遺言 作:歪み神
私の名はカールトン・フィスク。偽名だが、長年キシリア機関の幹部を務めてきた。 そんな私は今日、数奇で運命的な出会いを果たした。
彼の名はレイ・シュミット。コードネーム、α0001だ。 彼の両親は、配管継ぎ手を製造する30人規模の町工場を経営していた。
我々の機関は、彼の父親が持つ特許技術——従来のものより飛躍的に安全率を向上させた継ぎ手構造に注目していた。来るモビルスーツの量産時、流体パルス制御による駆動部の配管部品にこの技術が採用されるのは明らかだったからだ。 私は彼の両親の殺害を指示した。事情を知る機関の息のかかった利権者を立て、会社ごと機関の関連傘下へと収めたのだ。
私は元々、ザビ家に仕える警護警官だった。キシリア閣下に抜擢されて以降は、主に機関の財力を整えるための「整理《殺し》」のターゲットを探すことを生業としていた。
次に私へ下った指示は、資源衛星パラオに設立する、暗殺と諜報を得意とする人間を養成する組織の立ち上げだった。
私はパラオに向かう際、当時12歳だったレイ・シュミットを連れて行った。マハルの橋の下でホームレス生活をしていることを知っていたからだ。当時の私は、お土産を一つ持っていく程度の心境だったと思う。移動する船の中で満足そうに栄養ブロックを頬張る彼の姿が記憶に残っている。
工作員を養成するにはどうすればいいか? 私はまず中世の独裁国家からそれを学んだ。その秘密警察の名を「シュタージ」という。私の組織も、その名をそのまま使った。
コードネームα0001とは、どのロットのどの教育を受けた人間が良い成果を上げるか、管理を円滑に行うための便宜上の記号だ。当時の私はやる気に満ちていた。愚かにも、α0001からα0023までの記念すべき最初の被験者たちの集合写真まで撮ったほどだ。これから私の生徒たちが機関のために大いに活躍するに違いないと考えていたのだ。 だが、現実は過酷だった。
機関が求めていたのは使い捨ての殺し屋、公国へと国が変貌していく激動の中で、とにかく邪魔な者は善悪関係なく消す必要があったのだ。
一年のカリキュラムを終えて現場へ放った工作員の1ヶ月の生存率は12%前後。これでいいのだ。生徒は一年に24ロット卒業する。2週間で全滅しなければ少しずつだが部隊員は増えていくのだ。 だが、人は会話をし、その人間を知ると情が生まれる。書類に線を引くだけで完了していた殺しと、まだ幼い瞳のきれいな少年や少女の、それも顔見知りな生徒たちの死は違い、私の心を蝕んでいった。
私は養成所設立3年目、γ2425の卒業を見送った後、キシリア閣下に限界であることを伝え、ツィマッドの諜報員へ配置転換をしてもらった。結局この養成組織は8年続き、θを冠するコードネームが最後となる。
ツィマッドに移って5年目、試作MSを見に来た閣下から
「α0001がMS適性試験で優秀だった」
という報告を聞いた。
奇跡だ。奴は生存率12%を96ヶ月生き残ったのだ。
それから一年後、ドムの試作機を見に来た閣下から、レイ・シュミットがルウムで単騎での航空母艦の破壊に成功した話を聞いた。出自を公にできないので勲章は与えられないらしい。彼は戦場で航空母艦と接触するまで慣性航行し、ありったけの弾薬をぶちまけたのだとか。
「宇宙はずっと暗くて広い」
などという趣のある言葉を残したという。
その後彼は、ルナⅡと地球を分断する哨戒部隊に配属されることになる。第一特別遊撃隊と名付けられた彼らは、わずかなビーコンの反応に合わせ、モビルアーマーに牽引されたMSで長距離をジャンプをし、奇襲をかけることを主な主任務としていた。彼はその小隊長として活躍した。戦艦4隻、輸送艦7隻を撃破、輸送艦2隻を鹵獲する活躍をしたらしい。
嬉しかった、自分の息子が活躍しているようで、彼の戦果を聞くたびに心が高揚した。 ルナⅡに連邦の大部隊が集まるようになると、彼の活躍を耳にするのは難しくなった。
戦後アクシズに物資を届けた部下が、レイ・シュミットの強化人間手術の失敗を告げた。何故そんなうさんくさい手術を受けたのかと落胆した。
そして一年後、彼が怪しげな眼鏡をかけてこう言うのだ。
「よし、俺があんたの工作員になってやる、あんたの都合のいいように世の中をかき回してやるよ。ハマーンのサイド3独立の邪魔にならない限りはな」
閣下を失ってから、まったく覇気のない人生を送ってきた私に気力を取り戻させる言葉だった。