麗しき紫のあなたに捧ぐ   作:たにぐち

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 雛鳥は、殻を割って生まれ落ちて最初に見たものを親と認識するらしい。

 

 そういう意味では、私は彼ら鳥類とそう変わらないのかもしれない──などとここ数日ぼんやりと考えていた旨を話してみたところ、聞き手の反応はあまり芳しくなかった。

 

「いやいやいや、やめてくれます? 鳥天狗を代表して抗議させて頂きますけど、流石にあなたと一緒にされるのきつすぎますって。ていうかあなたのその依存というか執着じみた気っ色悪いのを、子が親に向ける愛情と一緒にするの自体だいぶおかしいですって。マジで無理です二度とそういうこと言わないで下さい」

 

 ……訂正。

 芳しくないというか、全力拒否された。

 ここ最近よく私の話し相手になってくれている親切で計算高い鳥天狗、射命丸文はノンブレスで私の主張を完全否定しつつ、幻想郷一とも謳われるその機動力を最大限発揮して私から距離をとった。隣に座っていたのに、瞬きの間にまるで手の届かない宙まで逃げる俊敏さは流石の一言に尽きる。

 しかし普段は射命丸の方が人間や他の妖怪から距離を取られる側だから、側から見ればちょっと面白い光景かもだ。

 

「射命丸は酷いなぁ、誰かを慕わしく想う気持ちに貴賎はないだろうに」

「貴賎はなくとも微笑ましいか否かはあるんですよ」

「…? 私の()()()への想いは微笑ましいものだろう」

「目ん玉まであの妖怪に捧げたんですか? いえ元から曇りきった眼ではあったんでしょうが」

 

 全く、失礼な天狗である。

 私の眼は自慢じゃないがだいぶ良い。見えすぎるくらいに、よく見える眼だ。それに何より──美しい紫の光を宿している。()()()と、同じ色。

 

「…そのキショい笑い方やめてもらっていいです? 今度は何があなたのスイッチですか?」

「いや、私の眼の色があの人と同じ色だろ? ふと気付いて幸福に浸っていた」

 

 今度は何も言わず、ただ心底ゲンナリといった雰囲気で射命丸は苦い顔をした。

 やっぱり失礼な天狗である。

 

 

 

 

 

「ふぅ行ったかな」

「いいや、私が来たぜっ!」

 

 曇り空でも、ましてや夕焼けでもない、異様な深紅の空の彼方へ消えていく黒い翼を見送っていると、背後から元気の有り余っていそうな声がした。そのまま箒から飛び降りたと思わしき着地音。誰が来たか、などと推測する必要すらなかった。

 

「異変は私と関係ないよ、魔理沙。ついでに言うと、私がこの件に関して手を出す必要性も感じていない。いまさっき射命丸にもそう伝えたところだ」

 

 普通の魔法使いを名乗る彼女は、射命丸と違ってよく話す仲というわけでもなし。よりにもよって今私を訪ねてくる理由など一つ。ということで早々にお引き取りいただくために、振り返ることも返事を挟ませることもなく一息に言い切った。

 

「ちぇ、なんだよつまんねーヤツ。驚くとかたじろぐとか、そういう反応、はなからお前に期待しちゃいないけど流石にそれはないんじゃないか?」

「異変解決のプロたる魔理沙は私なんぞに構ってる暇ないだろう? 気を利かしてあげたのにひどい言いようだな」

「はいはい、そーだな。お前ってそういうヤツだったよな」

 

 上手いことあしらえた。魔理沙は完全にやる気を失くしたようで、ふかぶかとため息をつくと、軽やかに箒に飛び乗りそのまま滑らかな軌道で私の前に回り込んだ。

 

「なんと言われようと問答無用で襲いかかるつもりだったのに、すっかりやる気が失せちまった」

「辻斬りか?」

「普通の魔法使いだぜ?」

「そんな交戦的な魔法使い、いてたまるか」

「ここにいるだろ」

 

 ああ言えばこう言う、の権化みたいな人間だ。

 

「じゃ、私は行くぞ」

「あ、おい。異変の主犯の居所わかってるのか?」

「さぁな。ま、なるようになるんだぜ」

 

 身を翻し、魔理沙は箒をグッと掴む。

 飛び去ってしまう前に試しに質問すると、一言一句想定通りの回答が返ってきた。

 ……別に、私が口出しせずとも彼女は最終的に主犯のもとへ辿り着くだろう。

 

「──はぁ、湖だ。湖の方に向かうといい」

 

 だからこれは、手助けですらない。

 

「なんだそれ、お前なんか知ってるのか」

「これでも君らより幾分長生きなんだ。けど本当に、異変には関与してない。これは嘘偽りじゃあない」

 

 魔理沙は、不可解そうに眉をひそめた。

 私の変わり身の速さを不審に思っているのだ。とはいえこちらとしてもこれ以上言えることは無い。会話を切り上げたいのもあり、私は少々乱暴な方法に頼ることにした。

 

「ちょっとしたお節介さ、コレは。ほらさっさと行きなよ」

 

 

 

 ──じゃないと、置いてかれちゃうよ。()()()()さ。

 

 

 

 たった一言。

 それだけで魔理沙は追及を諦めた。

 代わりに綺麗な顔には似合わない般若のような形相を一瞬だけ見せて、射命丸同様に次の瞬間には遠くの空へ消えていった。ああいう言い方が逆鱗に触れることを分かっていて口にした私が悪いのだから、特に気にしてはいない。寧ろ魔理沙自身の方が、後々気にしてしまわないかが気掛かりだった。あれで彼女は繊細で心根の優しい、普通の女の子なのだから。

 やはりどう考えても、悪質なのは私の方だろう。

 

 けれど私が魔理沙に肩入れしたのは彼女の気質を気に入っているからでもなんでもない、というのが私の最も悪質なところなのだろう。

 この場に射命丸が仮に居合わせていたら、そう詰ってくるに違いない。

 

「妬ましいくらいに、綺麗な髪。……()()()と、同じ色」

 

 ぼうとつぶやいてから、キショいキショいと叫んで苦い顔をする射命丸の顔が目に浮かぶな、なんて思った。

 

 

 

 

 

「来てたんだな、お前も」

 

 斜め上あたりから、声がかけられた。当然聞こえているがなんとなく返事に困って、桜の大樹に背を預けたままに私は盃を傾けた。冷えた酒が、唇を越えて喉を伝い、胃に落ちた途端にカッと熱くなるような感覚がして、私はこれがたまらなく好きだった。

 

「いやどう考えても聞こえてんだろ。バレバレなのに聞こえてないフリすんのやめろよな」

「…今いい感じに酔ってるんだ」

「だから邪魔すんなってか? そりゃ無理があるぜ。わざわざ博麗神社まで遠路はるばるやってきて、宴会に参加してるヤツに絡まない方が寧ろよろしくないってもんだろ」

 

 基本的に魔理沙は口が回る。私もそれなりに回る方なのだが、今回はダメそうだった。

 盃が空になってしまったこともあって、結局私は白旗をあげた。

 

「異変解決、お疲れ様。うまくいったようで良かった」

 

 チラリと視線を神社の本殿近くの、一際盛り上がっている一帯にやる。ある意味では今日の主役とでも言うべき、紅魔館の住人たちがそこで酒盛りをしている。なんというかお上品な感じだから酒盛りという言葉が微妙にマッチしていない気もしたが、酔って暴れている連中もいるし、酒盛りは酒盛りだろうと自分を納得させてみる。

 私の視線に釣られて、魔理沙もまた紅魔館御一行を見やる。

 

「言っとくが、お前の言葉がなくたって私は紅魔館に着いてたぜ」

「分かってるさ。だから言ったろ、ちょっとしたお節介って」

「…悪かった」

 

 思わず、魔理沙の顔をまじまじと見てしまった。彼女はいつもらんらんと眩いくらいに輝いている勝気な瞳を、気まずそうに伏せていた。

 これには罪悪感を刺激され、なんとも居心地が悪い。

 

「やめてくれよ。あれは完全に私の非だ。追い返したいからって、意地の悪いことを言った」

「…けど、大人気なかった」

「そんなことはない。魔理沙は悪くないよ」

 

 ムズムズする。違うのだ。ここに来たのは、彼女にこんな顔をさせるためじゃなかった。様子が少し気になったから、顔を見るだけで帰るつもりだったのだ。

 

「君が──君たちが、今日の主役だ。そんな顔するんじゃない」

 

 タイミングのいいことに、紅魔館の妖怪たちと他の妖怪たちが一緒になって何やら騒ぎ出していた。誰かが魔理沙の名を呼んでいるのが聞こえた。

 

「ほら、呼ばれてる。こんなトコで遊んでないで、行って来なよ」

「魔理沙! 何してるの、コッチ来てよ! お姉様がまたバカやり出してるんだからっ!」

「さ、行きな」

「フラン…わかってる、今いくぜ」

 

 吸血鬼姉妹の妹が、頬を紅く染めて、満面の笑みで魔理沙を呼んでいた。

 

「…またな」

 

 別れを告げて、美しい金髪を翻させた魔理沙の背はゆっくり遠ざかっていく。

 次第に彼女は駆け出して妖怪たちの輪の中に入っていき、やがて喧騒の中に消えた。

 そんな光景をゆったりと眺め、私も重い腰を持ち上げた。敷物も敷かずにそのまま地面に座っていたものだから、一張羅のワンピースに土がついていた。軽く払って、立ち上がり歩き出す。

 どんちゃん騒ぎを続ける連中の間を縫って、鳥居の方に向かう。

 今この時だけは人も妖怪も関係なく、誰もが頬を赤らめて酒を飲み交わしていた。昨日のことを忘れて、明日のことなど考えないで、ただこの瞬間を心の底から楽しんでいた。この神社は不思議な場所だ。人は妖怪を恐れ、妖怪は人を脅かす。そんな普遍の摂理も、この神社では忘れ去られていた。

 

 

 

「あぁ、クソっ! 人がちょっと離れてる間に、またあいつら神社めちゃくちゃにする気!?」

 

 

 

 それはきっと、()()がいるから。

 何か用があって席を外していたのだろう彼女は、神社の階段を上り切り鳥居の向こうの境内の惨状に怒り狂った。鼻息荒げ足音荒く、神社の中に入ってくる。

 

 

 

 すれ違う。

 彼女は鳥居を超えて、落陽に照らされた喧騒の中へ。

 私は鳥居を超えて、夜の静けさの中へ。

 私たちは、すれ違った。

 

 

 

「──(あかね)?」

 

 

 

 互いの目線は合うことなく、私たちは背中合わせに歩いていく。離れていく。

 すれ違うその一瞬、小さく、彼女が名を呼んだ気がした。それだけだった。

 

 さぁと風が吹いた。木の葉を揺らし、地面の紅葉を拐って、連れて行ってしまう。秋の風だ。

 日が沈むのも随分早くなっていた。西日に照らされた鳥居の影が大きく伸びていた。

 博麗神社の階段を下り切って、私は振り返った。薄暗い空に、神社の明かりが映えていた。

 宴は夜まで続くのだろう。

 

 

 

 

 

 

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