傍白ムズい……。
出来上がったのは第三者視点とキャラクター視点が入り交じった怪文……。ゥ…。
黄昏の街。
その外れに療養所があった。
古い造りの三階建てではあるが床や壁は頑丈でしっかりしている。療養所を囲う塀は3m近くあり内からも外からも越えることは容易ではない。大きな庭には色とりどりの花が植えられ石畳が綺麗に並べられている。
昼過ぎの長閑な時間帯。療養所の子供たちは元気よく走り回って遊んでいた。
「シーッ、みんな静かに。お話の時間だよ」
療養所の庭には小さいながらも綺麗な噴水があった。その前に置かれた椅子に座った女性がそう言うと、噴水の周りに集まって喋っていた子供たちは一斉に静かになった。
「やったー、お話の時間だ!」
「何のお話が聞きたい?"世紀末のナイチンゲール"はどう?」
「嫌だ。800回も聞いたもん!」
「それなら"笑う男の子・カルパ"は?」
「…801回聞いた」
お話の時間は子供たちの楽しみの一つではあるが、お話のレパートリーを聞くと微妙な顔をした。一番前の男の子は毎日欠かさずお話を聞いてきたようだ。
「アポニアお姉さん、"黄昏の街の妖精"の話を聞きたい!」
「黄昏の街の……妖精?」
「そう。小さな妖精でものを隠して悪戯するのが大好きなの」
「見たことがあるよ。スラムの排水溝の上にいた。何の魔法を使ったかは分からないけどポケットの中でにあるクッキーが半分になったんだ!」
「またアポニアお姉さんのいない隙にこっそり出かけたんだ」
「外は危ないからいい子は療養所の中にいなさい。でないとお姉さん怒るよ」
「アポニアお姉さんは怒らないもん。怖い話はするけど」
「怖いって『言うことを聞かない悪い子は罰を受ける』という話のこと?」
「1000回も聞いたら怖いよ」
"アポニアお姉さんは怒らない。だけど話は長い"というのは子供たちの間では周知の事実だ。しかも少しでも聞く姿勢がなってないとまた最初から繰り返される。噂では言うことを聞かずに悪いことを繰り返すと祈祷室に連れて行かれるらしい……連れていかれた子たちがどうなったのかは誰も知らないのだ…。
「アポニアお姉さん、いい子にするから…妖精の話をしてよ!」
「そうそう、新しいお話を聞けるなら何でもするから」
「全く困った子どもたちだね。いいでしょう、少し考えさせて…」
「うーん…よいしょ…」
療養所の煉瓦の壁。
そこによじ登る小さな影があった。
「ふぅ、やっと外せたよ。疲れちゃった」
壁はそう高くない。しかし小柄な少女にとっては一苦労するものだったようだ。一息ついた後、一気に飛び降りて着地した。
「フフン、おチビたち感謝してよ。これでこの学校に閉じ込められることはなくなった!お前たちもすぐに気付くはずだよ。行きたいところに行き、したいことをするのがこの世で一番幸せだってね」
壁の向こう側にいるであろう子供たちに向かって_もちろん誰にも聞こえていないが_自慢気に語る。
「お前たちは自由を、そして私は新しい『商品』を手に入れた。めでたしめでたし!……でもこんなに大きな門をどうやって運べばいいかな。きっと台車が必要だろうね。そうそう、台車だよ」
その時、ふとした違和感があった。背中…汗をかいたのか、虫に刺されたのか。とにかく後ろに何かいるような。
「痒いところに手が……うにゃッ!」
真後ろに。
「……………届かない」
人がいた。
「あははっ………。きょ、今日はいい天気だね。お前もここで散歩してるの?」
「散歩?聞き間違いでなければあなたはさっきこれを『商品』って言ってたはず」
相手は背が高く、修道女のような服を着ている。黄昏の街の路地裏にいるような怪しい連中と同じ気配はしない。乱暴で危険な匂いには人一倍敏感である少女はひとまず急いで逃げなければならない状況ではないと判断する。
「聞いてたんだ…それは……なんというか……ハハハ…」
だが相手が誰であれ、こうした状況ですべきことは決まっていた。
「ごめんなさい私が悪かった本当に反省してるからどうか許して!!」
「…あなた……すぐに許しを請うんだね」
「あははっ……空気が読めるのが私の最大の長所だからね」
「つまりあなたにとってこういう状況はよくあることなの?」
やはり、相手は決して危険な人物ではない…少女は手足を地面につけて頭をギリギリまで下げながら、そう思った。少し荷物をくすねた時に怒鳴って追いかけてきた"旦那"や代わりに商品を受け取った時に仲間を集めてきた"姉さん"とは違う……確かに違うのだが…今まで感じたことのない類いのうっすらとした恐ろしさを感じる喋り方だ。
「グッ………それは…」
「はぁ、分かっているよ。黄昏の街にいる人たちにはそれぞれの事情があるし、しかしそうだとしても……」
「ストップもう勘弁してよ!煮るなり焼くなり好きにしていいから説教だけはやめて」
女の言葉は少なかったが、少女は早々に我慢ならないといった様子で遮った。相手が怖いからといって少女が引き下がることは少ない…相手が本当に怖かったとしても今の女の言葉の方が彼女には苦痛だったようだ。
「おチビたちもそう。きっと耳にたこができるほど聞いているんでしょ?説教を聞かせるだけならまだしもあの子たちをここに閉じ込めて行動や時間にルールを作って守らせるなんて。学校なんて言うけどさ、そんなの厳しすぎるよ。完全に監獄じゃないか!」
「そう思っているんだね。なら、ここが学校ではなく療養所だということは知っているの?」
「……りょ、療養所?」
強気に出た少女は次の瞬間には目を丸くしていた。
「ええ、ここの子供たちはみんな命にかかわる病気を持っている。彼らを守るためにはこの小さな療養所に閉じ込めるしかなかったの」
「そういうことだったんだ…」
「はぁ、あなたに悪意はないみたいだし、これ以上何か言うつもりももない。だけど理解してほしい……誰もがあなたのように自由なわけじゃない。束縛されてやっと生きていける者もいるの」
どうやらこの女の一番言いたいことは後半の内容らしい。物心ついた時から彼女の言うところの自由であった_ならざるをえなかった状況にあった_少女では理解できない感性だ。同時にそういう理由であるからこそ真っ向から否定する気もない。
「その話には賛同できないけど…お前があの子たちを守ってるってことは認めてあげる。そういうことなら私も『苦しむ学校の子供たちを解放する』義賊はやめるよ」
「本当に?」
「もちろん。私は約束を守る人間だからね。安心して、子供たちはもう二度と『黄昏の街の妖精』に会わないよ」
「その話を聞いていたの?それなら今度お話を聞きたくなったら隠れていないで出ておいで。子供たちと一緒に聞けばいい」
「嫌だね、変な話ばかりだもん。"黄金の鳥籠に頭をぶつけるナイチンゲール"とか、なんで鳥をいじめるの?みんなを泣かせるなんてメリットある?それに笑うカーリーだっけ?"ハハハハハハハッ"………ゲホゲホッ」
少女は女が好んで話す物語の一つに出てくる仮面の男の笑い声を真似した。笑う場面がとにかく多く、おまけに独特な笑い声…話の内容のかわりに女が不器用に真似する男の笑い声だけが耳に残るのだ。かろうじて覚えている内容も到底子供向きとは思えないものばかり。
「あんなもの子供が聞いたら悪夢を見てしまうよ。とにかくお前の話はあのチビたちに聞かせてあげて。じゃ、また……」
言うべきことは言ったとばかりに少女は勢いよく後ろを向いた。膝を曲げ、腕を振りかぶり、足に力を入れ…
「違うもう会わないほうがいい!」
「……」
そして猫を思わせる俊敏な動きで走り去っていった。
黄昏の街の道は舗装されていないものが多い。療養所に沿うこの道もまたそれに含まれている。砂埃に紛れたのは少女の姿だけではなかったようだ。女の慈愛に満ちた瞳はもう見えなくなった小さい背中に注がれていた。
「あの時の私の話をすべて聞いてくれたのに?」
「え〜!アポニアお姉さん、その話本当〜?」
「じゃあずっと療養所に黄昏の街の妖精がいたの!?」
「黄昏の街の妖精が黄昏の街の義賊で…あれ?」
「言ってたでしょ?アポニア姉さんが考えた新しい話だって」
「ふふっ。さてそれはどうだろうね?」
どうやら子供たちには『黄昏の街の妖精』の話は好評だったようだ。話をしている間に集まってきた子供たちも輪に加わり妖精についての自分の考えを披露して盛り上がっている。同じ話を繰り返していても面白くないからこれからも妖精にまつわる話をしてもいいだろう。だが___
子供たちはまだ幼いが自分の状態をよく理解できている。冒険好きな子ややんちゃな子もいるが、狭い療養所の中でも言うことをよく聞いてくれる。不安定ながらも限りない未来が持っている子供たちには黄昏の街の小さな療養所は狭いに違いない。本来なら、大きく翼を広げて大空に飛び立つはずだが……それでも子供たちは希望を失うことなく健やかに育っているのだ。
彼女の考えは最初から変わっていない、だが…もしかしたらそんな子供たちに自由な妖精の話をするのは少し酷なのかもしれない。
___青い蝶が舞うのを見ながらそう思っていると遠くから大きな声が聞こえた。
「アポニアお姉さーん!なんか千劫お兄ちゃんが困ってるってー!」
◇◇◇
「あそこにいるのは……やはりあの声は彼のものだったのね」
子供たちの言ったとおり、療養所の裏手には一人の男が立っていた。黒い上着に黒いズボン、そして特徴的な木彫りの仮面を着けている。男はアポニアと同じ孤児院のスタッフの一人だ。運び屋を担当しており_つまり今もこうしてキャベツがたくさん入った木箱を療養所に運びこもうとしているのだが…。
「しつこい!どけ、全部どくんだ!」
なぜか木箱を蹴っていた。どうやら、木箱が邪魔らしい。
「千劫。箱に足はない。どれほどお願いをしてもどいてくれることはないよ」
「…俺がいつお願いとやらをしたんだ?
千劫は肩を震わせながら振り向いた。仮面のせいでその目は見えないが、間違いなくアポニアのことを睨んでいる。
「訳の分からない女だな。それともお前もこれらの箱のように俺に殴られたいのか?」
「人は箱じゃない。痛みを感じてしまう。だから容易に人に暴力を振るってはいけない。それは基本的な常識だよ、千劫。ちゃんと覚えた?」
「子供をあやすような口調で聞くな。嫌な気分になる」
怒りに油を注いだらしく元々低い声はさらに低くなった。千劫が本当に怒ろうとしている。アポニアはこれまでも何度か見たことはあるが、もし子供たちが普段の様子と全く違う今の姿を目の当たりにしたら混乱するかもしれない。
「ごめんなさい。療養所の子供たちと仲良くしているあなたを見ていたから。こういう言い方が好きなんだと思っていた」
「仲良くしている…?アポニア…お前の目は節穴か?なぜそんな結論を出した?」
「子供たちはあなたのことを気に入っている。あなたの名前を口にするだけですぐに泣き止むの。それって仲がいい証拠じゃないの?」
その言葉を聞くとあれだけ怒りで震えていた体が突如ピタリと止んだ。体の震えが一時的に止まっただけで手足はまだ震えているが。
「…それが、お前があのガキたちを俺のところに向かわせようとする理由か?……あいつらもなかなか大変だな」
「千劫。彼らはガキではなく、可愛らしい子供たちだよ。思い出してみて?彼らの幼い顔、小さな両手……」
千劫はアポニアの優しげな喋り方が好きではない。子供たちについて、という話も同様に好きではない。いつにも増してさらに優しげにゆっくりと話し出すアポニアを前にして我慢することはできなかった___意外にも、千劫は猫が好きなとある黄昏の街の住人と近しい感性なのかもしれない。
「いい加減にしろ!どけ、俺に関わるな!」
千劫はついに怒鳴ると木箱に手をつっこみ、いっぱいに詰まったキャベツの中の一つを鷲掴みにした。それをアポニアの足元に投げつける。
「千劫、食べ物に八つ当たりしないで。止めないと、本当に怒るよ」
栄養の詰まった重たくて立派なキャベツが足に当たるのを見下ろしたアポニア。彼女の目が据わる。
「お前が怒るかどうかなんて俺には関係ないだろ?………あん?どうだ?」
アポニアの忠告を意に介さず、挑発するように一つ二つとキャベツを棄っていく。
「千劫、それはとても幼稚な行為だ。別に怒ってはいないよ」
「そんなの知るか。効けばいいんだ。で、怒ったか?」
「いいえ」
一向に動じないアポニアの様子を見て投げつけるだけでは効果がないと判断した千劫はついに箱を蹴り倒す。丸々としたキャベツがいくつも転がって散らばった。このままでは砂で汚れて萎れてしまう。
「じゃあこれは?」
「千劫…」
「どうだ?やっと怒ったか?いいぞ、その偽善的な仮面を外せ。俺にお前の怒った姿を見せろ!」
アポニアはいつもの眠たげな目を閉じると軽く息を吐く……そしてゆっくりと歩き出す。ゆっくりと近づいてきて…
「千劫。ごめんなさい」
「……は?」
千劫の左手を両手で握って包み込んだ。
「本当に申し訳ない。あなたのイライラした心に少しも気付かなかった。大丈夫。あなたの心の声に耳を傾けるから」
先程な優しげな声とはまた違う、慈しむような悼むような声と表情で手を握ってくる。稀に祈祷室で見せる姿ではあるが普段祈祷室に入るどころか近づきすらしない千劫には知る由もない。
「…何の話をしているんだ?」
堪らずあっけにとられる千劫であったが、この程度ではまだ彼の怒りの炎は静まらなかった。手を振りほどこうと力を入れる。
「アポニア、怒れ!怒りをぶちまけろ!俺に挑め!」
「あなたが感じている苦しみに比べれば、私の怒りなんて大したことはない。おいで千劫、共に祈りを捧げましょう」
もはや何を言っても意味はない…怒る気配すらない。怒らせようとしたにもかかわらずアポニアは意味不明な言葉を言うだけになってしまっている。とにかく今は手を振りほどくことが優先だ。
「私があなたの心の不快を追い払い、安らぎを与えるから」
「だからそういう話じゃ___おい!やめろ!」
千劫は子供について話すアポニアより今のアポニアの方が苦手かもしれないと思った。寄り添うように語りかけてくるのにはもう耐えられない。だからこそ手を……手が……振りほどけない!
「……だから!俺が悪かった!もういいだろ!!」
「本当に?素直じゃないのはよくないよ。千劫、やはりカウンセリングが必要なようだ」
千劫は俯いて肩を震わせる。その姿こそアポニアが来た時と同じだったが、その時の気勢が燃え上がる大火だとすれば今の彼は燃え尽きる寸前に燻る小火だ。
「俺が悪かった…………俺が悪かった!全部俺が悪い!それでいいだろ!!アポニア!一人にしてくれ!!」
「よかった、千劫。過ちに気付けばきっと救いを手に入れられるはず」
「アポニア………!覚えてろ!!」
最後に捨て台詞を吐き、乱暴に腕を振ってキャベツの箱を叩く。千劫からしてみれば苦渋の捨て台詞と精一杯の抵抗にすぎなかった。そのはずだったが……キャベツの箱は盛大に壊れてしまう。詰められたキャベツは勢いよく宙に舞い、千劫が投げつけたものの何十倍の数のキャベツが療養所裏を埋めつくした。
「千劫」
「待ってくれ!話を聞け、あれは事故__」
「どうやら祈祷室で心を落ち着かせる必要があるようだ」
アポニアの目が見開かれる。
「そうでしょう?千劫」
◇◇◇
「こっちだよ」
少年は鍵で療養所の倉庫を開けた。
ついさっきまで彼は自分が受けた仕事のことで悩んでいた。しかし"マスクさん"と出会い、救世主が現れたように感じていた。
「これらの箱を日が暮れる前に3階の所長室に運ばないといけないんだ。手分けしよう」
男は手を振って、少年に立ち去るように合図した。少年は男が一人ですべての箱を運ぼうとしているのだと分かった___"マスクさん"は無口だが、優しい心の持ち主だ。子どもたちは誰もがそのことを知っていた。
突然、男が動きを止めた。
少年には木彫りの仮面に隠された男の目を見ることはできなかったが、相手の視線が自分の上を通りすぎ、まっすぐ倉庫の奥に向けられているのを感じた。まるで何かが彼の注意を引いたようだ…。
「あっ………きっとうっかり迷いこんじゃった野良猫だよ。よくここに来るんだ。追い払ってくるね」
「……」
男はそれ以上何も言わなかった。彼は片方の肩だけですべての箱を担ぎ、一人で出ていった。
少年は男が立ち去るのを見て、ゆっくりと倉庫の中に入っていった。
「ふぅ……」
案の定、倉庫の片隅では茶髪の少女が荷物の山の上でいびきをかきながら寝ていた。自分の命に関わる危機が迫っていたことなど、まったく気づかずに。
少年は少女が誰なのか知らなかったが、どうしてここにいるのかは何となく分かっていた。彼は少女の頭を突いた。
「横取りしないで……それは私の缶詰だよ…」
少女はまだ寝言を言っている。少年はさらに力を入れて彼女の頭を叩いた。
「うっ……!イタタタ…あれ?寝ちゃってたのか……で、お前は誰?」
その時になって、彼は初めて相手が自分とあまり変わらない年齢であることに気がついた。
「君はみんなが言っている"黄昏の街の義賊"なんでしょ?」
「えっ?」
「先日もここで君を見たんだけど、その後に倉庫の保存食が何箱か増えてたんだ」
「あっ……お前は療養所の子供か」
少女はようやく頭がはっきりしてきたようだ。
「黄昏の街に現れた義賊が、金持ちから奪った物を貧しい人に分け与えたり、悪い奴らから宝物を盗んだりしてるってみんな言ってるよ」
「えっ、どうしてそんな話になってるの……プレッシャーになるからやめてよ」
「今日も物資を届けに来てくれたんでしょ?物が多くなってるか少なくなったかなんて、一目で分かるからね」
「分かった、でも何も見なかったことにしておいて。絶対に秘密にするの、できる?このことがバレたらもう来られなくなっちゃうから…」
「それなら……僕たちと一緒に暮らせばいいよ。まさか…僕たちと大差ない年齢だと思わなかった」
少女の視線が固まった。それはほんの数秒の間だったが、彼女は迷っているようだった。しかし、彼女は最終的に首を振り、再び笑いながら言った__
「やめておく。療養所に入ったら、門限や消灯時間を守らないといけないんでしょ?」
男の子は頷いた。
「それじゃあダメだよ。何しろお前たちの言う『義賊』は、今夜も大口のお客さんの所に行かなきゃいけないからね!」
◇◇◇
___人々が現場に着いた時、その多くはこの光景しか見られない。死者は仰向きに倒れ、まだ乾いていない血液が胸元で赤い花を咲かせている。そしてその周りには青い勿忘草。そういう妖しい光景だ。
誰も彼女の正体を知らない__そのような殺し屋が存在していることだけ知られている。いや、人々はその存在すら確認できずにいた。その目的も、顔も……名前も知らない。『勿忘草』という名前で呼ぶしかないのだ。
もし、本当に存在しているとしたら、その刀の使い手はとてつもなく速いのだろう。
刺し、抜き、一瞬で終わる。死者が自身の死に気づくよりも早く___でなければ死者があんなに穏やかな表情をしているはずがないだろう。他の可能性を考えられない。
そしてあの青い花……私も読者諸君も同じく、なぜ彼女が現場にそれを残しているのか、その理由は分からない。彼女の暗号か?何らかの信仰か?それとも……それを使って誰かに訴えているのか?理解できない。
しかし確信していることがある。あの青い花がどうやって彼女の手から落ちたのか。それは私以外に見た者はいないはずだ。
なぜなら、その青い花は今、私の前に……………彼女も、私の前に……………ああ……美しい………
とある雑誌の短編エッセイ『勿忘___
「あっ!お姉ちゃん!何するの…」
「子供はこういうものを読むでない。リン、寝る時間じゃ」
「もう子供じゃないもん……お姉ちゃん、本を返して。あともう少しで読み終わるから」
「こういうものを…読み続けるも悪夢を見るぞ、リン」
「見ないもん。お姉ちゃんはいつも私を子供扱いするんだから」
「ふーん。ホラー映画を見て、数日間一人で眠れなかったのはどこの誰じゃ?」
「それは…フン、お姉ちゃんったら意地悪!」
「はいはい、リン、寝よう。もう遅い」
「おやすみ」
寝室の照明が消される。
「待って、お姉ちゃん……」
少女は姉の服の裾を引っ張る。
「行かないで。ちょっと…怖くなっちゃった…」
「…………仕方ないのう。」
暗闇の中で、姉は少女を抱きしめた。
少女は目を開ける。
暗闇から意識を引き戻され現実味のある光が網膜を通過する。瞼を閉じた時に感じる闇は少女からしてみれば温かさすら感じる、ある種馴染みのあるものだ。しかし目を開けた後の光景もまた、同様に馴染みのあるものだった____そこに含まれる感情は真逆かもしれないが。
「………」
次に少女は手の中にある一輪の花を見つめる。
今回は手放すことにならなかったもの。
手にしたにもかかわらず、手放すことにならなかった事実に、少女は僅かな動揺を見せた。どのようなものであったとしてもその行動の真意は本人にしか分からない。
「……終わったぞ」
《状況は?》
「到着した時には既に手遅れじゃった。幸い、ここは人が寄り付かぬ場所であったが」
《…後始末が完了したのなら速やかに帰還しろ》
少女が青い花を手にする機会は多くないが、彼女の何らかの覚悟を示すものであることは確かだ。だからといって_自ら自身に課したものではあるが_それが必ずしも良い影響を与えるとは限らない。惜しむらくは、その逆もまた然りであること。
白色、もしくは紫色の条紋で完全に染まった身躯を断ち切る場合、青い花に出番はない___一陣の風と霜氷が通り過ぎた後には何も残らないからだ。
「……速やかに?」
《ああ…速やかに本部へ帰還だ。その後に関しては……情報は秘匿されている》
「………」
相手の含みのある言葉に疑問を呈すも、すぐに状況を理解する。もし本当にそうであるなら青い花の出番は今度こそ次なのかもしれない。そしてそれはいい知らせよりも悪い知らせを意味することが多い。身体の芯を貫くような風が吹き荒ぶ。
《今回の行動は極秘だ。分かったか?》
「今回の行動は極秘だ。分かったか?」
狐耳の少女は頷いた。こういう場面では質問も発言も必要ない。ひいては__相手がそう望んでいるように__存在感すら必要ないのだ。
しかし……『上層部』と直接出会い、命令を受けるような状況は、実に珍しい。それに……そのほとんどはいい終わり方にならないと知っていた。
「___黄昏の街だ。分かったか?」
相手がまた何かを言った。彼女はもう一度、なるべく小さく頷く。そうしたのはこの場面で、自分の耳がこれ以上目立たないようにしたかったからだ。
「『ある日、それは空から落ちていった。地上の人々は仰ぎ見、星空を目にする』」
少女は思わず戸惑う。聞き間違えたのだろうか。それとも何かを聞き逃したのか。どうして相手は、その………祈祷?歌?を口にしたのだろう。
頷くべきか、頭を振るべきか、もしくは疑問を口にすべきか、彼女には分からなかった。唯一知ってるのは、その歌が組織の上層部で広く伝わる『信仰』のようなものであることだ。
「………今の言葉を口にする者が、永遠に現れないようにしろ」
相手はようやく『任務』らしい、自分にも分かる要求を口にした。
しかし……予想通り、それは楽しい任務でもましてや簡単な任務でもなく、むしろ……彼女が最も避けたかったタイプのものだった。
「行け」
少女はもう一度頷き、相手の言葉繰り返しながら、部屋を出た。
「………」
「今回の目標のほとんどは感染者だ。黄昏の街も陥落したし、彼女にとってもやりやすいだろう」
少女が出ていった後、部屋にいる者たちはそう話す。
「任務の成功率、そして執行者の精神状態にとっても悪くないはずだ」
「………我々が彼女のために『作った』この条件が、無駄にならないことを願おう」
『黄昏の街はすでに陥落』『詩を知る者はほとんど感染者』『条件』
……前文明で一番きな臭い黄昏の街。月の話にも繋がるが詳細は全て不明という……。
療養所のこと勝手に孤児院だと思ってました。
2つないし4つに分けてもよかったと思う也。パルドとかサクラのところはほぼ原文ママだから隙を見て書き足してく所存。誰か文才ある人、継いでください。