人間になりたくて!   作:苦鳴

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紅と翠

 天より血が降り注いでいる。遠目から見れば赤い流星が幾つも堕ちている様子が見え、幻想的だっただろう。

 

 しかし、異形の天使は気づかない。己に降り注ぐ死の弾丸に反応することはできない。なぜならその弾丸は空に浮かぶ少女が遥か上空から音を超える速度で送り出したもの。もし仮に気づくことができたとしても防御をする前に着弾する。それが百を超える数で放たれ、その後からも続々と放たれることになる。

 

 己の敵を殺したと確信した者には必ず隙が生まれる。隙が生まれる瞬間として、自分が勝ったと確信した瞬間などが主に挙げられるが、これはそれ以上である。すでに瀕死の状態であった者に対して念には念を入れて完全に吹き飛ばすという手段を取り、その通りに何も残らなかった。これは殺したと判断しても仕方のないことだろう。だが、今回はその判断が命取りとなる。

 

 

 次なる獲物を求めて歩く異形の天使に赤の弾丸が着弾する。硬い外皮を突き破り、体の中に侵入した。当然、異形の天使は痛みに悶え苦悶の叫びを上げる。その後も次々と間髪を入れずに弾丸が直撃する。血の弾丸は一つ一つの大きさが野球ボールほどであり、それが百以上もほぼ同時に直撃したのである。異形の天使の体内に侵入した血液の量は人間一人に含まれる血液の量を優に上回る。しかも、その血液は猛毒であった。

 

 彼女の血液は幾度となく繰り返される実験により、本人以外には解毒不可能なほどの猛毒と化していた。異形の天使の肉体も勿論毒に対する免疫は有している。並大抵の毒であれば体内に侵入した瞬間、即座に解毒されるだろう。だが、今撃ち込まれた毒はそんな生易しいものではなかった。あらゆる生物の毒のみならず、鉱物などの無機物などにも含まれる毒など、ありとあらゆる毒を彼女に投薬し、肉体で生成できるようにした成れの果てである。それぞれの毒を血液に生成することだけにに留まらず、それらの毒が彼女の体内で独自に混じり合い、進化していったものなのだ。

 

 本人も預かり知らぬところで毒は無限とも言える進化をしてきた。今この瞬間にも既存の毒が掛け合わされ、新たな毒が生み出されている。そして、これまで生成された毒は彼女の体に刻まれ、いつでも再現することが可能なのだ。

 

 その中から今回彼女が選んだ毒の効果は単純、麻痺である。それもただの麻痺ではなく魔力や脳にまで作用するものだ。彼女は考えた、ただの毒では殺すことは不可能であると。たとえ毒を食らわせることに成功したとしてもそもそもの毒耐性や魔力で解毒されてしまう可能性がある。

 

 ならばどうするか。そう、魔力の使用を困難にすればいいのだ。よって魔力そのものに作用し操作を不可能とする毒を選択した。そして毒耐性に対する対策は単純にその耐性を上回るほどの毒を食らわせれば良いだけだ。彼女はそう判断した。

 

 

 

 

 第一波は無事に成功したみたいだ。ほぼ全ての弾があの子の外皮を破って体内に侵入できた。侵入した血液を操ることもできるけど、それをやるだけの理由がない。だって、私は毒が回るのを待てば良いだけなのだから。それに一緒に放った肉の種子もしっかりと根づいたみたいなのだ。あとはそれが芽吹くのをゆっくりと待ちながらあの子と戦う。いくらなんでもただここでずっと血を放ち続けるのも私の心情的にあまりよろしくない。

 

 やるならば正面からあの子に向き合ってあげたい。

 

 そう思った私は翼をたたみ、ゆっくりと降下していく。眼下には痛みで悶え苦しむあの子の姿。体のいたるところから紫色の血液を流している姿は正直見ていて痛ましい。だけど目を逸らすわけにはいかない。あれは私がつけた傷であり、これから一生背負っていかなくてはならない罪の証。この戦いで私が勝つかはまだ分からないけども、そのことを忘れてはならないのだ。

 

 そして私は敵の眼の前に降り立った。着地の際の衝撃は殆どなく、軽く土煙が上がったくらいだった。肉体を変形させ、翼を体内にしまい込む。それと同時に腕の硬質化、鱗の顕現、爪を鋭利に。血液で剣の形を作り、見様見真似で構えてみる。きっと周りから見れば不恰好でしかたないだろうが、私にはこれで十分。

 

 敵が動く。私に向けて忌々しいものを見るような目を向ける。しかもそれには先程とは比べ物にならないほどの憎悪の感情がこもっていた。自分に手傷を負わせた矮小な生き物のことが許せないのだろう。ついで言えば私はついさっき仕留めたと思った相手なのだ。

 

 敵が腕を振るう。上から、下から、横から、正面から巨大な腕が迫る。私の体など容易くペチャンコにしてしまいそうなほど巨大な腕。それを私は見切り、駆け出す。負傷で先程までの速度はなく、簡単に見切れた。体から新たに生えてくる腕も事前にその箇所が隆起するため軌道を予測することなど誰だってできるだろう。

 

 駆ける、駆ける。手に持った剣を振り、すれ違いざまに細かく腕に傷をつけていく。剣を使うことに慣れていなくたって、振るうことぐらいはできる。魔力で強化し、硬い外皮を斬り裂き毒を流し込む。

 

 時間をかければかけるほど私に有利になっていく。発芽した種子が魔力を吸い取り、毒が全身に回ればもうこの子は動けない。それまで私は耐えるだけでいい。まあでも、ただ逃げるだけなんてつまらないしできる限りのことはやるつもりでいるのだけど。

 

 血の槍を生成、全方位から一斉に襲わせる。当然、これも毒が含まれている。マルチタスクと言うのだったか、私にはとてもじゃないが全部を意識して操作することは不可能だ。そのため、私がするのは最初の設定のみ。射出のタイミングと軌道を決めておき、私が処理する情報量を削減する。これは今後の課題ではあるけれど、今ないものねだりしたところで意味はない。生き残れたら考えよう。

 

 槍が全て外皮と腕に弾き返される。分かっていたことだ。そこまで魔力も込めておらず、速度もあまりないのだから当然と言えよう。だが、私の狙いは少しでも敵の意識を分散させること。私に対する攻撃が少しでも減ればその隙間を潜り抜けて接近できる。

 

 敵まで約五メートル。瞬きする間もあれば接触することが可能な距離だ。とはいえ、それを簡単に許すほど敵は甘くない。まだ麻痺しきっていない緑色の魔力を集め始めた。よくもまあ鈍った思考でそんなことができるものだと関心したのだが、戦いの最中にそんなことを考えてどうするのだと思い、本能によるものだろうと自分を納得させる。

 

 恐らく自分へのダメージを厭わない自爆覚悟の魔力放出。それにより私とどこから来るか分からない攻撃を完全に封じるつもりだろう。ただ、この子は魔力がうまく操れない状態だ。つまりは体内で魔力が暴走して吹っ飛ぶ可能性がある。だけどこの子はそのリスクを承知で私を殺すために命を賭けているのだ。

 

 それを喰らうわけにはいかない。こんなものを喰らえば今度こそ私は死ぬ。傷は癒えたとはいえ、体力は間違いなく削られているのだ。耐えられるほどの体力はもうない。

 

 ならばその前に倒すしかないだろう。やられる前にやれ!というやつだ。なに、死ななければいい話だ、問題はない。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ……。」

 

 なんとか間に合った……。魔力が収束しきる前に止める事ができた。今私の背中には敵がいる。私はもう疲れてしまって寝転んでいる。その寝転んでいる場所が敵の体の上だというだけの話。まあつまり私は勝ったということだ。

 

 最初の不意打ちがなければ決して勝てなかっただろう。戦っていく中で次第に毒が体中に周り段々と動きが鈍くなっていった。そして肉の種子が発芽して魔力を奪って成長していたのが大きいだろう。発芽した種子は成長しこの子の体内から突き破るようにして体外へと出てきた。そのときは自分でやったこととは言えさすがにグロいと思ってしまった。今も生えているけれど、誰かが見て気持ちの良いものではないだろう。

 

 

 はあ、さすがに疲れた。

 

 ああ、この後は何をしよう。世界中を回ることは確定として、他に何があるだろうか。いや、忘れてはいけないことがあったな。私とこの子を弄んだ奴ら、たしかディアボロス教団とか言ってたっけ。この施設にいたのはほんの一部の研究員だけだったようだし、世界中に同じような奴らがいるのだろう。

 

 ならばやることは決まった。私はディアボロス教団を壊滅させる。私とこの子、それに死んでいった実験体の皆に報いるためにもやらなくてはいけない。それがひとまずの目標だろうか。私は本当ならこの世界にいてはいけないのかもしれないけど、何かを為せたならそれも変わるのかな。“生きなくてはいけない”ではなく“生きていたい”や“生きることが楽しい”に変わるようにこの先進んでいきたいな。

 

 さてと、そろそろ行こうかな。

 

 

 

 

 

 彼女が立ち上がった時だった。その行動に反応したのかは分からないが、それまで完全に沈黙していた天使がピクリと動いた。正確に言うと成長した肉の種子――仮称肉樹による体内からの破壊とその部位への攻撃を受けたことにより上下に両断された肉体の上半身。現在彼女が立っているのは下半身であり、その変化には気づかなかった。戦闘中であれば気づけたであろうことだったが、今の彼女はもう戦闘は終わったと判断して気を抜いている状態。つまりは皮肉にも先程の天使と同じであった。

 

 故に、この悪あがきは致命的なまでに刺さる。

 

 天使は死してもなお世界を憎み、自身を殺した彼女を憎んだ。そして息絶える前、せめてこの存在だけは殺すのだと凶悪な一撃を放つ。吸い取られ、まともに動かせない魔力と自身の生命力を全て捧げての自爆。ただ一人を殺すためだけに自身の肉体をこの世に残さぬことを選択した。人間であれば狂人と称されるであろうその行動には一切の躊躇いもなく、疑問もなかった。

 

 ただ死ぬのならば一人でも多く道連れにしてやろうという意思。世界への憎悪で満ちた異形の天使は全てを無に還す。

 

「―――な!?」

 

 彼女も気づいたようだったが、もう遅かった。

 

 

 

 

 爆音と閃光。

 

 爆発は半径一キロ圏内を跡形もなく吹き飛ばした。モクモクと煙が上がり、辺りは悲惨な様子だ。前々からひどい状態ではあったものの、この爆発で全てがなくなっていた。そしてクレーターができたような形で大地が抉れていて天使の姿はない。この爆発に全てを捧げたのだ、あるはずもなかった。

 

 そして爆心地には一人の少女が倒れていた。あの爆発の中心にいたにもかかわらず、しっかりと原型を留めている。打撲跡と酷い出血はあるが、心臓は弱々しく鼓動していた。命に別条はないとは口が裂けても言えないほどの重傷。このままであればそのまま死ぬだろう。

 

 これほどの爆発の中で彼女が生き残った理由は二つ。

 

 一つ目は彼女の肉体の強度によるもの。反応をすることも叶わず、防御も殆ど叶わなかったが、それでも彼女の肉体は爆発に耐えてみせた。元々実験により肉体は途轍もない強度を誇っていた。その上、戦いの最中に魔人の血が目覚めた。それにより生命力、耐久力などあらゆる能力が向上し、爆発を耐えることが出来たのだ。

 

 二つ目は場所である。爆発の際に彼女がいたのは天使の下半身の上。すなわち爆発した上半身とは僅かに離れていた。つまり、ほんの一瞬ではあるが猶予があったのだ。その上元々体力の回復のために下半身を取り込んでいるところだったため、天使の攻撃にはある程度耐性を得ていた。魔力に起因する攻撃であれば無効とまではいかないが、軽減までは可能だった。

 

 その二つによりギリギリではあるが命を繋いでいた。

 

 とはいえ、このままでは死ぬのは確実。本人は意識を失っており何かをすることは叶わない。天使の悪足掻きは確かに果たされたのだ。

 

 

 

 それから半刻ほどが経った頃だった。もはや虫の息の彼女の下に一人の女性が訪れた。恐らくあの爆発で引き寄せられたのだろう。治療をするのかあるいはディアボロス教団の仲間であり、実験体の回収に現れたのか。すると女性は彼女を優しく抱きかかえた。その行動には欲にまみれた人間のものではなく、慈愛に満ちた優しい行動であった。

 

 間違いなく彼女の命を救うために動いた女性は少し辺りを見渡した後、近くに人はいないと判断し、治療をするために腕に抱き上げながらこの場所から去るべく歩き出した。

 

 その表情は痛ましく悲しげなものを浮かべていた。心の底から彼女をいたわるような、そんな表情。それはあまり感情の起伏がないその女性にとってはかなり珍しいことでもあった。それほど腕に抱きかかえている彼女が痛ましい姿をしていたことの現れだった。

 

 そうして実験体の少女は偶然にも一人の女性に助けられ、命を拾ったのだった。




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