「……月に着いたね。17号」
「はい、月に到着しました。計画通りにいけば、私たちはここで『終焉の律者』に挑むことになります」
帽子を被った少女は空を見上げた。頭上には崩壊エネルギーで構築された帳幕、その上には暗く冷たい星空、そして視線の先には青く澄み渡る惑星が浮いていた。どんな状況にあろうと、空を見上げるのは人間の本能なのかもしれない。
少女は自身が息を飲む音をはっきりと耳にする。
ムーンベースは今日この時において落成以前の長閑さを取り戻していた。隅で細々と続けられている演算が発する微かな機械音と自身の鼓動以外に鼓膜を震わせるものはいない。目を瞑れば冷たく暗い湖面が広がるのみ。嵐の前の静けさ_しかしこれこそが宇宙でもっともありふれた景色である。
「__ですが…事実に基づいて話すと、今回の私たちの行動に勝算があるとは思えません」
「そうだね。私もそう思う。みんな……そう思ってるだろうね」
「それは……」
「私たちは_成し遂げなければならないことをするまでだよ」
それはこの地に足を踏みいれる前から、彼らが戦い始めたその時から、あるいはその遙か昔から既に決まっていたことなのかもしれない。静寂の一部を担っていた機械仕掛けの少女は言いようのない閉塞感を抱いた。実益、論理、実現性を重視するが故のものではないと分かったからこそ。
「…………」
「あ、ヴィルヴィの姉ちゃん、と17号!月に着いてたんだ」
「パルド?」
「私は一番乗りで暇…時間があったから基地を見て回ってたんだ。ここは貴重なお宝がいっぱい…んん、珍しいものがたくさんあるからあさりがい…じゃなかった、探索のしがいがあるんだ♪」
「基地での行動にはいくつか制限がありましたが」
「いや〜それは……あっ、そろそろ行かないと。じゃあまた後で!」
その言葉と同じく動きは俊敏で裏腹に足音は小さい。自身がそこにいた痕跡を残すことなく足早に去っていった。
物珍しそうに辺りを見回す姿を見て、彼女にとってはこれが初めての宇宙旅行なのだということに思い至る。
「パルドは……ずっと楽観主義者ですね」
「そうかもしれないね。でも、知ってる?今日、彼女が担当するのは__必ず犠牲になると言える仕事なんだ」
もしくはこの宇宙旅行が片道切符であることを知っているからだろうか。
「必ず…犠牲になる?」
「そう。彼女は終焉の律者が目覚めた瞬間、自分のあらゆる幸運を賭けて、あの『扉』を開けないといけない。………君がこれから侵入する、あの扉をね」
「ですが…終焉の律者を休眠状態にしてから、対応することはできませんか?私たちの攻撃なら……一時的に可能ですよね?」
「そうだけど、終焉の律者の活動が止まったら、扉を開けるチャンスも一緒に消えるんだ」
勿論、そんな可能性を17号が演算できていないわけがなかった。
「だから、それを開けるのが誰であれ__融合戦士でも致死量となる崩壊エネルギーを近くで受けなければならない」
「………」
結果から見れるとするなら全く異なる運命を辿るということに違いはないだろう。しかしある意味では彼女達に訪れる結末は同じだといえる。だからこそ人工知能でしかない17号と『英傑』であるパルドフェリスの違いは無視できるものではなかった。
「そう…君も見たでしょう。それでも……パルドは、少しも怯んでないの。きっと、死が怖くないわけじゃないと思うんだ」
ヴィルヴィはもう一度空を見上げようとして、ため息を吐いて17号へ視線を向ける_ほんの一瞬、その目には自信と自慢があった。
「彼女はただ……私たちと同じように、『自分にしかやり遂げることができない』運命を背負ってるだけだよ」
「あなたたちの運命は……こうなるはずではありませんでした」
「うん、私もそう思うよ。エリシアがかつて私たちと一緒に撮影したあの映画のように___
古武術が得意な華
釣りと昼寝が好きなパルド
医者のスウ
夜遅くまで働くサクラ
インドア派の私
冷たいコードを打つケビン
お菓子作りが上手な千劫
大学教授のメビウス
高校生のコズマ
有名な画家のグレーシュ
黄金の庭園の大家のエデン
夜勤看護師のアポニア
そして、フリーターだけど『ピンクの妖精さん』という愛称でネットではかなり有名人の、エリシア
___それこそが、私たちが得られるはずだった、平凡で普通の運命。そうでしょ?」
17号は否定も肯定もしなかった。できなかったという方が正しいのかもしれない。
「でも…ケビンが言ったように……『僕たちは知っている、この世界はもう救えないと。それでも僕たちは、ヒーローにならなければならない』……つまり__弱く、無力で、自分を卑下する存在でも、自分のために生まれた意味を作りたくなるものでしょ?」
生まれた意味、生きていく覚悟、戦う理由__そして死ぬ運命。地球が生命の脈動をその身に宿した時から、雷光から火を見出し未来を照らすことで文明を形成した時から、あるいはある日空から落ちてきた"それ"が課した輪廻の中、全ての凡人は死ぬ間際までその意味を再定義し続けてきた。多くの場合、その意味は何の価値にもならない。凡人が死んだ後にはなにも残らないからだ。しかし、だからこそ
「できるだけ、あなたたちの『意味』が無駄にならないようにします」
「ありがとう。でも、できれば…君にはそれを自分の意義だと思ってほしい」
「………」
再びムーンベースに静寂が訪れる。
やることもやらなければならないこともやり残したことも多々あるが時に静寂はその影を心にも残す。平静、沈黙、安堵、緊張、決意。
とある友人はいつもそうだった。ため息を吐き下を向いたかと思えば次の瞬間には睨むような微笑むような顔を上へ向けていたのだ。
そこで17号はいつの間にか視界が群星で埋めつくされていることに気づいた。
同時に自分が生まれた原点を思い出す。
空を見上げるのが人間の本能なら、意味を定義するのが人生というのなら、『希望を抱いて明日へと向かう』のが人なのだとしたら、果たして0と1で構成された海に漂う自分は人間と言えるのだろうか。
基地の演算はまだ続けられている。投影ディスプレイには地球と月における固有時間が表示されていた。
作戦開始__『終焉』の降臨まで残り3時間。
「空を見上げるのは人間の本能」はスターレイルの方から持ってきてます。白髪男とか紫髪眼鏡に似合いそうで大好きな台詞。