遺言 作:歪み神
私は再び治療室で目を覚ました。
著しく視野が狭くなっているのに気づく。目に特殊なサンクラスが架けられていた。
「大尉の脳に負担が少なくなるように、視野を10度まで狭くしたレンズを用意しました。こちらをどうぞ」
担当医が鏡を私に勧める。
丸いレンズが頭にバンドで止められているのだが、その姿はそう、まさにあいつそのものだ。
「ククククク、ハ、ハハハハ これではまるで、俺がバスクじゃないか!」
私は可笑しくて笑いが止まらなかった、そもそもこの離れ小島のアクシズでバスクの容姿を理解している者も少ないのだろう。頭がおかしくなってしまったのかと、周りの人間は私と距離を取り憐みの目で私を観察している。
一年戦争で活躍した私が、数分もの私生活さえ困難な失敗作になったことによって、アクシズのニュータイプ研は大きく発言力を失うだろう。それでいい、なぜかグレミーのクーデターの時、彼らはグレミーに付く。まあ私は出会った早々、奴を殺すつもりでいるのでクーデターは起きないだろうが、不穏な者が持つ発言力は小さいに越したことは無いのだ。
「大尉大丈夫ですか?」
声をかけたのはクリス・エバート少尉。一年戦争時、私の乗艦クラクサの操船を担当していた女性だ。
「クリス、すまないが部屋で休みたい。肩を貸してくれないか?」
「もう治療はよろしいのですか?」
「部屋で一人でいろいろ考えたい。頼む」
私は、肩を借り部屋までの長い道のりを歩く。つくづく女性に頼んでよかったと思った。
この時間を、男の肩を頼って移動するなど考えたくなかった。
「いろいろ一人で考えたい。食事はいつものように栄養ブロックで済ますので、しばらく誰も部屋に入れないようにしてくれ」
私に同情している彼女は、思うところがあるのだろう。真剣な目で敬礼すると部屋を出て行った。
さて、私は洋服棚の内張を外し、分解された狙撃銃を取り出す。
HOWA製 89式狙撃レーザー銃 反動が小さく射程は長いが貫通孔が3mmしかなく殺傷力が低いといわれている銃だ。私がパイロットになる前に好んで愛用していた銃で、視野が狭くなっても体が覚えているのか、組み立てにはさほど時間もかからなかった。
パイロットスーツに着替えて、机の写真たての前に置いてあるエネルギーキャパシタをライフルに取り付ける。エネルギーキャパシタはどうしても爆発物検出センサーにひっかかる。写真は諜報員を養成する施設で同時期に学んだ同期たちと撮ったものだが、こうして写真の前に置いておくと、勝手に形見か何かだと勘違いされ、大尉という階級も手伝って何も言われないのだ。
私は強制廃棄ダクトを分解し、匍匐前進で潜り込む。ノーマルスーツを着たのは、ダクト内に長時間潜ると、温度変化に耐えられないからだ。
ダクトの一部を分解しスコープを覗くと、格納庫へつながるエレベーターが視認できる。スコープの解像限界を超えているが、治療室で目覚めた時に気が付いた私の能力がそれを補填する。狭い視野の中の不鮮明なものを、鮮明に理解し修正する能力が、そのスコープの画像を補填する。
グレミーの前に殺しておかなければならない人間がいる。エンツォ大佐という、この小さな岩の中でクーデターを起こす頭のおかしな人間だ。ただこのクーデターは厄介で、ハマーンを支えるべき側近の候補が多く死ぬ。さっさと殺してしまったほうがジオンの為なのだ。
奴はアクシズに収まらない艦艇内で暮らす人間に、連邦への不満を巧みに利用し支持者を増やす活動をしている。それは毎日の行動であるため、ここで張れば射撃のチャンスが必ずある。
記憶の時間軸でも、奴を殺してやろうとここでスコープを覗いたが、解像限界でターゲットの視認に自信が持てず見送った経緯があるのだが、今なら外す気がしない。
ここで構えて一時間もしないうちに、彼が側近と共に現れた。
撃ってくれと言わんばかりに奴はエレベーター前で側近と話し出す。
まず一射目は一番的の大きな胸を打ち、ターゲットスコープと着弾位置のズレを理解する。
二射目に額、三射目に喉、四射目に心臓を撃つ。二射目以降すべての着弾が急所に命中した確信がある。
私はダクトを元に戻し、ライフルを分解し元の場所に隠し、エネルギーキャパシタを写真の前に置く。そして、
「HOWA製のライフルは流石だな」
と、スコープと着弾点のズレが殆どなかったライフルに気分を良くするのだった。