「うぅん……。」
ぼんやりと、水の中にいたかのような感覚が薄れてきて、意識がはっきりとしてくる。パチパチと何かが燃えるような音と、暖かさを感じる。これは焚き火か何かだろうか。
……いや、どういうことだ?
たしか私はあの子と戦って、勝ったはいいものの最後にあの子の自爆に巻き込まれたはずだ。無様にも私は死にかけたと思ったのだけど、どうして生きているというのだろうか。あれに巻き込まれたなら間違いなく死んでいたはずだから誰かが助けてくれたのだろうということは察しが付く。だが、私をわざわざ助ける人などいるのだろうかという話だ。
あれだけの爆発だ、恐らく辺り一帯は全て吹き飛んだはず。そして私はその爆発の中心付近に倒れていたはずだ。そんな場所で死にかけの私を見つけたのだから、私に何らかの原因があると判断するはず。最低でも関係性は疑うだろう。普通だったらそん奴に近づきたいとは思わない。だというのに私を助けてくれたというのだ。
まあ、感謝するべきなのだろうが、いかんせん、私は未だに回復しきっておらず、まともに動くことができない。できても頭を動かすぐらいなものだろう。
さてさて、私の恩人はどんな人かな。ちょうど近くにいるみたいだし、少し目を開けて見てみよう。
そして目を開けるとそこには―――
視界いっぱいに女性の顔があった。
「へぁ?」
「起きた?」
私は予想していたよりも遥かに近くにいたことに驚きながらも、恩人の姿を観察していた。髪の色は白、いや薄い金色。瞳は美しいアメジストのよう。顔の造形も整っていて、途轍もない美人さんだ。ただ、容姿を見てまず目がいくのは特徴的な耳だ。彼女の耳は私のものよりも長い。それはエルフの特徴であり、彼女の種族を指し示している。まあ、種族でという話をしたら私は分類すらできないよく分からない存在になってしまう。
体全体を見てみると、引き締まった肉体と手に持っている一振りの剣が目に入った。それから推測されるに彼女は剣士なのだろう。服装も動きやすいように体を覆っている部分が少ない、すなわち露出の多い服を着ている。街になどに行けば男性が目のやり場に困るかジロジロと食い入るように見られるかのどちらかだ。私は一応女性ではあるからいいものの、そういうところはなるべく気をつけたほうがいいとは思う。
そんな風に少しの間観察をしていたけど、助けてもらったのにこのままでは失礼だと思い、感謝を告げることにする。
「はい、おかげさまで。あなたが私を助けてくれたんですよね? ありがとうございます。」
「気にしなくて良い。たまたま通りかかっただけだから。」
「それでも、です。あなたがいなければ私は死んでいましたから。」
「そう……。まあ、しばらくは安静にしておくといい。」
「はい。そうさせてもらいます。」
ひょっとして私が眠っている間はずっと見張りもやっていてくれたのだろうか。このあたりには獣の気配がするし、眠りについてしまえば危険なはずだ。そのことにもちゃんとお礼を言わないとな。
「これ、作ったから食べるといい。」
そう言うと恩人は何かを差し出してきた。木の器に何かの料理が入っているようだ。
「ありがとうございます……。あの、この料理は何でしょうか?」
皿の中を見てみるとそこにはスープのようなものが入っていた。手渡されたお皿は温かくて、スープからは湯気が立ち昇っていた。
「作った。」
「はあ……?」
わざわざ私のために作ってくれたのだろうか。
野菜やら茸やら沢山の具材が入っていてとても美味しそうだ。それに薬草みたいなものも入っているし、体にも良いだろう。ここまでしてもらってありがたいな。さっそく、いただこう。
「……美味しい。」
ほぅ、と息を吐き出してそう短く呟いた。今まで食事らしい食事なんて食べたこともなかったから、これが私にとっての初めての食事と言っても過言ではない。若干薬草の苦みはあるけれど、たしかな旨味があってとても美味しい。
それから私はこの熱いスープをゆっくりと飲んだ。
「それで、体は大丈夫?」
スープを飲み終えるとタイミングを見計らっていたのか恩人が声をかけてきた。私がスープを飲んでいる間はずっと私の方を見ていたのだけど、その間も周囲の警戒は怠っていなかった。きっと彼女はかなりの実力者なのだろう。今も微塵も隙を見せていない。すごいなあ……。
「だいぶ回復しましたね。」
「でも、まだ満足には動けないだろうし、よければ暫くは私と一緒に行かない?」
「? どういうことですか?」
思わず私はそう尋ねた。私の治療をしてもらった上に食事をもらい、眠っている間の警戒までしてもらったのだ、これ以上の迷惑をかけるわけにはいかない。もう少ししたらちゃんとお礼をしてその後すぐに出発するつもりだった。
「子供を一人で放っておくわけにはいかない。」
「でも、迷惑でしょう?」
一人旅をするだけでも大変だろうに、そこに身元の分からない子供が同行するなんてことになったら大変なんてものじゃない。
「このまま別れて死んだ、なんてことになったらその方が面倒。」
………確かに。私はそうは思わないけれど、この人は私のことを見捨てた、なんて考えてしまうかもしれない。命の恩人にそんな思いをさせるなんて恩を仇で返すようなものだ。なら、彼女について行って料理をしたり家事をしたりといったことで少しでも負担を減らせるようにする方がいいのかもしれない。
「―――分かりました。暫くの間、よろしくお願いします。」
そんなわけで私は彼女と一緒に旅をすることになったのだけど、助けてもらったというに、恩人の名前も知らないことに気がついたので慌てて名前を聞くことにした。
「私の名前? 私はベアトリクス。そういう貴方は?」
恩人の名前はベアトリクスと言うらしい。これからはベアトリクスさんと呼ぶことにしよう。人が多くいるような場所では名前を言わなくては分からなくなることがあるかもしれないしね。
………それにしても、私の名前か。
「名前は、ありません。」
私に名前なんてつけられていない。人間ではないホムンクルスの実験体に名前をつけるなんてことをわざわざする必要がないのだ。名前をつけたところで何かが変わるわけでもないのだし、私と同じ実験体はいないのだから個体の識別するためのものなどいらない。…………ああ、確か呼ばれるときは“来い”とか“実験体”とかだったかな。でも、名前が実験体なわけじゃないしね。
「なら、自分で考えてみれば?」
「自分で名前を、ですか?」
「そう。」
………名前かぁ。
うーん、どんな名前が良いのかな。やっぱり私も女性だし、女の子っぽい名前がいいのかな? でも、私じゃあどんな名前が女の子っぽいのか分からないしな。
あ、そうだ。
「あの、もし嫌でなければベアトリクスさんが私の名前をつけていただけませんか?」
「私に?」
「はい。」
ベアトリクスさんは私の命の恩人だし、これから私の新しい生が始まるという日に立ち会っているのだからベアトリクスさん以上の適任はいないだろう。それに、ベアトリクスさんはエルフの旅人だし色々な人との出会いがあってその分名前も多く知っているはず。だからできれば彼女に名前を考えてもらいたいな。
「貴方はそれでいいの?」
「はい、というか是非ベアトリクスさんにお願いしたいです。」
「……まあ、それほど言うのなら構わないけど。」
「ありがとうございます!」
と、いうことで私の名前はベアトリクスさんにつけてもらうことになった。
彼女は渋々といった様子ではあったけど、真剣な表情で悩み始めた。きっと私のイメージに合うような名前を考えてくれているのだろう。別にプレッシャーをかけるつもりはないけど、やっぱり少しばかり感動してしまう。
そうして少しの間考えていたようなのだけど、良い案が浮かんだのか満足気な表情をしていた。
ベアトリクスさんが口を開き、私の名前を告げる。
「貴方の名前はツクラ。どう?」
私の名前はツクラかぁ……。どこか不思議な響きではあるのだけど、私はこの名前を気にってしまった。ならばこの名前の由来も知りたいと思うのは当然のことであって、それをベアトリクスさんに聞いてみる。
「あの、なんでこの名前にしたのかとか理由はありますか?」
「………なんとなく?」
「………。」
私は黙った。
「ツクラ、明日の朝には出発するつもりだけど大丈夫?」
私が毛布を被って眠ろうとしているとベアトリクスさんがそんなことを聞いてきた。
「はい。たぶん明日には体力も回復していると思うので。」
私の体は回復能力も優秀だし、今夜一晩眠れば全快だろう。もしまだ回復していなかったとしても無理矢理にでも体を動かしてついて行く。私のせいでこれ以上遅れを作るわけにはいかないのだ。
「そう。じゃあ、おやすみ。」
その言葉を最後に私は夢の世界に旅立った。
翌朝、私が目覚めると既にベアトリクスさんは起きていた。私の近くにはおらず、少し離れたところで何かしているようだが、わざわざ見に行くことはないだろう。
ならば朝は私が食事でも用意しようと思ったのだが、いかんせん私は料理ができない。そもそも私にできることの方が少ないだろうという考えが一瞬頭の中に浮かんだが、すぐにその考えを追い出した。さすがに何かしらはできるだろうと自分にできることを探してみたのだが、私にできることといえば薪を集めて消えてしまった火をつけることぐらいだった。
火もつけ終えて手持ち無沙汰になったので、ベアトリクスさんがいる方に向かうことにした。目が覚めたことと体力が完全に回復したことを報告するためだ。
しばらく歩いていると開けた場所に出た。森の中だというのにここには木が生えてなくて何かをするにはうってつけの場所だろう。
そこの中心近くにベアトリクスさんはいた。
彼女は剣を振っていた。
まるで舞を舞うように流麗に、美しく。
納刀からの抜刀。白刃が煌めき、一本の線を作り出した。目にも止まらぬ高速の居合。
私は目が離せなかった。彼女の振るう剣に魅入られていた。
磨き上げ、鍛え上げられた圧倒的な技術。私がついこの間つかった剣も、あの子と戦っていた剣士たちも、この剣の前では等しく児戯だ。一体これ程までの高みに至るためにどれほどの修練を積んできたのだろうか。
今、私の眼の前にはこの世界でも五指に入るであろう剣士がいるのだ。五指に入るというのは私の個人的な感想ではあるが、そう確信するだけのものがあった。
その後も彼女は暫くの間剣を振り続け、私はその姿を見続けていた。
剣を振るのはやめたらしく、剣を鞘に納めた。
「ツクラ、何かよう?」
ベアトリクスさんは振り向きもせずに私に声をかけてきた。気が散らないようにと思い視界に入らないような場所で見ていたのだけど、彼女にはバレバレだったらしい。気配とかそういうので分かるんだろうけど、結構気配は消していたと思うんだけど。
ともかく、質問されたのだから答えなくてはいけないと思い口を開くが、私の口から出た言葉は全然違うことだった。
「ベアトリクスさん、私に剣を教えてください。」
自然とそう声に出していた。
「え?」
ベアトリクスさんは当然困惑していた。昨日あったばかりの子供にこんなことを突然言われれば誰だってそうなる。
“何を言っているんだ”
“迷惑だろ”
そんな言葉が頭に浮かぶが、それに反して私の口は勝手に動いていた。
「私は、強くなりたいんです。それになにより、貴方の剣に魅せられてしまった。」
「剣は別に素晴らしいものではない。何故貴方は強さを願う?」
何故って、そんなの決まってる。あの子のためにも、私の中にいる子たちのためにもディアボロス教団には報いを受けさせなければいけないんだ。復讐とは少し違う、不思議な理由。やらなくては前に進めないわけではないけれど、やるべきだと思っている。私たちみたいな目にあっている人たちが大勢いるはずだ。あの欲に塗れた奴らなら世界中に根を張っていてもおかしくはない。
ただ、強さを願う理由か。
そうだな、私は――
「何一つ、取り零さないように。せめて自分の手の届くところだけで良いから、そのために。」
「具体的な例とかはある?」
「………ベアトリクスさん。」
「……。」
「……。」
え、恥ず。
「それに先程のベアトリクスさんの剣に魅せられてしまったので。」
「私の剣に? それは嬉しいことではあるけれど、やめたほうがいい。私の剣は私がエルフの寿命を使って、長い時間をかけて鍛え上げてきたもの。無理とは言わないけど身につけるには相応の時間がかかる。」
まあ、そうだろうね。さっき見た剣はこれまでの積み重ねの証だった。何年も何十年も剣を振ってきた人の技術だ。私がそう簡単に身につけられるわけがない。でもやっぱり私は――
「分かっています。それでも私はベアトリクスさんに鍛えてもらいたいです。」
「………分かった。なら修行をつけてあげる。容赦はしないからそのつもりで。」
「はい。これからよろしくお願いします、ベアトリクスさ―――いえ、師匠。」
これから剣を教わるのだし、呼び方は変えたほうがいいと思って師匠と呼ぶことにしたのだけど、何故か師匠は少し呆けたような顔をした。なにかおかしなことを言っただろうか?
「師匠、か。うん、いい。」
「へ?」
「じゃあ、朝ご飯を食べたらさっそく修行としよう。」
何故かは分からないけどえらく上機嫌になった師匠に遅れないようについていく。
きっとこれから辛い修行の日々が始まるのだろうけど、今はただ、この出会いに感謝を。
ベアトリクスが師匠になります。