旅娘トラベルダービー 01世代からの逃走劇 作:旅は良いぞ
「すみません!引退の理由をお聞かせください!」
「皐月賞へは出ないんですか!?」
「この前のホープフルステークスでは圧勝でしたが、引退の理由は!?」
「理由を、教えてください!」
異常なほど盛り上がっている会見の場。
たくさんの記者たちが取り囲み、フラッシュを焚くその中心にいるのは、一人の鹿毛のウマ娘。
そしてその口は、記者たちの質問に対し一言、こう答えた。
「一身上の都合、です。これ以上はお答えできません」
「お待ちください!それだけではまだ……!」
「クラシックすら終わっていない今、引退する理由は!?」
「怪我をしたんですか!?」
引き留める声も虚しく、その長い鹿毛を靡かせながら、彼女は会見の場を後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
そして会見から数日後の羽田空港国内線のターミナル。
先日の会見にて世間を騒がせた鹿毛の彼女は今、そこにいた。
そのきらきらと輝く目から、ブンブンと動く尻尾から、ピコピコと忙しない耳から、溢れんばかりの喜びを周囲に振りまきながら。
「沖縄旅行に~!」
「れっつ~~~ご~~~!!!」
そう、彼女はこれから沖縄に赴くのである!
もちろん、旅行で!
そしてこれだけの喜びを露わにするのも、理由があった。
何を隠そう、彼女にとってこれが初めての旅行なのである!
正確には、先日のホープフルステークスの際、阪神レース場へと向かう際に初めての新幹線を体験してはいたのだが、あれは半ば仕事のようなものであり、観光などは全くしていなかったのでノーカンである。
それでも車窓から伺えた富士山に目を輝かせてはいたのだが。
そして初めての新幹線がつい数ヶ月前の彼女である。
飛行機などは当然初めて、未知の体験であった。
しかし”未知”というものは普通ヒトにとって若干の不安を与えるものであるが、今回の彼女にはそんなもの一つも見当たらない。
なにせ今の彼女は”初めての旅行”、”初めての飛行機”、”初めての沖縄”とかいうあまりにも楽しみすぎる初めて尽くしに浮かされまくっているせいで、メンタルは遠足前夜の小学生のそれであったのだ!
遠足前夜の小学生に不安など存在するはずがない。
よって今の彼女は、普段レースで見せていた、大胆な末脚を発揮しているときの彼女よりもメンタルが強いと言えた。
彼女史上最強のメンタルである。
しかし問題もあった。
周りにハッピーオーラを振りまきすぎたせいで、周囲の人間達から注目されまくっていたのである!
先日の記者会見で日本中にその姿を広めた彼女である。
ここにいる周囲の人間達も、大半の者がその姿を知っていた。
今の情報化社会、パシャリと写真を撮られてひとたびSNSにあげられてしまえば、有名人の彼女ならば一発で居場所がバレてしまい、ニューズを求めて飢えている記者たちが沖縄に詰め掛けてきてもおかしくはなかった。
だが、ハッピーオーラは後始末を自分でつけることができたのだ!
彼女から溢れ出る余りにもハッピーすぎる雰囲気と、その口から叫ばれた”沖縄旅行”というワードは周囲の人々に対して、こう思わせたのだ!
(なんだ、休暇かぁ……)
(写真でも撮ってもらおうかと思ったけど、あんなに楽しそうだし邪魔したくないなあ)
(レースではあんなに怖い顔してたのに……まあ楽しそうでよかった)
(足の怪我でもしたのかなあ……沖縄旅行、ゆっくり楽しめるといいな。声はかけないでおこう)
普段のレースとのギャップで、”あんなに楽しそうにしているのに、邪魔したくない”という心理が皆に働いたのである!
これにより彼女はSNSへとその姿を拡散されることなく、無事に飛行機へと乗り込むことができたのだった!
◇ ◇ ◇
「間もなく、離陸いたします。しっかりと体をーー」
彼女は今、エコノミークラスの座席に座っていた。
沖縄へは数時間のフライトであり、もうレースに出る予定もないため、体をそこまで心配する必要もなくなった彼女は、別にエコノミークラスでもいいやと安い値段の座席を購入したのであった。というか庶民育ちの彼女にとってはビジネスクラスですら高く感じるのである。
そして今、まさに離陸の瞬間である。
しかし今までに離陸時の”G”を感じたことのなかった彼女にとって、この離陸時の圧という物は彼女の想像を超えていたようである。
声こそ何とか抑えたものの、耳はギュッと縮こまり、座席と体に挟まれている尻尾も心なしか少し引っ込むようにされていた。
そしてそんな彼女を見て、隣から声がかけられるのであった。
「ウマ娘のお姉ちゃん、怖がってるー!おもしろーい!」
幼女であった。紛れもなく幼女であった。
そしてその幼女の発言、彼女のことを馬鹿にしようだとか、貶めてやろうなどという意図は全くない。
ただただ純粋に彼女が離陸の圧に対して怖がっている様子を”面白い”と感じ、それを口に出しただけなのであった。
彼女ももう高等部の学生である。
恐らく10近く年下の幼女にそのように笑われたからと言って、いちいち怒ったりはしない。
だがしかし、自身のプライドを幼女に笑われたことにより傷つけられたこともまた事実。
それに関して彼女は、ささやかながらも抵抗をすることにした。
「いやー、飛行機に乗るのは初めてだったから、つい」
なんともせこせことした言い訳である。
そもそも年下の幼女に笑われたからと言って、反論すること自体が間違いである。
そしてそもそも離陸時の”圧”に驚いたのは事実であるのだから、大人しく認めればよかったのである。
高等部の学生としては笑って流すことが最善の選択であったといえるが、彼女は自らのプライドを守るためにしょうもない言い訳を言ってしまったのであった。
そしてその言い訳は、幼女の次なる一言を招いたのであった。
「えー、お姉ちゃん初めてなの?私なんかこれで三回目なんだから!」
非常にかわいらしい、マウントとも呼べない自慢である。
そして彼女は、こんなにかわいらしい幼女に対してセコい言い訳をしたことを恥じるがいい。
◇ ◇ ◇
彼女が向かうのは、沖縄とは言っても那覇ではなく石垣である。
冒険心溢れる彼女は、どうせならただ整備されたビーチに行くだけよりは、西表の大いなる自然を見に行きたかったのであった。
よって、石垣からフェリーで西表島に行くという計画を立てたのだ。
彼女の目的は沖縄の海の他に、西表の自然もあった。
国内の移動とは言え、石垣まで数時間はかかる。
そして彼女は、その時間を潰すための手段を用意してきていた!
そう、読書である!
この時のために数冊ほどUMAZONで購入してきていたのだ!
だが、ここには問題があった。
そう、赤点常習犯の彼女にとって活字など一体何年ぶりのことであろうか!
5分で飽きた!
だがここは飛行機内であり、スマホの機内モードオンは必須。
スマホすら使うことができない。
これは、詰みか。
しかしそう思った瞬間、救世主が現れた!
そう、目の前の座席の後ろに取り付けられているモニターである!
乗客は無料でいくつかの映画やアニメ、バラエティ番組を視聴することが可能なのだ!
一体何を見ようかと悩んでモニターを操作していたところ、ふと隣の幼女の様子が目に入った。
どうやら女児向けのいわゆるニチアサアニメ、”ウマキュア”を視聴しているようだった。
そして子供の感覚は鋭いというのか、彼女の視線に気づいた幼女は、彼女に対してこう告げた。
「一緒に、見る?」
差し出される片耳だけのイヤホン。
上目遣いの、幼女。
少し申し訳なさそうにこちらを見つめる、幼女の母親と思しき人物。
……断れなかった。
◇ ◇ ◇
「う、うぅ……三人が揃って良かった……」
「もう、お姉ちゃん泣かないでよ!」
面白かった。
想像よりも遥かに。
所詮は女児向けニチアサアニメの映画だろうと高を括っていたら、想像より遥かにしっかりしたストーリーと登場人物の心理描写に驚かされ、気づくと夢中になってしまっていた。
感動した。
泣いた。
泣いている自分を慰める幼女。
微笑ましいものを見るような視線を送ってくる幼女の母親。
恥ずかしい。
「じゃあ、次の映画も見る?」
「見ます!」
「実はね、これはさっきの映画の続きみたいな感じなの!」
「何ッ!?絶対見る!」
「お姉ちゃん、うるさいよ」
「……すみません」
やっぱりさっきからの、幼女の母親の、微笑ましいものを見るような視線が恥ずかしかった。
◇ ◇ ◇
「間もなく、着陸いたします。しっかりと座席にーー」
「お忘れ物が無いようーー」
石垣に、着いた。
幼女と母親とは、もう別れた。
出会いもあれば、別れもある。
だが決して、あのウマキュアを教えてくれた幼女のことは忘れない。
あのウマキュアが自分に与えてくれた感動を、忘れない。
そして着陸時に想像以上の衝撃に驚いた自分を笑ったことも、決して忘れない。
覚えていろ、幼女め。
◇ ◇ ◇
空港のガラス張りの扉から、沖縄の晴れ渡る空を見つめる。
東京の空と比べて澄んでいるような、そんな感じがした。
気のせいかもしれないけど。
扉に近づくと、私の存在を感知した自動ドアが、ひとりでに開く。
扉が開く音と共に、私の元へと沖縄の空気が流れ込んでくる。
まだ肌寒さを残した東京のものとは違い、3月の沖縄のそれは、確かに夏を感じさせるものだった。
◇ ◇ ◇
同じ日本の3月とは思えないほど、沖縄は暑い。
東京からは2000km近く離れているらしいが、それだけ離れているのも納得の気候の違いだ。
もちろん東京の夏だって蒸し暑いことはそうなのだが、それとはまた違った感じの湿度の高さに気温の高さ、とでも言うか。
端的に言うと”すごく南国っぽい気温”なのである。
そして南国初体験の彼女は、この感じにすっかり興奮していた。
「ひゃっほ~!これが南国、沖縄か~!」
「うんうん、この感じ!まさに”南国”って雰囲気でいいじゃな~い!」
「いや~、すでに休暇を取ってよかったと思えるよ、これは」
既に大満足である。
しかし彼女は、この後すぐに西表行きのフェリーが出る、石垣港へと向かわなければならない。
「あっ!そうだ、フェリーの時間ギリギリなんだった!急がないと!」
そうして彼女は、ジュニア級重賞を制したその脚で、石垣港へと駆けて行った。
◇ ◇ ◇
「おや、これは……石垣港にパルクールで乗り込むウマ娘?」
一人の栗毛のウマ娘が、SNSのとある投稿を見つけた。
そしてその投稿を諦め半分、期待半分といった面持ちで開いた後、その投稿された動画を見、喜びの表情を浮かべた。
「ふふ、ふふふ……!やっと、やっと見つけたよ」
「引退の理由すら表明せず、あんな適当な会見一つ開いて終わりだなんて、許されると思っているのかい?」
「さて、それでは向かおうか……おっと、一応彼女たちにも連絡をしておかなければ。一応、協力者だからねぇ」
「ふふ……君のことを逃しはしないよ。君は私の目的に最早不可欠な存在なのだから!」
沖縄旅行者、一人追加