崩壊3rd前文明編小話   作:零落花

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「旭光、星空を見上げて」

 

 

 

 

 

 

「………おや、また方舟を見に来たお客さんだ。いつから人気者になったの?」

 

女の子はただ絵を描くことに集中し、相手の話を聞いていないようだ。絵の色から、目の前の『乗り物』を描いていることがなんとなく察せられる。

 

「千劫に言っておいたほうがいいかな。この船はもう、彼より人気者になったって___彼がいなかったら、この計画を実行できる可能性はまだ謎のままだったけどね」

 

まさか彼にまつわるものの中で最も非現実的で最も信じられている噂がヒントになるとはヴィルヴィも予想していなかった。

 

「飛行船、好き」

 

グレーシュは絵に集中している。

 

「ここを出て、ある『計画』に参加するって、コズマが言ってたの」

「わぁ………そんなことも知ってるの?メイは秘密だって言ったのに……まさか私以外に勝手に言いふらす人でもいるの?」

「………」

「興味があるんだね。そうでしょ?なにせ、この船に乗ったら描き切れないほどの素材と出会えるから」

「私も行きたい」

「冗談だよ。行きたくてもいけない、二人分の席だなんて言われてないからね」

 

微かではあったが筆が鈍った。

 

「一緒じゃない。私……代わってあげたいの。空の上は孤独、コズマは孤独が苦手だから」

 

グレーシュの目がこちらに向けられる。絵を描く時は対象とキャンパスにしか目を向けないはずの目を。

 

「………ヴィルヴィお姉ちゃん、手伝ってほしい」

「あっ、本気なの?……いいよ。私も本気になろうじゃないか。答えはだめ。君はまだ子供なんだから、君の絵と同じように未熟だけど、無限の可能性があるの______グレーシュ、君には人の心を照らす、本当の星になれるチャンスがある……」

 

それは主張とは真反対の言葉だ。そのまま受け取ればグレーシュを肯定し賛同する言葉にしか聞こえないが……ヴィルヴィの台詞はいつもそう単純ではない。

____見方を変えれば、あるいは聞くのが女の子でなければ『本当の星』という言葉に含みがあることに気づいただろう。そしてそこからヴィルヴィの発言の意味することが反転し真逆の結果を指し示すことに考え至るが____

今の話し相手は一人の女の子だ。話を続ける必要がある。しかしそこで足音が聞こえ、ヴィルヴィは話を中断した。

 

「おや、また誰か来た。誰だろうね。君がここにいるって、どう説明したらいいだろう」

 

それと同時に、女の子は初めて絵筆を置いた。

 

「コズマだ。コズマが来たよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お腹を空かせた蛇みたい。分かる?」

「………」

「その通り!宇宙にいる『コズマ』という名前の蛇だ。う〜ん、いかにもオカルト的な概念だね」

「………」

 

ヴィルヴィはホワイトボードにあるデフォルメされた蛇のイラストを指差した。目の前の少年のために描かれたものではないが、このタイミングで示すにはぴったりである。蛇もそれが示す人も少年と少年がこれからやることについて無関係ではないからだ。

 

「私はメイ博士の考えていることが分かるの。方舟計画は君のために考えられたようなものだよ。君みたいな『成長し続ける』特性は、無限の宇宙でこそ真価を十分に発揮できる。最終的には『究極の生物』みたいなものに成長して、本当に新しい世界を作り出すかもしれないよ」

「………前提として、それが本当に『計画』だったらな」

 

ヴィルヴィはその点を否定しなかった。彼が口調を似せている男と同じく、言葉が少ないながらもその発言は的確に芯をついてくることがある。

 

「____まるで脱走兵にでもなった気分だ」

 

ヴィルヴィはその点も否定しなかった。彼が口調を似せている男とは違い、この少年は自身が思っていることを吐露することがある、それもやはり非常に端的な言葉で。

 

「………」

「………」

 

コズマはいつもと同じように、それ以上何も言わなかった。ヴィルヴィも何も言わなかった。他人を諭したり、何かの道理を説いたりするのは、彼女にとって柄にもないことなのだ。

 

「……結果が出たら教えてくれ」

 

彼はその一言だけを残して、部屋から出ていった。

しばらく静寂が続いた。突然、ヴィルヴィが部屋の隅に向かって声を張り上げた。

 

「じゃあ………続けようか?」

 

壁から青い頭が出てきた。顔にはまだ乾いていない塗料がついている。

 

「コズマは嫌がってる」

「明らかにね。それで?」

 

グレーシュは何も言わなかった。ヴィルヴィは自分の質問が聞こえたかどうかさえ分からなかった。なぜなら彼女はすでにそっぽを向き、自分のキャンパスに描かれた絵を黙って見つめていたからだ_____

 

絵の中では、一人の少女が星々に囲まれながら安らかに眠っている。独りぼっちの彼女は、何も持っていないようにも、何もかも待っているように見えた。なぜなら、星の光が彼女の服に姿を変えていたからだ。

 

「____もしかしてもう一枚描くの?」

 

いつまで経っても返事は返ってこなかった。グレーシュはそれに絵筆を手にとることで応えた、とヴィルヴィは解釈した。一度目の質問に被せた部分があるにしろ、彼女が応える気も術もないにしろ、今の少女は絵を描くことしかできない。

そう、思っていた。

 

「コズマは……一人になるのが嫌いなの。だから、私はコズマを一人にさせたくない」

「………それが方舟に乗ることに繋がるの?それは少し……矛盾してない?」

「ヴィルヴィお姉ちゃん。『旭光』は星空の光の一部なんだよ。それが輝けば星空も輝くの」

 

グレーシュが振り向き、ヴィルヴィを見る。

キャンパスの絵はすでに完成していた。

星空の下、少年が部屋の片隅でうずくまっている。星空は何も言わず、少年を優しく見つめていた。

 

「……………」

 

"一人にさせなくない"という言葉にはもっと複雑な意味があるのかもしれないと気づいた。同時に目の前の少女がそういった難しい概念や計画についてすぐに理解し、それを言葉にできるとは思えなかった。

しかしどちらにしても……真実で虚妄を創り、矛盾で意義を反転させる。ヴィルヴィはグレーシュがやろうとしていることを理解した。彼女はこの地を離れることで、彼と共にあろうとしている。

 

「分かった、分かったよ。『善を尽くせる』かはさておき、元助手だからね。マジック『ショー』を開くことはできるよ。しかも前代未聞の観客を相手に、ね」

 

______グレーシュがそのプレゼントを抱えて部屋を出た。ヴィルヴィは落成した方舟を見上げる。

 

「でもそれが『郡星』の意味だったなんて。上手くいくことを願ってるよ。グレーシュ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コズマは目を覚ます。

瞼には過去の記憶が映っていた。長い夢を見たような感覚に包まれて、それと同時に自分が今が月にいることを思い出した。そして視界に両足が入ったことで、自分が座っていることに気づく。立とうとして____身体に一切の力が入らないことにも気づいた。

淡い感覚は消えてなくなり、劈くような痛みが全身を襲う。理由は明白だ。

身体中に広がる傷、傷、傷。至るところに流れる血、血、血。

激痛で頭がいっぱいになり、それしか考えられなくなった。コズマが融合手術を受けてから幾度となく味わったものだ。融合戦士は重傷を負ったとしても時間を経ることで再生する。だが痛覚は失われない。理想も、功績も、姿形も、理性さえ捨て去った経験のあるコズマであっても、苦痛からは一生逃れられない。

激痛に歪む思考の中で激痛が続く理由を悟る___自身が置かれた状況を、なぜ自身がこうなっているのかを、そしてどうなるのかを。

 

『終焉』

 

人類の存亡をかけた最後の戦い。

その詳細は次世代への餞と時間稼ぎに過ぎなかった。共に月面に立った仲間たちは次々と倒れ、ついに自分の番が回ってきたのだ。

コズマは動揺しなかった。分かっていたからだ。とうの昔に自身が深淵へ続く長い列に並んでいたことに。

痛覚が薄れていく。もはや全身の感覚が消えつつあることは明白だった。

故に、悟る______全てが手遅れだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果たして、自分はヒーローになれたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コズマはこれまで多くの戦友の最期を見てきた。知ってる者も知らない者も、親しい者も親しくない者も、同じ部隊の者も違う者も部隊の者も。

プレゼントに関して独特の感性を持ついつも騒がしく明るい同僚も、入隊してからずっと背中を追った憧れの先輩も。

その目で見たのだ。怯え、震え、苦痛に瞼を歪ませながらも瞳の奥に光を宿し、そして消えていく様を。

それを見てコズマは__彼でなくても人は往々にして一度は考えることがある。

果たして、彼らは最期に何を思ったのだろう?なりたい自分になれたのだろうか?あるいは、なりたい自分になれずとも成すべきことを成せたのだろうか?

コズマの場合はそれだった。

悪を挫き正義を貫く。何もかもを捨てたはずだ。前を進むヒーローたちとは違う道を選んだはずだ。

しかし、一人の運命はその性格にあった。

コズマがここにいるのは彼の性格でも運命でもなかったはずなのに。

利害を天秤にかけて選択したわけでも、『善を尽くして』選択したわけでもないはずなのに。

コズマがここに立った、その理由は。

 

コズマは宙を見上げる。

いくら視界が霞もうとも星の光は薄れない。ある話を思い出したのだ。

それは人々に一番近い星が放つ光。一番早くここへ辿り着く光。それだけでは何も照らすことはできないが、あることを証明してくれる。空に満天の星空が広がっているということは、いずれはきっと………無数の光が大地に降り注ぐはずだと。

『旭光』。あの日告げられた組織名と順位、そして刻印。単なる符号だと思っていたそれらは彼女が彼らに送った唯一無二のメッセージだった。あるいはそれが彼女の目に映った世界なのかもしれない。

コズマは俯き、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ならば、『群星』とはなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆け巡る走馬灯の中、最後の一ページをめくり終えるその時、目に入った一枚の絵画。少年が部屋の片隅でうずくまっている。星空は何も言わず、少年を優しく見つめていた。

『旭光』が『群星』の到来を知らせるものであるのなら、『群星』は『旭光』にとってどんな意味があるのだろう。

『旭光』が『群星』の一部だとすれば。

空に満天の星空が輝くのだとすれば。

彼女が舟に乗ったのだとすれば、それは___。

 

コズマは再び空を見上げようとした。

だが………もう身体を動かすことはできなかった。音を聞くことも、口を動かすことも、目を開けることすら叶わない。

痛みは彼方に消え、追憶は刹那に消え、意識は虚空に消えていく。

心音に宿った炎が徐々に小さくなる。

火の粉を散らすことなく、少しずつ。

音もなく、ゆっくり、ゆっくりと。

静かに、優しく、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果たして、自分はなれたのだろうか_________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

命の灯火は消えゆく瞬間、たしかに輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、星の光に似ていた。

 

 

 

 

 

 

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