ラブライブ!~金色のステージへ~   作:青空野郎

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STAGE.37 やりたいことは

「エリチと友達になって、生徒会やってきて、ずーっと思ってたことがあるんや。エリチは、本当は何がしたいんやろって」

 

この場に居合わせたのはただの偶然だった。

 

「ずっと一緒にいるとわかるんよ。エリチが頑張るのはいつも誰かのためばっかりで。だから、いつも何かを我慢しているようで……全然自分のことは考えてなくて……」

 

屋上に向かう途中の廊下の一角で2人の女の子が向かい合っていた。

普段から仲睦まじい2人だが、この時ばかりは様子が違っていた。

 

「エリチの……エリチの本当にやりたいことは!?」

 

まっすぐで、祈るような問いに、壁を背にして俺はただ耳を傾ける。

しばしの静穏。

 

「なによ……なんとかしなくちゃいけないんだからしょうがないじゃない!」

 

そして彼女と一緒に答えを待っていると、やがてもう一人の少女が思いの丈を吐き出した。

 

「私だって、好きなことだけやって、それだけでなんとかなるんだったらそうしたいわよ!」

 

何かをこらえるように肩を小刻みに震わせていた彼女から放たれた怒号。

それは理想と現実の板挟みに苦しんできた少女の慟哭。

恥も面子もかなぐり捨てた少女の心の叫びだった。

 

「……自分が不器用なのはわかってる。でも、今さらアイドル始めようなんて、私が言えると思う?」

 

そんな彼女は、あきらめたように悲しく笑っていた。

矢庭に走り去る音を聞きながら思いを馳せる。

ようやく聞けた少女の心の声を反芻する。

今の自分にできることを考える。

そしてひとつ深呼吸して、歩みを進めた。

 

「悔しいなぁ……」

 

希の背後までたどり着けば、彼女は振り向くことなくポツリとつぶやく。

驚きはしない。

ただ、自分の不甲斐なさを嘆いているであろうことは背中から見て取れた。

 

「結局、ウチは無力や。目の前で泣いてる友達ひとり、助けられない……」

 

我慢しようとしているのかもしれないが、声音は震えている。

 

「……前から思ってたんだが、希は希でめんどくさい生き方してるよな」

 

だから俺は、ため息混じりに思ったことをそのままぶつけてやった。

その無遠慮な物言いにピクリと反応した。

 

「いつもは人をからかって落ち込むさまを楽しむ愉悦主義者のくせに、本気で困ってる奴にはさりげなく気を利かせて手助けしたり。正直、物好きというか回りくどいというか……」

 

「いくらなんでもウチはそこまでねじ曲がった性格してないよ!?」

 

「ウソつけ。お前のおかげで一体どれだけ泣かされてきたと思ってやがる」

 

「……いあやぁ。それに関してはいつもキミの反応がおもしろくてなぁ。つい興が乗ってしまうんよ」

 

心外だとでも言いたげに面食らう面持ちで振り返る希。

だが鼻で笑って一蹴してやれば、心当たりがあるようでバツが悪そうに、それでいて図々しく開き直るときやがった。

あまりにも癪に障る発言だったが、まあ、今はいいだろう。

やっぱりお前はそうでなくちゃな。

泣いてる顔なんかよりずっといい。

 

「でも、そうやって力になってくれたから俺たちはここまで来れたんだよな。部長のことも、期末試験の時も。他には……μ’sの名前を付けてくれたり、な」

 

別に確証があったわけではなかった。

根拠も証拠もない推測だが、彼女のこれまでの行動を振り返ればあり得ない話ではないというだけのあてずっぽうに過ぎない。

だが、俺の予想は的を射ていたようで、希は照れも交えた苦笑いを浮かべていた。

 

「アハハ……さすがはキヨちゃんやね。でも、そんなかっこいいことでもないやろ?所詮、こんなことくらいしかウチにできることはなかったっていう話だったん」

 

「アホか。こんなことくらいしか、なんて小さい話なんかじゃねえよ」

 

これまでの自身の行動を顧みて再び顔を俯かせる彼女に否を叩きつける。

 

「さっきだって、希のおかげであいつの本音を聞くことができたんだ。そんなお前が無力だってことは絶対にない。でなきゃ、それこそあいつはとっくの昔に折れてたさ。そんなの、俺なんかよりもよくわかってるだろ?」

 

そう、これは誰にでもできることではない。

近で寄り添って、時には遠くから見守って、ずっと誰かの支えになりたいと奔走してきた彼女だから成しえることができたことなんだ。

だから胸を張って断言する。

 

「大丈夫だよ。希の言葉はちゃんとあいつに届いてる、まちがいなくな」

 

それを誇るべきだと言って聞かせる。

 

「だから、お前はいつものようにふてぶてしく笑って待ち構えてりゃいいんだよ」

 

少しばかり挑発が含まれた言葉にそして、希は頬を弛めた。

 

「……エリチのこと、お願いしていい?」

 

そんなこと、聞かれるまでもない。

 

「またいつものカードのお告げってやつか?」

 

「ううん。今回ばかりはウチの勘や」

 

どうやら、いつもの彼女が戻ってきたようだ。

本当、こういう時に限ってこいつは、と呆れてしまうがようやく笑ってくれたから良しとしよう。

 

「希の思いはちゃんと受け取った。選手交代だ。―――あとは任せろ」

 

最後に、隣を通り過ぎたところで、わずかに涙を残す彼女に不敵に笑ってみせた。

 

「だから、それまでにはちゃんと泣き止んどけよ」

 

「―――うん」

 

こうしてまたひとつ、願いを託された。

ならば俺も、俺にできることをやり遂げよう。

あいつが何度でも手を払いのけるというのなら、俺は何度でも手を伸ばし続ける。

今度こそ掴んだ手を離さないために。

あいつの『答え』を無駄にしないために。

 

                       ☆

 

「お兄さん」

 

帰り支度を済ませ、玄関に差し掛かったところで呼び止められる。

振り向けば、不安に揺れる瞳で俺を見つめる亜里沙がいた。

 

「最近、お姉ちゃんの様子ってどうですか?」

 

唐突の質問に目を丸くしつつも、同時にも納得していた。

それは1時間ほど前のこと。

原稿の組み立てを進めていた時、予定通りの時刻に雪穂を連れて亜里沙が帰宅。

面子がそろったことを確認ところで早速スピーチの予行演習が行われた。

練習が始まって数分、まずは絵里の様子を伺う。

よどみのない声音でつらつらと原稿を読み上げていく立ち姿は実に様になっている。

まあ、この手の演説なら生徒会の仕事で既に経験済みなためこなれていても不思議ではないのだが。

特に目立つミスもなく聞く分には決して悪くない内容だと思うが、果たして外野はどうだろうか。

まずは亜里沙の姿。

彼女にしては珍しく不満げに眉根を寄せていた。

思いつめたように面持ちを曇らせているが、今は絵里の演説に耳を傾けている。

次いで彼女の隣に視線を移すと、ものの見事に船を漕ぐ雪穂の姿が飛び込んできた。

驚いた。

穂乃果じゃあるまいしとも思ったが、どうやら彼女もこの手の聴き手側は不得手らしい。

だとしても、このまま放置するのは非常にまずい。

絵里は原稿に意識を向けているため気付いていないが、それももはや時間の問題である。

どうするべきかと考えを巡らせてみたものの、無慈悲にもその時は訪れた。

 

『ふわぁ!体重増えたぁ!』

 

夢オチで盛大に誤爆したことで、悪い意味で場が静まり返る。

すぐさま状況を察してたまらず頭を下げる雪穂。

つまらなかった?と尋ねる絵里に対して咄嗟に取り繕うが、その言葉に説得力がないことは誰の目から見ても明らかだった。

思うところがないわけではないが、今は雲行きが怪しくなりつつあるこの空気を持ち直さなければと動こうとした時だった。

 

『亜里沙は、あまりおもしろくなかったわ』

 

立ち上がった亜里沙から放たれた容赦も躊躇もない一言。

今まで静観していたが故の冷然としたその言葉に俺は、おそらく絵里も悟ってしまったのかもしれない。

―――つまり、これが答えだと。

 

『お姉ちゃんは何でこんな話をしているの?』

 

『……学校を廃校にしたくないからよ』

 

矢継ぎ早に投げかける問いに返す絵里の声音は弱弱しい。

そんな彼女に、亜里沙は意を決したように口を開く。

 

『亜里沙も音ノ木坂にはなくなってほしくはないよ。でも、でもね……これが本当にお姉ちゃんのやりたいこと?』

 

真摯な眼差しを向けられて、しかい、ついぞ絵里が言葉を紡ぐことはなかった。

……そんなこともあればまともな意見交換なんてできるはずもなく、演説の練習は中途半端に終わってしまったわけだが。

あの後は簡単に今後の打ち合わせだけを済ませ、残りは後日に仕切り直しという形でまとめて今に至る。

 

「お姉ちゃんここのところ、無理して笑ってる時があるから」

 

先の問いに関して続きを促せば、亜里沙は少し顔を俯かせながらつらつらと語り始める。

 

「音ノ木坂での話を聞いてても、時々楽しそうじゃなくて。……この前だって、無理して倒れちゃったんですよね?ただでさえお姉ちゃん、ポンコツなところがあるのにこれ以上……」

 

さりげなくヌけているところがあることはすでに見抜かれているようだが、それはそれとして。

 

「……優しいな」

 

何気なくこぼした一言に亜里沙は小首を傾ける。

 

「ホント、よくできた妹だよ、亜里沙は」

 

そんな彼女の頭に手を伸ばせば、素直に受け入れてくれた。

 

「心配はいらねえよ。あいつはいつもより少し頑張りすぎてるだけなんだ」

 

そのまま強めに撫でれば少し驚きながらもくすぐったそうに目を細める純朴さに、頬が緩む。

 

「もしかしたら、今以上に無茶をするかもしれない。でも、あいつには頼りになる仲間がたくさんいるんだ。……だからもう少しだけ、いつものポンコツなあいつに戻るまで、あいつのことを信じて待ってあげていてくれ」

 

状況は好転するどころか、結果としては最悪の部類に入るのかもしれない。

これ以上あいつにしてやれることなんてないのかもしれない。

それでも、惨めでも不様でも最後の最後まで足掻いてやろう。

またひとつ、託された願いに応えるためウソ偽りなく強気で笑ってみせる。

 

「うん!約束だよ、お兄さん!」

 

俺の思いが伝わったのか、亜里沙にも爛漫な笑顔が戻った。

それを見て、俺も頑張らなければと改めて気合を入れ直すのだった。

 

 

                       ☆

 

穂乃果たちの頼みによって絵里がダンスを指導するという急展開を迎えた翌日。

 

「うわっとっとっと、どぅわああ~!」

 

まずはオープンキャンパスで披露するダンスの実演中、バランスを崩した星空が地面にお尻を打ち付けてしまった。

 

「いったーい!」

 

「全然ダメじゃない!よくこれでここまでこられたわね!」

 

涙目になる星空に見かねてさっそく絵里の叱責が飛ぶ。

 

「すみません……」

 

いたたまれなさそうに謝る穂乃果の後ろで、俺も気まずさで目を反らしそうになった。

基本的にこれまでに公開したものは、撮影した映像を編集したものだったために時間さえかければそれなりの結果は得られていた。

だが、オープンキャンパスではそんな魔法は当然使えない。

もしもこれが本番だったらと思うと、考えただけでもゾッとする。

 

「昨日はバッチリだったのに~!」

 

「基礎ができてないからムラができるのよ。足開いて」

 

「こーお?」

 

屋上に響く泣き言にかまうことなく、新たな指示を出す絵里。

言われた通りに足を開いた体勢をとる星空に近づき、その背中を強く押し出した。

 

「―――ほぉう!」

 

「ぇ……」

 

少し窮屈そうな息を吐きだしながらも特に苦も無くお腹を地面につけてみせた星空。

そして予想した結果と違ったのか、絵里に面食らった表情が表れていた。

 

「……みんなもできるの?」

 

「当然でしょ?清麿にイヤというほど指導されてるんだから」

 

彼女を中心に何とも言えない沈黙が生まれること数秒。

気を取り直した問いかけに当たり前のように部長が答えれば、絵里の視線が俺に向けられる。

別にごまかす理由もないため、大きく首肯する。

同時に、他のみんなも同意するようにうなづくのを見てしばし瞑目する絵里。

 

「なるほど、ある程度の基礎は出来上がってるみたいね。でも、得意げになってる場合じゃないわよ!ダンスで人を魅了したいんでしょ!このくらいできて当たり前!このままだと本番は一か八かの勝負になるわよ!」

 

しかし、この程度でしり込みする彼女ではない。

むしろ元々持ち合わせていた負けず嫌いに火が付いたようで怒涛の剣幕を放っていく。

 

「嫌な予感的中……」

 

いっそ開き直る勢いで立ち振る舞う絵里に、部長が苦虫をかみつぶしたように小さくぼやく。

ただ、否定しようのない正論のためそれ以上の文句が飛び交うことはなかったが。

 

「あと10分!」

 

今度は振り付け以前の、ダンスの基礎に重点を置いた指導に切り替わる。

身体的な基礎トレーニングとは傾向が異なるためか、途端に全員の顔に苦悶の色が浮かび上がっていくのが見て取れた。

 

「ラストもう1セット!」

 

ここまでの練習風景を見守ること数分でわかったこと。

彼女はかなりのスパルタのようだ。

その指導に個人的な感情が含まれている感が否めないが、絵里の指導に負けじと誰もが指導に付いていく。

されど外野に徹している俺から見ても次第に気が気でなくなってくる。

いかに基礎と言えど、ペース配分を無視し続ければあっという間に限界が近づいてしまうものだ。

そして、やはりその時は訪れた。

 

「小泉!」

 

片足立ちを維持していた小泉の体勢が崩れたのを認めた瞬間、飛び出す。

事前に警戒していたおかげで、地面に体を打ち付ける寸前に受け止めることができた。

 

「かよちん大丈夫!?」

 

「う、うん、先輩が受け止めてくれたから。ありがとうございます、先輩」

 

そう言って立ち上がる小泉。

ぱっと見では特に目立つ外傷は見られなかった点には安堵したが、これ以上無茶を続ければどうなるかわかったもんじゃない。

一度休憩を挟むべきだと進言しようとした時だった。

 

「もういいわ。今日はここまで」

 

ため息とともに絵里から紡がれる冷たい声音。

 

「ちょ、なによそれ!?」

 

「そんな言い方ないんじゃない!?」

 

見限ったように背を向ける絵里に部長と西木野が食って掛かるが、彼女は歯牙にもかけない。

 

「私は冷静に判断しただけよ。自分たちの実力が少しはわかったでしょ?今度のオープンキャンパスには学校の存続がかかってるの。もしできないっていうなら早めに言って。時間がもったいないから」

 

淡々と事実のみを並べ冷酷に言い捨てる絵里。

そのままもう用はないと立ち去ろうとする彼女だったが、しかし―――

 

「待ってください!」

 

穂乃果から放たれた一声がその歩みを止めた。

それをきっかけに表情を引き締めたμ'sのメンバーたちが整列する。

 

「ありがとうございました!」

 

「……え?」

 

そしてきちんとお礼を伝える穂乃果とともにお辞儀する一同。

対して、指導を受けた立場としての筋を通すその様に、絵里は困惑の感情を露わにしていた。

 

「明日もよろしくお願いします!」

 

「「「「「「「お願いします!」」」」」」」

 

彼女たちの本気を目の当たりにして怯みすら見せていた。

 

「―――っ」

 

最後に、臆することのないその姿勢に気圧されたのか、今度こそ絵里は屋上を後にするのだった。

 

                       ☆

 

「絵里のダンスに感動したから、か……。なるほど、ようやく合点がいったよ」

 

練習を終えた後、部室に場所を移した俺は海未から絵里の指導を受けるに至った経緯を聞きだしていた。

まず彼女から手渡された携帯の画面には、バレエを踊る幼い絵里の姿が映っている。

クラッシックな曲調に合わせ、スポットライトの下で流れるようなしなやかさで優雅に踊ってみせていた。

どうやら、先日の公園でひと悶着があった後、絵里の過去を知るであろう唯一の人物である希の元を訪れたらしい。

彼女から事の詳細を教えてもらい、この動画もその時にもらったもののようだ。

 

「勝手に決めて申し訳ありませんでした」

 

「気にするな。俺の方こそ、ダンスに関してはほぼ任せきりだったからな」

 

頭を下げる海未に、かえってこっちが申し訳なくなってくる。

他のメンバーと話し合っていた時刻はちょうど絵里と生徒会の作業に取り掛かっていたころだ。

家に帰った時もかなり遅い時間だったし、携帯を持っていなかったことも災いして事後報告となってしまうのも当然だ。

これに関しては彼女たちを責めるつもりはない。

 

「清麿くんはどう思いますか?」

 

改めて意見を求められ、思案する。

 

『私にとっては、スクールアイドル全部が素人にしか見えないの』

 

思い浮かぶのは、あの日絵里が去り際に残した言葉と、彼女の部屋に飾ってあった写真。

海未の話によると、かつての絵里はバレエのコンクールに何度も入賞するほどの才能を持っていたそうだ。

それこそ、本場ともいえるロシアで培った技量はプロに迫る天才的な実力を誇っていたとか。

しかしコンクールのランクが上がるにつれて、彼女以上に才能を開花させたライバルたちに追い抜かれていき、次第にバレエから距離を置いてしまった。

以上のことを踏まえて、抱いた感想は―――

 

「俺からしたら、アイドルのダンスとバレエは別物に見えるんだよな。正直、まったく毛色が違うもの同士を比べて意味がないとは思うんだが……」

 

「そう、ですか……」

 

俺の返答に海未が顔を伏せる。

何も思うことがないわけではない。

自分の無力さ、不甲斐なさに苛まれる苦しみはよくわかる。

比べる話ではないが、一歩間違えば俺も脱落者(あちら)側に立っていたのかもしれない。

そういう意味では、絵里がどんな気持ちであきらめたのかなんて想像もできない。

 

「ただ、俺もアリだとは思うな」

 

もちろん、気休めで同情しているわけじゃない。

 

「テコ入れと考えれば悪くない。むしろ経験者から直接指導を受けられるなら生かさない手はない」

 

一貫してスクールアイドルを素人と見限る何かがあるとは思っていたが、それがかつての経験からくるものであれば頷ける。

観客の前でパフォーマンスをしたからこその価値観ならば、それは絵里にとっての本物なのだろう。

 

「いっその事、あいつからノウハウを奪いつくすつもりで食いついちまえ」

 

「……はい!もちろんです!」

 

挑発気味に笑ってみせれば、海未は力強い笑みを取り戻してくれた。

完全に迷いの晴れた様子を見届けて、再び映像に視線を落とす。

画面の中の絵里の笑顔を見て脳裏に過ぎるのは、昨日垣間見た寂しげな表情。

果たして、この笑顔は心から咲き誇っているものなのだろうか。

そういえば、最後にあいつの心からの笑顔を見たのはいつだっただろうか。

さまざまな疑問がせめぎ合う中で、ひとつ思う。

なあ、絵里―――お前は、本当はもう『答え』に気付いてるんじゃないのか?

 

                       ☆

 

「おはよう!」

 

「おはよう」

 

「おはようございます」

 

彼女たちからダンスの指導を引き受けて次の日。

私は挨拶を交わす高坂さんたちの動向を出入口の陰から窺っていた。

初日はたまらず中途半端な形で終わらせてしまったため、陰口でも叩くのではないかと邪推もしたが、一向にその様子は見受けられなかった。

昨日だってかなり厳しめに指導したつもりだったけれど、打ち切るまで誰一人あきらめの言葉を口にすることはなかった。

何があの子たちの原動力となっているのだろうか。

 

『私ね、μ’sのライブ見てると胸がカーって熱くなるの。一生懸命で、めいっぱい楽しそうで……』

 

思い返すのは昨夜の亜里沙の言葉。

夢中になっていることろにお邪魔して試しに私も一緒に聞かせてもらえば、亜里沙の言う通り、生き生きとしている……のかもしれない。

けれど、やはり何度見ても粗末で拙い技量に辟易して、全然なってないと切り捨ててしまう。

 

『お姉ちゃんに比べればそうだけど……でも、すごく元気がもらえるんだ』

 

はにかむ妹を見て思う。

一体彼女たちのなにがそんなに惹きつけるのだろう。

 

『でも、同じ願いを重ねた時の力の大きさも知っている。だから俺は、俺自身の意思であいつらの味方になることを選んだんだ』

 

あなたは彼女たちになにを見出したの?

 

「のぞき見ですか?」

 

回想に耽っていたところ、横からかけられた声に意識が引き戻された。

 

「ぁ、いえ……」

 

視線を移せば、西木野さんがいぶかし気な面持ちでこちらを見つめている。

けれど少し反応が遅れてしまったせいで、押し黙ることしかできなかった。

こんな時、清麿なら皮肉のひとつでも返して余裕を見せつけるのだろうか?

 

「あー!」

 

今度は階段の踊り場から活力のある叫声が耳朶を打つ。

見れば、こちらを指さす星空さんがいた。

彼女は私の姿を認めるや否や、階段を駆け上がる勢いのま背中を押されてしまい、抵抗する間もなく屋上に足を踏み入れてしまった。

 

「おはようございます!」

 

「まずは基礎からですよね!」

 

私の登場に屈託のない笑顔で応じてくる姿勢に、さらに戸惑いを覚える。

昨日の今日だというのに邪険の感情がまったく見られない。

後から現れた小泉さんと矢澤さんも含め、向けられる視線に敵意の色もない。

心待ちにしていたかのような清廉さ。

正面から受けて立つかのような向上心。

一点の曇りのない眼差しが一層私の心を揺さぶってくる。

その一方で動揺を悟られまいとしているのだろうか、無意識のうちに訊ねていた。

 

「辛くないの?」

 

一瞬、皆が呆けた顔をしたが、どうしても聞かずにはいられなかった。

 

「昨日あんなにやって、今日また同じことをするのよ?第一、うまくなるかどうかも分からないのに……」

 

「やりたいからです!」

 

正体不明のなにかに苛まれながら呟いた問いに、間髪入れずに高坂さんが言い切ってみせた。

 

「確かに練習はすごくキツいです。体中痛いです。でも、廃校を阻止したいという気持ちは生徒会長にも負けません!だから、今日もよろしくお願いします!」

 

「「「「「「「お願いします!」」」」」」」」

 

思わず力強い言葉にたじろいでしまう。

目の前の少女たちから伝わってくる迷いのない意志に胸の内をざわつかせてくる。

もはや、言葉が出なかった。

 

「――――っ!」

 

気付けば、私は屋上を飛び出してしまっていた。

 

                       ☆

 

まだ朝早い時間帯のためか、人の気配のしない校舎を当てもなく進んでいく。

やってしまった。

昨日に続いてまた同じ失態を犯してしまったことが度し難いほどに情けない。

今すぐ戻らなければという焦燥と、今さら戻れないという慚愧が心をかきむしる。

どうしてこうなってしまったのか……その答えはすぐそばにあるような気がして。

清麿の強さに憧れて、頑張れば必ずその答えに手が届くと思って、でもやっぱり届かなくて。

とにかくまずはひとりになりたくて、歩みのペースを上げようとした時だった。

 

「ウチな……」

 

冷静さが失われていても、耳打つ静かな声。

 

「―――希」

 

振り返れば親友の姿が。

 

「エリチと友達になって、生徒会やってきて、ずーっと思ってたことがあるんや。エリチは、本当は何がしたいんやろって」

 

わざわざそんな事を言うためにやって来たのだろうか。

だとしたら、相変わらずのお節介というかお人好しというか……。

けれど、今の私は言い返すための言葉を持ち合わせていなかったために口をつぐんでしまう。

そんな私に、彼女語っていく。

 

「ずっと一緒にいるとわかるんよ。エリチが頑張るのはいつも誰かのためばっかりで。だから、いつも何かを我慢しているようで……全然自分のことは考えてなくて……」

 

これ以上ここにいたくないという焦りが、沈黙を装う私の心境を容赦なくかき乱してくる。

確信を突くその言葉から逃げ出そうとしても、けれど希は見逃してはくれなかった。

 

「学校を存続させようってのも、生徒会長としての義務感やろ?でも前にキヨちゃんが言うてたやろ、義務と意志は違うって。理事長がエリチのこと認めなかったんも、そういうことと違う?」

 

……希に指摘されて、いよいよ向き合わざるを得なくなってきた。

そう、確かに彼が言ってたこと。

彼女たちが持っていて、私にないもの。

最初からすぐそばにあった本当に些細な想い。

私がいつのまにか忘れ去ってしまったもの。

ちっぽけで、それでいてあたたかな、ありふれた輝き。

もしかしたら理事長も清麿も、私がその『答え』に辿り着くのを待ってくれていたのかもしれない。

そうなのだとしたら……なおさら悔やんでも悔やみきれない。

 

「エリチの……エリチの本当にやりたいことは!?」

 

その問いかけに、握りしめる拳にさらに力がこもる。

ああ、認めてしまえばどれほど楽なのだろうか。

いつか清麿が言っていた、認めた時に答えを聞かせてほしい、と。

すぐにでもこの気持ちを伝えられたなら、きっと……。

 

「なによ……」

 

けれど、いざその一線を前にすると足がすくんでしまう。

現実が自分の愚かさを突きつける。

後悔で塗りつぶしてしまった過去が、今さらお前にそんな資格はないと牙をむいてくる。

 

「なんとかしなくちゃいけないんだからしょうがないじゃない!」

 

もう抑えの利かない激情を言葉にして、初めて大切な親友に怒声をぶつけてしまった。

これが八つ当たりだってことは分かってる。

でも、もう止められなかった。

 

「私だって、好きなことだけやって、それだけでなんとかなるんだったらそうしたいわよ!」

 

義務や意志、立場の話を抜きにしても、私は生徒会長としての責任も放棄するわけにはいかない。

それは―――希、おばあさま、亜里沙、理事長、μ’sのメンバー、清麿―――私の心の中にある人たちすべて、そして私自身への侮辱だ。

 

「……自分が不器用なのはわかってる。でも、今さらアイドル始めようなんて、私が言えると思う?」

 

ぐるぐると渦を巻いていた感情が行き場を失い、やがて涙となって溢れてきた。

そして、見てしまった。

―――滲んだ視界で驚きと悲痛に染める希の顔を。

やってしまった。

凝り固まった猜疑心に振り回された末路に大切な親友を巻き込んでしまった。

何か言わなければと思っても、それなのに、私は漏れそうになる嗚咽を抑えるのが精いっぱいで。

鬱屈した自己嫌悪でますますやり切れなくなってくる。

今にも泣き崩れてしまう姿だけはさらしたくなくて、結局、今の私にできたのはこの場からただ走り去ることだった。

 

                       ☆

 

μ’sから、そして希の前から逃げ出してしまい、やがて辿り着いたのは自分の教室だった。

道中は誰かとすれ違ったような気もするし、そうでもない気もする。

ただ、今教室に誰もいないことはせめてもの救いだった。

力のない足取りで窓際にある自分の席に座り、ぼうっと外を見やる。

―――本当にこれでよかったの?

窓ガラスに映る自分自身にそう問われたような気がした。

 

「―――っ」

 

咄嗟に視線を逸らせば、今度は彼女たちの練習場所(屋上)が視界に映る。

今、彼女たちは何をしているのだろうか……。

きっと私なんかいなくても、上手く立ち回っているのかもしれない。

今となってはそれすら些末なことだが、ふと思い返す。

あれほど毛嫌いしていたはずなのに、私から見れば格下の、まだまだ未熟で、とても純粋な彼女たちのまっすぐな姿。

 

「私の、やりたいこと……」

 

そんなもの、と静かにかぶりを振る。

踏み出す勇気がなくて、自己完結で蓋をして、胸の内の声にすら耳をふさいでしまう自分にあの輪に飛び込むことなんて許されるわけがない。

もう引き返せないとわかってても、未だに未練がましく思っている自分がいて―――

自業自得の末路だと理解しても、未だに助けてほしいと叫ぶ自分がいて―――

最後に私の脳裏に浮かんだのは、なにがあっても私の味方でいてくれると言ってくれた彼だった。

でも、今ここに彼はいない。

私がここにいることなんて知る由もないのに、おこがましくも心が求めてしまう。

 

「そんなの……」

 

やがて自制心が音を立てて崩れ、堰き止めていた感情が再び溢れ出ようとした時だった。

 

「へえ、初めて見たけどここからの眺めもいいもんだな」

 

そして、たまたま見かけたから声をかけたみたいな気軽さで、いつかの夏の日に見た時と同じ何食わぬ顔で彼が私の前に現れたその瞬間、言葉にならない感慨が芽生えた。

 

                       ☆

 

希に啖呵を切ったあと、首尾よく絵里を見つけることができたことに内心胸をなでおろす。

時間も限られていることだし、辛気臭い顔をしている彼女にさっそく一撃かまさせてもらった。

 

「で、どうだい?自信もプライドも尽くへし折られた気分は」

 

絵里の目には今の俺がさぞ意地悪く映っていることだろう。

その証拠に、自分でも悪趣味な問いかけに対して彼女は眉間に皺を寄せていた。

お互いの視線がぶつかり合うことしばし、まだ朝の喧騒が届かない静寂に耐えかねたのか絵里が口を開く。

 

「……正直、基礎の部分が出来上がっていたことには素直に驚いたわ。あなたが教えてたんでしょ?」

 

睨みながらもわずかに涙ぐんだ声に首肯する。

 

「まあな。何をするにしても、真っ先に徹底させてたんだ。それこそ、あの程度で根を上げて投げ出すくらいならとっくの昔に止めさせてるよ」

 

「なら、このままあなたが指導すればいいじゃない…!」

 

今度は苛立ちの混じった声音をぶつけてくるが、その発言を否定の意味も込めて息をひとつ吐きだした。

 

「そうは言っても、あいにくバレエのことはさっぱりだからな。それに、素人と経験者とじゃやっぱり説得力が違うだろ?」

 

教える立場としての正論に顔を伏せる絵里。

本来ならば今はμ’s練習の指導をする時間帯だ。

にもかかわらず、責任感の強い彼女が希と口論をしてまで役目を放棄してしまっている。

それ程の明らかな心境の変化に揺れる今の彼女にはよほど堪えたみたいだ。

ずっと考えていた。

絵里が音ノ木坂を守ろうと息巻いていた時、その根幹になにがあるのかと。

母校であるという思い入れ。

生徒会長としての責任。

入学を控えている亜里沙のため、というのもあるのだろう。

だが、それだけではないということもなんとなく察してはいた。

そして今も確証はないが、心当たりがないわけでもなかった。

 

「確か、絵里のおばあさんも木坂の卒業生なんだよな?」

 

初めて絵里がクォーターであることを知った時についでに教えてもらったことだ。

虚を突かれたように目を丸くしたのも束の間、絵里は小さくうなずく。

その瞬間、俺がおばあさんの写真を見入っていた時と同じ陰りが差し込むのを見逃さなかった。

 

「なら、今まで絵里が学校を守ろうとしてたのはもしかして……」

 

見えない何かを掴みかけているその問いに、ついに彼女は根負けの息をつく。

 

「ええ、その通りよ。そして私が音ノ木坂に入学したのもおばあさまの影響。小さいころからの、私の憧れだから……」

 

その言葉でバラバラだったパズルのピースが当てはまっていくような確信に至った。

以前に仲違いを起こした時にも感じた、彼女が廃校のさらに向こう側で見ているもの。

突き詰めた話、罪悪感ということか。

憧れた人と同じ憧れた場所に立ち、しかし自分の代で失われてしまうかもしれない。

力及ばず、自身の不甲斐なさを受け入れられずに彷徨うなんてのは、確かにキツイ……。

それにしても―――憧れ、か。

だが、今の絵里の姿を見てると拘っている……いや、囚われていると言った方がいいかもしれない。

 

「なるほどな。で、これからどうするつもりなんだ?」

 

ようやく絵里を縛り付けているものの正体を知ることができたところで、話を戻す。

改めて現実を突きつければわずかに顔を強張らせるのを横目に、あえて彼女の言葉を待つ。

 

「……どうもしないわ。残された時間で廃校を阻止する方法を考えて、実行する。それだけよ」

 

「請け負った役割すら途中で放り出すような奴にできるとは到底思えないんだがな」

 

まだ心は折れていないようで、剣呑な言葉を繰り出すがやはりどうも尻窄んでいる。

即座に切り返せば、悔しそうに歯噛みしていた。

 

「それでも、ここで私が踏み止まなければ、誰が学校を守れるのよ……!」

 

「ならここで塞ぎこんでたらなにか変わるのか?無意識のうちにムキになったままぐずぐずしている方がよほど非合理だと思うがな」

 

誰よりも音ノ木坂の生徒としての誇りを持つ彼女が言葉を詰まらせてしまった。

心から憧れた面影を追いかける程の彼女の理想の底を見抜いてしまった。

それは、守る意味すら見失ってしまった彼女にとっての、最後の逆鱗だった。

 

「じゃあ……じゃあ、どうすればよかったの!? 私だってわかってる!だからこのままじゃいけないから変わらなくちゃと思って私なりに頑張ってきたの!彼女たちの指導を請け負ったのも、もしかしたら何かが変わるかもと思ったけど、でもやっぱりダメで……。もう、なにが間違ってたのかもわからないの……。ねえ、私はどうすればいいの!?教えてよ!教えてよ、清麿……」

 

悲痛の叫びとともに俺を睨め据える彼女の瞳からあふれる涙を見た瞬間、たまらなくなった。

今だって、煩悶しながらもひとりですべてを背負い込もうと強がって見せている。

でも、もうその役目は終わったのだと、そっと、彼女の頭に手をのせる。

わかっている。

平気なはずがない。

大丈夫なはずがない。

このままでいいわけがない。

縋るような視線が向けられるが、俺は慰めるためにここに来たわけじゃない。

助けを求めて手を伸ばす彼女をどん底の景色から引きずり出すために来たんだ。

本当はもうちょっとスマートにできると思ったんだがな……。

今の絵里と本気で向き合うためには、やっぱり、俺にはこんな方法しか思いつかねえや……。

 

「絵里、ちょっと腹くくれ」

 

一瞬怪訝な顔をする絵里が何かを言おうとしていたが、その寸前に俺は全力で拳を振り下ろした。

 

 

ガンッッ!!!

 

 

机から木霊する鈍い音に絵里が肩をびくっと震わせた。

 

「教えてよじゃねえ!いつまでもつまんねえ御託並べて自分をごまかしてんじゃねえぞ!!」

 

2人だけの世界に怒号が響き渡る。

途端に怯えた眼差しを睨み返すことで捻じ伏せ、さらに続ける。

 

「どうすればいいいかだと?その答えはもうお前の中で出てるんじゃねえのかよ!?」

 

自分の弱さをさらけ出したのなら、もう目を背けることを許さない。

それが彼女の最後の支えであるとしていても、指摘しないわけにはいかなかった。

すると、無遠慮に絵里の心に踏み込んだ言葉を聞いて、彼女の瞳に怒りの色が甦る。

 

「なによ……簡単に言わないでよ!私にはやるべきことがあって、それが私にしかできないことなんだから私がやるしかないじゃない!そんな私が、今さら生徒会長としての立場を捨てるなんてできるわけないでしょ!?」

 

「自分の気持ち押し殺してまで果たさなきゃならない使命こそ捨てちまえばいいんだよ、そんなもん!今だって結果よりも、あいつらのひたむきに頑張る姿に心が動かされたんじゃないのか!?だからこそ、お前はそんなに苦しんでるんじゃないのかよ!」

 

「―――っ」

 

未だに拒絶の姿勢を崩すことはなかった絵里が言葉を詰まらせる。

μ’sと絵里の決定的な違い。

両者とも、学校のために、そして誰かのために頑張っている。

けれど絵里にとっての誰かの中には、悲しいことに絵里自身が含まれていない。

ホント、不器用にもほどがあるだろ……。

 

「本当はあきらめたくないんだろ?だったら手を伸ばせばいいんだよ!『今さら』どちらかを切り捨てるんじゃない。『まだ』お前はそのふたつともを掴み取ることだってできるんだよ!」

 

「そんなの、無理よ……!たとえ手に取ることができるとしても、私自身がそう簡単に割り切れない!間違え続けてきた私にそんな資格なんてないのよ!」

 

「それは違う。お前は何も間違えちゃいない。ただお前は道に迷ってるだけで、お前が目指した場所は間違いなんかじゃないんだ。誰かのために光を照らそうとするその心は、自信を持って誇るべき願望なんだよ!」

 

確かに、目の前の少女は挫折を受け入れてしまったのかもしれない。

かつての俺のように後悔に屈したのかもしれない。

それでも、皮肉にも、後にも先にも道は続いている。

もしも、這いつくばってでもその道を進もうとするのなら―――

譲れない大切なものを抱えながらも折り合いがつけられないのなら―――

 

「それでも、お前が何かを切り捨てなきゃ前に進めないって言うなら、俺が拾ってやる!お前が取りこぼしたもの全部拾い上げて一緒に進んでやる!だから、頼むから自分の心にウソをつかないでくれ……!」

 

だからこそ、泥の中で藻掻き続けている彼女に届けるために謡う。

どんなに負い目を感じているとしても、手を伸ばしてはいけないなんて道理はないだと。

 

「絵里。お前は自分を変えられなかったんじゃない。変わらなかったんだ!」

 

俺の言葉に、怪訝そうに呆ける絵里に噛んで含める。

 

「どれほど後ろめたくても、屈折した自己嫌悪があっても、お前は変わることなくたくさんの人の願いを繋げようとして来た。そうやってお前はいつだって、誰かのために頑張ってきたんだ!すごいことなんだよ!お前のようにすごいやつが、過去に捉われたまま腐っていいわけねえんだよ!」

 

所詮はただのきれいごとなのかもしれない。

でも、きれいごとにはきれいごとなりの強さがある。

変わることが人の強さなら、変わらないこともまた人が持つ強さだ。

 

「絵里、お前は知ってるはずだ。無理やり正しいと思いこむことがどれだけ空しいかを……。だからこそ、お前はまず、周りを見渡せばよかったんだ」

 

確かに、変わることは怖いことかもしれない。

だが、俺は知っている。

一歩踏み出せば、自分も、世界も簡単に変えられると。

なにより―――

 

「自分を許せなんて言わねえ。でも、いい加減、下ばっか見てないで顔を上げてみろ」

 

含めた言い方で視線を移す俺に釣られて、絵里も視線を巡らせる。

そして、彼女に差し出された掌がひとつ。

 

「そうすりゃ、新しい景色に出会えることだってあるんだからよ」

 

泣いている誰かを放っておけないバカが、確かにいるのだと。

 

「あなたたち……」

 

何が起こっているのかわからないのか呆然と呟く絵里の眼の前には、掌を向ける穂乃果、μ'sの面々、そして希の姿が並んでいた。

 

「生徒会長……いえ、絵里先輩。お願いがあります!」

 

屈託のない笑顔で話しかける穂乃果に、しかし絵里は眉をひそめる。

 

「練習、なら昨日言った課題をまず全部こなして―――」

 

「μ’sに入ってください!いっしょにμ'sで歌ってほしいです。スクールアイドルとして!」

 

今度こそ何を言われたのか理解が止まったのだろう。

絵里は大きく目を見開いて、かつてない動揺を露わにしていた。

 

「……なに、言ってるの?私がそんなことするわけないでしょ?」

 

「さっき希先輩から聞きました」

 

それでもなお、拒絶の姿勢を見せる絵里に、次に海未が前に出た。

 

「やりたいなら素直に言いなさいよ」

 

「にこ先輩に言われたくないわね」

 

やれやれと息を吐く部長と、彼女に皮肉を返す西木野。

2人ともに呆れはあっても、不満の感情は見られない。

他のメンバーも同様に、絵里を待ちわびているかのように頬を弛めていた。

察するに、ここにいる全員が状況を共有しているようだ。

さて、これでウソも建前も通用しなくなったわけだが……さて、どうする、絵里?

 

「ちょっと待って。別にやりたいなんて……だいたい、私がアイドルになんておかしいでしょ?」

 

「やってみればいいやん」

 

続いて、言葉尻を弱らせながら戸惑う絵里に希が応えた。

 

「特に理由なんて必要ない。やりたいからやってみる……本当にやりたいことなんて、そんな感じで始まるんやない?」

 

これ以上にないほどシンプルで至極まっとうな物言いに、絵里は白黒させる眼差しで俺に問うてきた。

もちろん、答えは決まっている。

 

「そういうことだ。あとはお前次第だぜ?」

 

今ここに道が示された。

周りには取りこぼしたものを背負ってくれる仲間がいる。

ならば、何を迷うことがあるだろうか。

ここにいる誰もが、絵里の答えを待ちわびている。

そして、俺の言葉が最後の一押しになったようで、絵里は口元を綻ばせて静かに、それでいて確かに穂乃果の手を掴み取るのだった。

 

「絵里さん……」

 

「これで8人!」

 

「いや、9人や……ウチもいれて、な?」

 

新たな仲間が増えたことに笑顔を浮かべるメンバーたちだったが、そこに割って入るエセ関西弁。

意味深なその発言に誰もが驚きの面持ちを浮かべていた。

それはかく言う、俺も。

 

「希先輩も?」

 

「……本気か?」

 

いかん、つい口が滑ってしまった。

いや、別に彼女がメンバーに加わることを忌避しているわけではない。

ただ思うところがないわけでもなくて……。

ひとりだけみんなと思惑が異なる声音に反応した希が目を細めた。

俺だけに向けた怪しく口角を上げるその表情は間違いない、今まで何度も泣かされてきた愉悦の微笑み。

うん、ここに来て自爆は勘弁なので今は大人しくしておこう。

希もすごすごと引き下がる俺の意思を察してくれたようで微笑みの色を変える。

 

「占いに出てたんや。このグループは9人になった時に未来が開けるって。だからつけたん。9人の歌の女神―――『μ’s』って」

 

「てことは、あの名前つけてくれたのって、希先輩だったんですか!?」

 

予想外の暴露にさらに驚きの輪が広がる。

対して希はというと、してやったりのドヤ顔がご満悦であることを物語っていた。

 

「希……。まったく、あきれるわ……」

 

これには親友も言葉通りにため息で済ませる他思いつかないようだった。

そして、ゆっくりと立ち上がり教室の出入り口に歩みを進める。

 

「どこへ?」

 

海未の問いかけに、絵里はさも当然という風に口を開いた。

 

「決まってるでしょ?―――練習よ!」

 

その瞬間、閑静だった教室に歓喜の声が響き渡るのだった。

 

                       ☆

 

「いつつつつ……。はぁ、見事に腫れてるな……」

 

無事に絵里と、ついでに希もメンバーに加入したその日の放課後。

早朝に続いて昼休み、放課後とオープンスクールに向けた練習は実に質のいい内容で行われていった。

指導者の心境の変化もあってか、誰もが真剣に、それでいて楽しそうに取り組んでいった姿が印象的だった。

このままめでたしめでたし、で終われれば格好はつくのだが―――俺はひとり、保健室で嘆息をつきながら痛みで熱を帯びた右手を見やっていた。

原因は言わずもがな、あの時絵里の机を殴ったことだ。

指先もわずかに痙攣しているが、とりあえず骨や神経に異常はないことは念のため『答えを出すもの』で確認済みである。

しかしここで問題がひとつ。

あの時振るった拳は右手―――俺の利き手だ。

つまりは左手で処置をしないといけないわけで、とにかく包帯が巻きづらい。

別に後悔はないが、やはり勢いに任せるものじゃないな。

そんなことを思いつつ四苦八苦していると、ふと視界の端から伸びた指先が俺の手を取った。

 

「ぶん殴ってでも止めるって、こういう意味だったの?」

 

そこにいたのは、放課後の練習を終えてすでに下校したと思っていた少女だった。

 

「絵里……。帰ったんじゃなかったのか?」

 

俺の疑問に答えず、何やら不満げではあるがやさしい手つきで包帯を巻いてくれていた。

 

「練習中もずっと隠してたでしょ?見てたんだから」

 

どことなく棘のある指摘につい目を反らす。

上手く隠し通せたと思ったんだがな……。

そんな俺の仕草を見て、盛大にため息をついて絵里はジト目を向けてくる。

 

「希もそうだったけど、あなたも大概ね。……私が言えた義理じゃないけど、あなたが傷つくことで悲しむ人間がここにいるってことを忘れないで」

 

それはいつか俺が言った言葉。

まさかここで同じセリフを聞かされることになるとは思わなかったが、それ以上に自然と頬が緩んだ。

 

「ハハハハ、あの意固地だったエリチカさんがずいぶん丸くなったもんだな」

 

しかし、プフーと笑いを漏らせばからかわれたと思うのは当然なわけであって。

 

「ほら、できたわよ」

 

 

パチン

 

 

「イッテェッ!」

 

そのまま無防備を晒した右手を軽くはたかれてしまうのだった。

むくれた横顔に見えた頬の赤みは夕日のせいかそれとも……。

涙目で痛みに悶えていると、そっぽを向いた絵里が再び口を開く。

 

「……あなたにはいろいろと迷惑をかけてしまったわね。本当、ごめんなさい」

 

紡がれたのはものおもいに沈んだ言葉だった。

何を言い出すかのかと思ったが、彼女なりのケジメでもあるのだろう。

だが、俺としても辛気臭い顔をされるのも本意ではないため一笑に付すことにした。

 

「友達なんだから気にするなって、そんなこと」

 

「………」

 

しかし、待っていたのは無反応。

……アレ?一応、区切りにするつもりだったんだが、気のせいか?

 

「……友達……うん、そうよね……友達、だものね……はぁ~~」

 

不自然な沈黙に困惑していると、なぜか今日一番のため息をこぼす絵里。

ブツブツとどこか落胆したようにも見えるのだが、なんでだ?

だが、そんな俺の疑問を他所に、ひとり気をとり直して絵里は見つめてきた。

 

「ううん、気にしないで。とにかく、あなたのおかげで私は自分と向き合えた。弱さを受け入れることができたわ。今度こそ、もう迷わない。だから、これからも私を見てて。生徒会長として、スクールアイドルとして必ず学校を救ってみせるから!」

 

改めて俺と向き合った絵里がひたむきな気持ちを述べていく。

もう、その瞳に淀みはない。

強い心の力で目の前の道を進んでいけるだろう。

 

「ああ、もちろんだ。これからもよろしく頼むぜ、絵里」

 

それにしても、µ's、か……。

まさか本当に9人に揃うなんてな。

 

「うん。ありがと、清麿」

 

そして、心から咲かせた少女の笑顔を見て、俺も負けてられないと決意を固めるのだった。




はい、というわけでやっと絵里と希が加入しμ’sのメンバーがようやくそろいました!

ぃよっしゃあああああああああああ!
終わったああああああああああああ!!
長かった……ここまで来るまで長かったなぁ、ほんと……。

お待たせしました。
ようやく、原作の山場のひとつである絵里&希加入編までたどり着くことができました!!
やはり今回は清麿の説得する件に苦労しました絵里とね。
イメージとしてはウォンレイに叱咤するシーンや命を投げ出そうとするエリーに激怒するシーンを想像していただければと。
あの不条理に真正面から殴り掛かるようなカッコよさが皆さまに届けられればなと思っております。
そして文字数約18000字という、おそらくこの作品最大文字数であるというのはここだけの話。

とりあえず今後は、オープンスクール→ミナリンスキー→ラスボス降臨→合宿、という流れを想定しています。

しばらくはぐだぐだイベント周回しながら書き上げていくので次回の更新は未定ですが、それでも楽しんでいただけると幸いです!

では、一番好きなアーチャーは織田信長、最近のマイブームは五等分の花嫁の青空野郎でした!
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