人間になりたくて!   作:苦鳴

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対話

 これにて一件落着また次週! と言いたいところだが、現実はそう甘いものじゃない。

 

 アレクシア王女誘拐の犯人が判明した後も私とシドはある程度事情聴取はされた。流石に犯人扱いされていた時のように尋問はされなかったけど、めんどくさいことに変わりはなかった。

 

 私がチャチャっとゴミ処理の感覚で始末した騎士団員はあの騒ぎに巻き込まれて死んだってことにしておいた。どうせ下っ端だったからそこまで深く調べられることもなく、私に疑いの目が向けられることもなかった。ちょっと拍子抜けな気もするけど、問題ないならそれでよし。

 

 ただ、書類を大量に書かされるわ、レーター家への手紙を書かされるわでしばらく紙と対面し続けていた。その間に友人やら騎士団が来るわ来るわで大忙し。私を心配してくれていた友人たちはありがたいが、騎士団の全く心のこもっていない謝罪なんて聞かされてもああそうですか程度にしか思わない。

 

 そんなこんなで数日を過ごし、アレクシアが療養を終えて学園に戻ってきた。今はそのアレクシアにシドと別々に呼び出されたので指定場所に向かっているところだ。遅れたらうるさそうだからなるべく早めに行動している。十分前行動は学園の基本だよね。

 

 指定された場所にはまだアレクシアはいなかった。はてさて待ち時間はどうしようかと思ったが、ふと手元の剣が目についた。よし、素振りでもして待っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 基本の動きを繰り返す。最初の頃に師匠に教えられた基礎の動き。ただただ愚直に飽きることなく振ってきた。それでもあの夜見た彼の剣を思い出す。彼の剣は間違いなく師匠を超えていた。腹立たしいことだけど。

 

 つまり師匠の背中を追っている私とはどれだけ離れているのかなど言うまでもない。きっと私より長く剣を握っているのだろう。剣に触れたのもずっと早いのだろう。それでも、あの剣を超えられないと思うことはない。

 

 私本来の戦いは剣術なんてお行儀のいいものじゃないけど、人間のツクラ・レーターとしては剣を極めたい。師匠の背中は遠く、その上を行く人にもあった。

 

 必ずあの領域まで辿り着いてみせると無心で剣を振る。

 

 袈裟斬り

 

 逆袈裟斬り

 

 上段からの斬り下ろし

 

 木剣が空気を切る。心地のいい時間。私はアレクシアとの待ち合わせがあることも忘れて棒切れを振ることに夢中になっていた。

 

 それを現実に引き戻したのは私をここに呼んだアレクシアの声だった。

 

「私を忘れて稽古に励むなんて随分と熱心ね。」

 

 ピタリと動きを止める。これは割と怒っている時の声だ。今回はどう考えても私に落ち度があるから甘んじてお叱りを頂戴しよう。

 

「ごめん。」

 

「……まあいいわ。それよりあなたに聞いておきたいことがあるわ。」

 

 ……いつものアレクシアだったら軽く嫌味でも言いそうなものだけど、それがなかったってことは何か心境の変化でもあったのかな?

 

「答えられる内容ならいいよ。」

 

「大したことじゃないから大丈夫よ。」

 

「なら問題なさそうだね。」

 

「正直に答えて頂戴。私のことをどう思ってるのかしら?」

 

 質問の意図が全く分からないな。何で唐突にこんなことを聞いてきたのだろうか。ただまあ、その質問に対する答えは決まっている。

 

「友人だね。」

 

「そ。じゃあ私の性格は?」

 

「悪いよね。」

 

「見た目は?」

 

「世界でも上から数えた方が早いぐらいの美人かな。」

 

「じゃあ……」

 

「ちょっと待って。」

 

 まだこの質問が続きそうなのでとりあえず止める。このまま行くと永遠に質問が続きそうだ。多分本命の質問があって、そこに繋げるためなんだろうけど、これを続けるのは正直めんどくさい。

 

「聞きたいことがあるならストレートに言ってほしいかな。」

 

「……私の剣はどう思う?」

 

「? 良い剣だよね。」

 

「それで?」

 

「それで……?」

 

 何だろう、全く意図が掴めない。剣についての感想を求めている? だけどなぜ私に聞く? 私の剣の腕前はアレクシアからしたら大分劣るものだ。それこそ姉のアイリス王女にでも聞けば良い話だろう。

 

「……好きなのかどうかって話よ。」

 

 ああ、なるほど。

 

「好きだよ。一歩一歩着実に歩んで積み重ねてきたことが分かるから。私の一番はもうずっと前に埋まっているけど、それを抜きにしたら一番でもおかしくないね。」

 

「……そう。」

 

「自分の剣が嫌いみたいだったから私からそのことについては触れないようにして、好きになれるように意識を変えようとしていたんだけど、それは必要なかったみたいだね。」

 

「そうね。私ようやく自分の剣が好きになれたわ。あなたのおかげじゃないけど。」

 

「はいはい。」

 

 きっとシドが何か言ったんだろうね。アレクシアがシドに向ける視線があの件以来変化しているから。まさか恋してるなんてことになったら大変だけど、シド側はそんな気全くなさそうだから問題ないよね。ま、助けることはないけど応援はしておくよ。

 

「じゃあまた明日会いましょう。」

 

「ん、また明日ね。」

 

 これからシドに会いに行くらしいけど、どうなるんだろね。まあ多分アレクシアは素直じゃないから気持ちは伝わらないだろう。フラれるなあやつ。おお、かわいそうに! なんて、図太いし大丈夫でしょ。

 

 まあ何にせよ頑張りなよ。応援しておくから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、人気のない住宅街の裏路地で、灰と黒が相対していた。お互いに剣を持ってはいるが敵意はなく、どちらかといえば友好的な雰囲気を漂わせている。

 

「呼び出して悪いね。」

 

 灰を被った女が喋り出す。

 

「構わんよ。貴様とは一度しっかりと話してみたいと思っていたところだからな。」

 

 それに答えて夜を纏った男が言う。

 

「このまま語らいたいところだけど、こんな街中じゃ人に見られるかもしれないから少し場所を変えないかい?」

 

「ふむ、では夜の散歩と洒落込もうか。」

 

「じゃ、行こうか。」

 

 トン、と灰が大地を蹴り重力の楔から切り離されたかのように宙に飛び出した。それを追って黒は音もなく闇夜に飛び立つ。人間が空を飛ぶなど傍目から見れば夢だと疑われるような光景だが、本人たちにとってはごく自然なことだ。

 

 鳥よりも速く飛翔する二つの人影。空へと飛び出した時にああっという声が聞こえた気がするが、まあ気のせいだろう。

 

 見える景色が段々と変わっていく。明るく煌びやかな王都から離れ、何もない荒原へと変わっていく。

 

「まあこの辺りでいいかな。」

 

 そう言うと徐々に速度を落として下降していく。

 

「じゃあ改めてお話ししようか。でも、その前に……」

 

 被っていた灰のフードを脱ぐ。そこにあったのは薄紫色の髪と瞳を持った少女だった。

 

「顔を晒す、か。それでいいのか?」

 

「別に構わないよ。どうせ君にはバレているみたいだしね。」

 

「ふむ、その様子だとそちらも我の正体には気づいているようだな。であれば、我も倣うとしよう。」

 

 続いて黒色が溶けて中身が露わになる。そこにいたのは黒髪黒目の平凡な少年だった。

 

「やっぱりシドだよね。」

 

「参考までに聞きたいんだけどいつ気づいたの?」

 

「シャドウの剣を見たらすぐだね。」

 

「だよねー。割と擬態には自信あったんだけどなー。」

 

「そういうそっちはいつ気づいた?」

 

「前から実力を偽ってるってのは気づいてたよ。だから会った時にすぐ気づけた。」

 

「私は疑念を抱くまではいっても確信は持てなかったんだけどなー。」

 

 先程までの威圧感のある様子は何処へやら、ここにいるのはただの友人たちだった。和気藹々と言葉を交わす。この荒野に似つかわしくない学園の服を着て教室でするような会話を続けている。

 

「あ、そうだ。ツクラって何で一人であんなことしてるの?」

 

 突如として空気が変わる。つい先程までと同じように問いかけた問いであったが、誤魔化しは許さないとシドのその目が語っていた。シドの空気が変わったことを察し、ツクラも装いを正す。

 

「やりたいことをやるためだよ。」

 

「そうなんだ。」

 

 沈黙が生まれた。しかし二人の間では何か納得したような空気が流れていた。どうやら二人の間で通じたものがあったのだろう。幾ばくか空気も柔らかくなったようだ。

 

「そういえばアレクシアとはどんな話をしたの? 私の後に呼び出されたんでしょ?」

 

「ことの顛末を話された後、もう暫く偽の恋人を続けてみないか、って言われたよ。もちろん断ったけど。」

 

「ああ、うん、そう……。」

 

「?」

 

 ツクラが頭が痛いというように額に手を当てて天を仰いだ。その様子をシドは不思議そうに見ていたが、あらゆるものを削ぎ落としてきた男にそれがどういう理由なのかを察する能力はなかった。

 

「……ねえシド。」

 

 ツクラの放つ空気が唐突に戦闘時のものに切り替わる。その瞬間シドの指がピクリと動く。

 

「何?」

 

「ここなら邪魔も入らない。」

 

「そうだね。」

 

「一勝負、お付き合いいただけますか?」

 

 その言葉にシドは自分でも無意識のうちに口角を上げていた。その反応からも返事は決まっている。武人として挑まれた勝負を避ける理由はなかった。

 

「我について来れるかな?」

 

「そちらこそ、振り落とされないように。」

 

 そこにはもう平凡な黒色の少年と薄紫色の少女はいない。ここにいるのは漆黒に身を包み、これまた漆黒の剣を携えた男と火事の後に残った灰のような色をした服に身を包み、血のように赤い剣をぶら下げた二人の剣士だ。

 

 合図はなく、二人が同時に踏み込んだことによって戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 二人の剣が眼前で交差し鍔迫り合いをする。互いに相手の方へと押し込もうとするが、ややツーレが有利。徐々にではあるが、剣がシャドウの方へと押し込まれる。だが、シャドウは焦らない。力の方向を変えると、ツーレの剣を容易く受け流した。

 

 受け流された剣に引っ張られるようにツーレの体勢が崩れる。そこをシャドウの剣が襲う。スッと天へと掲げられた剣が体勢を崩しているツーレの首へと振り落とされる。

 

 しかしツーレもこの程度でやられるような者ではない。体勢が崩されたと認識したと同時にあえて前に倒れ込んだ。シャドウの剣が空を斬る。だが追撃はしない。この一刀を避けたことで生まれた僅かな時間を利用してツーレは迎撃の姿勢をとっていたからだ。

 

「これじゃ無理そうだね。」

 

 ツーレの剣の形状が変わる。そこらの店に売っているかのようなオーソドックスな剣から王国ではあまり見られない刀へと変化する。

 

「うん、やるならこっちだね。」

 

 刀をダラリと剣を構え、脱力する。そして脱力した状態からの強襲。ゼロから百へと変化しほぼ予備動作なく放たれた横薙ぎの一閃。それはシャドウが防御のために構えた剣を容易く斬り飛ばした。

 

 緻密に操作された魔力が剣の周囲を薄く流れ、斬れ味を跳ね上げていることが見る者が見ればすぐに分かった。それをシャドウという達人が剣を斬り飛ばされるとは想像しないほどの精度と速度で放った。

 

「なるほど。剣技だけでなく魔力の扱いも一流か。」

 

 シャドウの剣が再生する。これはスライムを用いた剣であるが故の明確な利点だろう。

 

「だが我には届かんな。」

 

 ツーレの知覚からシャドウの姿が掻き消えた。だがそれはありえない話だ。ツーレの感覚は人間とは比べ物にならない。だというのに今の今まで正面にいた人間を見失うことなどありえない。必ず近くにいる。だがどうやっても知覚できない。ツーレに焦りが生まれる。

 

 その時、ツーレの直感が盛大に警鐘を鳴らした。自身の直感に従って剣を振るう。

 

 ガキン、と剣がぶつかり合う音がした。

 

「ほう、これを防ぐか。」

 

 シャドウの忖度ない賞賛の言葉。だがツーレがこの剣を防げたの偶然のようなものだ。一度目はたまたま防げたが、二度目を防げる自信などない。存在を感じさせずに振るわれる剣など防ぎようがない。

 

「まだまだ行くぞ。」

 

 剣が交わる音が繰り返し響く。だが、その剣を振るっている剣士の様子は対照的だった。シャドウは飄々として余裕があり、ツーレの方は険しい表情で剣を振るっている。

 

 シャドウの存在を感じさせない剣にツーレは防御するのが精一杯だ。そんな中、突如としてツーレが奇行に出る。目を閉じて耳も塞ぐ。ダラリと全身を脱力して剣をぶら下げる。

 

 一見諦めたかのように見えるが、これは魔力と自身の直感にのみ体を従わせることでこの自然の剣を破ろうというのだ。

 

 シャドウの剣が振るわれる。

 

 ツーレを肩から腰にかけて斬り捨てる軌道の剣。それは当然のように受け止められた。

 

「うん。もう掴んだ。」

 

「お見事。」

 

 剣戟の音が夜の荒野に響く。灰と黒の姿が舞い踊り、赤と黒の剣がお互いを狙う。

 

 ツーレの体には細かい傷が段々と増える。その一方でシャドウの体には傷ひとつない。これは二人の剣の技量の差が如実に現れる形となっていた。

 

 ツーレはどこか諦めたかのような表情とともに後ろに大きく跳躍し距離をとった。

 

「分かってはいたけど、剣技では及ばないみたいだね。」

 

「そう悲観することもなかろう。間違いなく世界では上位の腕に入るだろうことは我が保証してやろう。」

 

「まあそれは嬉しいけどね。でもこれじゃあ通用しないみたいだから、やり方を変えるよ。」

 

 そう言うなり手元の剣で手首を斬った。深く傷をつけた手首からは絶えることなく血液が流れ出す。その血液はツーレの魔力を帯び、フワリと空中に浮かび上がる。

 

「第二ラウンドスタートかな。」

 

 血の驟雨がシャドウへと降りかかった。

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