初ライブの日程は約一か月後に控えている新入生歓迎会の放課後ということで、会場となる講堂もすでに許可を得ているため問題はない。
しかしグループ名は先延ばし、歌う曲も決まらないと問題は山積みだ。
そんな八方ふさがりな今の状況を打破するべく、俺たちは一度作戦会議という名目で穂乃果の自宅に集合することになった。
俺は生徒会、海未は部活動があるため後で合流する手筈となっている。
生徒会の仕事も終え、校門に差し掛かろうとした時にちょうど海未の姿を見つけた。
どうやら向こうも部活を終えたところのようだ。
しかし、弓道部の荷物を担ぐ後ろ姿はどことなく元気がないように見える。
考えてみれば、いざ始めようと意気込んだものの結局、踏んだり蹴ったりな結果で終わってしまったんだ。
あ、海未が小さく肩を落とした。
やはり気にしないほうがおかしいよな。
ふむ、どうせすぐに顔を合わせることになるのもあるが、どうしても今の海未を放っておくことはできなかった。
「よお、お疲れさん」
軽く手を挙げて俺は海未に声をかけた。
「お疲れさまです、清麿くん」
少しばかり歩み速める俺に気付いて海未が小さく笑むも、彼女の表情にいつもの凛とした雰囲気が感じられなかった。
やはり思ってる以上に精神的に堪えているのかもしれないな。
カラスの鳴き声すらすでに遠ざかりつつある陽が沈みかけた道を海未と並んで歩く。
そういえば、こうして海未と2人きりで帰るのは初めてのことだな。
いつもは穂乃果とことりもいっしょだったからずいぶんと静かだ。
別に女の子と下校することに不慣れというわけではないのだが、どこか今までにない緊張感を感じる。
「………………」
「………………」
そのせいか、ただいま現在進行形でお互いまったくの無言の状況が続いていた。
時折、チラチラと海未が何か言いたげな視線を向けてくるが、こちらが気付く素振りを見せれば途端に顔を背けられてしまう。
なんだかよくわからないが…………とりあえず空気が重い。
穂乃果の家までまだ少し距離があったせいか、結局、静寂に耐え切れず、意を決して俺は海未に話しかけることにした。
「なあ―――」
「はいッ!な、なんでしょうか!?」
声をかけるなりビクッと肩を震わせた海未の上ずった返事が返ってくる。
どうでもいいが、反応するなり一歩距離を取るのはやめてくれないか?
さすがにちょっと傷つくぞ。
「………本当にそんなんで大丈夫なのか?」
まあ、俺の傷心は適当に流すとして、言いたいことを理解したのか海未は顔を俯かせた。
「うぅ…………やはり恥ずかしいです」
俺のすぐとなりで海未はかつてないほど顔を紅潮させている。
だが、アイドルとして舞台に立てば当然衆人の注目は避けられないわけで、現時点でこの様なら緊張が限界に達したら果たしてどうなるのだろうか。
来月に控える初ライブまでにこのあがり症を何とかしなきゃいけないな。
「………清麿くんは、私はアイドルに向いてると思いますか?」
唐突に、今にも消え入りそうな声でそんなことを問うてきた。
顔をうつむかせる彼女の姿は吹けば飛んでしまいそうなほど小さく見えた。
「さあな、俺は別にアイドルにくわしいわけじゃないから正直何とも言えん」
これが俺の本音だ。
確かに俺は恵さんとは仲がいいし、何度かライブやコンサートを見に行ったこともあった。
だが、それでもアイドルに興味を抱くことはないまま今日に至る。
協力すると言った手前、俺自身も手探りなスタートになるわけだ。
「そう、ですよね………」
何かを堪えるように海未の表情がさらに曇り、鞄を持つ手にさらに力が込もる。
今、海未の中では不安や焦り、恐怖といった負の感情がせめぎ合っているのだろう。
でも、俺は知っている。
伊達に今まで友達をやってきたわけじゃないんだ。
この程度で潰れるほど、園田海未という少女は弱い心の持ち主ではない。
「なら、いっそのことあきらめるか?」
だから、あえて試す言葉を投げかけてみる。
「―――それはダメです!」
刹那に叫声が響く。
「半端な気持ちで決意したわけじゃないんです!それに、一度決めたことを途中であきらめるなんて、そんな不義理なことはできません。いえ、絶対にしたくありません!」
俺を睨む海未にはいつもの凛々しさが戻っていた。
―――よかった。
その姿に安堵し、俺は口元を綻ばせる。
「それでいいんだよ」
「え?」
俺の返答が予想外だったのか、海未は呆けた表情を浮かべていた。
「もし弱気なこと言ってたらザケルかましてたぜ?」
からかい半分でおどけてみるも、まだ少しばかり動揺を露わにしている。
「ほら、アイドルって自分を見てくれる人を笑顔にしたり、元気にさせるのが仕事だろ?」
多少にわかが介入する予想だが、決して間違いではないはずだ。
ええ、と海未も首肯してくれている。
「だったら尚更、自分に自信を持てない奴が誰かを元気づけられるわけがない。きっとアイドルにもそういう心の強さってのが必要なんだよ」
「心の強さ、ですか?」
「ああ、何があってもその心を忘れなければ大丈夫だ。どんな困難にだってまっすぐ立ち向かっていける」
拳で軽く胸を叩く俺にならって、海未も自身の胸にそっと手を置く。
そう、例え目指す先が違っても、どんなにつらい現実を前にしても、その根本は変わらないんだ。
「何をしたらいいのかわからないのは俺も同じなんだ。一歩ずつでいい。一緒に前に進んでいこうぜ」
「清麿くん……」
お節介だと言われても構わない。
ただ、あいつが、ガッシュが教えてくれたことを忘れたくないんだ。
俺の言葉が、強さが、力が、少しでも誰かを支えられるのなら、俺は俺の全力で応えよう。
それが、友として立てた誓いで、俺にできることだから。
「約束しただろ?俺たちで『答え』を作ろうって。今さらイヤつっても俺は最後まで付き合うからな」
この想いはきっとあいつも同じはずだから。
「…………やっぱり打ち明けてみてよかったです。ありがとうございます、清麿くん」
燻っていた迷いが晴れたのか、海未は頬を緩め柔らかな笑みを浮かべる。
そんな彼女のはにかんだ笑顔に俺は不覚にも見とれてしまっていた。
「お、おう。...とりあえず俺は3人のサポートに徹すればいいんだよな?」
なんとなく悟られたくなくて、それとなく視線を泳がした。
「ええ、主にライブや練習についての提案いただけると助かります。当面は体力作りを中心にした内容を考えていますがどうでしょうか?」
あらかさまなすり替えだったが、どうやらうまくいったようだ。
秘かに胸をなでおろす俺の心境は置いておいて、先ほどまでの弱気が嘘のようにハキハキと答える海未の言うことにも一理ある。
かつて、恵さんも魔物同士の戦いで大きく立ち回りを演じていた。
体力は当然として、心の力を消費して術を発動させる魔物の戦いにおいては身体的、精神的にかなりの負担がかかる。
そう考えると恵さんも当時から相応の体力を有していたということになるわけだ。
「わかった。なら明日までに練習メニューをいくつか考えておくよ」
「助かります。…………はあ、それにしても穂乃果には困ったものです」
海未の溜息をきっかけに話題が穂乃果への皮肉に変わった。
「ハハ、確かにな」
本当に出会ってから今日まで、穂乃果のやることには何度も唖然とさせられたものだ。
「能天気で強引で無鉄砲で。付き合わされる身にもなってほしいものです」
若干グチっぽくなってる気もするが、その気持ちはよーくわかるぞ、海未よ。
「一度火が付いたら周りが見えなくなって後先を考えない」
「ええ」
「それでこっちの都合などお構いなしで、いつもさんざんな目に合わされて」
「その通りです!」
「底抜けの楽観主義なクセにああいう奴に限ってバカみたいに前向きだからたちが悪いんだよな」
「………………」
そこで不意に海未の歩く足が止まった。
急に黙り込んだかと思えば意外そうな視線だけをこちらに向けている。
今度はどうした?
「………ぅっ、ううぅ……………」
何事かと思うや否や、海未は口元を抑えて瞳を潤ませていた。
「え!?ちょっ、えぇえ!?」
思わず予想外の展開に今度は俺が取り乱してしまった。
そりゃ、突然泣かれたら誰だって驚くわ!
なぜだ?一体なぜだ!?
俺、何か泣かせるようなこと言ったっけか!?
今の会話を思い返してしてみるがまったく心当たりがない。
「いえ、違うんです。うれしいんです。このやり場のない気持ちを理解してくれる人がいてくれて……」
俺の心情を察してか海未が慌てて嗚咽交じりの声音でフォローしてくれた。
でも今のは本気で焦ったぞ。
「んな大げさな……」
「そんなことありません!」
緊張から解放され苦笑する俺だったが、矢庭に圧巻する剣幕で迫る海未に怒られてしまった。
「基本的にことりは穂乃果に甘いですし、あの性格ですから結局今回のように私も押し切られてしまうわけですし………清麿くんのように穂乃果の扱いに慣れている人は本当に珍しいんです!」
「いや、そう言われてもだな……」
きっと幼馴染という立場だからこそ、常に気苦労が絶えない日々を送ってきた海未にしてみれば思うところがあるんだろうな。
「でも、不思議とそれが嫌じゃなくて、最後はみんなで笑ってられるから今も友達でいるわけだろ?」
「ええ、そうです。まさかそこまで的確に言い当てるなんて、ちょっと驚きです」
「俺の友達にもいたんだよ。穂乃果に似て、自分に正直で、うらやましいくらいまっすぐな奴が。あとはまあ、感覚かな?」
自然と俺の脳裏にガッシュの姿が浮かびあがる。
あいつの奔放さに救われたのは事実だが、加減がなかった分何度も極限を覚悟してたっけな。
もしあの2人が出会ってたら速攻で仲良くなっていたに違いない、賭けてもいい。
穂乃果と妙に馬が合い、友達になれたのも、そういう部分が懐かしく思えたからなのかもしれない。
「なるほど、そうだったんですか」
納得する海未を横目で見ながら、もしもガッシュを会わせたらどんな反応を見せるんだろうな?
それはそれでちょっと見てみたい気もする。
「フフ、そういうことなら是非頼りにさせていただきますね」
「ちなみに、どっちの意味でだ?」
「もちろん全部です」
ハハハ、素敵な笑顔でさらりと無茶なことを言ってくれやがるよこのお嬢さん。
どうやら完全に立ち直ったようだな。
「曲についても目途が立ち次第、意見を聞かせてください。男の人の意見は重要ですし」
海未の言いたいことはわからなくはない。
スクールアイドルは女子だけではなく男子にも支持を得ている。
今日だってポスターの件をきっかけにクラスの男子たちも盛り上がっていた。
男女を問わない人気のため、主観が女子側に偏ることは回避したい。
しかし何度も言うが、俺はアイドルにそこまで興味はない。
恵さんのCDを数枚持っているだけで、音楽鑑賞自体ほぼたまにという程度だ。
そんな俺が果たして口出ししていいものか。
「別にかまわんが、俺の意見なんかで参考になるのか?スクールアイドルに関して俺以上に詳しい奴ならクラスにもいるぞ?」
正直、曲に関しては実際に歌うことになる穂乃果たちに任せるべきではないだろうかと思っていると、海未の奴は再び恥ずかしそうに視線を逸らした。
「えっと……その、情けないことですが、男の子で仲がいいのは清麿くん以外いないので………」
………ああ、ものすごい勢いで納得した。
思えば海未が他の男子と会話しているところはあまりみたことがない。
穂乃果やことりもそうだが、海未にも歌やダンスの練習以外にクリアしなきゃならん課題があるようだ。
「それに、清麿くんならきっと新たなきっかけをくれると思うんです」
その時の海未は懐かしむような微笑みをたたえていた。
「どういうことだ?」
怪訝に思っていると海未は滔々と語り始めた。
「あれは私たちが音ノ木坂に入学した日のことです」
………思っていた以上に長丁場になってしまった。
ちょっと想定外です。
今回は海未さんオンリーのやりとりな第7話でした。
いかがだったでしょうか?
本当はもう少し早めに投稿するつもりだったんですけど、会話が上手く繋げられず苦戦を強いられてしまいました。
投稿できた時の心境はまさしく「連鎖のラインは整った!」
次回は初の過去編&海未視点で行こうと思います。
乞うご期待!