遺言 作:歪み神
**【 UC0085 】**
サイド6から防衛隊派遣の協力要請があり、正式な調印式のためにハインツ少佐とハマーン・カーンがサイド6へ赴くらしい。病床にあるマハラジャ・カーンの代理なのだそうだ。
(マハラジャ・カーン、まだ生きているのか……)
私が早々にエンツォ大佐を暗殺したおかげでストレスが激減したのか、あるいは史実の彼は毒殺でもされていたのか。
ちなみにハマーンに同行するハインツ少佐も、史実ではエンツォのクーデターで命を落とす人物だ。
私はハマーンからの要請を受け、調印式に合わせてサイド6へ向かうことになった。同行者はクリス・エバートとシュテフィ・グラフ(シーマ)の二人だ。
シュテフィはデラーズ紛争後に合流した部下たちの今後の待遇について、直接確認したいことがあるらしい。
調印式が執り行われるコロニーの周辺宙域には、アクシズの旗艦『グアダン』から発進した100機近い「ガザD」が、まるで威勢を示す見世物のように展開していた。
『クラクサ』がグアダンに接近すると、20機ほどのガザDが編隊を組み、ドッキング・ポイントまでの進入路を恭しくエスコートしてくれた。
「なんだい、この破格の待遇は? あんた、大尉じゃなくて本当は大佐なんじゃないかい?」
「さあな。アクシズじゃちょっとした人気者なんだよ、俺は」
エアロックの接続パイプを抜けると、さらに20人ほどの兵士が儀仗用に整列しており、その中央にハマーン・カーンが立っていた。
「あなたという人は! 暗号通信で一方的に『ジャミトフを殺したら戻る』だの『サイド6で反連邦暴動が起きる』だのと……!」
まだ私に命令口調で無いハマーンに少し違和感を覚えなから、面倒に感じていると、一人の男が私を救い出すように強引に引き留めた。
「レイ・シュミット大尉! ムーバブル・フレームを採用した次期MSについて、至急ご相談したい件があります!」
この男はリッキー・ヘンダーソン大尉。MS開発局の局長であり、私をアクシズの「英雄」に祭り上げた元凶でもある。
(ハマーンのお小言を聞くよりはマシか)
私は喜んでリッキーに連れ出されることにした。
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**【 過去の回想 】**
……かつて、強化人間プログラムの処置を終えた私は、二週間ほど自室に閉じこもっていた。次に成すべき仕込みがあったからだ。
当時の次期量産MS開発では、可変MS「ガザC」の試験機がロールアウトしていた。だが、このガザCというのが救いようのない欠陥機なのだ。前世も含めれば私はこの系列に3年ほど乗っていたが、戦闘云々の前に「無事に故障せず帰還できるか」を心配しなければならない代物だった。構造があまりに脆弱で、過度な加減速に耐えられず、操縦技術に長けたパイロットほど機体を限界まで追い込んで帰還不能になるという悲劇のMSである。
史実では開戦派がデラーズ紛争に間に合わせようと焦り、無理な量産を強行した結果、300機ものガザCが作られてしまった。当然、そんな愚行は阻止しなければならない。
一週間後、部屋を出た私は、128項目におよぶガザC型の不具合指摘事項と、その具体的な改修案を携えてMS開発局へ乗り込んだ。
この「ガザ」という機体は、史実では4年後に劇的な変貌を遂げる。ガザCで洗い出された不具合を一切の妥協なく修正・昇華させた完成形、それが「ガザD」だ。こいつは極めて信頼性が高く、保全スタッフを同行させた長期間の野外任務でも一切問題なく運用できた。しかも、必要とされる技術水準自体はガザCの時点で十分に実現可能な範囲に収まっている。
だから私は、量産化の舵を「C型」から「D型」へと強引に切り替えさせるために行動したのだ。……偉そうに語ってはいるが、要するに後世のガザDの変更点をそのまま「僕が考えた改良案」として提示しただけに過ぎない。
私の改良案を見た開発局の人間たちは大いに唸った。当然だ、彼ら自身が数年かけて辿り着くはずだった答えそのものなのだから。「この指摘が事実なら、自分でもこう解決する」と思わずにいられなかったはずだ。
だが、この流れを面白く思わない連中が現れた。開戦派の残党だ。
そこで、私は彼らに一つ提案をした。
「ザクF型とガザC型で、武装なしの格闘戦をやらせてみたらどうだ? ガザが勝てば、俺も二度と口出しはしない」
娯楽の少ないアクシズにおいて、この模擬戦は大注目のイベントとなった。狭い格納庫では危険なため宇宙空間で行われたが、その模様はアクシズ中のモニターへ中継された。
勝負は数秒で決した。
距離を詰めてきたガザCに対し、ザクF型が豪快なショルダータックルを叩き込むと、それだけでガザCは沈黙した。元々ダメージコントロールの概念など皆無で、且つ無理な変形構造を持っているガザCは、衝撃に本当に弱いのだ。
このザクに乗っていたのは、私の小隊員であり格闘戦の天才・マイク・スコット中尉だ。万に一つも負ける気などしなかった。事前に相手の構造的弱点も熟知していたのだから。
この結果はアクシズ全体に強烈な衝撃を与えた。
(量産? まだ早すぎるに決まっているだろう)
この惨状を見せつけられてなおガザCの即時量産を唱える者は、それこそスパイか工作員扱いされる空気があっという間に出来上がった。まあ、開戦派もまさかここまで完成度が低いとは思っていなかったのだろう。
その後、私は4ヶ月間にわたってMS開発局の現場に詰め込み、彼らと苦楽を共にした。
もう難しい理論はわからないので、2年間ガザDに乗っていた際の実感や挙動のフィードバックとして意見を述べ続けた。
時には、
「剛性の高い軸受けをいくら並べたところで、最初の1点に衝撃が集中してしまっては意味がない。あえて柔軟な構造を並べることで『面』として負荷を逃がす必要がある」
などと、リッキー・ヘンダーソンが5年後にガザDをお披露目した際に語っていた解説を、そのままドヤ顔で引用して見せたりもした。
4ヶ月後には試作1号機が完成し、その2ヶ月後には先行量産機がちらほらと配備され始めた。現場のパイロットなら一目でわかる。「あれは使える機体だ」と。
結果として、私に関する評判は良い方向へばかり一人歩きしていった。
* **アクシズのMS技術を10年先へ進めた男**
* **アクシズのパイロットを100人救った男**
* **自らの身を挺して強化人間プログラムの危険性を証明した男**
……これが、今のアクシズにおける過剰な歓迎ぶりの真相である。
**【 UC0085 】**
「それにしても、どうしてあんな仰々しくガザDを展開させているんだ?」
私は歩きながらリッキー・ヘンダーソンに尋ねた。
「サイド6側に合流した艦がたった1隻(グアダン)だったため、その威容をアピールしてほしいというサイド6行政側からの強い要請があったのですよ。それよりも大尉、ムーバブル・フレーム搭載機の開発が難航しておりまして……」
リッキーの話によれば、アナハイム社からの技術提供は中途半端なものであり、従来のモノコック構造前提のMS生産ラインがまったく流用できないため、専用の製造設備から起こさなければならないらしい。しかもその機器類は従来品と必要とされる技術体系がまるで異なり、現在のアクシズでは入手困難な部品も多いのだという。
私は彼とカールトン・フィスクとの間に直接のパイプを設けておくことにした。調達関係ならカールトンを頼るのが一番早いし、工作員である私をいちいち仲介させていては対応が遅れてしまう。
「まあな。だが、これからの次世代MSはムーバブル・フレームが標準仕様になる。この開発レースで遅れるわけにはいかんだろ。……ゼロからフレームを開発する部署と、データを蓄積する部署を切り分けてみたらどうだ? 例えば、リゲルグの腕部構造だけをムーバブル・フレーム化した実験機を組んで、並行してデータを集めるとか(確か地球連邦のジムIIIなんかが、そういった部分的なフレーム構造を採用していたはずだ)」
「なるほど……! 部分試作からフィードバックを得るわけですね!」
私はリッキー・ヘンダーソンと3時間ほど熱く(一方的に知っている未来知識を授けて)語り合い、ようやく仲間の元へ合流した。
(そうか、ムーバブル・フレームの開発は難航しているのか……。近いうちに、アナハイムか連邦から盗みに行ってみるか)
私は密かにそんなことを企むのだった。