遺言 作:歪み神
彼の朝は四時の起床に始まる。
いろいろ所用を済ませると、五時にはMSデッキに向かう。
部品取り用に準備されたジムキャノンIIに乗って、慣熟訓練に利用しているクレータへ向かうのだ。
この部隊の慣熟訓練は非常に過激だ。なにせ予備機が3機もあり、整備デッキもガルバルディが作られた当時の最高のものがあるので、かなり激しく壊しても六時間後には前よりも少し、ほんの少しだけ調子が良くなって治っている。私が茨の園から連れて帰った整備士たちが、少しずつガルバルディをリファインさせているのだ。今はリファインプログラムVer13.5だと話していた。
私は管制室に入り、クレータの様子をモニターで確認する。私は幹部だ。仲間の訓練を確認する必要があるのだ。案の定、ジムキャノンIIは丘陵の上で仰向けに転がっていた。これが彼のお気に入りの時間だ。さすがにあんなところに転がって、仲間の訓練の邪魔はしたくないのだろう。仲間が使わない時間を選んでいるのだ。彼はこの趣味のために、ジムキャノンIIを部品取りで分解することを許さない。
「オーレル・ハーシュハイザーがいれば壊れないって」
と彼は楽観して話すという。
きっと今彼は、お気に入りの音楽再生機を使っている。
私は一度彼に渋い顔をされながら、それを借りて音楽を聴いたことがある。古いフォークソングが一曲入っているだけだった。
「切ない曲ですね」
私が感想を述べると、
「そうか? 春になると女の人が綺麗になるって歌だぜ。なあ、汽車って何だか知ってるか?」
いろいろ残念な回答だった。彼は曲を気に入っているのではなく、この再生機を気に入っているのだ。そうそう、彼はジムキャノンIIをガンキャノンと呼ぶ。頭にジムが付くと安っぽくて嫌なのだそうだ。
近い将来、このメインカメラを利用してお散歩MSを作るのだそうだ。
『何ですかその可愛らしい夢は』
私がそのMSを複座にするように頼むと、渋い顔をして、
「補助席のようなものならな」
と答えた。
彼は一度好きになると、それにとことん固執する。彼が愛用している銃もそうだ。私が覚えている限り、一年戦争で部隊長として彼と出会った時からずっと同じものを使用している。彼だけが部隊支給品を使っていなかったから目立っていた。
シーマに喝を入れる際、格好よく銃を彼女に投げたが、顔は本当に惜しそうだった。『やっぱり返してくれ』なんて言出してあの場の雰囲気を台無しにしないかハラハラしたものだ。彼はすぐにカールトン・フィスクにねだり、同じものを手に入れていた。
最近、もう一つお気に入りを増やした。アーガマで食べた卵焼きだ。
ブライト・ノア艦長に面会した彼は、「初対面なのに何でそんなに攻撃的なんですか?」といった対応でブライトと対していた。だが、卵焼きを食べた後の彼はどうだ。機嫌が分かりにくい彼だが、私には分かる。トロットロに溶けてしまうくらい表情が緩み、親友に話すような対応に変わっていた。《卵焼き……》なんて安上がりなもので篭絡されるのか。
私はブライト・ノアに倣って、彼が気に入りそうなものを用意した。
グラナダの細工屋に作らせたサングラスだ。テンプルに細工されたレバーを回転させると、瞬時に視野角が変更できるギミックを持っている。
彼は1時間ほど何度もそのギミックで遊んでいた。
『掴んだ!』
私は勝利を確信した。
「なあ、予備が欲しい。もう一つ頼めるか」
彼に懇願された。卵焼きの十万倍の費用が必要だが、ここでカールトン・フィスクを頼って手柄を横取りされるわけにはいかない。私は快く返事をしたのだった。
私はクリス・エバート。ツヴァイのNo.2にしてイメルの艦長。彼のお気に入気になることを目的とした工作員である。
ラーディッシュのブリッジでは、ブライト・ノアがヘンケンと対峙していた。
「レイ・シュミットに会ったんだってな」
「ああ、最初は面倒そうに対応されたが、さっぱりした奴だったぞ。クワトロ大尉と仲が悪いらしい」
「そうなのか?」
「ああ、卵焼きを満足そうに食って帰っていった」
ブライト・ノアは目頭を押さえ、込み上げるものを誤魔化していた。