遺言 作:歪み神
**【 UC0079 】**
「第一特別遊撃隊と、第二から第四特別遊撃隊の損耗率に差がありすぎるのを知っているか?」
キシリア閣下が物々しい男たちを引き連れ、哨戒任務中のクラクサを訪ねてきた。「緊急事態か?」と私は心の中で返す。
「我々の任務は嫌がらせのはずです。ヤバそうなら退却すればいいのでは?」
「危険な相手とはどういったものだ」
「そりゃあ、武装が整っているとか。輸送船単独だったら簡単でしょう」
「レイ・シュミット少尉、お前の部隊は戦艦3隻に護衛された輸送艦の撃沈にも成功している。褒められた戦績だが、なぜこの時は戦闘に及んだのだ」
「簡単そうだったからですよ」
キシリア閣下の眉間が引きつった。
「ジャイロです!」
後ろに控えていたフランク・バイオーラ曹長が助け舟を出してくれた。
「重力を発生させるジャイロが回っていると、船はまっすぐしか進まないでしょう? ジャイロが止まっていると戦艦は軸方向にもくるくる回り、主砲も副砲も対空砲火も脅威です。隊長は接敵した相手のジャイロの状態が分かるのです」
私はうんうんと頷いた。(戦艦の第一種戦闘配備って、ジャイロが止まるまで時間がかかるんだよな)
「ほお! お前は第一種戦闘配備が整っているか、接敵してすぐに分かるのか。……後ろに控えている者は作戦立案部の者だ。彼らは頭がいい。頭の弱いお前の感覚をちゃんとした言葉に直してくれるだろう。接敵後の退却基準が出来上がるまで、彼らとうまくやるといい」
私は物々しい男たちに連れていかれ、5時間にも及ぶ尋問を受けた。
その後、クラクサの食堂でキシリア閣下と再び顔を合わせた。「ご苦労」と労い、コーヒーを渡してくれた。私が音を立てて啜ると彼女の左目が吊り上がったが、そのまま話し出す。
「レイ・シュミット少尉、大尉への昇進が決まった。おめでとう」
(この頃、彼女はすでにやせ細っていたな……)
目を覚ました私は、そんなどうでもいいことを考えるのだった。
**【 UC0087 】**
いま我々の艦隊は、旗艦アーガマの後方に位置している。エゥーゴのジャブロー降下作戦を支援するためだ。まあ艦隊といっても、クラクサとヴァーユの2隻だけだが。
艦橋に人を集め、モニターでヴァーユのメンバーとも顔を合わせる。
「正直、カールトン・フィスクのエゥーゴでのメンツ確立のための任務だ。こんなどうでもいい作戦で損耗するのは馬鹿らしい。手抜きでいい。損害を出さないでくれ」
「ジャブロー攻略がどうでもいい作戦かい?」
シュテフィ・グラフ(シーマ)が呆れたように尋ねる。
「ああ、ジオンにとっては全くどうでもいい。クラクサ隊はアーガマの護衛、ヴァーユ隊は降下するMSの護衛だ。間違っても地球に落ちるなよ」
作戦のカウントダウンが始まり、カウントがゼロになるとMS隊が各艦から出撃した。ヴァーユ隊もそれに続く。5分もすると、MSが出撃した先で光芒が瞬き始めた。
「そりゃあ、降下のタイミングを狙うよな」
私はボールの中で呑気に構えていた。アーガマの周りを周回する、ジオン臭いMSであるガルバルディαの姿はなかなかシュールだ。
――その時、不意に全身の血が凍りつくような強烈な寒気が襲った。
直後、遠方の艦隊の1隻が暗闇の中で一瞬にして爆散した。
なんだ、このプレッシャーは。生ぬるい戦場を一瞬で支配する、不快な圧力が背筋を駆け上がる。
「クリス! クラクサをアーガマ艦橋右舷に固定して緊急脱出! 俺はボールで離れる! 15秒でこなせ! とびっきりヤバいのが来る!」
クラクサはコムサイ部分で操船するため脱出自体は容易だが、貨物室の整備スタッフが移動ワイヤーでコムサイに集合する時間を考えると、15秒という数字は厳しい。だが、異質なプレッシャーが敵のただならぬ気配を伝播させたのか、脱出工程に疑問を挟む部下は一人もいなかった。
息を殺し、時を待つ。
(気配を殺す意味があるのか? と問われれば、今の相手には意味があると答える。……間違いなく、そういう勘の良い奴だ)
「ガズン!」
船が受けた衝撃と同時にボールをパージし、一瞬だけ「吹き飛ばされた砲塔」を装う。ほんの少し脆い船だと思わせるだけでいい。
メインカメラの視界を掠めたのは、背中に巨大推進器を背負った、見たこともない異形の大型機体――MSなのかMAなのかすら判別がつかない代物だ。
私はその背後へ滑り込み、絶妙な距離を保ちながらボールのタングステン弾の引き金を引く。
直撃を察知した奴は、アーガマに照準を合わせていた大型メガ粒子砲を諦め、ビームサーベルを抜いた。
『――このガラクタが! 不快な蚊の分ぜいで、私の理を乱すか!』
脳髄に直接叩きつけられるような思念。冷徹な傲慢さと、こちらの存在を見下すような威圧感が襲いかかる。
「……俺は殺気がないらしいぞ」
声が震えないよう強がりながら、届くかも分からない思念波でおちょくってみせる。
ボールから放たれたタングステン弾の一発目は、奴の左肩にある巨大なウイングバーニアを貫通した。二発目はかわされたが、三発目が胸部をかすめて体勢を崩させ、四発目はクラクサの左熱核エンジンを貫いた。
脱出後にパージ制御できていなかったエンジンは、そのまま船を爆散させた。熱量を持たない貫通弾だったが、運が悪かった。
奴は必殺の間合いの俺の射撃をかいくぐり、三発目を発射した直後にこちらのライフリングをビームサーベルで切り落とし、四発目を放った直後にはサイコシリンダーを真っ二つに切り裂いてきた。
もう一振りされればボールごと消し飛ぶ瞬間、オーレル・ハーシュハイザーのガルバルディαがシールドで異形の機体を押し返し、私のボールとの間に距離を作った。
同時にシュテフィのビームライフルが奴の右手を掠める。ボールに振り下ろされかけたビームサーベルがエネルギーを失って消えた。
(これがなかったら、俺は完全に詰んでいたのか……)
ギリギリの攻防に、安堵の息が漏れた。
オーレルのガルバルディαは、左手を損傷した敵機の肩に組み付き、まるで磁石で引き合っているかのように離れず纏わりついていた。オーレルの操縦技術は神がかっている。私の知る人間の中でも、こんな真似ができる奴はいない。そう、あの赤い彗星であってもだ。
オーレルは接触回線を開き、未知の敵機へ宣告した。
「投降しろ! 無理なジャンプをしてきたのだろう? この損傷では帰れないはずだ!」
「殺せ、オーレル! こいつは生かしておくとヤバい!」
私はすぐに割り込んで叫んだ。今回は奇策が通じたが、次に出会ったら手に負えない。こちらの攻撃手段は完全に潰されているし、オーレルが距離を取った瞬間に部隊全体がやられるイメージが拭えないのだ。
「だが……このMS、相当に貴重そうに思えるが?」
オーレルの冷静すぎる言葉にハッと頭が冷える。(あいつ、こんな相手を前にして、よくそんな冷静でいられるな……)
『……ジュピトリス船団長、パプテマス・シロッコ大佐だ。捕虜に対する相応の待遇を要求する』
観念したのか、コクピットの中から冷ややかな、しかし底知れぬ男の声が響いた。これ以上その声を聞きたくなかったので、私はオーレルとの回線の接続を切った。
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見たこともない異形の機体の武装解除の方法が分からず、私たちは奴がアーガマの工作員に手錠をかけられるまで、固まって見守るしかなかった。
投降した紫の髪の男――パプテマス・シロッコは、連行される間もずっと、忌々しそうに私のボールを睨みつけていた。オーレルのガルバルディαではなく、ただのボールを、だ。
『俺は似たような遠距離奇襲任務を長くやっていたから分かる。俺の船で速度を落とすと思ったよ、絶好のアーガマのブリッジへの射撃ポイントだからな・・・アーガマの勘のいい奴が気づかないといいな。』
わたしは奴の顔を忘れないようにしようと記憶した。
少し宙域が落ち着くと、シュテフィの回線がつながった。
「あんた、ブリーフィングで言ってることとやってることが滅茶苦茶だね」
「……全くその通りだな」
余韻に浸りながら、深くため息をついた。