少し、私の話をしよう。退屈でつまらないとは思うが、どうか聞いてほしい。これは私の今までの人生の話だ。そして、これからの私の人生の物語だ。
私は物心ついた時には自分が何者であるかを自覚していた。いや、これは正しくないかもしれない。正確に言い表すならば生まれた時からだろう。
私は何かの液体で満ちた試験管、あるいはポッドの中で生まれた。作られたと言ってもいいかもしれない。まあつまり私は俗に言うホムンクルスだとかキメラなどといった存在だ。様々な種族、生物の細胞を使い私という存在が作られたのだ。後々調べてみたことではあるが、龍やら魔人やら高次の存在の細胞を沢山使ったらしい。
私の他にも似たような実験はしていたようだが、成功したのは私だけで、他は殆どのものが形を成すこともなく失敗となった。いくつか私に似たようなものもできたらしいがそれらは私には遠く及ばない欠陥品だと私を作った人たちは言っていた。
暫くの間私は試験管の中にずっといた。たまに目を開くと目の前には白衣を着た人たちが大勢いて、私のことを研究しているようだった。若い人から年老いた人、男の人に女の人。色々な人たちが私を見ていた。ただその目は我が子を見るような優しい目ではなく、実験動物を見るかのような目だった。そしてどこまでも欲望に満ちた目だった。
私の体には管のようなものが刺さっていて、そこから成長に必要な栄養などを摂取していた。だけど食事などではなく、私を更に怪物にするためのものだ。各地から入手してきたのであろう生物を私の限界まで取り込まされた。限界だと思っても無理矢理流し込まれ、強制的に取り込まされた。そんな時は自分の体が全く違うものに作り変えられているような感覚がして、いつも体中が痛かった。
彼らに私が壊れるかもしれないなどという心配はなかった。実験体がどうなっても彼らにとってはどうでもいいことなのだろう。
ともかく、私は毎日ずっとそんな地獄の日々を送っていた。だけどある日、試験管の中から出された。急なことだった。何の前触れもなく唐突に試験管の中の液体が抜け、試験管が開いたのだ。するとすぐに目の前に一人の女が立ち、私に声をかけてきた。私とっては初めて聞く人の声だった。だけどその声は何の感情も宿さない無機質な声だった。ただ「出ろ。」とだけ命令され、私はその言葉の意味が分からず試験管の中で立ち尽くしたままだった。
私がいつまでも動かないことが癪に触ったのだろう。女は何かを喚き散らかし始めた。余程私に怒っているらしかった。だけど私には何をすればいいのか分からなくて、ぼーっとその様子を眺めているだけだった。すると何を言っても無駄だと気付いたのだろう、喚くのをやめて何かを手に取った。そうして女は私の方を向いてニヤッと悍ましい顔で笑った。人間の醜悪さを煮詰めたような顔だと私は思った。
女が手に持った何かを動かした途端、私の全身に激痛が走った。管から何かを限界を超えて流し込まれた時の痛みとは違う痛みだった。どちらが痛いかという優劣をつけることはできなかったが、慣れていない分こちらの方が苦痛だった。女が何かをしたということは分かったが、私には止める術がなかった。
あまりの痛みで地面に倒れ伏し、ガクガクと震えて、魔力も体の中で暴れていた。普段であれば私は魔力を完璧と言っていいほどにコントロールしていた。作られた時から魔力の使い方は本能で理解できていた。それでも私の中に混ざり合っている様々な生物の魔力が反発しあい、荒れ狂うことはあった。その度に体が粉々に吹き飛んでしまいそうで、毎回必死で制御していた。今ではほとんど魔力が暴走することはなくて、あっても高次の物質を大量に、それも複数取り込まされた時ぐらいなものだった。
そんなほぼ完璧に制御していたはずの私の魔力が突然に暴走し、私の体の中で荒れ狂っている。体外にも僅かではあるが魔力が漏出し赤い光が淡く私の周りを照らしていた。
私は苦悶の声を上げることしかできず、ただ痛みに耐えていると女が私の正面に立った。私は思わず助けを求めて彼女に手を伸ばす。だけどその手は思い切り踏み締められた。そして彼女は足を思い切り後ろに振りかぶり、私の頭を蹴り飛ばした。私は吹き飛び、試験管に叩きつけられた。女は更に私を殴るつもりらしく、肘を大きく引き絞っていた。動けない私に抵抗などできるはずもなく、その後も嬲られ続けるだけだった。
一通り殴って満足したのか、女は私を無理矢理立たせて、ついてくるように指示をした。その間もずっと痛みはなくならなくて立っているのも辛かったけど、これ以上殴られるのも嫌だったから大人しく指示に従った。
連れて行かれた先にはたくさんの人がいた。全員何かに取り憑かれたような顔だった。自身の欲に呑まれていると言えばいいのか、あるいは狂気と言い換えればいいのかは分からなかったが、私は微かに恐怖を抱いた。でも、それ以上に自分の中で湧き立つ感情があった。それは自由への渇望。この囚われた狭い世界から抜け出して自分の足で自由に歩き回りたいと思った。
私は実験体。万が一にも危険がないように私には色々な枷がつけられた。基本的に私は四肢を拘束されていた。拘束を無理矢理破ろうと試したこともあったけど、強力すぎてそれは叶わなかった。そもそもそれ以前に魔力の大半を封印され残りの魔力も暴走させられているので体を強化することができない。正体不明の痛みをずっと味わって、下手に体を動かそうとすると更に激痛が走る。
そんな風に私を万全に拘束している状態で実験は始まった。とは言っても、試験管の中にいるときと内容はさほど変わらなかった。私の首から何かを体内に注射された。新しく加わったことと言えば私の肉体の改造だろう。皮膚を硬質化させたり鱗へと変化させることができるようにさせられた。他にも私の血液を猛毒へと変化させられた。
注射される物質は試験管の中にいた時よりも高次のものだったようで、取り込む際に私の体にかかる負荷は前までの比ではなかった。体中が軋み、今にも壊れてしまいそうだった。何度か耐えられずに気絶してしまったことがあったが、その時は決まって何かで私に痛みを与えられた。初めて試験管から出た時と同じものだろう。
肉体を改造されるのは怖かった。自分が自分では無くなっていくような感覚がしていた。龍の鱗やら皮膚やらを私の皮膚に埋め込まれ、それがどんどんと全身に広がっていった。私は、その自分の体が侵食されているような感覚に全力で抗った。そのおかげかは分からないがこれを完全に掌握して自分の意思で出したりしまったりすることができるようになった。
この鱗はかなりの硬度で、殴られる時に出せば身を守ることができた。でも、それがバレたら例の痛みを私に与えてきたから、最低限の防御しかすることができなかった。
私の血液を猛毒へと変えられたのだけど、これが一番辛かったかもしれない。私の体の毒ではあるのだけど、私自身にはその毒に対する抗体がなくて体はガクガクと痙攣し、毎日のように血を吐き出していた。体が燃えるように熱くて、すぐにでも死んでしまうのではないかと思った。抗体がようやくできたかと思えば更に毒を取り込まされ、新しい毒を私の体が勝手に生成した。その度に苦しんで、抗体ができて、また新しい毒を生成する、その繰り返し。
いつまで経っても終わらない毒に蝕まれる毎日は、唐突に終わりを迎えた。ある日いつも通りに猛毒が投与されたのだが、いつまで経っても苦しみは来なかった。その後もいくつも猛毒を投与され、毒を生み出す体にされたが、毒が私を蝕むことはなかった。私の体はもう、毒に慣れすぎて毒そのものが効かなくなったのだろう。
これには私で実験していた人間たちも喜んでいた。私一人がいれば自分たちも毒が効かなくなるようになれるかもしれないと判断したのだ。そこから私は血液を毎日限界まで抜かれることになった。不思議なことに、私の体は限界まで血液を抜いた後でも栄養をしっかりと摂れば次の日には元に戻っていた。栄養を摂ると言っても食事ではなくいつも通り何かを取り込むことしかできなかった。別の世界から来た生物を取り込むことが多くて、それらはなぜか体が強い拒絶反応を示した。
どれだけ取り込んでも終わることなく取り込まされた。血を抜かれて何かを取り込んで、この繰り返し。永遠に続くかのような地獄だった。初めは真っ黒だった私の髪は何の影響なのかは分からないが、いつのまにか真っ白になっていた。当然一度も髪を手入れしてもらったことなどなく、ボサボサの長髪で、この髪も時々何本か抜かれていた。
そんな日々を過ごしていたある日のことだった。
ここにいた実験体が暴走を起こしたらしい。それは私とは違う方向性で様々な生物の特徴を混ぜ込んだキメラのような生物とのことだ。私がいるところにもその叫び声と膨大な魔力が届いた。叫び声だけでその子の怒りが伝わってきた。自分の体を弄ばれ、傷つけられ、苦しめられた。愛を貰えず、ものとして扱われてきたのだ。尊厳はなく労ってくれる者もいなかったというのにどうして怒らずにいられようか。
施設が破壊されていく音が聞こえている。でもそれは私をこの檻から出してくれる救いの音のようにも聞こえた。それと同時に、今しかないと思った。この混乱に乗じてここから逃げ出すのだ。普段であれば私を一人で放置することなどない。だけど今は私には監視の一人もついていない。恐らく暴れている子の対処で手一杯なのだろう。ならば今こそが逃げ出す絶好のチャンス。
だけどそれには一つ問題があった。私には私が暴れたり脱走した時のために様々な機械が仕込まれているのだ。それをどうにかしないことには逃げ出したとしてもすぐに捕まってしまう。
ただ、私はすでにそれへの対処法は思いついていた。私の体にそんなものが仕込まれていると知った時からずっと考えていたんだ。そして体のどこに仕込まれているのかを誰にもバレないように慎重にゆっくりと探していった。どこにどんな機能の機械があるのか、どんな仕組みなのかが分からないうちは下手に動けない。
何日もかかって、全ての機械の場所と機能、仕組みを完全に把握した。機械を調べていくうちに私の体には大量の爆弾が仕掛けられていることが分かった。見つけた機械に付属していて、途中までは気づくことができなかった。それでも私は今日までに全ての準備は終わらせている。下手に機械を壊すとそれに反応して一斉に起爆するみたいだ。いくら私の体が頑丈だとは言っても体内でこれだけの爆発が起こったら流石に無事じゃ済まない。
解除には細心の注意を払わなくてはいけない。魔力にも反応するから下手に魔力を動かして制御を失敗したら爆発してしまう。だから、集中、集中。
魔力を細く細く精密に操り、肉体を変化させる。爆弾を起爆しないように注意をして少しずつ体中にある機械を解体していく。万が一にも誰かにバレないようにそこにも気をつける。身じろぎ一つせずに一つずつ丁寧に壊す。
体内に仕込まれたものを全て排除することに成功した。最後に四肢を拘束している拘束具を力づくで破壊する。魔力の殆どが封印されているとはいえ、私の肉体は強力だし魔力も僅かではあるが体外に放出できる。ならば壊せない道理はない。
バキバキと拘束具が壊れていく音がする。
そして私は解放された。初めて自由になったこの感覚。えも言えぬ幸せな気持ちになった。いつもと変わらない空気のはずなのに、不思議と空気が美味しかった。
それから私は暴れている子のところに向かうことにした。本当ならそんなことをせずにさっさと逃げるのが正解なのだろうけど、そんな気にはならなかった。私と同じような境遇の子の様子をどうしても見てみたかった。例えここの施設の人間に見つかる危険があるのだとしても私だけは行かなくてはいけないのだという気持ちに囚われた。
だから私は急いで音がする場所へ駆けて行った。