めちゃくちゃ中途半端な話(これに限らず前話も投稿予定のものも)ですが事実一連の話の中間をくり抜いたものです。前文明編第5話みたいな感じで読んでください。
「おや、来てくれたんだ。メビウス」
とても意外そうに彼女は表情を変えた。
「本当に…私をここに捨てるつもりだと思ってたけど…」
「喜ぶのはまだ早いわよ。あなたをこの島に閉じ込めることは、火を追う蛾の意思であり__わたしの意思でもあるから」
あたかも安堵したかように見えるその態度すら、最初から思い描いていた通りだという主張の隠れ蓑にしか見えない。
「『P-21』…地図上では存在しない場所になってる。その寿命が尽きるまで、誰もあなたがここにいることを知らない」
「そうなると…ピンクの髪の彼女がまた私のために掛け合ってくれたんだ?彼女は一体何者なの?」
「あなたが知る必要はないわ」
今度こそ彼女は心底から意外そうな顔をした。そう。今回もまたあの少女だ。誰もが予想だにしない待ったをかけた。さらにその意思をあの頭の堅い老人共相手に押し通してみせた。その性質から考えればどの注意事項よりも彼女の情報を暴露することは避けなければならない。
少なくとも、そして珍しく、メビウスはそう判断する。
「けど…もしあなたにそういう『才能』がなかったら、彼女でも手に負えなかったでしょうね。_火を追う蛾はもう一度あなたの審査を行うことに同意したわ。審査にクリアしたら、条件付きではあるけどあなたは釈放され、火を追う蛾の一員になる」
「ほう?それって、君たちは…脱獄の才能を必要としてるの?」
「さあね?ところで、あなたが砂浜に残した模様、というより___設計図?を見たんだけど、あなたって本当に暇が苦手なようね。……それとも火を追う蛾の人間がここに来ることを分かってて、わざと見せたの?」
「おや、あれのことか。あまり気にしないで」
それほど多く顔を見合わせたわけでもないはずだが、既に幾度も見たなんでもないような表情をする。
「今日の実験が終わってから…あれらの発想を現実にするかどうかを決めるつもりだよ。どうせここを出るんだし、もう少し一緒に待ってくれたっていいでしょ、メビウス?」
「フン…名前を教えるんじゃなかったわ」
「ハハッ。教えてもらった記憶はないよ、メビウスおばさん。私が知ってるのは……君があまりにも有名だからだよ。昔、君の名前を勝手に使ったことがあるくらいだし」
彼女の過去には何の興味も持っていない__既に知っていることだからだ。だがその例外となりうるものもある。あまりに自然に織り込まれ、しかし場違いなその言葉を見逃すことはできなかった。
「『実験』?」
「うん、ここでね。面白さは保証するよ。しかも、あまり時間がかからないんだ」
ドッッ__カーーン!!!!
「ほら、もう始まった!」
ヴィルヴィがそう話した時
メビウスは今まで見たことのない彼女の笑顔を目にした。目の前にいる相手が、少し遠い存在だと………そう思わせるほどの。
先ほどの音は遠く離れた森の中で、何かしらの『信号』となったようだ。数分後、あちこちで激しい音が鳴り出す。もしここに来たのが一人の戦士だったなら、その音をよく知っているはずだ___それは、誰かが様々な武器を使って『交戦』している音である。
「心配しないで。ここの先住民はサルたちだから。……ああ、この音だと結果が出るまでもう少しかかりそうだね。では、説明させてもらうよ」
溢れ出した感情を内に沈めたヴィルヴィは、それでも抑えきれない期待を込めた目をメビウスに向けた。淡々とした口調が仄かな霧に包まれたように聞こえる。
「君が言ったように火を追う蛾は名目上、私をここに閉じ込めてるけど、実際は私にここで死んで欲しかったんだよね?だから仕方なく、私も生きていく方法を考えないといけなかった」
太平洋の真っ只中にあるこの島は元はリゾート施設として利用されていた。ある『事故』により廃棄され、後に火を追う蛾が接収し様々な『用途』で利用する計画が立てられたが、今のところどれも実現してはいない。
「現地調達してる中で、少し……面白い場面に遭遇したんだ。一匹のサルが、私の点火装置を盗んだ__うん、単純だけどとても効果的でしょ」
陸地から3000km以上離れた絶海の孤島であり、当初の開発理念と異なっていようとも『人目につかないこと』を行う場所としての意味は失われることなく残っていた。
「そして……ある日、森の中で素材を探してる時に、サルたちが篝火を起こしたことに気がついた。賢い生き物だよね。そう思わない?」
「普通よ」
「今までの話だけで言うなら、確かにそうだね。だけど……しばらくしたら、また私の前にサルが来たんだ。手を出して、私をじっと見つめて。まるで何かを欲しがってるみたいだった」
ヴィルヴィはメビウスを見ていない。もっと遠くの何かを見つめている。
「その目……とても気にいったんだ」
「……それで?」
何故かメビウスの口調に、曖昧で言葉にできない冷ややかさが増した。元々極端な人物ではあるが、そんな彼女でも珍しい冷たさである。
「どうしても気になってしまってね。だから、ようやくこの何もない孤島で武器を作り出せた時………私は、ここにいるサルたち全員にそれを配ったんだ」
「私がそんな話を信じると思うの?あのヴィルヴィが?こんな場所で武器を作る?」
「この腕がなければ、火を追う蛾だって私を何度も審査にかけないでしょ?」
彼女がそれを口にした後、森の中の交戦はようやく止まった。
「おや、もう終わったみたいだね。ねぇ、メビウス。当ててみない?___今日……私に何かもらいに来るサルがいるかどうかってね?」
波が岸を打ち付ける。
燦々とした日差しが照りつけ足元に陽炎が揺れ出した。
今、あの言葉にできない感情が何だったのか、メビウスはようやく理解した。
目の前にいる相手は、彼女の『同類』だ。
その後は沈黙が続く。
波が岸を打つ音だけが辺りに響いた。
「いないみたいだ」
他人のような口ぶりだ。メビウスは顔を上げる。その視線は森を抜けた。彼女は、そこにどんな光景が広がっているのか知っている。ここに着いたばかりの時、あの辺りは人の痕跡のない長閑な場所だった。しかし今、その長閑さは静寂に変わっている。
「どうやらあの設計図は使えそうだ」
「一体何の設計図だったの?」
「簡単に言うと、私が特別に開発したミサイルかな。今の技術よりずっと『実用的』だよ、たぶん。
______それを……人類に渡したいんだけど、君はどう思う?」
「………」
メビウスは必死に自分を抑えていた。今の彼女には二つの道がある。一つは海上で待機している火を追う蛾のメンバーを呼び、目の前にいる少女を殺すこと。もう一つは直ちに戻り、エリシアが出した審査申請を完全に否決すること。
どちらを選んでも彼女は『正しい』と思っている。
「ヴィルヴィ、あなた………」
「あはっ___」
だがメビウスは重大な事実を見逃していた。
「おや……メビウス?いつ来たの?」
「……えっ?」
「ああ……実に残念だ。もっと早く教えてくれたらよかったのに。そうしたら君に何か用意できたかもしれない…」
「…………」
ヴィルヴィはメビウスを見ている。
彼女にしては長く、そして煩悶に等しい熟考と沈黙が続く。つい先程行った演繹は既に意味をなくし出かかった結論はまるで異なる結末を指し示すこととなった。
彼女にしては遅く、あるいは反応を面白がる『彼女』が痺れを切らすより早く懐から無線を取り出す。
『こちらα-21部隊。どうされましたか?
メビウス博士』
「予定通り彼女を連れ帰るわ。絶対に武装を解かないで。それと…今回の審査に関して、わたしに優越権があることを忘れないでって伝えて。今すぐに」
『……それは元老に?それとも_』
「両方よ」
ヴィルヴィはバツの悪そうな顔をする。
蛇の目は未だ絡みついて離れない。
◇◇◇
「__一行が島にあがると向こうから男が走ってきた。どうやらその男には多数の悪霊が宿っているらしい。
狂ったように暴れ回り、また叫び回る男は島の人々によって墓地に縛られていた。
しかし手を塞ぐ枷を割り、足を繋ぐ鎖を引きちぎってまた同じことを繰り返す。誰にも止められることはできなかった。
そんな男が走りよって来て頭を地につけて大声で叫んだ。
『■■■よ■■■よ。どうか、どうか苦しめないでくれ!』■■■が『悪霊よ、この人から出てゆけ』と仰ったからである。
続いて■■■は『名は、なんというのか』とお尋ねになった。『我が名はレギオン。大勢であるがゆえに』そして__」
「レギオン?先生、レギオンって言った?」
「ん?ああ、そうだとも」
「前も言ってたよね。どういう意味?」
「レギオン…別に深い意味はないさ。古い、古い言葉で『多く』『軍団』を意味する。ここでは男にとり憑いた悪霊の名だと解釈されている」
「それだけ?」
「それだけさ」
「じゃあ…どうしてその悪霊は豚にとり憑いて溺れたの?」
「…もう読んでいたんだね。その質問については__私には分からない。君はどう思う?」
「分からない。分からないから、どうして先生がレギオンって言ったのかも分からなくて」
「…それは。そうか。そうだね。それは多分___『一人なんかじゃない』と思ったからだ」
「え?」
「いや、すまない。今の言葉は忘れてくれ。私の自己満足で無神経な意見だし…詮索してもいい気分にはならないだろうから」
「……」
「さて、話を戻そう。この章を読んだなら次の章にいこうか。読むだけじゃなくて文字も_」
「先生」
「…なんだい」
「私がそうなんだとしたら、それでいい。むしろその方がいいのかもしれない。どこから来たか分からなくても、最後に溺れることになっても、『我が名はレギオン。大勢であるがゆえに』…もしそうなら_」
◇◇◇
地下32階尋問室。そのすぐ階下では十分に『致命的』な身柄を多数封じ込める為の拘束室が広がっている。本来であればそこに収容されるべき人間は今、メビウスの前に座っていた。もしくはメビウスが彼女を見下ろしていた。
「エリシアが保証人になってたとしても、あなたの命を守れるとは限らないって知ってるはずよね」
「嘘でしょ…メビウス、君がこの審査を行うなんて、教えてもらってないんだけど」
「あなたは質問に答えればいいの」
「ああ……わかったよ。個人的な話は受け付けない。そうだね?」
「質問を始める前に、あなたを拘束している装置はそんなに単純じゃないってことを、理解してもらう必要があるんだけど」
ヴィルヴィの四肢を縛り付けている鋼鉄の椅子の周辺には過剰とも言えるほどの『目』が瞬いている。熱、運動、電気、磁気や放射線に至るまで検出することができるそれは被観察者に一切の自由を許さない。
「動かない方が身のためよ。でないと、その周りにある装置がすぐさまあなたを痛めつけることになるわ」
「了解。もちろん、じっとしてるよ」
「………」
もちろん、その言葉を信用するほどメビウスは甘くなく油断もしない。しかし今回重要なことはそこではない。
「それで、早速質問するけど、あなたはそもそも『メカニック』じゃない。そうよね?」
「……。その通り、私はただの学生だもの。メカニックなんてまだまだ早いよ」
「最後にもう一度忠告するわ、ヴィルヴィ。あなたのチャンスは、どっかの誰かさんが必死な思いをして手に入れたものなのよ____無駄にしないようにね」
『目』と『手』を動かすスイッチは今メビウスの手にある。いくらエリシアが言い聞かせたとしてもメビウスは脅しの道具で済ませるような使い方をするつもりはなかった。蛇を思わせる視線を手元に落とす。
「わたしたちはあなたについて詳しい調査を行った。高等機械力学を勉強する学生という立場は、完全にあなたが偽装したものよね」
「………。ゲッ。どこでボロを出しちゃったのかな?この顔が老けてるから?」
「話をすり替えても、あなたには何のメリットもないわ。わたしたちの時間は有限なんだから」
「…………。分かったよ。私の出身地は黄昏の街で、一人の魔術師…」
「もういいわ。……今ここに、あなたの指名手配書の原本がある。確かにあなたは黄昏の街に現れたし、魔術師として一連の詐欺事件を引き起こした。事件が発覚したあと、あなたは入念に今の立場を作り、偽り…逃走した」
正面からその瞳を真っ直ぐ見つめた。
「___ヴィルヴィ。火を追う蛾は人を殺すことなんて気にしないわ。ましてや……犯人の処刑もね。死は、あなたが逃げられる監獄なんかじゃないわ」
「………。既に知っているのなら、どうして私に聞くの?私がここに座っている理由は、私の『過去』とは関係ないはずだよね?」
「その通り。それがわたしの本当に聞きたかったことよ」
椅子に座る少女は身動ぎする。どうやら長い間同じ姿勢だったために居心地が悪くなっているようだ。
「ヴィルヴィ__一応、この名前は本当だということにしておくわ。とにかく、あなたが火を追う蛾に抗う時に使った機械は本物だった、時代を超えたものすらあったわ。そして、あなたが火を追う蛾に挑戦を仕掛けた理由、崩壊に対する反発や嫌悪も嘘じゃない。あなたが持ってた機械は一体どこから来たの?」
「…………。あれらの機械は…私が作ったんだけど、それが何か?信じてくれないのは君たちだし、私にどうしろと言うの?」
「だけど、あなたは『メカニック』じゃない」
「そうだね。私は高等機械力学を勉強してる学生でも、メカニックでもない。でも___最高の『嘘』が何なのか、君は知ってる?」
「………」
メビウスは不意に報告書の内容を思い出した。数え切れない虚偽、散りばめられた矛盾、詳細まで整理しまとめられてなお乱雑なそれらは、ある仮定さえしてしまえば途端に一筋の線が浮かび上がるものだった。今この時に至るまで見逃していたが故に___『不可能』を『可能』にすれば__つまり_
「それは……真実だけで、人を騙せることだ」
拘束室の照明が点滅した。
照明は当然、拘束椅子に座る者を照らすためにある。
その光は照らすと同時に陰影を創り、彼女の陰は幾重にも連なった。
「これから話すのは全部真実だよ?」
「あれは多分……私が四、五歳くらいの頃だったかな。急に自分のことが嫌いになって、どうしようもなくなったんだ。だから、ある方法を考えたんだよ」
「…それは『別人になる』ことさ__それは驚くほど、私の想像よりもずっと簡単だった。_______私がそう『望めば』、それが『できる』」
「だから……何の知識も持ってなかったけど、独学で三ヶ月間機械関連の知識を勉強したんだ。あれらの無人機を開発する前にね」
「この答えは、君を満足させられるかな?」
「…………」
メビウスは答えなかった。答える必要がないからだ。
今『目』と『手』を動かすスイッチは彼女の手にはない。その代わり酷く冷たい瞳を向けるだけに留める。しばらくそうして、その後も重苦しい沈黙を解き放つ真似はしない。
彼女は答えない。
彼女は待っているのだ。
「メビウス?」
《メビウス博士》
別室にいた観察者の無機質な声が耳元に響く。
《彼女の『才能』についての検証と審査が終了した。最終結果としては賛成11、反対2……これにより我々は彼女に利用価値があると判断する》
「はぁ……それがあなたたちの結論?一匹の虫でも獅子を殺すには十分だって理解してるはずよね。いえ……この場合は木馬かしら」
《メビウス博士。『火を追う蛾』はヴィルヴィを『天才』だと判断した。であれば素性や過程は意味をもたない。優越権は確かに与えた。だが最終的な決定権を持つのは我々だ。それに……》
「はいはい、分かったわ。わたしは反対する立場に立ちたかっただけ、もう十分よ。少なくとも忠告はした。それに彼女の処遇について関わるのはこれで最後」
煩わしく通信を切ったメビウスはヴィルヴィが笑みを深めていることに気づきため息を吐く。
「その様子だと結論が出たようだね。どうだった?」
「知ってるはずよね」
「ははっ。少なくともこの組織が私をどう見てるのかは良く分かったよ」
「ならよく肝に銘じておきなさい。それは単なる比喩ではないわ。すぐにあなたを絡め取る糸になるから」
「うん。肝に銘じておくよ、メビウス」
ヴィルヴィを縛っていた拘束が緩む。当たり前ではあるが完全に自由が許されることはない。そうと分かっていても不満の表情を隠すほどの理由と必要性は感じられなかった。
それに関係なくメビウスはもはや用はなくなったとばかりに背中を向けて拘束室から立ち去る__そうなるはずだった。
「ヴィルヴィ」
「………」
「もしあなたがその生き方を続けるなら、よく理解しておきなさい。あなたにどれだけ才能があっても、たとえわたしや組織の人間を欺けたとしても、あなた自身はそうじゃない」
「………」
耳鳴りすら感じられるほどの無音。
闇を思わせる静謐。
ヴィルヴィに迷いが生じたのではない。返答するべき相手がいなくなっただけだ。それは同時に今まで身体に絡みついていた蛇の視線がなくなったことを意味する。
決して遠くない未来においてなお人と目を合わせることが不得手である『彼女』からして、そういう意味で見るならばメビウスは二番目に苦手な相手となるだろう。
しかし問題は彼女の視線にあるのではないと気づく。ましてやその言動ですらない。
たった今再び『自由』となったはずのヴィルヴィを縛っているのは……メビウスを通して、その瞳に映し出された自身から浮かび上がった_____真実と虚妄。
「そうだね…メビウス。君の言う通りだ。だから私は_____」
元老の数は某財団にならいました。こういうところでしか多数決の組織だったらしき描写出来なくないか?