記憶喪失のTS娘が頑張ったり頑張らなかったりするお話 作:祈るね☆
なんだこれ?
立ち尽くすオレの目の前では、天使の輪っかを頭に引っ提げた女の子達による銃撃戦を繰り広げられていた。
どかーん! とか、ずだだだだ! とか映画でしか聞いたことのない、しかし映画よりもリアリティのある激しい音が響き渡る。
その周りでは同じく輪っかのある女の子やロボット、そして二足歩行の犬や猫がワーワーギャーギャー言いながら逃げ惑う様子が伺えた。
……あ、爆発した。
……あ、人が吹っ飛んだ。
……あ、ビルが崩壊した。
状況が全く飲み込めず、人ってあんなに飛ぶんだなと思わず呑気な感想が出てくる。
もう一度言うが、なんだこれ?
非現実的だ。
夢か?
……夢だな!
こんな訳のわからん夢はさっさと目覚めるに限るぜ!
そう結論つけたオレはすぐそこにあったベンチに横たわり、腕を枕にしながら目をつむる。グッバイ、訳の分からない夢よ。
すやー。
ちゅどーん!
「にぎゃああああ!!!」
突如、爆発音が聞こえたかと思えばオレが寝転んでいたベンチが吹っ飛んだ!
ベンチが吹っ飛ばされたということはオレも同じく吹っ飛ばされる訳で、地面に叩きつけられると慣性の法則に則りゴロゴロと転がった。やがて勢いが無くなるとそのままの状態でしばらく呆然としていた。
身にかかる痛みが、これが夢ではなく現実である事を嫌でも実感させられる。
「ち、ちくしょう……オレが一体何をしたってんだ……!」
そのまま痛みに耐えていると、いつのまにかオレは意識を失った。
☆☆☆
「……きて、起きて」
体を揺さぶられている。その感覚にオレは意識を僅かに覚醒させた。
地面が硬い。頬がジャリジャリしてとても痛い。うぅん、オレは一体どこで眠っていたんだ?
陽の光が眩しくて目を開けられないので薄目で周りを確認しつつ横たわっていた状態から緩慢な動作であぐらをかく。
そして、オレを起こした声の主の方へと顔を向け、完全に覚醒しきっていない頭に浮かび上がった言葉をそのまま発した。
「……おはようございます?」
「うん、おはよう。ところで体は大丈夫?」
一体何のことだ?と首をかしげると、確かに痛かった。
どうやら枕無しで寝てしまったらしく、首が寝違えている。回してみると、やっぱりちょっと痛い。
「首が痛いです」
「うん、どうやらケガはなさそうだね」
痛いところをトントンと叩きながら声に出して伝える……ん?な、なんだ今の声!?風邪引いたか?い、いや、それにしては高すぎるよな……。
「う、ゔぅん!……オレの名を言ってみろ!」
「どうしたの急に!?」
やっぱり違う!オレの声じゃねぇ!
オレの声はもっとこう、渋くてダンディーで、それでいて渋くてダンディーな筈なんだが!?(混乱中)
よしんばダンディーじゃなかったとしても男である事には間違いない!それがどうして、こんな可愛らしい、まるで幼い女の子のような声になっているんだ!?まるで意味がわからんぞ!?か、鏡どこ……ここ……?
「あ、ちょっと待って!」
急かされるように立ち上がりあたりを駆けると、その辺に落ちていたガラス片を拾い顔の位置まで持ち上げた。
目を細めてじっとガラス片を覗いてみるとそこには、見覚えの無い幼い少女の顔が反射していた。
歳は中学生くらいだろうか。肩くらいまで真っ直ぐ伸びた真っ白な髪。表情も恐らくオレが今しているだろうと思われる驚愕の顔。服装もよく見たら身に覚えのない可愛らしいものへと変わっていた。
「お、オマエはだれだ!?」
「えぇっ!?」
「ふぁーっ!? あ、あんたはオレなんだ!?」
「私は君だったのか……」
驚く声に驚いてしまったオレは、そこでようやくさっきから会話していた声の人物に顔を向けた。
見上げる程に背の高い……というよりきっと、オレの身長が縮んでいるのだろう。白い制服を身に包み、少し疲れが見えるが優しそうな顔立ちをした大人の男性だった。ちょっとカッコイイが、オレの方がカッコイイ。
「あ……す、すみません。何がなんやらで……何がなんやらです」
「そのようだね。気にしなくていいよ」
「そう言ってくれると助かります。ところで、ここはどこなんですか? 何が起こったんですか? 貴方は誰なんですか?」
「ちょっとまってね……」
そう問いつつ、オレはなんとなく思い出してきた。確か、銃撃戦に巻き込まれたんだった。それを夢だと決め付けて寝たら爆破されて気絶。起きたらオレはオンナノコになっていた……と。いや、気絶する前からオンナノコだったのか?
簡単にまとめたけどますます意味分からん。銃撃戦とか爆破とか本当の意味で使うことになるとは思わなんだ。
ここまで来るともう夢とか言ってられない。普通に痛かったし。現実です……!これが現実……!
というかオレ、よく生きてたな。そもそもなんで死んでないんだ?爆発に巻き込まれたら普通死ぬでしょ。死なないのは精々ギャグ漫画の住人くらいだ。オレはギャグ漫画ではない(概念)
「ここはD.U.の繁華街だよ。君はヘルメット団とスケバン達の抗争に巻き込まれたんだ」
「ヘルメット??スケバン??」
「そして私はシャーレの先生だよ」
「しゃーれの先生……?」
聞いたことのない単語のオンパレードだ。なんだ、しゃーれって?洒落の事か?オシャレの方かダジャレかで彼への評価は変わってくるな。個人的には後者を推したい。そう思った次第であります。
「ところで……うん、なんとなく予想はつくけれど、君の名前を教えてくれるかな?」
「ああ、すみません。オレの名前は……」
オレの名は……なんだ?あれ?あれ?ど、どうして思い出せないんだ!?
記憶を辿れば思い出せるかもしれない。そう思いオレはまず昨日何をしていたのかを考える……が、靄がかかったように何も分からない。その日以前も、住所、年齢、家族、友人関係に至るまで何もかもが。
オレは日本人で、社会人……だった? いや、学生だったような気もする。というかオレは男だったのか? そもそも今の身体だって何故オレのじゃないって判断したんだ?分からない。思い出せない。
オレはいったい、誰なんだ?
「う、うぅ……」
頭を抱えてうずくまる。頭がズキズキと疼く。言葉を発しようにも唇は震えるだけで機能を発揮せず、浅い息継ぎだけが繰り返された。
「お、落ち着いて!何も考えず、ゆっくり深呼吸をして」
先生がオレの元へと駆け寄り、背中を擦ってくれた。オレは言う通りに無心で息を吸って吐いてを続けると、しばらくして少し落ち着きを取り戻すことが出来た。
「う、す、すみません……。オレ……私、名前が思い出せなくて……分かってるのは爆発に巻き込まれた事くらいしか」
「どうやら記憶が混濁しているようだね。身元が分かるような物は何かある?」
その言葉にオレは服のポケットを弄るも、砂利が入っている程度で他には何もなかった。
「そっか。……アロナ、この子の情報を調べてくれないかな?」
先生はタブレットに何か話しかけていた。誰かと電話でもしているのだろう。
「……というかオレ、このままだと天涯孤独の無一文じゃん。アニメじゃないんだからさ、やめてくれよ。本当の事なんだよ……」
どうして娯楽関係ばかり覚えているのか、これが分からない。確か記憶にも色々と種類があるんだっけ?うぅ、分からない。自分の理解の範疇を超える出来事ばかりだったからか、色々考えるのが面倒になってきた。
オレは寝そべり空を見上げた。そこには何も無い青空が広がっていると思いきや、何なのか皆目検討も付かない幾何学的な模様が空に描かれていた。へっ、まるで質の悪いプラネタリウムを見ている気分だ。あまり気分は良くない。
「──先生、ヘルメット団及びスケバン達の制圧が完了しました」
「うん、ありがとう。ユウカ」
「ヴァルキューレへの引き渡しも終わりましたし、このまま部室に帰還しますか?……あら、その子は?」
オレの事だと思いその声に目線だけ向ける。
「オレの事はお気にせず。路端に転がってる小石とでも思ってくださいな」
「えぇ……?」
「その子、どうやら記憶が混濁しているみたいでね」
「滲み出す混濁の紋章」
「は?」
「なんでもない」
「彼女は早瀬ユウカ。私の生徒だよ」
「せ、先生!自己紹介くらい自分で出来ますってば!……こほん。改めて、私はミレニアムサイエンススクールのセミナー所属の早瀬ユウカよ」
また分からない単語が出てきた。
「早瀬さんですね。よろしくお願いします。オレは人間です。名前はまだ無い」
「ユウカでいいし、敬語もいらないわよ。名前は……追々どうにかしましょう」
「じゃあユウカ。よろしく頼まい」
「どこの方言?……それにしても貴女も災難ね。銃撃戦に巻き込まれた挙げ句に記憶喪失になるなんて」
「ホントそれ。マジ卍からのテンサゲなんですけど」
「それどこの言語?」
ユウカはその後、先生との会話に戻った。
さて、とりあえずオレはどうするべきなんだろうか?まぁどうもこうも金も記憶も無ければ土地勘もないオレに出来ることなんて警察にお世話になる事くらいだ。食べるものがないのでこのままだと餓死してしまう。その前にまたさっきみたいなのに巻き込まれて死にそうだけど。
……いや、でも相手にされなかったらどうしよう?身元を証明するような物も持ってなさそうだし。そうなると警察でもどうしようもないんじゃないか? 相手にされないどころか怪しい人物として拘束されてしまうんじゃないか?拘束されて逮捕されて、牢屋にでも入れられてしまうんじゃないか?
……ん?それはそれでアリなのでは?むしろ捕まってしまえばとりあえずその間だけでも衣食住は困らないだろうし。うん、アリだ。というかアリよりのアリだ。相手にされようがされまいがどちらにしてもオレの望みは叶うかもしれない。ダメだったらその時はその時だ。
オレは立ち上がりパッパッと埃を払うと、何やら話し合っている二人へと声をかけた。
「ではお二人共、機会がありましたらまた会いましょう!気に掛けてくれてありがとうございました!それではさようなら」
「ちょ、ちょっと待って!?いま貴女の事について話してたのよ?唐突過ぎるわよ!どこに行く気なの!?」
「……どこか行く宛でもあるの?」
「ないです。無一文な上に記憶も失ってしまいましたので、警察に事情を説明してお世話になろうかと。どうしようもありませんし」
「良かった。自暴自棄になった訳ではないんだね。そういう事なら、力になれそうだ」
先生は佇まいを整えると先程よりか真剣な顔つきになり、オレへと語りかけた。
「もう一度自己紹介するね。私はシャーレ……連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの担当顧問を務める先生だよ」
「シャーレというのはね、ここ、学園都市キヴォトスに暮らす生徒の悩み事や困り事を垣根を越えて解決する超法的機関なんだ」
「つまり生徒である君の記憶喪失についても、力になれるかもしれない。というか、力にならせて欲しい」
「……いいんですか? 記憶喪失の対応なんて絶対に面倒臭いですよ」
「大丈夫! 先生はそんな事気にしないわよ。それに貴女みたいな小さくてかわいい子をほっとくわけには行かないわ」
今オレの事ちいかわって言ったか?
「そうだね、君が心配するような事じゃないよ」
「……オレ、別に先生の生徒じゃないですよ?」
「私が生徒だと思えば生徒なんだよ」
「屁理屈だ!?……でもそこまで言ってくれるなら、頼らせてもらってもいいですか?」
「もちろん!これからよろしくね」
そしてオレ達三人はシャーレの部室なる場所へと向かったのだった。
アロナに彼女についての情報を探索してもらいながら、私はユウカと話を進めていた。
「先生、連邦生徒会のデータベースにあの子の情報について何かありましたか?」
「それが一切無くてね。今アクセスして探してもらってるんだけど、望み薄かな」
「連邦生徒会のデータベースにも存在しないなんて、そんなこと考えられません!……ま、まさか、名もなき神々の王女と何か関係が……!」
記憶がなく、キヴォトスの何処にも記録のない人物である彼女。ユウカの言う通り状況としてはミレニアムの廃墟にてアリスを発見した時と似通ったものがある。
「確かに、アリスの時と状況はちょっと似てるけど、彼女は生身の人間のようだし、それはないんじゃないかな?」
「……でしたら先生は、彼女が突然、キヴォトスに現れたとでも言うんですか?」
「うーん、今のところはそうとしか言えないかな……」
ちらりと白髪の彼女へと視線を向ける。さっきからずっと空を眺めて心ここに有らずといった様子で、とても心配だ。記憶がなく、自分の名前すら思い出せないという彼女の心境を鑑みると胸が痛む思いだ。
どうにかして、解決しなければならない。
どうにかして、彼女の心の安寧を取り戻さなければならない。
私は一人の大人として、そして彼女の先生として、人知れず揺るぎない決意を固めた。