、胸を踊らせているのだろうか。

本当にうれしそうに純粋な微笑みをたたえる希がいた。




前回の投稿から2年経ってるんですね………。
みなさま、お久しぶりです。
大変、本当、大変お待たせして申し訳ありません。
感想返せなくて済みません。
プライベートを含め、FGOが虚無期間に入って時間が空いたため、ゴルメモやってたら思いの外楽しくてテンション(´∀`∩)↑age↑の勢いで一気に書き上げることができました。

μ'sから引き継いでサンシャイン!盛り上がってるなーとか思ってたら、時代はもう新世代に移り変わろうとしていますね。
……いやー、みんなかわいいっす(笑)
皆さんはもう推しは決まりましたか?
僕はとりあえず各学年までは絞ることができました。
1年はかすみん、2年はせつ菜ちゃん、3年は果林さま。
彼女たちの今後の活躍が楽しみでなりません。

それでは、拙作ではありますが、今後も読んでいただければと思います!
絵里、希加入まであともう一息ですので、どうぞお楽しみに!ノシノシ
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