小泉直樹は大手の中古家電ショップから届いた荷物をうきうきと開いた。高さ二メートル幅六十センチの大きな荷物は、大体七十キロくらいとかなりの重さだったが、リビングに運ぶ小泉の足取りは軽かった。もう三十路前だが、仕事柄身体は鍛えている彼にとっては大した重さではない。プラスチック製の遮光包装を開くと、光沢のある金属製のボディが現れる。小泉は感嘆の息を漏らした。ようやく我が家にもお手伝いロボが来たのだ。喜ばずにはいられない。
お手伝いロボは、小泉が働いている廃倉庫でよく見るドラム缶に、無理やり手足をくっつけたような形をしていた。寸胴のボディと太い手足はスマートではなかったが、それでも人間のようなしなやかな手足は美しく、窪みがつけられミラーがはめ込まれた目と丸く開けられた口は愛嬌がある。
小泉はさっそく購入元であるリサイクルカンパニーに勤める友人に電話をかける。旧型のボタン式の電話だ。
「もしもし、こちらリサイクルカンパニーでございます」
「ああ。俺だよ。小泉だ。例の商品が届いた」
「これはこれは」と電話の向こうから愛想の良い男の声が聞こえてくる。「気に入っていただけましたか?」
「ああ。最高だよ」小泉は生えてきた無精髭で手の甲を掻きながら、満足げに頷く。「これで俺も一人前ってわけだ」
一家に一台お手伝いロボが置かれる時代は過ぎ去り、今では一人一台の時代だった。ほとんどの人はこれを所持し、持っていないのは、よっぽど貧しい奴らか、あるいは機械を忌み嫌う風変わりな奴だけだった。小泉は今まで、その風変わりな奴を演じていたのだが、その辛い演技も今日でおしまいだ。
「まさか、こんな安いロボがあるとはな。驚きだ」
「それがリサイクルショップの強みですよ」電話越しの声はあからさまな愉悦を孕んでいて、小泉を少し怯ませた。「ほとんど価値のないものをお客様から引き取り、整備して販売する。社会貢献ですよ。我が社のモットーは『ごみをしゃぶりつくしてから捨てよう』なんですから」
「汚えモットーだな。もっと綺麗な言い回しにしろよ」
「あなたの言葉よりは綺麗だと思いますが」
「俺の言葉より汚い物なんてそうねえよ」
「私たちにかかればどんな物も綺麗にできますよ。地球のために頑張ってますから」
その、いかにもな善良で潔白そうなご高説にうんざりしながら、はっと鼻を鳴らす。よく言うぜ。リサイクルカンパニーが安くロボを売ることができる理由を、小泉は察していた。使い古されたロボを直すのにも金が要るだろうし、そもそも最近のロボは耐久年数が増えて、故障すらしないだろう。そんな状況で、ほいほいと商品が入荷するとは思えない。現に店員もよく「最近物入りが悪くて」と嘆いていた。
ではなぜ安く売ることが可能なのか。単純だ。盗んできているだけに過ぎない。小泉は自分の職場を思い出す。汚れた廃工場で会社が指定した人間を痛めつける。そんな簡単で楽な仕事だ。親を殴り飛ばし、学校にも通わず遊びほうけていた小泉にとって天職であった。
その廃工場に連れてこられる人間のほとんどは、莫大な借金を背負った連中だった。この前の奴もそうだ。ギャンブルと女遊びに明け暮れ、借りてはいけない組織から金を借り、そして当然のように破綻した。その男を思い出すと胸くそが悪くなる。ネズミのような細い顔を歪ませ「いつから日本は暴力が合法化されたんだ!」とわめく姿は醜悪だった。
「いつから日本は金の持ち逃げが合法化されたんだ」と小泉がいったところで男は態度を変えず、彼は栗きんとんのような目を見開き「俺の借金なんて、国の借金に比べたらマシだ」と唾を飛ばしてきたのをよく覚えている。確かにその通りかもしれない。が、小泉には関係がなかった。こいつが何を叫ぼうが、仕事として彼を殴る。それだけだ。
そんなどうしようもない奴らの僅かな家財道具である『お手伝いロボ』をリサイクルカンパニーは無断で回収している。だから安く売ることができるのだと、小泉はそう中りをつけていた。そうでなければ、そんな物騒な仕事をリサイクル会社が依頼してくる理由もあるまい。
が、小泉にとっては、そんなことはどうでもよかった。むしろ、これを切っ掛けに安くロボを手に入れられて本当に良かったと感謝するくらいだ。
「分割のお金ですが、あまり滞納しないで下さいね。借金みたいなものですから」店員はにこやかに話す。
「ああ、分かってるよ」
電話を切った小泉は、さっそくロボの説明書を読んだ。一日一回のエネルギー補給。一週間に一回の機内掃除。やるべきことはそれだけだ。ご丁寧にも箱の中にはどろどろとした燃料が三リットルと、掃除用のチューブがあった。
大抵のお手伝いロボがそうであるように、この機体も口からエネルギー液を注入するらしかった。小泉は、人間の固定概念は恐ろしいな、と笑いながら作業を進め、起動する。
お手伝いロボの性能は申し分なかった。ロボの内部には人工知能が組み込まれており、色々な仕事を記憶していった。しかも音声認識で動く優れものだ。修理品だからか、初めこそ動作しなかったり、ぎこちなかったりしたが、徐々にスムーズに動くようになった。できる仕事と言えば、部屋の掃除や洗濯くらいだったが、値段にしては上出来だった。
購入してから三ヶ月後、小泉は一週間がかりの大仕事をすることになった。ロボのための出費が徐々に家計を圧迫していったのだ。安いとはいっても、小泉にとっては少なくない金額だ。日々の浪費に加え、ギャンブルや薬に使ってしまい、月々の支払いが滞っていた。それを挽回するための大仕事だ。
一週間後、一仕事終えた小泉は憤っていた。苦労してこなしたというのに、給料が出るのは一ヶ月後だという。一般的な仕事であれば普通かもしれないが、小泉の仕事は当日払いが基本だった。
帰宅した小泉は、苛立ちのまま玄関近くにいたロボを強く殴り、それから電源を押した。「とりあえず飯」とぶっきらぼうに言いつけたのだが、ロボに反応はない。もう一度叩いてみるが、今度はその場にこてんとひっくり返ってしまった。
小泉は激怒した。怒りに任せ、ロボットを叩きながら、リサイクルカンパニに電話をかけた。
「もしもし、こちらリサイクルカンパニーでございます」
小泉の怒りとは対照的に、電話越しの友人は暢気そうだった。憤った小泉は「ロボットが壊れた」と短く、けれども迫力のこもった声で抗議をした。
「早く直してほしい」
「小泉様。それよりも代金の支払いが滞っておりますが」
小泉の携帯電話を持つ手に力が籠った。「うるさい。いいから早く直してくれ。支払いはまた後でする」
「……承知いたしました」
結局のところリサイクルショップで働く友人は、倉庫の場所を指定して、ロボットを持ってくるようにと依頼してきた。奇しくもそれは小泉がよく仕事で赴く廃工場だった。怒りに震える小泉は、ロボットを無理やり車に詰め込むと、廃工場へとまっすぐ向かった。速度超過や信号無視をしていたが、それどころではなかった。彼にとっては、せっかく一人前になれと思えば、かつての半人前に逆戻りしてしまったようなものだった。
「これはこれは。お待ちしておりました」
廃倉庫についた小泉をリサイクルショップで働く友人は待っていた。両手を擦り合わせながら、薄気味悪い笑みを浮かべて小泉に近づいてくる。
「故障したロボットはこちらでよろしいでしょうか」
「ああ。早く直してくれ」
「分かりました」
小泉の前でリサイクルショップの店員は手早くロボットを治療していった。ドラム缶のような胴体のふたを外し、がさごそと中を弄っている。が、少ししたところで「これは駄目でしょう」とひきつった顔をして小泉に頭を下げた。
「申し訳ありませんが故障しております。おそらく、エネルギーをしばらく供給しなかったため、再起動が困難になったかと」
「ああ? そんなことはどうでもいいんだよ。早く直せって」
「申し訳ありません。できかねます」
「なんだそれは」
「それよりも、お支払いの方をお願いします」
「だから、いますぐには無理だって言っただろう」
「返済ができないということですね」
「だからそう言っているだろう」
「であれば仕方ありませんね」
リサイクルショップの店員がそういうと、倉庫の陰から無数の男が現れた。かと思えば小泉の周りを取り囲み、じりじりと寄ってくる。
「おい、いったいなんなんだ」
小泉は動揺し、壊れたロボットを蹴飛ばした。蓋の空いたロボットはガラごろと音を立てて転がり、倉庫の端まで転がった。勢いよく壁にぶつかったロボットは大破し、その中身が飛び出した。
中身を見た小泉は驚いた。なぜか。中に入っていたのは人だったからだ。
おそるおそる小泉は中に入っていた人の様子をうかがう。ひどく痩せており、髪もほぼ抜け落ちている男だった。骨に皮が張り付いているだけの、ゾンビのような男だった。が、小泉には見覚えがあった。先月、借金を返済できず、小泉自身が痛めつけた男に間違いなかった。
「お、おい。これは」
「どうかしましたか?」
「なんだこいつは」
ああ、とリサイクルショップの店員は合点の言ったような顔をした。
「いえ。ロボットの動力は非常に高くなっておりますので、生体動力にさせていただいております。栄養を供給するだけで、容易に動きますし、音声入力も動体検知も中々です。うまく使えば四〇年持ちますし」
「でもよ、だからって生身の人間を押し込めるだなんて、許されるのかよ」
そこまで言ったところで、小泉は大男に殴られた。無数の人間により殴り、蹴飛ばされ、地面に押し倒される。そんな小泉を横目に、店員は無表情のまま続けた。
「私どもはリサイクルショップ。ほとんど価値のないものをお客様から引き取り、整備して販売する。社会貢献ですよ。我が社のモットーは『ごみをしゃぶりつくしてから捨てよう』なんです。借金を踏み倒す半グレなんて、他に利用価値がありますか?」