そして午後、私とシドは王都ブシン流の一部に来ていた。いやホント、何で私がここに来ることになったんだか。実力はかなり抑えてたのだけど目に留まるようなことでもしたかな? アレクシアが推薦したとはいえそう簡単に許されることでもないだろうし。
そんなことを考えているとここの顧問であるゼノン・グリフィ公爵が私とシドを紹介するらしく、呼ばれた。
黒い服を着た生徒たちが綺麗に整列している。顔ぶれを見ると騎士団長や公爵家の子供など錚々たるメンバーだ。流石一部ってところだろう。顧問も公爵という地位についていて、数年前まで風当たりの強かった王都ブシン流を盛り上げた内の一人だ。目立っているのは王国最強と名高いアイリス王女だけど、この人もかなりの貢献をしたらしい。
彼は金髪で顔立ちも良く、人当たりもよく生徒からの評判もいい。公爵という地位もあり、信頼が厚い。女子生徒に人気なのも頷ける。
……表の顔だけを見ればの話だが。
彼の裏の顔はディアボロス教団の人間だ。教団の最高位の十二席、ナイツ・オブ・ラウンズの第十二席の候補だ。あと何か成果をあげれば確実に内定する。
表では心優しく優れ魔剣士だが、その裏では悍ましい人体実験を繰り返している。人とは己の欲のためにここまで醜くなれるのかと思ってしまう。
早いとこ彼を処理したいところではあるが、それは彼の公爵という肩書きが邪魔をする。どれだけ汚いことをやっていたとしても彼は代え難い人材なのだ。彼を始末したいのであれば明確な証拠を揃えた上でこの国に与える影響が最低限にしたい。
ただ、最近はそうも言ってられないのが現状だ。ゼノンはアレクシア王女の婚約者候補になっている。婚約が確定してしまえばディアボロス教団にとって有用な王族の血を得る機会が増えることになる上に王国との結びつきがより強固なものになってしまう。
そうなる前になんとかしたいのだけど、アレクシア王女はシドを使ってどうにかするらしい。アレクシア王女はゼノンのことが気に入らないみたいだし、私としては都合がいい。まあ、なぜシドを選んだのかは理解できないけど。
「今日から新しい仲間が二人入った。」
「シド・カゲノーです。よろしくお願いしまぁーす。」
「ツクラ・レーターです。よろしくお願いします。」
私とシドが挨拶をするが、全然歓迎している雰囲気じゃない。空気が引き締まっている。これが下の方の部であれば和やかな雰囲気になるのだろうけど、ここではそんなことはない。
まあそんなものだよね、と思いながら一人一人顔を流し見していたら、見知った顔を見つけた。私が気づいたことにあちらも気づいたのか、嬉しそうに少し微笑んだ。
そして稽古が始まった。まず最初は瞑想魔力制御から始まり、そこから基礎的な内容が続く。基礎は何事でも一番大事なことだし、みんな真剣に取り組んでいる。少し下の部だと基礎は程々ですぐに打ち合いをするからよくないなと思っていたんだよね。
とまあ、そんな感じで基礎を終わらせた後は剣の打ち合い稽古だ。二人一組でやるのだけど、当然みんないつも組んでいるであろう人と組み始めている。シドを誘おうとも思ったのだけど、アレクシア王女とやるらしい。困った。
私が相手を見つけられずにあたふたしていると、一人の男子生徒が私に近づいてきた。
「ツクラ、僕とやらないかい?」
「兄さんはいつも組んでいる人がいるのでは?」
そう、この人は私の兄だ。とは言っても、私は養子だし血は繋がっていないのだけど。
さっき私に向かって微笑んできたのもこの人だ。それなりに仲は良いと思う。
兄の名前はヤラ・レーター。両親と同じ焦茶色の髪と瞳。高身長で顔も結構いい。魔剣士としての腕も学生の中では上の方だ。つまり、兄はモテる。
「今日は妹とやるからって言っておいたよ。久しぶりにツクラと剣を交えたかったしね。」
「まあ、兄さんがいいなら構いませんが。というか、組む相手がいないので是非お願いしたいです。」
「じゃあ決まりだ。」
そして打ち合いを始め、兄さんの剣を観察する。この学園に来てから大分腕をあげたみたいだ。最後に見た時とは大違いだ。この学園は実力の近い人も多いし、兄さんが腕を高めるには最高の場所なのだろう。
私の方はそこそこってところだ。最後よりは自然な感じであげているけど、それほどではない。技術の殆どを無くして剣を振っている。基礎はちゃんとできているから派手さはなくてもしっかり修行をしたってことが伝わるはずだ。
「うん。かなり腕が上がったね。僕が見込んだ通りだ。推薦していた甲斐があったよ。」
「……え。」
もしかして私が一部にくることになったのってこの人のせい? アレクシア王女に加えて兄も推薦してるとなれば断る理由はないだろうし、そういうことだよね?
……え、何してくれてるの?
折角目立たないようにしてたのにこんなことになれば否応なしに目立つことになるじゃないか。ただ本人は完全に善意で行動しているわけだし文句も言えない。
……よし、推薦されたけど実力が足りませんでした作戦で行こう。このまま普通の剣でいけばその内実力不足で元の部に戻されるだろう。兄さんには悪いがそれでいこう。
「じゃあ、今日はもう授業は終わりだし、また明日。」
そう言うと兄さんは着替えに行ってしまった。私も着替えに行こうかと思ったのだけど、シドを待つことにした。アレクシア王女と付き合っているから私が待つのはあまり良くないとも思ったのだけど、アレクシア王女にはなぜ私を一部に推薦したのか聞きたい。
まあ、あの王女のことだし性格悪い理由なんだろうけど。
さあ話しかけるぞ! と意気込んだのだけど、どうやら今は取り込み中らしい。アレクシア王女はゼノンと険悪な感じで話をしている。
「…………それが君の答えというわけかな? アレクシア?」
「ええ、そうよ。彼と付き合うことに決めたの。ゼノン“先生”?」
「やれやれ。まるで子供だな。いつまでもそうやって逃げられるわけじゃないよ。」
うーん。これは典型的な貴族のやり取り。言葉の節々に遠回しに嫌味やらを言うのが貴族の会話だけど、正直面倒だよね。
「ああー、そういうことか。」
この会話でシドも察したらしい。自分がゼノンへの当て馬だってことを。
「まあ、そういうことだね。ゼノン公爵はアレクシア王女の婚約者候補。それが嫌で、ってところだろうね。ある程度予想はしていたけどその通りだったよ。」
「ツクラは分かってたの?」
「当て馬にしようとしてるってことはね。まあ、自分で首を突っ込んだんだし、自分で何とかしなよ。」
私がそう言うとシドは僅かに顔を引き攣らせた。きっとこの後の苦労を察したのだろう。
「助けてくれない?」
「忠告したのに聞かなかったのはそっちだよ。それに面倒ごとに関わりたくない。」
「僕たち友達だよね。」
「そうだね。」
「じゃあさ。助けてくれてもよくない?」
「その友達に現在迷惑をかけているのは誰だと思う?」
暗にお前のせいで私も巻き込まれたじゃないかと伝える。私の忠告を無視したせいで私がこんな目に遭っているというのだ。流石にこれ以上は避けたい。
「あはは、誰だろうなー。」
私は無言で拳を握りしめた。
「おっと、僕が悪かった。だからその拳を下ろしてくれないか。」
私の拳の威力は以前ヒョロとジャガで実践済みだ。シドはその時のことを思い出したのかすぐに謝ってきた。
「……まあ、いいよ。でも関わるつもりはないからね。」
少なくとも表立っては。
「で? 何でツクラはアレクシアを待っているわけ? 関わりたくないんじゃないの?」
「聞きたいことがあるからね。」
なぜ私まで巻き込まれたのかとあの王女に問いただしてやろうと思ったのだが、一向にゼノンとの話が終わる様子がないのでシドとさっさと帰ることにした。納得のいく説明をして貰おうか、などと考えながら。
そして放課後、校庭でアレクシアとシドが話しているところを発見した。私はゼノンの動きを調べるために隠密行動をしていたからアレクシアに詳しい話を聞きに行けなかったのだ。王族に私ごときが話しかけるのは色々と問題もあるし、中々に難しいというのはあるが、彼女とはそもそも知り合いだ。
……仲が良いかと聞かれれば疑問を抱かずにはいられないが。
というわけで別に後でもいいかと思い、不審な動きをしていたゼノンの方を優先したわけだ。残念ながら特に成果はなかったわけだけど、私の予想だと近いうちに何か事を起こすだろう。それまでに対応を考えておかないと。
ひとまずゼノンのことは後で考えるとして、今はアレクシアだ。アレクシアを問い詰める絶好の機会だし、私も話に加わろう。
……ちょっとだけ二人の会話を聞いてみよう。気になるし。
「つまり君は、ゼノン先生と婚約するのが嫌で当て馬が欲しかったんだろ? だから扱いやすそうな下級貴族の僕を選んだ。」
「ええ、そうよ。ただ婚約者じゃないわ、婚約者候補よ。」
「どっちでもいいよ。」
「よくないわ、まだ決まってもいないのに強引に話を進めてきて困っていたのよ。」
アレクシアはそう言うが、当然だろう。ラウンズを目指しているゼノンからすればアレクシアと婚約すれば良いこと尽くめだ。
「それこそどうでもいい。悪いけど、これ以上目立ちたくないし、君たちの事情に巻き込まれるつもりもないから」
「……薄情ねぇ。恋人のくせに。」
「名ばかりの、だろ?」
うん、確かにそうだけど罰ゲームで告白した君が言う資格はないと思うよシド君。
「それはお互い様よね……? 罰ゲームで告白してきた、シド・カゲノー君?」
!?
なぜバレている!? やはりヒョロか? ヒョロなのか? ヒョロならポロッと漏らしかねない。よし、ヒョロは後で殴ろう。
「何のことかさっぱりわからないけど、証拠でもあるのかな?」
シド、それは苦しいよ。あの性悪腹黒王女が何の根拠もなくそんなことを言うわけがないのだ。間違いなく確信を得た上で言っている。
「ヒョロ君とジャガ君だったかしら。あなたのお友だちに話しかけたら、顔を真っ赤にしてペラペラと聞いていないことまで全部しゃべってくれたわ。酷いわねぇ、乙女の純情をもてあそぶなんて。」
お前もか、ジャガイモ。
「みんなが知れば、この先あなたは平穏な学園生活に戻れないかもしれないわねぇ。」
「いい友だちね。」
友情のカケラもないじゃないか。そんな酷い友情があるとは思わなかったよ。
シドの顔も心なしか引き攣って見える。
「あら、大丈夫? 顔が盛大に引き攣ってるけど。」
「大丈夫、僕は性根が歪んでいるから、口も歪むんだ。…………君よりマシだけどね。」
「何か言ったかしら?」
「別に。」
煽るな煽るな。君ら二人似た者同士だし意外と仲良くできると思うよ。そして私には面倒ごとを持ち込まないでほしい。是非二人だけで完結してもらいたいものだ。
「そうね……。とりあえず、恋人のフリを続けてもらいましょうか。期限はあの男が諦めるまで。」
そんなものはゼノンが死ぬまでありえないと思うけど。
「諦めるかなあ。どう見ても僕じゃ力不足だけど。」
「わかっているわ。時間が稼げれば良いの。あとはこっちで何とかするから。」
その前にゼノンが痺れを切らして動き出しそうだし、私は一応警戒しておくかな。
「嫌な予感しかしないな。」
シドはやりたくないみたいだけど、あの王女が逃がしてくれるわけない。それに、これは君が始めたことだろ。
「……ごちゃごちゃうるさいわね。」
するとアレクシアが懐から金貨を出した。なるほどねえ。金で釣るわけか。これはアレクシアの勝ちかな。
そして金貨を指で弾き、空中に投げた。その金貨の行方をシドの目は瞬きもすることなく追いかけていた。……分かりやす。
「……へえ。僕が金に靡く男に見えるとでも?」
見える。
「見えるわ。」
「ふっ。その通りだ。」
そしてアレクシアは再び金貨を取り出し、投げた。
「くぅぅぅぅうん!!」
シドはその金貨を口で咥えた。
「よしよし。いい子ね、ポチ? ちゃんと私の言うこと聞いてくれるわよね?」
「もちろんですとも。」
「はっはっはっ!! ワンっ!!!」
「ほーら、とってこーい。」
……うっわぁ。こ、これは…………やばい。
アレクシアが金貨を投げ、それをシドが追いかけて口でキャッチする。それを何度も繰り返している。
そのイかれた光景を見て、私はただただドン引きしていた。そして見て見ぬふりをすることに決めた。これに関わってもロクなことになるはずがない。これと関わって同類だと思われるのも嫌だし、全力で気配を消して素知らぬ顔で帰らせてもらおう。
特別な歩行法で足音を消し、二人の横を通り過ぎる。そして少し離れたら全力ダッシュで————
ガシッ
「どこ行くのかしら?」「どこ行くのかな?」
えーっと、これは。
「私はそろそろ帰らなくては行けないんだ。だからその手を離してくれないかな?」
「私/僕がそれを許すとでも?」
ッスー、ダメっぽい。