遺言 作:歪み神
私の両親が暴漢に殺害されると、私の家には知らない人間が住み始めた。
居場所を無くした私は、人工の川の橋の下に住処を移した。コロニーにも人工の雨が降る。屋根が必要だったのだ。私はその当時、まだ11歳にもなっていなかったはずだ。
新居での私の日課は、近くの軍の施設から出される残飯をあさることだった。地球の川には生物がいるらしいが、コロニーの川は飲む分には安全なものの、生き物や菌類は皆無だ。獲って食べるなんてマネは到底できない。第一、当時の私には「川に生き物がいる」という概念すら存在しなかった。残飯の酸っぱい匂いは酷く苦手だったが、生きる糧はそれしかなかったのだ。
2年後、知らない男に『旨いものを腹いっぱい食べさせてやるからついてこい』と言われ、船に乗った。そこで初めて栄養ブロックというものを食べさせてもらった。こんなに旨い食べ物がこの世にあったのかと感動し、それ以来、ブロック以外の食事はあの残飯の酸っぱい匂いを思い出してしまうため、一切口にしなくなった。
それから15年――記憶の世界線を合わせれば30年近く、私は栄養ブロックだけを食べて生きてきた。
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我々ツヴァイのメンバーは、アーガマの食堂に集まっていた。クラクサ隊は母艦を失ったため、MSとコムサイをアーガマに回収してもらったのだ。幸いにもモビルスーツデッキは、地上へ降下していったMSたちのおかげで空っぽだった。
身を挺してアーガマを守ったお礼としては少々ショボいが、艦内の食事には自信があるらしく、その食堂へ招待されたというわけだ。
部下たちは一様に喜んだが、私だけは気が進まなかった。アクシズにいた頃もこういった会食の誘いは何度かあったが、適当に理由をつけて断っていたのだ。今回もどうにかして逃げようかと考えていた。
だが、私の目の前の席にはブライト・ノアが腰掛けた。記憶の世界線でチャンスがあれば必ず殺そうと思っていた男だ。顔なら嫌というほど覚えている。
長年敵対していた人間が目と鼻の先にいるのだ。食事の件も含め、嫌みの一言でもぶつけてやりたくなってきた。
「あんた少佐なんだってな。俺は大尉だが、階級ってのは上がれば上がるほど出来ることが増えていく。大尉の俺でさえその権威を持て余してるんだ、少佐のあんたなら相当なもんだろう。あの恐ろしいパイロット――アムロ・レイだって、あんたが声をかければすぐに仲間になる。違うか?」
「自分の部隊の出自を隠す気あんのかい?」
シュテフィ・グラフ(シーマ)が呆れたように突っ込んできたが、私は構わず言葉を重ねた。
「あんた、ジャミトフやバスクを倒した後はエゥーゴをどうするつもりだ? 頭のおかしな殺人狂どもを片付けたらお役御免か? だいたいスペースノイドの問題ってのは……」
そこで不意に言葉が詰まった。いや、元より語るべき言葉など持っていなかったのだ。スペースノイド全体の問題など、これまで一度だって考えたことがなかった。
私は強引に話を打ち切り、諦めて目の前の食事に手を付けることにした。
「すまない、場を白けさせたな」
テーブルに並べられた料理の中から、一番見覚えのある黄色い固まりをフォークで刺した。
「これは?」
「卵焼きです」
ブライト・ノアは丁寧な口調で答えてくれた。私は意を決して、その卵焼きを口に運ぶ。
宿敵を前にして迂闊極まりないが、熱いものが頬を伝い、涙が溢れだしてきた。
「ああ……母さんに食べさせてもらった記憶がある……」
私はたまらずシュテフィへ視線の向けた。
「シュテフィ! これが『普通の食事』というやつか?」
彼女は「いつの話をしているんだ」と言いたげな、心底迷惑そうな顔をした。彼女にとっての普通の食事と、卵焼きを食べられる食事とでは意味合いがまるで違う。違うのだが、いちいち相手をするのも面倒だったのだろう、ただ黙って頷いてみせた。
「これの追加を要求してもいいか?」
私がブライト・ノアに尋ねると、彼は快く首を縦に振り、さらに3枚の卵焼きを用意してくれた。それを綺麗に平らげた後、私は息を吐いた。
「すまない。長年ブロックばかり食べてきたせいか、胃が縮んでいてこれ以上は入らないようだ。素晴らしい食事をありがとう」
素直に礼を言うと、私はブライトが話したがっていた話題にひと通り付き合うことにした。
「あなた方が捕虜にした者が、あなたに会いたがっています」
「断る。顔を見せたら粘着されそうだ。奴は危険だぞ、何とか始末できないのか?」
「連邦本部から引き渡し要求がそれはもう煩く来ています。我々ではどうしようもないです。それと、彼のMSですが……これも連邦本部から引き渡し要求が来ていますが、流石にね。鹵獲は別の組織がしていると伝達してあります。エゥーゴの幹部から『リック・ディアスとその保全部品と交換できないか?』と打診がありますが」
「馬鹿を言え。あいつはヴァーユに乗せてアクシズに持っていく。あんたもあれの可能性がそんなもので無いことを理解しているだろう」
「はい、百式とMKⅡをあしらわれました。ただあなた方が旧式のMSで鹵獲してしまった為、幹部に危険が伝達しません。後アクシズという言葉は聞かなかったことにしておきます。」
「そうか? ガルバルディαのライフルは火力が乏しいが、動き自体はマラサイと遜色ない位には動くぞ」
その後、私はブライト・ノアとの会話にすべて付き合った。温かい卵焼きを食べさせてくれたことで気分を良くしていたのだ。逆に彼は気を使い、私にしてはいけない会話をしないよう慎重に言葉を選んでいた。
私の中でのブライト・ノアの印象は、とてもいいものになった。
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エゥーゴ支援組織の幹部と話を済ませたブライト・ノアは、一人で「スペースノイドの問題」について思索を巡らせていた。
スペースノイドも普通に子を産み育て、船を造り、兵器だって開発する。アースノイドとの間に差別はあるにせよ、それほど根深いものなのか――これまで彼はそう考えていた。
だが、たった一皿の卵焼きを口にして涙を流したあの男の姿を見て、自分は問題の表層しか見えていないのではないかと考えを改めるのだった。