崩壊3rd前文明編小話   作:零落花

6 / 8
本編の文章が(9割)存在しない(9割)完全な妄想の産物。
遅々にもほどがありますが何かしら反応を下さるとモチベになります。


「愚人、あるいは天才」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『システム警告。最終ファイアウォール起動。逆探知モジュール無効化不可。システムエラー多数、自動除去プロトコル執行_エラー_再度自動除去プロトコル執行_エラー__』

「チッ、厄介な。この私が足止めされるなんて」

 

そこは暗い室内、壁に凭れたその影は小型端末を手に歯噛みする。自身の思い通りにならないことは想定内の予想外だった。結果的に見れば状況は悪化している。しかし角度を変えてみればそれもまた状況を覆す一手に過ぎない。

 

「まさか既に察知されている?いや、有り得ない。けどこれは…」

 

これまで着実に情報を集めてきた。相手はその存在すら不確かで情報源など皆無だ。正に四方八方に霧が立ち込める中、夜空の星を掴むような所業に等しい。

それでも明晰な頭脳は直ぐさま最適解を導き出してきた。

 

意図的な情報の流出。

 

蜥蜴の尻尾切りかはたまた鼠取りに使われるチーズなのか、問題はそこではない。たとえそうだとしても食いつかないという選択肢は頭に無かった。理性的なものではなく、むしろ感情的な判断なのかもしれない。

陽動、観察、誘引、囮、餌、あるいは…挑発。

 

「先に仕掛けたのはわたしだけど、まさか向こうから来てくれるなんて。面白くなってきた。こっちにもとっておきがあるんだ、そろそろ幕をあげよう」

 

彼女にしてみれば絶対絶命のピンチはむしろ、絶好の機会に過ぎない。観客を盛り上げ、舞台を華やかにする『演出』の一部だ。

 

「主演は『指揮者』、助演は『魔術師』、ヒロインは……まぁいいや。そもそもジャンルすら決めてないんだし。どちらにしろ今回も『詐欺師』の活躍はなさそうだ。でも、今回の哀れなお客さんはあの『火を追う蛾』だ。じっくりとおもてなししないとね?」

 

扉が開かれ室内に光が射し込んだことにより、床には七重八重の影が映りそれぞれ違う虚像を成した。彼女の口調はまるでそこにいない誰かに向けられているかのようであり、だが自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。

 

『情報室、情報室、応答せよ。繰り返す。応答せよ…………クソ、やられた』『22:44よりコード偽装の疑いあり』『侵入者だ!情報室から応答がない!』『区域を封鎖しろ!第一級配置だ!』『直ぐに警備部を呼べ!』

「ありゃりゃ。これは不味い。ちょっと悠長にし過ぎたかな?今回の偽装は自信があったんだけど…。まぁいいや、もう目的は果たしたんだし」

 

彼女の背後に複数の戦術機構が浮かび上がった。最高傑作の一つであるそれらの武装は明らかに通常の規格を逸している。今も尚悠々と長い廊下を歩けている所以だ。

鼻歌でも聞こえてきそうなステップを踏みながら進んでいたが、少し歩いたところで脈絡なく頭を振り溜息をついた。

 

「チッ、本当に時間ギリギリだ。あれほど勝手な行動は慎めと言ったのに」

 

 

先程とは打って変わってその足取りは慎重なものへと変化した。

少しして彼女は唐突に姿を消す。

今宵もまた彼女の影すら踏める者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澄み渡る青い空

華やかで爽やかな薫風

のどかな鳥の囀り

 

それはエリシアにとって思い浮かべる中で最高の朝だ。毎朝このように起きることが出来たのなら正に童話の中のお姫様になった気分が味わえるだろう。無論、そうでなくともエリシアは自身をお姫様と称することに何の抵抗もない。

 

♪〜♪♪♪〜

 

「ん………うぅ…」

 

鳥の囀りや朝日、微風の代わりに目覚ましの可愛らしい音が鳴り響いた。ここは火を追う蛾の基地の一角、隊員達の居住スペースである。日を拝める窓付きの部屋は数える程少ない。

少女は直ぐに起き上がり気持ちの良さそうな伸びをした。

 

「新しい一日、美しい一日、ファイトよエリシア!」

 

「起きて、服を着る前にまずは測って…」

 

開口一番に自分を鼓舞し、そして机の横にある体重計に乗る。彼女が思う一日を実現させるための第一歩、そして毎朝欠かさず行う習慣だ。

しかし、体重計の数字は時に無慈悲である。

 

「………よし、データを削除しましょ!」

 

小さいことを気にする彼女ではない。すぐに気持ちを切り替えて朝の準備をしていく。そしてたっぷり30分経った頃ようやく支度が整った。

 

「出かける前に鏡を見て…」

 

鏡に映る自分を隈なく見回す。時に笑顔を作り、時にポーズを決め、360度確認していき、納得するまで何度か手直しを加え、やがて自信のこもった笑みを浮かべた。

 

「身だしなみOK、前髪OK、笑顔OK。ええ!今日も素敵な一日になりそうね!」

 

こうしてエリシアの一日は幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

火を追う蛾の職員用の食堂

 

朝は皆がそこに集まり各々で食事を取り英気を養い、そして己の使命を果たす為邁進する。日替わりのパンとスープ、サラダが数種類とコーヒー、紅茶のどちらかを選ぶことが出来る。ただ一点注意しなければならないのはおかわりが自由であることだ。少しでも気を抜いてしまえば翌日に見る値が更に増えてしまう。

 

(この匂いは……もしかしてフレンチトーストかしら?うーん、今日明日の訓練を多めにすれば大丈夫、、、よね?)

 

廊下を歩くエリシアには既に奧からの芳ばしい香りの正体に当たりをつけていた。メニューの中でもエリシアが好みとするものだ。自然と足が早くなる。

 

「……………ぅ…………ぐす………ぅぅ……」

 

「?」

 

が、突如聞こえた声はエリシアが無視できる類いのものではなかった。

 

(これは、女の子の泣き声?)

 

ひどく小さく押し殺したような声だったがエリシアの耳には確かに聞こえた。先程まで朝食に馳せていた思考は一瞬で消え去り、代わりに声の主について考えを巡らせる。エリシアの経験上このような行動はただのお節介になることが多かった。見て見ぬふりが出来ないというのは結局意地や自己満足、自身の都合に過ぎない。しかしもし誰かが一人ぼっちで泣いているとしたら…

 

「放っておけないわね!すぐに向かいましょう!声が聞こえた方向は…」

 

エリシアは脇道に逸れ基地の中の長く曲がりくねった廊下を進んでいく。右に曲がり、左に曲がり、3つの会議室を過ぎ去り、1つのホールを抜け、どうやら確かに聞こえたその声の主は思いのほか離れた場所にいたようで、滅多に人が寄り付かない基地の隅にある資料室の奧の方にある扉の近くでうずくまっていた。

エリシアは相手を刺激しないようゆっくりと近づく。

 

「ねぇあなた、大丈夫?何かあったの?」

「ぐす………誰よ……今は話しかけないで……」

「ごめんなさい、あなたみたいに悲しんでる女の子を見て見ぬふりは出来ないの。あたしはエリシア。あなたの名前は?」

「ぅぅ……ひっぐ………エイ……シャ…」

「エイシャ?可愛らしい名前ね!あたしに負けないくらい可憐なあなたがそんなに悲しんでいるなんて…ねぇ、よかったらあたしに話してみない?あなたの力になるわ」

「あなたには関係ないでしょ…どうしてそんなこと言えるのよ」

「だってあたしは、あなたの笑顔が見てみたいもの。女の子は笑顔の時が一番可愛いのよ。ほら、あたしを見て。安心して、可愛い女の子はなんだって出来るんだから!」

「……ふふ、何よそれ」

 

エイシャが顔を上げるとすぐ近くにエリシアの顔があった。綺麗に整えられたピンク色の髪、髪よりも赤みがかった唇、繊細ながらも長く美しい眉、そしてどこまでも真っ直ぐな目。

瞳は未だ涙に濡れながらも口元は緩み、エイシャは温かく微笑んだ。

 

「分かったわ。話してみる。あなたなら、もしかしたら簡単に解決できるかもしれないわ」

「ええ、でもその前に場所を変えましょう?廊下に座って話をするなんてあたし達には似合わないもの」

「そうね、なら食堂に行きましょう。歩きながらの話になるけど、その方が手っ取り早いから」

 

先程の弱々しい姿をかき消すように勢い良く立ち上がり廊下を歩き始める。既視感を覚えたエリシアはすぐさまエイシャと肩を並べた。

 

「その服、研究職員かしら?」

「そうよ。第二科学部に配属されたわ。まだ入ってから間もないの」

「それじゃああたしと同じね♪…もしかしてあなたの悩みはそのことについて?」

「違うわ、今の環境には満足してるの。兵器開発部は殺伐としてるし、第一研究所はあのメビウス博士がいるし、、、」

「もしかしてメビウス博士のことは苦手なの?彼女、凄く可愛らしいのに」

「あなたって本当に変わってるのね…。少なくとも私が配属されてからもう3人はメビウス博士の実験室に姿を消したって言われてるのに」

「メビウス博士は雰囲気に反してとても情熱的なのよ。そういう誤解が生まれてもおかしくないかもしれないわね」

「情熱的……誤解……ぅ……」

「?…エイシャ?どうかしたの?」

 

突如立ち止まった彼女は眉間に皺を寄せ、俯いた。

その両の手で流れるような艶髪を撫でると

 

「やっぱり許せない!!エリックの奴〜〜!!」

 

感情を爆発させた声が長い廊下に木霊した。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

そこは変わらず基地の隅にある無人の廊下。

一時的にうら若き女性二人の密談場所と化していた。

 

「つまりエリックはあなたの恋人なのね?それも生涯を誓い合った…」

「誓い合ったわけじゃないわ。まだ返事をしてないの」

「でも話を聞くにOKするつもりなのよね?」

「それは…そうなのかもしれないけど…でも」

「でも?」

「その……プロポーズされた時、驚いて何も言えずに逃げちゃって。でもその後すぐに返事しなくちゃってエリックを探したけど見つからなくて」

「うんうん、それでそれで?」

「自分もプロジェクトがあってそれから数日会えてなくて。でも昨日、エリックが知らない女性と歩いてたの…。談笑しながら一緒にランチしてたのよ!」

「まぁ!」

 

口を抑えて驚くエリシア、だがしかしその目はしっかりと輝いている。任務と訓練に明け暮れる日々を送り、女性隊員も少ないわけではないが、やはりその手の話題の供給はか細いものであった。言葉を取り繕わないならば

エリシアはこういう、乙女の話が大好物なのだ。

 

「でも、直接会えなくても連絡はとれるでしょう?それで話はしてないの?」

「う、、、そうだけど…。たとえ文字だけだったとしても、そんなこと聞く勇気ないわ」

「うーん、その女性がエリックのお友達って可能性はないかしら?」

「エリックに女性の友達なんて一度も聞いたことないわ。それに…『髪が綺麗だね』とか『今日の服も似合ってるよ』なんて言う相手がただの異性の友達だって言われても信じられる?」

「それは………。ねぇエイシャ、なんで会話の内容を知ってるの?」

「それは………。偶々聞こえてきたのよ、そう偶々。別にこっそり後をつけて一緒の店に入ったとかそんな……こほん。それでエリシア、もう話の流れは分かったでしょ」

「そうね、あなたが悩んでる理由はだいたい分かったわ。ならまずはその疑問をはっきりさせるところから始めましょう!ほら、一緒に来て」

「え…!そんな急に」

「エリックは今食堂にいるんでしょう?もしかしたらその女の子と食べてるかもしれないわね。話を聞くなら今だわ!」

「それは、、そうだけど…」

 

返事を待たずにエリシアはエイシャの手を引いた。そしてもう待てないとばかりに廊下を駆ける。エイシャはただ話を聞いて二言三言の慰めの言葉をかけられるくらいだと思っていた。あなたなら簡単に解決できるかも、という発言は一方的な期待と願望だけがあったに過ぎない。

 

「なんでそんなに積極的なのよ。私たち、さっき会ったばかりなのよ?」

 

そもそもここまで他人に関心を持つ人物はこれまで会ったことがなかった。組織の人間は大抵は理性的で無駄を嫌い、感情の機微は瑣末なノイズだと切り捨てることが多い。勿論一部の例外的な変わり者を除いて。だが物好きな、いや人好きなその一部の者も決して好意的な態度で人と接するわけではない。

だからこうして他人に距離を詰められると戸惑うのだ。

お互いが傷つかない適切な距離を探り当てるまで落ち着くことはできない。

もし誤れば自分も他人も無傷では済まないからだ。

多くの場合、その過程の失敗はそのままその関係性の終わりを意味する。

しかしこの少女は何の躊躇いもなく踏み込んできた。まるで当人の心配など杞憂に過ぎないのだと言わんばかりに。

それは。その理由は。

 

「だって"エリ"シアと"エリ"ックって名前が半分も同じなのよ?同じ"エリ"として見て見ぬふりはできないわ!なによりとても気になるもの!」

「な、、!………ぷ、ふふ…そんな理由で…確かにそうだけど…ふふ、あははは!」

 

それはとてもエリシアらしい、としか形容出来ない返答で、もはやエイシャは開けた口を閉じることができなかった。事が起きてからずっと鉛のように重く感じていた身体は心做しか幾分と軽く思える。

 

「ほらエイシャ、笑ってないでちゃんと走って!もう朝食の時間が終わっちゃうわ!」

「ちょ、ちょっと待ってエリシア。分かったから!転んじゃう、転んじゃうからー!」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

場面は変わりそこは基地の食堂。紆余曲折を得てエリシアは本来の目的地にたどり着いた。しかし訪れた理由は打って変わって、それは今彼女達が通路近くにある柱の影に隠れてコソコソと中を伺っている原因でもある。

 

 

「それで…あそこに座ってるのがエリック、で合ってるのよね?」

「そうよ、あれがエリック。………向かいの女性は名前すら知らないけれど」

「う……確かに二人で仲良く食事しているわね。あ、もうすぐ食べ終わりそうだわ。話しかけるなら今しかないわね」

「ちょっ、本当に行く気?あの、もし私の想像した通りなら、まだ心の準備が…」

「大丈夫よエイシャ、私が行って上手く聞き出してみせるから。結果が悪くてもまた一緒に考えましょ」

 

エリシアは自身の服装を整え髪を優雅にたなびかせた後、何食わぬ顔で食堂の中央へ歩いていく。タイミングが良いのか悪いのか、それと同時にエリックと向かいに座る女性が朝食を終え席をたった。

エリシアはそれに合わせタイミング、方向、位置、角度を調整し、見事偶然にしか見えない動作で極自然にエリックの肩にぶつかった。

 

「きゃっ」

「うわっ」

 

これまた洗練された動きでエリックに衝撃を与えず、自身はやや大袈裟に転ぶ。彼より小柄だということを利用して不審な動きを誤魔化していた。

そうなってしまった以上エリックが行う行動は必然的にたった一つに搾られる。

そう、手を差し伸べるのだ。

 

「大丈夫かい?ごめん、周りが見えてなかったよ」

「ええ、大丈夫よ。優しいのね」

 

エリックは溌剌とした好青年といった印象だ。優しげな表情と穏やかな雰囲気は人に好印象を与える。人の期待を簡単に裏切るような人間には見えない。しかしどれも第一印象に過ぎないのだ。エリシアの行動は変わらなかった。

 

「もしかして今から朝食を?もうだいぶ時間が押してるけど」

「あー実はわたし、今日は非番なのよ。だからゆっくりモーニングを楽しもうと思って。あなたのその服は…資材部かしら?最近は忙しいそうね」

「ん?ああ、そうだね。どの部門も性急で大変なんだ」

「後ろにいる彼女もそうなの?もしかしてあなたのガールフレンドだったかしら…?お邪魔してしまったわね」

「ガールフレンド…いや、タリアはただの後輩だよ。さっきの理由で業務時間外にも話を「本当??嘘じゃないないわよね??」うぇ!あ、ああ…嘘じゃないよ…」

「分かったわ!引き止めてごめんなさい。いいことを聞けて良かったわ。じゃあ!」

「…?」

 

エリシアは時間をかけなかった。柱の後ろでそわそわと落ち着きなく待っている彼女に朗報を伝えるべく、すぐに踵を返して歩き始める。満足そうな笑みを浮かべながらの歩行はスキップに近い。

 

「ど、どうだった?」

「彼が言うにはただの後輩らしいわ。ガールフレンドと呼んだらすぐに否定もされた」

「後輩…」

「彼の言葉を信じるかはあなた次第よ。でもやっぱり彼とちゃんと話し合う機会をつくった方がいいと思うの」

「そうね…元々返事を有耶無耶にした私が悪いし、彼を疑うのも私の我儘に過ぎないもの…ありがとうエリシア。今日は付き合ってくれて助かったわ。ちゃんと話してみる」

「ふふっ、すっかり可愛らしい顔になったわね。それでこそエイシャよ。話の続き、楽しみにして…

 

 

「こんなところで何をしているんだ?エリシア」

 

「!?」

「わっ」

 

2人に一つの影がかかる。

一目で鍛え上げられていることが分かる偉丈夫に粗雑さが感じられる野性味ある眼光、親しみやすい空気を醸しつつもこころなしかいつもより威厳と厳格さを含んだ表情。青空を幻視させる淡い頭髪。その男はいつの間にか背後に立っていた。

 

「痕!?」

「どうやら対崩壊部隊期待のエースは朝の訓練とミーティングを完璧にこなせるようになったらしい。それも姿を現さないで」

「い、いや違うのよ痕?これは、そのー、なんていうか…そう、福祉貢献よ!外だけじゃなくて組織内のいざこざでもみんなピリピリすることが多くなってきたでしょう?話を聞いて、悩みを一緒に解決するの。今回もその活動の一部よ。そうでしょうエイシャ?」

「えっ。ああ、まぁそうとも言える…のかしら?」

「見ての通り一件落着したからあたしはこれで失礼するわ!」

 

口も速ければ足も速い。単なる早歩きではあるが動きに反して普通ではない速さで遠ざかっていく。エイシャが慌てて止める余地すらなくエリシアの姿は出口に吸い込まれるようにして消えていった。

 

「あの逃げ足は……もしかして俺に似たのか?」

「もう見えなくなっちゃった………………あ、あの、私も仕事があるので、これで失礼します!では」

「ああ、エリシアが迷惑かけたな」

 

エリシアに続きエイシャも足早に去っていく。彼女の場合、単に知らない者同士でいることに対する忍耐が足りないだけだ。結局痕は頭を搔きながら両者の後ろ姿を見送った。

 

「………」

 

二人の少女が完全にこの場を離れたと判断するまでその後ろ姿を見送った。

エリシアと痕が同じ部隊である以上、彼女にした指摘は痕にも当てはまる。部隊を背負う立場なら尚更だ。しかし痕はそれに習わない。一人席を空け本来行くはずのない場所を目指していた。

食堂を抜けて進む。奥に進むにつれ人は少なくなる。無人と無音の廊下の先、ようやく目的地が見えてきた。

基地の中で最も人が寄り付かないであろう僻地__『メビウス実験室』。痕はその扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「____フォレストシティの地下鉄事故、カレメグダンの殺人事件、ランクフートの金融事故、カーリーガードの失踪事件、マルガユングの放火事件……一見すると何の関係もない」

「それで?」

「だがいずれも火を追う蛾の情報工作部が介入した事案だ。その意味は分かるだろう?メビウス博士」

「…それで?それとわたしに何の関係があるというの。今あなたに割いてる時間はないわ。それにそういうのは…より『適任』がいるでしょう?」

「情報が漏れている。標的は…恐らく『第一研究所』」

「…………」

 

メビウスはようやく痕を見た。蛇を思わせる鋭利な目には今にも彼の首に巻き付き絞め殺してしまうと錯覚してしまうほどの意志が込められている。それでも目の前の男はいつもと違って臆する素振りを見せない。

 

「どういうつもり?」

「俺も担当じゃない。そもそも部門が違うからな。少し小耳に挟んだだけだ。だが…メビウス博士には知らせた方がいいと思っただけだ」

「…ブランカ?それともグレーシュ?」

「ははっ。博士の想像に任せるさ。じゃあ俺はこれで。…ああ、ブランカに今日はいけないと伝えてくれ」

 

軽薄かつ軽快に手を振りながら去っていく。面倒な小言を残していくのもいつも通りだ。本来なら彼のことに意識を割く必要はない。ブランカやグレーシュが関わってなければ尚更だ。しかし、今回のことを無視するにはあまりにも不自然な点が多かった。

 

「………」

 

目の前の試験管の一つを手に取り確認する。正常に反応が進んでいれば鮮やかな翠緑色に変化するはずだ。___研究と実験を進めながらもメビウスの明晰な頭脳は別の問題についての答えに辿り着くための思考を開始した。

 

 

例えば、情報を伝達するだけなら書類や通信で十分であるにもかかわらず、わざわざ口頭で直接伝えたに来たこと。

例えば、本来なら暗部で秘密裏に処理される案件であるにもかかわらず、部門外の痕を介して自身に情報が齎されたこと。

例えば、より正確な状況の共有が可能であるにもかかわらず、わざわざ一連の事案と情報工作部の介入を示し『第一研究所』を強調するという迂遠な方法選んだこと。

 

 

「まさか…」

 

試験管内の液体が鮮やかな翠緑色に変化した。実験は成功だ。同時に、思考が一つの答えを導き出す。

 

「『第一律者』?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エイシャは永久の楽園に登場済でありオリキャラではないです。が、スペックや人となりについては全て妄想です。新妻らしい。

この話は「開け放たれた愚戯の函」の何話か前、「花のように美しい少女」の次の話くらいの時系列です。

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