気がついたらデジタルワールド!? リ・デジタライズ 作:星乃 望夢
「はあああああああっ!!」
俺の振るう拳が、ナイトモンの木剣に叩き付けられる。
「うぬ」
「くっ…」
ナイトモンが切り払うが、今度は弾かれる前に身を引く。そして弾かれた反動を利用して間合いをあけた。
「ふぅー……っ、はっ!!」
今度は身を低くして、飛び出すように駆け出す。まだ二日目だが、ナイトモンは身体が大きい。そのような相手に対する戦い方も、少しずつ身につき始めていた。
「アニキ、カッコいいなぁ……」
「……、……ウン」
日に日に強くなっていく俺に、アグモンが感嘆の息を漏らす。
ナイトモンと互角に打ち合う様を見て、ポーンチェスモンもまた頷いていた。
ポーンチェスモンが俺たちを見つけたのは、クワガーモンとの戦いの最中だったという。
成長期のポーンチェスモンでありながら、その実力は成熟期デジモンとも渡り合えるほど強いらしい。だがその反面、内面は少し引っ込み思案という欠点があった。
なかなか前に出るタイミングが掴めず、ポーンチェスモンはクワガーモンと戦う二人をただ見ていた。
強大な敵を前に一歩も退かずに戦う俺とアグモンの姿に、ポーンチェスモンの目は釘付けになる。そして極めつけは、俺がクワガーモンに拳を叩きつけた、あの瞬間だった。
命の危機を前にして、一歩を踏み出し活路を開いたその姿に見惚れてしまったポーンチェスモンは、戦いの後にアグモンが眠ってしまったのを確認してから館に戻り、仲間たちを連れて俺たちを保護したのだという。
「もらった!」
ナイトモンの横薙ぎの攻撃を跳んで避け、その懐に飛び込んで拳を突き出す。
「だが、まだ甘い」
「ちぃっ!」
しかしナイトモンの切り返しは速い。たとえ一撃を躱しても、間髪入れずに次の一撃が襲い来る。
「こなくそっ」
クロスガードさせた腕で、その攻撃を受け止める。
「あ、くぅぅぅっ」
だがナイトモンの力は、人間程度で受け止められるはずもなかった。軽々と弾き飛ばされてしまう。
「よし。少し休憩としよう」
「はぁ、はぁ……いや。まだやれる」
衝撃が身体に走り、片膝をつきながらも俺は反論する。
「事を急いでは本命を仕損じる。焦りは禁物だ」
「わかっている。だけど……」
稽古はまだ二日目。残された時間はあと一日。今は少しでも強くなりたい俺からすれば、休む時間すら惜しかった。
「戦士も休息は必要だ。追い詰めても効率が悪くては意味がない」
「わかったよ、ナイトモン。すまない」
素人である俺の反論にも、頭ごなしに否定するのではなく、柔らかく諭すナイトモンの言葉に、俺も少しだけ落ち着きを取り戻し、謝罪した。
話が終わると、ポーンチェスモンが俺の怪我の治療を始める。
「アルト。きみはどうして力を求める」
「どうしてって……選ばれし子供たちを助けるためだ」
彼らの冒険には常に危険がつきまとう。そんなところにただの大人が一人乗り込んだところで、かえって足を引っ張るだけだろう。
だからこそ、少しでも戦えるようになりたかった。子供たちを守って戦える大人になりたいと、そう思ったからだ。
「ふむ。その考え方は悪くはない。騎士たるもの、守るものがなければただの戦士と同じだ」
騎士は守るべきものがあるからこそ、騎士たり得るのだとナイトモンは言う。
「だが、きみの考え方では些か傲慢になってしまう。選ばれし子供たちは、きみがすべてを守らなければならないほど弱いわけでもないだろう」
「それは……そうかもしれないけど」
既に選ばれし子供たちの噂は、ナイトモンの守るこの館にも届いていた。
メラモンやアンドロモン、もんざえモンを黒い歯車の呪縛から解き放ったという話だ。
「彼らも己の力で道を進んでいる。きみも焦らずに、自分の道を進むことだ」
「自分の道……」
◇◇◇◇◇
休憩も終え、午後の稽古も過ぎ、夕食も済ませてあとは寝るだけのはずが、どうにも眠れずにいた。俺は館のエントランスで、ナイトモンに言われた言葉を反芻していた。
自分の道。つまりは、自分のやるべき事、か。
「俺のやることなんて……」
選ばれし子供たちは、デジタルワールドの危機を救うために選ばれた存在だ。だが、俺は違う。ただ、気づいたらファイル島に居ただけ。
偶然アグモンと出会い、デジソウルとデジヴァイスでアグモンを進化させることができたから、子供たちと関わり、彼らを守ろうと思ったに過ぎない。そうでなければ、今ごろクワガーモンにやられていただろう。
つまり、すべては状況がそうさせただけ。俺自身のやるべき事など何一つ決めていないし、わかってもいなかった。
それは、難しいことだ。子供たちには常に帰るべき場所がある。だからこそ、帰るために今を戦っている。
だが、俺は違う。
たとえリアルワールドへ戻れたとしても、そこが俺のいた世界である保証はない。トラックに轢かれたはずの自分が、五体満足でいられるのかも定かではない。もしかしたら、今の俺は魂だけの電子情報に過ぎないのかもしれない。そう考えると、元の世界に帰るのは少し恐ろしい。
そうでなくとも、俺のやるべき事とは一体何なのか、本当にわからない。
デジタルワールドを救う? 自分一人でそんな大それたことができるはずもない。
アグモンはまだジオグレイモンに進化したばかりだ。
その先の完全体や究極体になるには、俺自身の成長も不可欠だろう。そのファクターが何なのかは不明だが、ひとつは俺自身の強さも直結するはずだ。
そのために、ナイトモンに修行を頼んだ。だが、自分が本当に強くなれているという自信はまだ持てない。
ここは漫画やアニメの世界ではない。二日や三日で強くなれるはずがないのだ。そんなものは、主人公補正のかかった子供たちだけの特権だ。
ナイトモンの課題は今のところ順調にこなしているが、それはナイトモンが手加減してくれているからだろうし、俺が彼の動きに慣れてきたからに過ぎない。
全くの初見の相手に、自分の力が通用するかどうかなど、楽観視できるはずもなかった。
「マダ、ネムラナイ……」
「クロ」
背後から声がして、いつも修行の後に治療してくれる黒いポーンチェスモンが立っていた。ナイトモンの騎士団にはポーンチェスモンが大勢いるが、黒い個体は一体だけだ。
だから俺は、他のポーンチェスモンと区別するために、そいつを『クロ』と呼んでいた。
「アシタ、アル……」
クロの言う通りだ。明日もあるのだから、眠らなければ身体が持たない。それでも──。
「なぁ、クロ。俺は強くなれると思うか?」
俺とナイトモンの稽古を見ていたクロだからこそ、聞いてみたかった。
ナイトモンの騎士団でも一、二を争う腕を持つという、クロの意見を。
「ワカラナイ、ナイトモン……ツヨイ」
「そりゃそうだよな」
ナイトモンが強すぎて、俺が強くなっているかどうかなんて、クロにもわからないのだろう。
「デモ、アルトモ……ツヨイ」
「そっか。ありがとな、クロ」
気を使ってくれたのだろうか。クロの優しさが、少しだけ胸に痛かった。
「アルト、ワタシヨリ……ツヨイ」
「クロ…」
「ダカラ、ワタシ……ワカラナイ」
「俺がクロより強いわけがないだろう。おまえにかかれば俺なんてイチコロだぞ、たぶん」
「ワタシ、ココロ……ヨワイ。アルト、クワガーモン……タオシタ」
クロの話を聞いて、少しバツが悪くなる。あんな泥だらけになりながら必死に戦っていた自分を見られていたのが、今更ながらに恥ずかしくなった。
「いや、クワガーモンを倒したのはアグモンだ」
「ワタシ、クワガーモン……ツヨイ。デモ、ミテタ……。ココロ、ヨワイ」
「クロ…」
俯くクロに、俺は歩み寄り、その身体を抱き寄せて向かい合った。
「アルト……?」
「お前はもう少し自信を持て。お前は強い。俺が保証する」
ナイトモンとの稽古の合間に、他のポーンチェスモンやコテモンとも手合わせをしている。完全体のナイトモンとは違い、成長期の彼らは手加減を知らずに本気で向かってくる。
そんな彼らを相手に、泥臭く転げ回って戦うのが精一杯の俺が、クロより強いはずがないのだ。口にしていて悲しくなるが、クロは絶対に俺よりも強いデジモンだ。
「だから自信を持て。お前は強いデジモンなんだ」
「アルト……」
ひょうっと冷たい風が吹き、身体が震えた。
「うぅ、寒いな。中に入るか」
「……、……オロシテ」
「いや~、お前抱き心地良いから抱き枕になってくれないかな~?」
「……、……ヤダ」
「えー? お前温かいし軟らかいし、良いじゃん」
パペット型デジモンだからなのか、ポーンチェスモンの抱き心地は存外に良い。いや、パペット型であることは関係ないのかもしれないが。
「……、……アツイ」
「細かいこと気にすんなよ~」
to be continued…
ポーンチェスモン
チェスゲームのデータから生まれたとされる成長期のパペット型デジモン。
チェスの駒と同じく白と黒の両方の個体が存在するぞ。
必殺技は、槍で突く『ポーンスピアー』と、円盾を構えて突進する『ポーンバックラー』。
また、仲間の後方支援を得た時は完全体クラスのデジモンですら攻撃を躊躇する特殊陣形『ピラミッドフォーメーション』を持つ。