金貨を投げてシドを犬として遊んでいるところを見て、関わりたくないと思ったので気づかれないようにしれっと帰ろうと思ったのだけど、残念ながら二人に気づかれてしまったらしい。
「私、これから用事があるので帰らせてもらいたいんだけど。」
「あら、何の用なのかしら。今日でなくてもいいなら私たちとお話していきましょう?」
すぐにバレるような嘘をついたらそこをつつかれて強制的に話に引き摺り込まれる。だからバレないように嘘をつかないと。
「剣の修行をするだけだけどね。」
「あら、なら問題ないわね。それぐらいならいつでもできるでしょ?」
「そうそう。ちょっとお話していこうよ。」
と、言ってきたシドを軽く睨む。これは道連れを求めて私を一緒に地獄に引き入れるつもりだ。だがそうはいくものか。
「今日は知り合いと一緒に修行する予定だからね。予定をすっぽかすわけにはいかないよ。」
そんな予定はないけど、今から作ればいいのだ。
「あら、誰とするつもりなのかしら。」
「久しぶりに兄と。」
「たしかヤラ先輩だったかしら。さっき彼を見かけたのだけど、今日はやることがない、と言っていた気がするのだけど。」
これはブラフかな。
「あれ? そういえばツクラっていつも剣の修行は朝にしてるって言ってたよね? なんで今日に限って夕方なの?」
「兄さんは朝弱いから夕方の方がいいんだよね。それにその場での口約束だからその時は忘れてただけだと思うな。」
今この場を切り抜ければ後でどうとでもできるのだから、嘘をつくことが最善だ。もしもの時は情報操作するだけだし。これが嘘だとはバレているだろうけどね。
「それに恋人同士の邪魔はしたくないしね。」
「あら、あなたも相談に乗っていたのでしょう? ならそのお礼もかねてどうかしら?」
「そうだね。ツクラのアドバイスがなければもっと違った結果だったと思うよ。」
「いやいや、どちらかといえば私はやめた方がいいと言っていたからお礼をするならあの二人だと思うよ。」
まあ、この発言にはあの二人に酷い目にあって欲しいという願いもあるわけだけど。
「そこまで拒否するなんて、そんなに私と話すのが嫌なのかしら? 悲しいわ、私たちの仲なのに。」
「そこまで親しい仲ではなかったはずだけど、いつのまにそんなことになってたの?」
「前からよ。」
まあ、そういうことでいいけど。
「ともかく、私は二人がそういう趣味であっても気にしないし、誰かに言いふらすつもりもないから安心していいよ。」
だからこれ以上私に話はないだろ?と暗に伝えているわけだが、これで諦めてくれればいいのだけど、 この二人だと難しいかな。
本当なら何で私まで一部の授業に参加させられたのか聞くつもりだったのだけど、あんな場面を見せられたらその気も失せるというものだ。
人を金で釣って犬扱いする女と金で釣られて犬の真似をする男に誰が関わりたいと思うのだろう。
「あらあら何か勘違いしているようね。何が趣味だと思ったのかしら。」
「人を飼うのが趣味なのでは?」
違うの?
「あなた意外と言うわね。そんなに図太かったかしら。」
「おうにょ、これは王族に対する不敬なのでは?」
ちょっと待とうかシドくん。ここでそれは反則じゃないかな。それで罰せられたら困るんだけど。というか私は何も悪いことしてないのに道連れが欲しいからってよくないんじゃないかな!?
「ほら、私たちの仲ですから。ね? アレクシア王女?」
「……ええそうね。私たちの仲だもの、それぐらい気にしないわ。でも、友人として私の相談に乗ってくれると嬉しいのだけどこの後時間あるわよね? 私たち友達だもの、まさか断ることなんてしないわよねえ?」
……はあ。これ以上頑張ってもこの二人が諦めることはないだろうし、大人しく付き合うか。
「……仕方ないですね。今日だけ付き合いますよ。じゃあ、どこに行きますか?」
「その前にお兄さんに伝えてこなくていいの?」
「そうねえ、誰か呼んで使いを頼んでもいいわよ?」
二人とも分かってるくせにそんなこと言うんだから、やっぱり性格悪い。
「あっちも忘れていたみたいだし、大丈夫でしょ。思い出していたら事情を話して謝るだけだから問題ないよ。」
「あらそう?」
「そっかあー。じゃあ行こうかー。」
シドめ、そんなに嬉しそうに笑顔を浮かべやがって。道連れができたことがそれほど嬉しいのか貴様。死なば諸共ってやつかな? それなら私にも考えがある。後で覚えておきなよ。
「それで、私に何の用なの?」
近くのカフェに着いて席に座るなり私はすぐにそう尋ねた。だが、アレクシアは慌てないの、という風に落ち着いた様子で椅子に座り、近くにいた店員に注文をし始めた。それを見て少し気がせりすぎたかと反省し、私も注文をすることにした。
なおシドは一番先に座ってもう既に注文していたらしい。……余裕だな。
話をするならば注文したものが届いてからにしようということになり、私たちは雑談に興じていた。まあ、時々王族ならではのブラックジョークみたいな話をされるからそれだけはたまったものではなかったけど。元平民の現下級貴族の子爵家、その上人間ですらない私にそんな話を振るなと文句を言ってやりたい気持ちにはなるが、そこはぐっと我慢した。
少しの間そうして時間を潰していると、ようやく注文したものが届いたらしい。私の目の前にはそれなりに良い紅茶とケーキが置かれている。アレクシアの頼んだものも同じものだ。私が頼んだら自分も同じのでいい言ったのだ。まあ、どうでもいいが。
ちなみにシドの前にはこの店で一番高いメニューが置かれている。アレクシアが奢ってくれると言っていたからだろう。それにしても君には遠慮というものがないのだろうか。こういう時って気を遣って少しお安めのものを注文すると思うんだけど。
……人の昼食をバクバク食べていた時点で今更か。
「それで、二人は私に何の用なの?」
「あら、あなたの方が私に用が有ったんでしょ? ポ…シドから聞いたわよ。」
今ポチとか呼ぼうとしてた気がするけど、全力で無視しよう。もちろん後でシドのことは煽るけど。
「帰ろうとしていたところを引き止められたから何か話があると思ったんだけど、違った? 私から話しかけたわけじゃないしそうだと勝手に思っていたんだけどね。」
「私に何か聞きたいことがあると聞いたわよ?」
私の質問は後でもよかったんだけどね。まあ、お言葉に甘えて質問するとしようかな。
「なんで私も王都ブシン流の一部に入れられたのか疑問に思ってね。シドだけなら理由は分からなくもないけど、私を入れる理由はなくないかな?」
もちろんこの発言には何ふざけたことしてくれたんだという想いも込めている。スルーされることは分かっていても、やらずにはいられないんだよ。
「あら、何か問題でもあるのかしら?」
「そりゃあね。私では実力が足りていないから授業についていけない恐れがあるんだよ。これから段々と上げていくつもりだったから今入るのは普通に実力不足でまずいからね。」
まあそんなことはないのだけど。全員でかかってきても倒せる自信がある。だって基本的に全員魔力操作雑だし。あれじゃあ魔力の一割も力を引き出せていない。とりあえず魔力を込めとけばいいみたいなスタンスが多いしね。
そんなことを思ってはいるけど、それをおくびにも出すつまりはないけどね。
「あなたのお兄さんが推薦していたようだけど?」
「多分身内贔屓だと思うよ。」
「まあ、何を言ったところで今更戻ることはできないわよ。少なくとも今月は一部のままね。」
「だってさ。残念だったね。」
シド、そんなに仲間ができたことが嬉しいの? 私は完全にどばっちりだよね。つまり私が一部に入れられたのはシドのせいだ。後で何かたかろう。シドの財布に致命傷を与えてやる。
「とりあえずは頑張るけどね。それで、理由は教えてくれないのかな?」
「ただの嫌がらせよ。」
「殴っていいかな?」
そうだろうとは思ってたけどね。実際に聞くのと想像するのではわけが違うんだよ。めちゃくちゃ腹立つ。
「あら、王族にそんなことしていいのかしら。」
「友人同士の喧嘩なら問題ないと思うんだよね。」
私は大義名分を得たら相手がどうな相手でも殴るよ。私は男女平等主義者だし、男とか女とかは関係ない。私が全力で殴ったら確実に死ぬからかなり手加減はするけど。
ディアボロス教団? あいつらに人権なんてないよ。見敵必殺だ。即滅斬!
「だからシド、後で喧嘩しようか。」
「!?」
バクバクと一心不乱料理を食べていたシドが私の言葉を聞いて驚いたようにうごきを止める。まるでなんで!? とでも言いたげな表情だけど、まさか自分がやったことを忘れているのかな?
「ほら、いかにも青春って感じがしていいと思わない?」
シドを思いっきりぶん殴りたいという願望はなるべく悟らせないように話すけど、アレクシアにはバレバレだろうね。でも、多分アレクシアなら乗ってくる。
「あら良いわね。食後の運動も兼ねてやったら良いんじゃないかしら。ねえポチ。」
「お断りだ。」
「いやー、楽しみだなー。友達と殴り合いなんて初めてするよ。」
「面白そうだから私も観戦していいかしら。」
「もちろんいいよ。」
「いいわけなくない? 何でこういう時だけ結託するの?」
女とはそういうものだよシド。例え五秒前までいがみ合っていた敵同士だろうと共通の敵を見つければそれまでのことなんてなかったかのように結託するんだよ。まあ今回は敵というより揶揄う相手として狙われてるだけだけどね。
「ま、そんな冗談は後にして。」
「ええそうね。これからどうするかってことよね。」
そういうことだ。ゼノン・グリフィとかいう教団員に対して対応をするというのなら私が手伝うのもやぶさかではない。めんどくさいことには変わりないけどね。
「無視?」
「気に入らないのよねあの男。」
「性格の悪さが滲み出てるからねー。」
「そう? 欠点なんて見当たらないけど。」
「分かってないわね。完璧な人なんていないのよ。いるとしたらそいつはとんでもない大嘘つきか人間じゃないわ。」
「独断と偏見に満ちた回答をどうもありがとう。」
「私もそれに一票入れておくよ。」
完璧なんてありえないからね。まあゼノンは上手く隠している方だとは思うけど、どうにも詰めが甘いんだよね。ある程度の隙を見せておかないと逆に怪しまれるものだ。
「とりあえずあの男が諦めるまでこの関係は続けてもらうわ。」
「そう簡単に諦めるとは思わないけど。」
「時間が稼げればいいのよ。私の方からも色々とやるつもりだし。」
「私は二人が相思相愛の熱々カップルだっていう根も葉もある噂を流しておくよ。」
「根も葉も枯れ果てて存在しないと思うけど。」
後手後手に回るのも癪だし、こちら側から仕掛けるのも少しなら構わないだろう。どれだけの効果があるかは分からないけどある程度なら動きを制限したり誘導することは可能だろう。
「そうね、あとは何か思いついたらすることにしましょう。」
「じゃあとりあえず頼んだ品を食べ切らないとね。」
「二人ともそんなに仲良かった?」
「もともと知り合いだからね。」
「まあ、そういうことよ。」
一年前からここにいるのだからそれなりに人脈は広がるというものだ。それで王女と顔見知りになっているのは若干おかしい気がしないでもないが、きっとそういうこともある。
「私、欠点ばかりのあなたたちは嫌いじゃないの。人の評価は美点ではなく欠点でするべきだと思ってるから。」
「どうも。」
「私は欠点しかないみたいなものだしねえ。」
そもそも人間ではないのだから人間の視点で欠点を探したらそれは欠点がバンバン見つかるに決まってる。それにしたって捻くれた考えだとは思うけどね。
「じゃあ私はそろそろ行くよ。あとは恋人同士で楽しんで。」
注文した品を食べ終わると、王女とこれ以上一緒にいると面倒なことに巻き込まれそうだからという理由でさっさと店を出ることにする。ゼノンの様子からしてまだしばらくは動くことはなさそうだし、護衛は必要ないだろう。
「あら、お気遣いありがとう。じゃあよろしくね。」
「了解でーす。」
シドの裏切り者を見るような、縋るような視線に気づかないふりをしながら、私は席を立ち店を出て行った。
さてさてこれからどう動こうかな。