遺言   作:歪み神

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#9. シーマ・ガラハウ

 

 私(α0001)の初任務は13歳の時だった。

 殺さなければならない理由など知らされない。ただターゲットの名前と写真のみが伝えられるのだ。

 ターゲットのおじいさんは、呑気に縁側でロッキングチェアに揺られ、微睡(まどろ)んでいた。

 

 私は89式レーザーハンドガンを手に駆け出した。幼少期に十分な栄養を摂れなかった私は体が小さく、反動の大きな実体弾銃が苦手だった。だが、人を殺すには十分な威力を持つそれを手に老人に近寄ると、眉間と心臓にレーザーを打ち込んだ。

 

 その時、老人が手にしていたのが、私が今も使用している音楽再生機だ。私はそれを貴重な情報端末と勘違いし、上司への任務完了報告と同時に手渡した。

 

『これは重要なデータではない』

 

再生機は無造作に私へ投げ返された。その瞬間、私は人生で唯一の宝物を手に入れたのだった。

 

 

【 UC0083 】

 

 

 呼吸が浅く、冷や汗が頬を伝う。意識が緩やかに覚醒へと向かっていく。

視界が明瞭になると、隣にはすこぶる不機嫌な顔をしたクリス・エバート少尉がいた。彼女は処女航海を迎えたアルカナ型輸送艦改『クラクサ』の操船を、たった一人でこなしていた。

 

「クラクサ」の名は、私が一年戦争で乗っていた母艦から取ったものだ。別に私たちは今さら身元を隠す必要もないし、ジオン臭い船がエゥーゴを助けた方が、カールトン・フィスクの政治的駆け引きもやりやすいだろう。

 

「いいご身分ですね、大尉。操船室にシートが6席もあるのは何のためかご存じですか?」

 

一人で操縦桿を握らされていた彼女が、恨めしそうに愚痴をこぼす。

 

「そう言ってやるな。睡眠は私の状態異常のリハビリでもあるのだよ。知っているだろう?」

 

……そうだ。夢で過去の出来事を思い出したりすると、私の中に渦巻く「もう一つの意志」との融合が進んでいく感覚がある。かつては一日に3時間しか眠らなかった私だが、今はできる限り脳を休めるため、睡眠に時間を充てるようにしていた。

 

「目標の目視が可能になりました。先方の指示に従って左舷に寄せます」

 

 距離が十分に詰まると、ザンジバル型巡洋艦『リリー・マルレーン』から固定アンカーワイヤーと接続パイプが伸びてきた。こういう時、同じジオン規格の艦船同士は互換性が高くて助かる。

 

「クリス、今回の交渉は危険を伴うかもしれない。君は船を降りずにここで待機だ。エアロックのハッチは、私の顔を確認するまで絶対に開けないように」

 

 私は彼女を残し、一人で接続パイプを伝って『リリー・マルレーン』へと乗り込んだ。

 

 

 艦内に足を踏み入れると、そのまま艦橋(ブリッジ)へと案内された。

そこには、シーマ・ガラハウ少佐が腕を組んで待っていた。

 

「一年戦争の英雄が、ずいぶん格好良くなったじゃないか。……素敵な眼鏡だな! それに何だい、あの船は? 戦うことを諦めて敵に媚びているように見えるねぇ。私は少々不愉快だよ」

 

「メガ粒子砲など飾りだよ。操船も少人数でできるし、俺は気に入っている」

 

「ふん! そうかい。……ガルバルディ2機、ビームライフル15丁、ライフル用エネルギー・キャパシタ30個。ずいぶん豪勢な手土産じゃないか。何が目的だい?」

 

幾分か機嫌が持ち直した彼女が尋ねてくる。

 

「ガルバルディは、そちらのゲルググとパーツの共有率が低い。使い捨ての戦力にするんだな。使ってやった方が奴らも浮かばれるだろう」

 

「パイロットらしい物言いだね。……私は忙しいんだ、用件を手短に言いな」

 

「君たちに別の道を示すために来た。同じマハル出身のよしみだ。……連邦への亡命は失敗する」

 

 私がそこまで口にした瞬間、彼女の目つきが豹変した。即座に腰の拳銃を抜き、私の眉間を目掛けて引き金を引こうとする。

 私は素早く彼女の手首を掴み、トリガーの隙間に自分の指を滑り込ませて発砲を阻止した。……生死与奪の判断が早い。伊達に極限状態の部隊を生き残らせてきたわけではないな。

 

「船が壊れるよ、少佐」

 

艦橋の全乗組員が一斉に私へ銃口を向けたため、私は仕方なく彼女の身体を盾にした。

 

「……キシリア機関は、どこまで知っている?」

 

 低い声で彼女が囁く。やはりキシリア機関の存在を知っているか。情念と警戒が入り混じった眼差しで、私を射抜くように見つめている。

 

「機関は関係ない。これを口にして君が思いとどまってくれれば、ジオンにとって有益だ。だから伝えたに過ぎない。……一旦落ち着いてくれ。渡したいものも渡せなくなる」

 

 緊迫した場が静まるまでに数分を要したが、なんとか彼女と向き合って会話ができる状態を作った。

 

「私は戦場に君たちを回収に行く。ガイドシグナルコードは『α0001』だ。パイロットたちに伝えておいてくれ。……そして、もし今回のデラーズ・フリートの作戦そのものを降りる気があるなら、パラオへの移動手段を提供する。パラオは移動型の資源隕石だ。このディスクに精密な座標計算プログラムが入っている。パラオで戸籍を洗浄し、後にアクシズへ合流しろ」

 

私の言葉を聞いた瞬間、彼女の瞳に激しい恐怖と怒りが浮かんだ。

 

「パラオだと……!? お前、まさかシュタージの人間か!? 冗談じゃない! 私は部下たちに普通にメシを食わせ、普通に寝られる環境を整えたいだけなんだ! 誰がお前のような闇に染まった奴の言うことなど聞くものか! パラオに部下を集めてどうするつもりだ!?暗殺者や工作員にでも仕立て上げる気か!? ……もういい、生かして返してやる。二度と我々に近づくな!」

 

「そうか……。あんたは少佐だったな。幹部クラスなら『パラオ』と聞いただけで即座にシュタージに結びつくか。……信じないだろうが、もうあの組織は存在しない。……やれやれ、交渉とは難しいものだな」

 

 これからアクシズは急速に勢力を拡大し、深刻なパイロット不足に陥る。シーマ隊がそのまま合流してくれれば、貴重なベテラン戦力の底上げになったのだが……私自身の暗い過去が、この交渉の信頼を台無しにしてしまったようだ。

 

 

 いまだ興奮冷めやらぬ艦橋を後にし、接続パイプの中を一人戻っていく。

……だが、ここで非常に困った事態が発生した。

 

クラクサ側のエアロックハッチが開かないのだ。

 

 私は深くため息をつき、バツの悪い思いを抱えながら、再び『リリー・マルレーン』の艦橋へと引き返すことになった。

 

「……すまない、通信機を貸してもらえないだろうか」

 

一人で操船と境界警戒を任されていたクリス・エバート少尉は、限界を迎えて爆睡していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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