人間になりたくて!   作:苦鳴

2 / 16
本当は男主人公にするつまりだったけど設定的に女主人公の方がよかったんだよね。


異形

 破壊音の元でありキメラの暴れている場所に着いた時、圧倒的な魔力の奔流が私の体に叩きつけられた。莫大な魔力の中心地には悍ましい生き物がいた。体色は絵の具をありったけぶちまけ適当に混ぜたような色。そして至る所に顔があり、腕があり、足があった。更には醜い翼が七本生え、その一つ一つが毒々しい色をしていた。しかしその異形の翼では飛ぶことは叶わず地面に立つのみであった。どこが正面であるかも分からぬ異形の姿。万人が嫌悪感を抱くようなその姿を前にして、私が抱いた感情は全く違っていた。

 

 ただ、悲しかった。哀れだった。私と同じように自らを弄ばれ、誇りを踏み躙られ、こんな姿にさせられた。それをどうして嫌悪など抱くことができようか。

 

 彼、あるいは彼女の周りには大勢の人間が倒れ伏していた。まだ息のある者もいるにはいるが、その殆どが既に事切れていた。まあ無理もないだろう。あの子の魔力を浴び続ければあまりに膨大な魔力とその特性で体が弱ることになる。その状態であの子の膂力で攻撃されればひとたまりもない。

 

 それでもまだ戦っている人たちはいた。剣を構え、杖を構え、あの子を再び不自由な籠の中に入れようとしている。誰かに殺されてその生涯を終えたとしてもそれは自由になったとは言えない。他人の意思で自分の命が奪われるのだから。

 

 なら、私はここであの子を助けるべきだろうか。

 

 否、否だ。

 

 この戦いに私が手を出してはならない。たしかに私もあの子と同じような境遇であり、この状況で手を出して良いのは私だけだろう。それでも、これはあの子の戦いだ。あの子のこれまで自分を踏み躙ってきた人間たちへの復讐だ。そして自由になるための戦いなのだ。私ならその気持ちが分かるはずだ。だって、私も自由を求めて今ここにいる。

 

 ならば私が手出しをすべきではない。私にできるのはこのままここであの子の戦いを見守っていることだけだ。

 

 

 

 

 しばらくして、戦いは終わった。先ほどまでの荒れた魔力や轟音はなくなり、いやに静かな空間が広がっていた。辺りは施設の原型を殆ど残さぬほど荒れ果て、大地は真っ赤な血で染まっていた。この空間には大量の魔力が滞留しており、それだけの魔力がこの戦闘に使用されたことが分かる。

 

 私は足元に転がる死体を尻目に、歩き始めた。死体がない地面を探すほうが難しいぐらいだったので、仕方なく死体を踏みつけにしながら歩く。私が見つめる先には、あの子が堂々たる様子で立ち尽くしていた。満身創痍、ではないのだろう。戦闘を見ている限りかなりの余裕があったように思えた。あれだけの数を相手にしながらも未だに余力を残しているのだ。

 

 私が正面に立つと、この子はその眼を全て私に向けた。いくつもの瞳に見つめられているのは普通だったら気後れするのかもしれないが、あいにく私はもう慣れている。毎日のようにここに転がっている人たちの目を向けられていたのだ、慣れないはずもない。

 

 私に向けられたその瞳は憎悪で満ちていた。私が彼らの仲間ではないことは分かっているのだろうが、もはや自分以外の全ての生き物を憎むことしかできないのだろう。それでも私はこの子と一度ちゃんと面と向かって話してみたい。たとえ言葉は通じなくても心は通じるはずだ。だって私達は同じなんだから。ずっと辛い思いをしてきた者同士、相容れなかったとしても一時の間だけでも会話を交わすことはできるだろう。

 

 私はこの子の体に触れた。すると私にこの子の怒りが、悲しみが流れ込んできた。この子が今まで受けてきた最低最悪の所業。それらが記憶と実感を持って私の脳内を駆け巡る。だが、これは一方からのものではなく、双方から流れるものだったらしく、目の前にいるこの子も苦しんでいた。共鳴とでも言うのだろうか。同じような境遇、体、心。共鳴をするには十分だ。

 

 気がつけば私は涙を流していた。両方の目からツーと水が垂れてきて、地面に落ちた。私はその時ようやく自分が泣いていることに気がついた。私は今までどれだけ苦しくても泣いたことなど一度もなかった。それなのに私はこの子のことで泣いている。自分のことではないというのに、悲しんでいる。

 

 ふと前を見ると、この子は血の涙を流していた。それは赤い血ではなく、紫色だった。きっと、涙を流したくなかったのだと思う。どれだけ私に共感したとしてももうこの子の中の憎悪は消えない。全てを憎んでいる。それなのに私のために涙を流すなどできなかったのだろう。どれだけ共感しても、この子は全てを恨まなくてはダメなのだ。もうこの子はそれだけを頼りに生きている。

 

 この様子だと、私も攻撃されるだろう。なら私は今すぐこの場から逃げるべきなのだろうか。それとも戦うべきなのだろうか。なんて、答えは最初から決まっている。ここでこの子から逃げたとして、一体何になるというのか。この子から逃げて目を逸らしたという事実はここからの私の生の心残りになる。ならばこの子と戦うべきなのだ。死んだらそれまで。生き残れば私はこれからの生を謳歌できる。

 

 単純なことだ。勝てば生き残り負ければ死ぬ。はっきりしてていいじゃないか。この戦いに私とこの子以外の誰かが参加することは許されない。もしそんな者がいようものなら私とこの子は躊躇いなくそいつの息の根を止めるだろう。これは私とこの子だけの空間だ。お互いのこれまでの生を知り、それでも戦うことを選んだ私たちの戦いだ。

 

 じゃあ、やろうか。

 

 

 

 私が開始の合図をするまでもなく敵はどでかい咆哮をあげた。魔力を乗せた強力な衝撃波が私を襲う。それを私は後方に跳躍して衝撃を殺しつつ体を硬化させて耐える。これだけの至近距離でこの音量を聴けば普通は鼓膜が破れるだろうが、私の肉体は普通ではない。鼓膜でさえも強化され、更に魔力で全身を強化している。

 

 だが、これはあくまで開始の合図の咆哮。いわば挨拶代わりだ。こんなものは攻撃ですらない。だが、これで再起不能になる者もいるだろう。音という物理攻撃と魔力波という攻撃の二つに同時に対処することができる者はいるだろうが、予備動作がほぼないあの咆哮に反応できる者が一体どれだけいることか。私の予想ではあるが、そう多くはないだろう。しかしこれはあくまで篩い落とし。これで倒れるようであればそこまでの存在というわけだ。

 

 魔力が収束する。全部で八十七もある口で緑色の魔力が開放の時を待っている。私を殺すための魔力砲を放つのだろう。だが未だに放たないところを見るとこれでは私を仕留めることはできないと判断して限界まで魔力を溜めているのだろう。

 

 さながらあの口は砲門だ。装填が完了すれば全方位から魔力の砲が飛んでくるだろう。だが、下手に動くわけにもいかない。私が動けばあの砲門から様々な軌道で時間差などを駆使して私を確実に殺しにくる。仮に接近出来たとしてもあの子には死角がない。全方位に顔があることであらゆる方向からの攻撃に対応することができる。そして四十九個の腕で私の体を捉えられる。もしあの腕を抜けられてもそれでは終わらない。あの体のどこからでも新しく腕を生やし、枝分かれさせて対処してくる。その上先程までの戦闘で得た戦闘経験もある。つまり一切隙がない。

 

 ここで私の手札を確認しよう。

 

 やはり私の一番な武器は弄くり回されたこの肉体だろう。私の体は今まで取り込んできたあらゆる生物の特徴を発現することができる。だがこれでは些か決め手に欠ける。肉体を変化させたところであの子への有効な攻撃が出せるようになるわけではない。龍の鱗を出したところで精々防御に使うことしかできないだろう。他の生物も同様にあの子を倒せるほどの火力はない。それは私がこの力を掌握しきれていないというのが大きい。なぜなら、取り込んだ生物の数があまりにも多すぎて私はまだ全ての能力の詳細を把握できていないのだ。これではどうしようもない。

 

 私があの子を倒すために使える力といえばやはり魔力だろう。魔力というのは殆ど万能と言える力だ。肉体の強化に治癒、放出して攻撃など、使い方は様々だ。それに私の魔力の制御・操作能力はかなりのものだと自負している。常日頃から体内で暴れ狂う魔力を御し続けてきたのだから当然だ。それに私は魔力の量も多い。大量の生物を取り込む過程で魔力も自分のものにしていたのだ。

 

 ただ、あの子の魔力量は私の魔力量を優に上回っている。私以上に様々なものを取り込んだのか、あるいはそういう性質か。いずれにせよ、魔力切れは期待できない。戦っているうちに私の魔力が切れて殺されるのがオチだ。

 

 あとはそうだな、私の血液だろうか。私の血液は奴らの実験で猛毒と化している。これをあの子の体内に流し込めば有効的な攻撃となる可能性はある。問題としてはあの外皮を突破して体内に毒を流し込めるかということとそもそも毒が効くかどうかということだ。

 

 ただまあ、あまり深く考えても仕方のないことだ。やってもいないのにできないと最初から決めつけて一体どうなるというのか。ひとまずは試してみようじゃないか。解決策を考えるのはそれからでいい。まだあの子の情報は出揃っていないのだから予想などしようもない。なるべく私の手札を晒さずあの子の鎧を剥がしていくしかなさそうだ。

 

 鋭利に尖らせた爪で指先をつつく。するとドロリと真っ赤な血液が流れ出す。これは私の象徴。数多の生物を取り込んできた私の罪の証。やらざるをえなかったことだとしても、罪は罪だ。私はそのことを忘れてはならない。私の体は私のものであると同時に多くのものを背負っているのだから。

 

 血液に魔力を流し込み、変形させる。これで私にとって血液は変幻自在の武器だ。私の意思に従い自由自在に形を変える。あの腕と打ち合っても大丈夫なように出来る限り魔力で強度を上げる。

 

 次に肉体の強化。元から人外の力である私の身体能力を強化する。必要なのは速度と膂力。あの子の攻撃に当たらないように接近し、硬い外皮を突破して体内に私の血液を流し込む。

 

 大丈夫、私ならやれる。必要なのは勇気だけ。この恐怖を乗り越えて私は自由を手にするのだ。そう、私は空だって翔べる!

 

 背中から龍の翼が生える。紫色の濁った翼。でも、それでいい。私はこの翼でどこまでも翔んでみせる。

 

 翼に魔力を流し、足に力を溜める。今私が求めるのはあの子が追いつけないほどの圧倒的な速度。翼は飾りだ。これで空に翔び立つわけじゃない。あくまで翼は私を補助する器官にすぎない。極論翼がなくたって空を翔ぶことは出来る。でも、私にはできないから。あの子とは違って私は翔ぶことが出来るけど、きっと不恰好で見るに堪えないだろう。それでも私は空を翔ぶ。私の全てを賭してこの子に勝つんだ。

 

 敵の口から魔力の砲弾が解き放たれた。超高密度の魔力砲。一発でも当たればただでは済まないだろう。それと同時に私はスタートを切る。跳躍し、死地へと飛び込んだ。翼を大きく羽ばたかせ、直線的な動きで私に迫る砲撃を回避する。その後も砲撃を回避しながら接近を試みるのだが無理だと悟り、そこから上空に大きく飛び上がり、真上からの奇襲を仕掛けようとする。

 

 だが、全ての口が上を向き、一斉に魔力砲を放った。放った後でも無数に枝分かれし、隙間なく避けるスペースを潰して私を襲う。だが、枝分かれさせ、数を優先したことにより威力は下がっている。ならば私に防げないわけがない。

 

 血液を目の前に盾として展開、流線型に変形させながら魔力を流す。更に血液に私の硬化させた皮膚を加えて硬度を上げる。これならばある程度の攻撃には耐えることが可能だろう。壊れそうになるのであればその度に血液を増やして補強すればいい。体内に蓄積されている栄養を消費して血液を作る。私の肉体ならばそれが可能だ。

 

 そして魔力砲が私の元に到達する。そして接触。血の盾とぶつかり、ガリガリと音が鳴る。横をチラリと見ると緑色の光が通り過ぎていった。その光景は思わず息を呑むほど美しい光景だった。幾筋もの緑色の光が天へと昇っていく。こんな時でさえなければもっと見ていたかった。それでも、前へと向き直って下へと進む。

 

 ぶつかり合った盾と魔力が細かく散って空に舞う。赤と緑の粒子が僅かに見える。確かに拮抗しているのだろう。だが、敵はこれから新たに魔力砲を放つことが出来る。この攻撃に重ねることで私の防御を突破することは容易いだろう。ならば疾く疾く盾を重ね空を翔ぶのみ。

 

 

 

 残り六メートルほどの距離まで近づいた時、気づいた。上から魔力が迫って来ていることに。だが、ありえないはずだ。なぜなら最初に撃った後は全て私に向かって集中していたからだ。そのせいで血の盾は何度も壊れかけた。途中で鱗を表面に顕現させたがそれを思いつかなければ今頃容易く盾は貫通されて私は死んでいただろう。

 

 ならばこの魔力はなんだというのか。新しい敵か? いや、それは考えられない。天より降ってくる魔力はこの敵と全く同じものだ。つまりこれはこの子の攻撃。そこで一つの答えに思い至った。最初に放った。無数の砲撃。あれば空の彼方へと消えたと思っていたが、それが今私に降り注いできているのだと直感した。時間差で攻撃して私の意表をつくために放物線上にあの魔力を放ったのだ。

 

 これはかなり不味かった。私は今敵の集中砲火を受けている。途轍もない威力で、防御のリソースを少しでも上に割けばすぐさま破られる。

 

 ならばどうすればいい?

 

 今からでも全力で横に回避する? いやだめだ。この速度で急な方向転換など私の飛行技術では不可能だ。今日初めて空を飛んだというのにそこまでのことはできない。

 

 追いつかれる前に攻撃を加える? それも無理だ。この魔力砲をそんな短時間で突破することなんて間違いなく無理だ。上から迫って来ているあれが一点に集中しているのが盾とぶつかっているのだ。そんなものを簡単に突破できるはすがない。

 

 そうこう考えているうちにもうすぐ後ろまで迫っていた。考えを纏っていないので、当然対処する方法はない。

 

 ——ヤバい。

 

 そう思った時には私の視界は緑色の光で埋め尽くされていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。