人間になりたくて!   作:苦鳴

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 囚われたアレクシアは頭上より響く破壊の音でぼんやりとしていた意識が覚醒した。

 

 アレクシアは考えを巡らせる。頭上で響くこの破壊の音は何なのかと。恐らくここは王都中に張り巡らされた地下水路から繋がる何処かだと思われる。つまり頭上で響くこの音は王都でそれ程の争いが起きていることの証明。

 

 なぜ争いが起きているのか。それは自身が誘拐されたことと決して無関係ではないはずだ。だが血液を抜かれ全身を拘束された状態では何もすることができない。無力な自分に腹が立つが、どうすることもできない。

 

「お互い無力ね。」

 

 隣の牢で蠢く異形の少女に向けてそう声をかけた。少女はアレクシアをチラリと一瞥したが、興味などないと言わんばかりすぐに目を逸らした。

 

「や、奴らがきやがった! お終いだ! もうお終いなんだ!」

 

 男が一人駆け込んできた。その男は王族の血、王族の血などと呟きながらアレクシアの血液を採取していた白衣の不健康そうな男だった。だがどうにも様子がおかしい。何かに追い詰められたかのように切羽詰まった様子だ

 

「諦めなさい、抵抗は無駄よ。私の拘束を解いてくれればあなたの命は助けるように頼んでみるわ。」

 

「や、奴らが見逃すものか! み、皆殺しなんだ!」

 

「騎士団は無用な殺生をしないわ。抵抗しなければ命までは奪わないはずよ。」

 

「騎士団? 騎士団なんてどうでもいい! や、奴らは皆殺し、皆殺しなんだあ!!」

 

「騎士団じゃない?」

 

 それは妙な話だとアレクシアは思う。この男が言うにはどうにも今この騒ぎを起こしているのは騎士団ではないらしい。ならば誰がこんな事態を引き起こしているのか。

 

「試作品はできた。こ、これなら出来損ないのお前でも役に立つ。」

 

 そう言うと男は巨大な注射器を持って隣の牢に入って行った。アレクシアは何か嫌な予感がするからやめた方がいいと制止の言葉をかけるが、男は聞く耳を持たず、注射針を何の躊躇いもなく突き刺した。

 

「さあ、見せてみろ! ディアボロスの片鱗を!!!」

 

 少女の体が異常なまでに膨らんでいく。膨大な魔力が全身に迸り、強靭な肉体と凶器的な爪ができていく。不思議なことに左腕は何かを庇うかのように肉体にくっついている。

 

「素晴らしい! 素晴らしいぞお!!」

 

 確かにこの力が振るわれれば強大な力となることは間違いないだろうが、それはあくまでコントロールをできた場合に限る。古来よりそれは反抗されて死ぬフラグだ。まあつまりそういうことだ。

 

 拘束から逃れた怪物が右手を振り落とし、グチャっと何の抵抗もなく容易く男を叩き潰した。

 

 次は自分の番だとアレクシアは直感したが、なぜこんなところで死ななければならないのかと思った。あの男の巻き添えで死ぬなどごめんだ。だが、無情にも右手が振りかぶられた。

 

 ああ、死んだなと思ったアレクシアであったがその予想に反して体が潰されることはなく、拘束のみが破壊される結果となった。まさか助けてくれたのかと思い、お礼をしようとしたが、すでに少女の姿はなく破られた壁のみがあった。

 

「まあいいわ。それと、剣は貰っていくわ。」

 

 アレクシアはそこらに転がっていた死体からミスリルの剣を拝借し、この場所から逃げ出すべく歩き出した。

 

 ズン、ズンと地面が揺れる中水路に沿って歩いていると見知った顔が現れた。

 

「勝手に逃げられては困るな。」

 

「あ、あなた、どうしてここに……。」

 

 普段の紳士然とした笑みを浮かべ、まるで廊下であったかのような気やすさでゼノンが現れた。その時アレクシアの頭の中で点と点が結びついた。

 

 それを証明するようにゼノンはこの場所が自身の施設だということを告げる。先程あっさりと潰されて死んだあの男に出資をしていたらしい。

 

「よかった。私、あなたのことずっと頭おかしいんじゃないかと友達と話していたのよ。やっぱりおかしかったのね。」

 

「友だち、か。それがシドくんかツクラくんのどちらを指しているのかは知らないが、二人には君の誘拐の容疑を被ってもらうつもりだからね。すぐにでも二人の首は落とされるだろうさ。まあ、どうでもいいさ。君の血さえあれば。」

 

「本当にそうかしら? あの二人がただ死刑になるのを待っているだけとは思えないわ。二人とも性格が悪いもの。」

 

「それにしてもどいつもこいつも血の話。吸血鬼の研究でもしているのかしら。」

 

 その後も二人は舌戦を繰り広げる。アレクシアはゼノンは騎士団に囚われてもう終わりだと言うが、ゼノンは余裕綽々な様子で逃げおおせると告げる。

 

「ついてきてもらうよ。君の血と、研究があれば私はラウンズの第12席に内定する。剣術指南役というくだらない地位ともおさらばだ。」

 

「ラウンズ? 狂人の集まりかしら?」

 

「教団の選び抜かれた12人の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ。地位も名誉も富も、これまでとは比べ物にならないほど手に入る。私は既に実力を認められている。後必要なのは実績だけだが、それも君の血と研究成果で満たされる。」 

 

 アレクシアにはゼノンが何を言っているのか分からなかった。自分には何の関わりもなかったわけのわからない単語の羅列。それでもできるだけ情報を得ようとする中で、ゼノンが発したある言葉がアレクシアを激昂させた。

 

「本当はアイリス王女の方が良かったが、君で我慢するさ」

 

「ぶっ殺す。」

 

「ああ、君は姉と比べられるのが嫌いだったね。」

 

 その言葉を引き金に冷静さを保っていたアレクシアが剣を振るった。その剣をゼノンは容易く受け止める。幾度となく剣撃を見舞うアレクシアだが、学園の指南役を務めているゼノンの実力は伊達ではなく、カン、カン、とまるで普段の授業のような気やすさで剣を弾かれる。

 

「随分と見窄らしい剣を使うようになったね。」

 

「達人は剣を選ばないっていうでしょ。」

 

「確かにそうだね。でも君は凡人だ。それは剣術指南役の私が保証しよう。」

 

 繰り返しゼノンより放たれる自身を侮るような発言。それが優秀な姉と比べてのものだとは分かった。だが、凡人の剣。そう揶揄される自身の剣は反吐が出るほど嫌いだった。身近に天才がいて、それと常に比べられてきた。だが、優秀な姉に見合うように努力を重ねてきた。そして自身の才能のなさを直視することになった。

 

 その象徴が凡人の剣という呼び名だ。姉に自分の剣が好きだと言われた時もみじめな気持ちにしかならなかった。あの二人の性格の悪い友人たちも片方はこの剣が好ましいかのような言動を繰り返し、もう一方の友人は自分の剣が剣が好きだなどと言われた。

 

 だがアレクシアはそれでも自分の剣が嫌いだ。ただ積み重ねることしかできない凡人である自分が嫌いだ。だが、たとえ自分が凡人であると自覚していたとしても、嫌いな男に真正面からその事実を突きつけられて激昂しないはずがなかった。

 

「だったら見てなさい! 私が本当に凡人かどうかを!」

 

 自身が凡人であることは認識しつつもその言葉を発し、鬼気迫る迫力で仕掛けた。

 

 アレクシアの剣は姉のそれにピッタリと重なった。ゼノンの剣が押される。姉の剛剣を模した一刀は確かにゼノンに届いていた。だが、それを受けてゼノンの剣が変わる。まるで先程までの剣は本気ではなかったとでもいうような言葉とともにこれまで見たことがない威力を秘めた剣が振るわれた。

 

 何とかそれを防ぐが剣の方がもたなかった。触れた瞬間ガラス細工のようにパキリと折れてしまったのだ。その光景にアレクシアは動きを止め、その隙を見逃さなかったゼノンに顔面を殴られた。

 

「君は姉のようにはなれない。このままついてきてもらうよ。」

 

 絶望したアレクシアと優越に顔を染めたゼノン。対照的な両者の耳に、コツ、コツと小さな足音が聞こえてきた。

 

 現れたのは黒衣を纏った男。その隙のない佇まいから相当の達人であることが推察される。その男を警戒しながらもゼノンは声をかける。

 

「漆黒を纏いし者。なるほど、君が近頃教団に噛み付いてくる野良犬か。」

 

「我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者。」

 

 アレクシアは新しく現れたシャドウと名乗る男を警戒する。だが、今の自分に何かできるとは到底思えなかった。

 

 そして戦いが始まる。ゼノンの実力を身をもって体感したアレクシアはたとえシャドウがどんな達人であろうとも勝てるとは思えなかった。

 

 だが、現実は全く違った。

 

 シャドウはゼノンの剣を容易く避けた。ゼノンはシャドウの脅威を上方修正し、今日最高の剣を繰り出した。だがそれはシャドウの剣に阻まれた。

 

 そこから始まったのは先程のアレクシアとゼノンの攻防の焼き直しのような光景。だが、決定的に違うのは押されているのがゼノンだということ。子どもと大人のような実力差で剣が交わされる。

 

 その光景を前にしてアレクシアが感じたのはゼノンを圧倒するシャドウへの驚愕ではなかった。

 

「……凡人の剣。」

 

 シャドウが振るう剣が勝手の自分が目指していたそのものだったからだ。

 

「すごいね。」

 

「!?」

 

 突如として自身にかけられた声。シャドウの剣に見惚れていたとはいえここまでの接近を気づかせなかった相手を警戒しないはずがない。アレクシアが見た声の主は灰色の装いに血のように真っ赤な剣を構えた女の姿だった。

 

「……誰かしら。」

 

「一応君を助けにきた者だけど、先客がいたようだね。」

 

「待て、貴様、その灰のコートに血塗れの剣! 灰の剣士ツーレだな!?」

 

 この状況で呑気に会話をしていれば剣を交わしていた二人も流石に気づく。そしてゼノンは灰色の女の正体に心当たりがあるらしかった。

 

「あなた有名なのかしら?」

 

「名前は合ってるけどその灰の剣士とやらは聞き覚えがないね。」

 

「数年前から姿を現し、各地で教団の有力な剣士たちを斬り殺してまわっていた女。その灰色の装いと血で濡れた抜身の剣から灰の剣士と教団内で呼ばれることになった。そんな貴様が私に何のようだ!? 私を殺しにきたのか!?」

 

 その疑問にツーレは首をコテンと傾げ、何を言っているのか分からないという風に言った。

 

「君みたいな雑魚に興味はないよ? 私はただアレクシア王女を助けにきただけ。そのついでに君もサクッとやってしまおうと思っていたけど、先客がいたみたいだから譲るよ。」

 

「ふ、ふざけるなあぁぁぁ!!!」

 

 ゼノンが絶叫する。シャドウには己の剣が一切通じず、強者であることが分かっているツーレからは相手にもされていなかった。プライドの高いゼノンにはその扱いは許せなかった。

 

「いいだろう! 私の本気を見せようじゃないか!!」

 

 ゼノンが懐から血のように赤い錠剤を取り出した。そしてそれをザラザラと口に流し込んだ。ゼノンの魔力が爆発的に膨れ上がる。魔力が荒れ狂い、水面を叩き波を生む。

 

 そんな異常な光景を前にシャドウはツーレに気安く話しかけた。

 

「貴様が灰の剣士か。話には聞いていたが、会うのは初めてだな。」

 

「そうだね。私も君のことは知っていたけど、全く姿を現さないから本当にいるのか疑っていたぐらいだよ。」

 

「その方がいいことづくめだろう?」

 

「今回の件はそれだけの価値があったということかな?」

 

「さて、な。」

 

 まるでゼノンのことなど目に入っていないような振る舞いをする二人にアレクシアの視線は囚われていた。卓越した技術を持つもの同士の語らいは一人の剣士として見逃すことができなかった。だが、この場にいる全ての人間から興味をなくされたゼノンとしては怒りを覚えないはずがない。

 

「舐めるな貴様らぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「おっと。」

 

 二人を同時に打ち倒そうとした一刀は、シャドウとツーレの剣が交差するような形で止められた。

 

「やるな。」

 

「どうも。」

 

 二人が同時に動き、ゼノンの剣が真上に弾かれた。腕ごと跳ね上げられたことでゼノンの胴が丸見えで致命的な隙を生んだ。もちろんその隙を見逃す二人ではない。流れるような動きで無防備な胴体を斬り裂いた。

 

「つい手を出してしまったけど、私は何もしない方が良かったね。アレクシア王女の守りは万全にしておくから好きにやっちゃってくれていいよ。」

 

「なら派手に行こう。」

 

「私は、私は最強の力を身につけたんだ! こんなことがあるはずがない!!」

 

 追い詰められたゼノンの姿はアレクシアから見ても滑稽なものだった。自身の信じる力を真正面から完全に否定され、見るに耐えない醜態を晒している。

 

 もはや半狂乱となったゼノンがシャドウに斬りかかる。だがその剣は回避行動をとらなかったシャドウに当たり砕けた。あまりの実力差にゼノンはついにへたり込んだ。

 

「借り物の力で最強に至る道は、ない!!」

 

 シャドウが地面を踏み締めると同時、青紫色の魔力が周囲に満ちた。それは至高の魔力操作で完璧に制御された破壊の力。魔力が線となって可視化され、見るものに畏怖を抱かせる。

 

「真の最強を、その身に刻め!!」

 

 全ての魔力が螺旋を描くように剣へと集約していく。アレクシアはあれが放たれた時に齎される破壊を想像して震えた。そして本当に大丈夫なのかとチラリと自身の隣に立つツーレを見た。

 

「思ったよりやばいかも……。」

 

「ちょっと!?」

 

 ツーレはまあ何とかなるだろうという甘い見通しのもと防御体勢に移った。そしてシャドウの絶技が放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 ———アイ・アム・アトミック

 

 

 

 

 

 

 

 アレクシアの視界は光で満たされた。膨大な光量と破壊の音で全ての感覚が消える。だがこれを正面から食らったゼノンは存在の一つすら残らないことだけは分かった。

 

「もう大丈夫だよ。」

 

 そばにいたツーレからは声をかけられ、目を開けると瞳の中に夜空が飛び込んできた。辺りはシャドウの絶技で齎された破壊の結果があった。大地がポッカリとくり抜かれたような有り様。それを目の当たりにしたアレクシアは思わず絶句する。

 

 だが、アレクシアの頭の中ではシャドウの剣が繰り返し流れていた。自身の進むべき道を指し示した追いかけるべき背中。ただ我武者羅に剣を振ってきたアレクシアにとってはようやく光明が見えたような気がしていた。

 

「はい。」

 

 そんなアレクシアの様子を見かねたのかツーレがそこら辺に落ちていた剣を手渡した。

 

「ありがとう。」

 

 軽くお礼を言うと無心で剣を振り始めた。先程のシャドウの剣をなぞるような剣閃。自分の進むべき道が示されたアレクシアにもう迷いはなかった。そんなアレクシアをツーレは優しく見守っていた。

 

「アレクシアー!!」

 

 声が聞こえた。アレクシアにとっては最も聞き馴染みのある愛しい姉の声。心の底から自身を心配しているとわかるような声で、なぜこれまで姉の言葉を素直に受け入れられなかったのかと少しだけ自身に呆れた。

 

「アレクシア!」

 

 アイリスが思い切り抱きついてきた。少しばかり苦しかったが、それが今は嬉しかった。

 

「ありがとう、アイリス姉様。」

 

 そうしてしばらくの間二人は再会の抱擁を交わし続けた。

 

 

 

 

 

 

「私の役割は終わりかな。」

 

 二人の会話がひと段落した頃、気を使って気配を消していたツーレが声をかけてきた。アレクシアはもういなくなったものだと思っていた相手が声をかけてきたことに驚き、アイリスはまた敵が現れたのかと警戒を露わにする。

 

 だが、その警戒はツーレの姿を見ると同時に霧散した。

 

「ありがとうございましたツーレ殿。この惨状についてお聞きしたいところではありますが、あなたがこんなことをするとは思えません。」

 

「いやあ、まさかこんなに範囲が広いとは思ってなかったからなんだけど私が後押ししたみたいなものだからそれには微妙に頷けないかな。」

 

「それならやっていないということで問題ないでしょう。本来なら騎士団まで一緒に来てもらいたいのですが、今回もすぐに去るおつもりでしょう?」

 

「そうだね、私はもう行くよ。ああそれとアレクシア王女、体力も大分落ちているだろうし、しばらくは安静にね。」

 

 それだけ言うとツーレは身を翻して大地を蹴った。

 

「それじゃ。」

 

 灰色の姿は煙のように夜の街に消えていった。

 

 

 こうして、アレクシア王女誘拐事件は幕を閉じたのだった。

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