遺言   作:歪み神

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#4. 始動

 

 あれから一年の月日がたった。

 

 まず、私が強化人間プログラムによって手に入れた権能——あるいは「不具合」と言い換えてもいい力について触れておこう。

 この能力は、大きく分けて二つの形で私に影響を与える。

一つ目は、「動態予測の過剰視覚化」。動いている対象のほんの数瞬先の未来像を、脳が勝手に網膜の映像へ補填して見せようとしてくるのだ。

 二つ目は、「解像情報の強制補完」。視認限界を超えた不鮮明で乏しい画像に対し、脳が勝手に詳細な細部を作り上げてクリアに補正してしまう。 「視覚化したがる」「補正したがる」と表現したのは、これらが私の意志とは無関係に、脳内で勝手に暴走して作用しようとするからだ。 情報量の多すぎる戦場や雑踏でこの能力が無差別に発動すると、処理しきれない膨大な画像データによって脳の血管が当たり前のように切れる。

 

 これまで私は、この脳過熱が原因で10回ほど倒れ、医療施設へ担ぎ込まれた。おかげでクリス・エバート少尉を、私の専属介助人のような立場に追いやることになってしまった。 だが、この厄介な権能にも、徐々に制御の手がかりが見え始めていた。

 脳内で悪さを働くこの「暴走する画像補正」には、一種の意志のようなものが感じられた。強靭な意志力でねじ伏せるか、あるいは「この情報だけを見せてくれ」と対話するように語りかけてお願いする——そうやってコミュニケーションを取ることで、必要な情報だけにフォーカスを絞って作用させることが、たまにできるようになったのだ。 今ではバスクグラスさえ装着していれば、日常生活や一般的な行動に支障を来すことはまずない。 

 

ニュータイプ研究所は私をサンプルとして観察したがったが、一年戦争での戦果から私を英雄視する者や同情的な派閥が強く、大尉という階級も手伝って、あの胡散臭い組織とは一線を引くことができていた。

そうそう、エンツォ大佐の暗殺だが、当時は相当な騒ぎになったものの、一番の容疑者であるべき私が「歩行すら不可能な重度の手術障害者」であったため、事情聴取すらされず、手掛かり一つ見つからなかった。  

 

 

 U.C.0082年1月。

毎日美しい女性を引き連れてブラブラしているだけの不真面目な男にしか見えない私に、任務が下った。ガンダリウムγ、ムーバブル・フレーム、そしてリニアシートの技術交換のために月へ赴くシャア・アズナブル大佐の護衛だ。

 記憶の時間軸よりも少し早い。反乱分子(エンツォら)が早々に消えて政情が安定したためだろう。記憶ではアボリーがついて行ったはずだが……。

「これを機に、大佐との距離を縮めてください」

 

と、私に対してまだ敬語を使う少女ハマーンに送り出される。クリス・エバート少尉も同行してくれるそうだ。 だが、月へ向かうシャトル内の座席配置は、最前列にシャア・アズナブル大佐、最後尾に私という極端なもので、親睦など端から取れる状態ではなかった。

「大佐と大尉はどうしてこうも仲が悪いのですか?」

 

「うだつの上がらない奴に一度説教をしたんだ。内容は言えないが、それ以来どうも避けられている」

  彼女にこう答えるのはもう何度目だろうか。

  かつてアクシズに到着した際、覇気のない彼にその理由を尋ねると、

 

「ララァ・スンという最愛を失った」

 

などと抜かしたため、私が冗談ではないと激しい怒りをぶつけたことがあったのだ。

お前の父親(ダイクン)の遺言のせいで、何十億もの人間が死んだこと。そんな別れは死者の数だけ戦場に溢れているということ。 デギン公王が、士官学校でお前に懐いたガルマを心から喜び、キャスバル(お前)に未来を託す道筋を用意していたこと。 キシリア閣下がお前を取り込む手はずを整え、安らいだ顔をしていたこと。 ザビ家の面々がお前に後を託すため、敢えて悪名を被って死んでいったこと。

  私が知る秘匿事項をすべてぶちまけ、喝を入れてやったのだ。喝を入れたのは強化人間プログラムを受ける前のことで、記憶の時間軸でも私はシャアにこの怒りをぶつけている。それ以来、彼からは距離を置かれ、その溝は深まるばかりだった。まあ、5thルナでの作戦行動まで支障を来したことはなかったので、このままでも問題はないと諦めているが。

 

 

 月の宇宙船ドックには、アナハイムと我々の仲介を担う「カールトンマテリアル」の社長、カールトン・フィスクが自ら迎えに来ていた。

 彼と握手を交わすと、私の左手がわずかに震えた。握手をしたまま不思議そうに自分の左手を見つめていると、彼は迷惑そうな視線を向けてくる。確かにこれは礼儀を逸脱した不作法だ。私は謝罪し、順番をクリスに譲った。

 先方が提案した通りの条件でシャア大佐が交渉をまとめると、私は用意された寝室へ案内された。

 部屋で1時間ほど過ごした頃だろうか、カールトン・フィスクの秘書が訪ねてきた。

 

「あなたの一年戦争でのご活躍を、社長がお伺いしたいそうです」

 

『シャアではなく、勲章ひとつ貰っていないこの俺か?』

 私は秘書の前で堂々とハンドガンの状態を確認し、その反応を窺ったが、彼女の澄ました表情は一切変わらなかった。 カールトンマテリアルの社長室へ案内され、秘書が退出して二人きりになると、カールトンは言った。

 

「迂闊だぞ、2nd《セカンド》」

 

彼の第一声は、当時の私には何の事だか分からない言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

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